肉球根3
地上の各地で激闘が繰り広げられているころ、地下の戦局も動く。
ルキウスの覆面は、戦闘の経過で竜からネコに変化している。
ルキウスめがけて、百メートル以上になった巨大な触手が横薙ぎに振るわれる。いびつにしなり、ドゴンッとその質量を表現する音で壁を打ちつけた。
ルキウスは壁際で跳び上がってかわしている。
触手は標的を追って、やや重々しい動きだしで、上へ加速。
それを壁を蹴る反動でかわし、さらに空中を蹴って地上へと瞬時に着地すると、劇的な加速で一気に前に出る。
フワイ=グワエガは、中央の大触手の周囲を、二・三十メートルの触手が取り囲む形になっている。
初撃であらかた消し飛んだ触手は、どんどん生え、最初より多くなり、五十ぐらいある。このまま増加すれば、倒すころにはイソギンチャクのようになる。
黒い液体の噴出は止まり、傷は塞がれたが、えぐった部位は陥没したままだ。
(あの触手、生やすのに何も消費していない? だとしたら、本体以外へのダメージは徒労、かといって触手を放置しての接近は難しい。絡みつかれると何をしてくるか)
天井付近で折り返し、再度ルキウスを叩き潰そうとした大触手をかわし、本体に迫る。
うねりながら待ち受ける大量の触手。
短い触手の射程に入った瞬間、すべての触手が一気に上下左右から迫る。視界を埋め尽くす触手が織りなす景色は、有機的万華鏡と化した。
正面に斬り込みを一撃、二撃。さらに荒く回転しながら、全周囲に斬撃の嵐を見舞う。二刀流の乱撃で寄り付かせずに斬り飛ばし、触手の森を駆け抜ける。
そして斬撃、フワイ=グワエガに直線が刻まれ、次に十字になる。
ルキウスは追ってくる触手を振り切りながら、長い横一文字を刻み始めた。
絡みつこうとする触手の根元を足場にして、横へ走る。
大触手がそこに取って返し、ヘビが鎌首をもたげるような形で、ルキウスを睨んだ。近距離で先端を尖らせ、獲物を突こうと動く。先端だけに力を集中させての動きは、これまでと異なり緩慢ではなく力と速度がある。
ルキウスは刺さった剣を引き抜き、触手群をよけながら、これに備える。
――大触手が迫る。ルキウスが剣で受け止めようと、柄を強く握った。
そこにディープダークの放った火球が、本体――ルキウスの反対側で直撃する。その爆発が広がる瞬間、大触手は目の前のルキウスが見えないようにぴたりと止まり、即座に大振りな鞭となり、ディープダークに襲いかかった。
これを下から突き出した影の壁が受け止めた。
ルキウスがこの隙に本体から離れ、大触手に一撃した。今度はルキウスを標的にした大触手が、足元を薙ぐようにその身を振るう。ルキウスはそれを飛び越え、触手の射程外まで離れた。
ここまで戦いで、ルキウスが火、風、土、水の四元素に、光属性魔法を使い、ディープダークは元素の性質を排除した、音、影、酸、電気、空間、負属性魔法を撃ちこんだ。
二人の放つ様々な色の、波、閃光、光線、球体が、触手の蠢く間から本体に直撃している。
本体と距離を取って交戦を続けていた二人は、敵の行動パターンをおおむね理解した。言葉を交わさずとも、お互いの行動の変化からそれを察した。
ダメージを与えている火属性攻撃を減らしたからだ。
一定のダメージを与え、さらに火で攻撃すると、攻撃者に中央に生えた大触手の攻撃が来る。この時、蓄積ダメージに応じて触手は強化され伸びる。上限は不明だが、こちらの魔法が届く距離なら相手の攻撃も届くと考えるべき。
この攻撃はかわすと強化状態が持続する。一撃受けると強化が無くなる。つまり、どこかで防御魔法を使い受けるしかない。
召喚した貧相な火精霊の攻撃でもカウンターを誘発できたが、強化は残った。
火で継続的に攻撃すると、いつ強烈なカウンターが来るか読めない。だから、防御の準備をしてから火を使う。
強化度合いは中央の触手の大きさでわかる。攻撃時に膨らみ、頑丈になる度合いがダメージで異なる。
単純な腕力増加は確実、さらに強化段階に応じて何か能力が付加されている可能性がある。
最初の一撃だけ完全隠密効果が付加されていたのだ。それをまともに喰らってしまった。
強化には地上の戦況が影響するかもしれないが、検証する余裕は無い。ソワラから連絡では、大量に敵を減らしたタイミングで、特別な強化はされていない。
(有利に進んでいると考えるべきだ)
色々と試した結果、火以外の多くの魔法に耐性を持ち、特に土、酸、冷気、雷は効かないとわかった。
こいつとの正しい戦い方は、支援を受けた戦士が複数人接近して攻撃、壁を作り出して遠距離から射撃、後衛をかばえる壁役を置いて火属性魔法を連発だ。
今の二人では、ひたすら火攻めが正しい。そしてカウンターは各自で対処。
ルキウスはこのまま押せばある程度まで削れるだろうと思った。
しかし、行動パターンが変化するとわからない。さらに攻撃が激化すると、その対処に魔力を使う。防御能力も上がるかもしれない。
――この流れ、難しい。二人が近づいた。
「長期戦の余力はあるか?」
ルキウスが言った。
「いや、そろそろ一気に掛かりたいね」
二人の判断は同じ。魔力が枯渇する。敵が頑丈過ぎるのだ。
課金アイテムの神蔦酒、神樹液を使えば魔力を即時回復できるが、ディープダークの前で出すべきではないし、数に限りのある貴重品だ。
「今はどうにか接近できるが」
ルキウスは言いながら、無理して細くなり伸びてきた大触手を切り払った。
「急ぐなら火属性魔法か、直接攻撃。それしかない」
「そうだね。僕も武器はあるけど」
武器はカメラと同じように縮めて所持しているのだろう。
あと一人、ルキウス級の攻撃者がいれば、力押しで終わるはず。支援者がいれば、魔力を攻撃に集中できる。回復役がいれば、二人でダメージ覚悟の接近戦をやってもいい。壁役がいれば、カウンター覚悟で火魔法に集中できる。
一人足りない。
ディープダークには手があるのかもしれない。しかし、大きな一撃で仕留めきれなければ、強化された報復的カウンターを避けるために、以降は火属性無しで戦うことになる。
となると、次に有効な直接攻撃になるが、そうなると触手の海の中での戦闘だ。
追いこむほど強くなるタイプ。これがアトラス時と同じかは不明だが、あっちは味方の数がある。強化されても、終盤は温存した大技連発で詰められたはず。
しかし、今はこれ以上強化されると、接近状態を維持できない。接近戦に一度集中してしまえば、もう火で攻撃できない。
(接近戦に賭けるか? それとも定期的に火も使ってやるか? どっちしろ、残りの力を攻撃に配分しないと駄目だ)
「私も戦うわ」
二人の後ろから声が掛かった。チェリテーラだ。
「出てくるなよ、死ぬぞ」
「話を信じるなら、街では仲間が戦っているわ。私だけ休んではいられない」
彼女の表情から毅然としたものが見て取れる。相応に誇りがあるのだろう。
「しかしな」
ルキウスが難色を示す。彼女ができるのは中位の支援ぐらい。かえって連携しにくい。
「火で撃てばいんでしょ?」
「見えていたか」
「私だって赤三ツ星なのよ」
しかし、チェリテーラは自力でカウンターを受けられない。
「次の反撃は僕が受ける」
ディープダークが言った。
「受ける?」
「彼女の壁をやる」
「しかしそれでは」
火力が足りないのではないか、とルキウスは思ったがディープダークが口を挟んだ。
「中央は必ず開けておいて、でかいのを撃ちこむ。そこから一気に叩いて」
(手があるのか。ならお手並み拝見だ)
「……いいだろう」
危うい状況だ。しかし逐一説明するような間柄にない。
「こっちは準備よしだ」
そう言ったディープダークはトンネルの中央に立ち、その後ろにチェリテーラが魔銃を構えた。
ルキウスが壁伝いに走って斬り込む。先ほどと同じく形で、触手を切り払い、端から本体を切り刻む。腕を強化して、より深い斬撃を、
そして、チェリテーラの魔銃から赤い光弾が発射された。
ルキウスを掴もうとしていた大触手が反応する。
チェリテーラを目がけて、触手の強烈な横薙ぎ。
しかし前にはディープダークがいる。そして一切の防御動作をとらず、壁になるため足だけを踏ん張り、まともに攻撃を受けた。
ディープダークの腹部が横一線に大きく切れている。血が飛び散り、垂れる。
ルキウスが、回復するべきか迷ったが、ディープダークは正面を見据えている。
(あれで予定どおりか)
ルキウスは戦闘を続行し、邪魔な触手を減らしながら本体を斬りつける。
「ヒーローカウンタァァァ」
ディープダークが叫び、その傷口からぎらついた赤い光が発生する。最初、傷口だけを覆っていた光は、徐々に強く輝き膨らむとついに抑えきれなくなり、鋭い赤の光線となりフワイ=グワエガの中心へ突き刺さった。
命中点から複雑な赤の炎がわきあがる。
(あれは!)
ルキウスは熱を感じながらその攻撃を看破した。〈七倍返し〉、一定期間のダメージを七倍の負属性攻撃として返すスキル。さらに、その負属性を強引に火属性に変換している。
あれはカウンター準備に入ると攻撃できない。だから、攻撃役が必要だったのだ。
ルキウスも動く。ほとんどの神気を消費しての大魔法即時発動。
「〔ガンマ線バースト/ガンマレイバースト〕」
ルキウスの指先から、眩い光線が放たれた。それは糸のように細い。しかし、凄まじい光量でトンネル全体を照らした。
ルキウスが司る自然の力の中でも最大級。
アトラスでは対応されやすく、自分の居場所がばれるので放射線系の能力は使わなかった。しかし一部の植物系によく効く。
あそこまでやられては本気を出さないわけにはいかない。
一日一回の大魔法、自らの安全を担保する切り札を切った。
超高熱の細い光はフワイ=グワエガの中枢を捉え、完全に貫通する。そして、光の周囲が熱で火を起こし、一瞬で炭化して、崩れ落ちていく。
さらに大地を深くまで刺さった光は、王都中を揺らした。
「仕留めきれんか」
指からの光が止まったルキウスは、渋い顔で剣を握り直した。
フワイ=グワエガは体を内から焼かれ、全身を激しく振動させ、興奮した心臓のように伸縮している。確実に大きなダメージを与えた。しかし、まだ生命力が感じられる。
「撃って」
ディープダークが射撃をためらうチェリテーラに攻撃を促した。ためらうのはダメージのためだ。
「え、まだ? あれでも?」
「問題無い。傷は治した」
ディープダークの傷は全快していた。装備も修復されてきている。どうやって治療したのか、チェリテーラにはわからない。それでも指示に従い、魔銃から赤い炎の塊を撃ち出した。
「さあ、来い!」
「狙われるのは私なのを忘れないでよ!」
〔ガンマ線バースト/ガンマレイバースト〕分のカウンターがチェリテーラに向かう。
大触手がパンパンに膨らみ、力をみなぎらせ、圧倒的な重さと勢いでくる。
その間にディープダークが飛びこむ。今度は影による防御魔法を展開し、両腕を盾にして受ける。
耐えきれず、体が後ろに吹き飛びながら、跳ね上げられた。
両手がへし折れ、体が斜めに深く裂かれる。体中の骨が曲がり、口からも血を吐いた。瀕死の重傷だ。それでこそ、カウンターが効果を発揮する。
「グウッ……こいつを喰らえ」
そして、前回を遙かに上回る赤い閃光が、フワイ=グワエガの中心を直撃、黒い体液が噴出し、滝のようになる。
「こっちは限界だ」
飛んでいくディープダークの喘ぐような声がルキウスに届いた。
小柄な体は宙を舞っており、その際、巻き添えを食ったチェリテーラも、後ろに飛ばされ転がっている。
「十分だ」
ルキウスはガンマ線と赤い光が貫いた穴への突入を試みるが、大触手がディープダークを追撃しようとするのを、根元の動きから察した。大触手に跳んで寄って、手で触れる。
「止まれ」
〔植物への命令・緑/コマンドプランツ・ヴァーダント〕
大触手だけだが、時間が停止したように空中で止まる。
そして、ルキウスが穴から本体に突入しようとすると、全身から白い霧が吹き出した。
「最後の抵抗か? 酸だろ。上の様子からして、本体は格別強いやつだろうが」
ルキウスは最上位魔法の〔上位・酸属性遮断 グレーター・ブロック・アシッド〕を発動し、傷口からの黒い液体を浴びながら、その肉の深くに分け入り、右手を限界まで伸ばす。核があるなら少しでもその近くへ、無かったとしても中心に近づくために。
そして残存魔力と神気で最大強化――「〔絶対的枯死/アブソリュートブライト〕」




