テスト3
ソワラを呼び出した時と同じように、地面に光が起こりタドバンが現れる。
『にゃおん』
「……いつからネコになったんだ、お前は」
『トラがネコのように鳴いたところで誰も困らぬ。ネコはトラ。トラはネコ。これぞ真理である』
「お前も一つの真理を得たか」
ルキウスとタドバンが通じ合っていると、空から黒い影が飛来する。
『にゃおおー』
ルキウスの目の前に尻尾が二本の黒猫がストッと着地した。
「いきなりひとりにするとは酷いのですー」
人型に戻ったウリコが二本の尻尾をピンと立てて抗議の声をあげる。
(こいつ、あの高さから普通に落ちてきたのか。非戦闘職でも千レベルあれば五十メートルぐらいは余裕か?)
ルキウスは上の窓へ目をやる。
生命の木の窓は人が通れるサイズではないが、変身すればどうとでもなる。防犯上の欠点だ。
あれもなんとかしないと、虫は虫よけ使っとけばいいか。ルキウスはそう思いながら視線をウリコに移した。
「タドバンに用事があったから呼んだのだ。お前もソワラに〔会話接続/メッセージリンク〕をかけてもらえ。ああ、でもうるさいから私には連絡しないように」
「つまはじきものなのです! 意味がないのです! 金の無駄なのです!」
「用件はソワラに言え。ソワラから聞く」
ルキウスは魔法を使用させるためにソワラを呼ぶ。
「ソワラ、魔術に問題はないか?」
「問題と認識するべきか判断しかねますが、生物は死んでも変化が解けなくなっています」
ソワラが巨大化したアリを見た。
アトラスであれば、死ねば大半の魔法効果は消失する。あのアリなら本来のサイズに戻るはずだ。
「あれは効果を固定してあるのか?」
「いえ、変化させてから始末しただけです」
「ならば、時間切れでサイズは元に戻るか?」
「そのあたりも調べておきます」
「サイズを永続的に固定できるなら、大量の肥料とか食料が得られるかもしれないな」
(質量保存の法則ってなんだっけ……いや、変化したなら戻らないほうが無理がないか)
「死の概念に変化があるなら、術式に影響が出るかもしれません。やはり、大きな術式を試す必要があると思います」
「そうだな。だが本格的な実験は他の者を呼び出してからでいい」
ルキウスは魔術に詳しくない。
魔術関係のクエストでのNPCによる講釈は聞き流していた。魔術の学術体系はAIが製作したもので難解だ。彼には意味不明な話で、魔術系の連中に投げておこうと固く誓った。
「ウリコに〔会話接続/メッセージリンク〕使っといてくれ」
「わかりました」
ウリコはタドバンを撫でている。ウリコはタドバンとセットにして放置しておくのが面倒がなくていい。
「それじゃあ、タドバンはあの木を全力で殴ってくれ」
ルキウスがどっしりとした樹木を指さして言う。
『なぜ、そのようなことを?』
「テストの一環だ。とにかくやってくれ」
タドバンは尻尾をゆっくりと揺らしながら木へ歩き、瞬時に右から左へと前足を軽く払った。大きな音もなく木がえぐれ、木片がはじき出された。
ネコパンチ零式、防御力を一定量無視するクリティカルが出やすい技だ。
ネコと名前にあるが、ネコ科動物の修得する技は、すべてネコ系技群に分類されてネコ科動物で共通だ。タドバンは機動力重視の立ち回りをやるため、猫、豹の名を冠する技を多用する。虎や獅子とは無縁のレッドライトニングタイガーだ。
ルキウスは前足型にえぐられた溝を覗き込んだ。断面は、繊維がかすかに毛羽立っていた。
撫でれば湿っている。感じたことがない質感だ。切り立ての木材とも研磨した木材とも違う。鋭利に切断された繊維と、擦れて圧迫された繊維が交互に混ざっている。
「誰だか知らんが、ふざけてやがるな。くそめ」
ルキウスがのどの内側に向ける調子で呟いた。
「見事、見事。流石はタドバン」
ルキウスが一拍あってから褒める。
『ふん、この程度は造作もないことよ』
タドバンの大きな顔がふくれ、どことなく誇らしげに見える。
「次は……お前銃を持っているか?」
ルキウスはウリコを見て言った。
「持ってるですよー」
ウリコは空中にインベントリを開き、手を突っ込むと青いハンドガンを取り出す。
「貸してくれ」
「はい、です」
ルキウスは銃を受け取る。
熱線を発射するブラスターハンドガン。パッと見はおもちゃの拳銃。銃口部分だけが金属だ。
外部の材質は青い合成樹脂、グリップ部分の弾倉は共通エネルギーパック。
アトラスなら町でエネルギーや弾丸を補給できた。
この銃の等級を覚えていないが、中級プレイヤー向けと推測した。上級になるとハンドガンで熱線より上、最低でも素粒子系のビーム武器になる。
ルキウスは銃をえぐられた木に向け、しっかり狙って引き金を引いた。
幹の一点がジュッという音と白い煙を少量吐き出し、焦げた黒い点を作った。
「なるほど」
「ウリコ、同じ点を撃て」
「ウリコの方がずっと上手く扱って見せるのですよー」
ルキウスの面倒くさそうな顔の前で、ニヤニヤしたウリコが引き金を引く。熱線はきっちり同じ場所に命中した。
焼け焦げた点は五倍以上に上書きされ、周辺部は発火した。火は一瞬ふくれ上がりすぐに消えた。黒い点、いや円は一部炭化しており、樹皮は欠け中心部は五センチ以上の深さがある
アトラスと同じ、銃の攻撃力に装備者の【器用さ】のパラメータが足されている。
差は槍より顕著、装備できない武器はパラメータがのっていない。
「これがお手本というものなのですよー」
ウリコがくねくねしながら調子に乗っている。
ルキウスがこの女をじっくり見ていると、なぜだか言いようのない不安が湧く。出所不明の巨大な圧力に巻き取られていく気分だ。
「なるほど……」
ルキウスはそう言いながら、おもむろにウリコの尻尾二つをまとめて掴んだ。
「にゃ!」
ルキウスは腕を振り上げ、頭の上でブンブンとウリコは振り回すと、低い軌道で十メートル以上投擲した。
「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ」
回転しながらウリコは空中で態勢を立て直し、綺麗に着地すると即座に大きく跳躍して戻ってくる。
その超人的な動きは、ルキウスに自分の身体能力を自覚させた。
「何するのですかー、プンプンなのです。悪社長! 悪社長!」
「なんともないらしいな。ちょうど人を投げたい気分になったところで、目の前に掴みやすそうな尻尾があったからな。投げやすかった」
『主よ、我にも尻尾はあるぞ』
「私も尻尾ぐらい生やせますよ。ルキウス様」
(何のアピールだ。この子もちょっとおかしいな。俺がしっかりしないと、俺に生存が懸かっている。慎重にやらないといけない、面倒だ、面倒くさい)
「ウリコは駄目ですからね、投擲禁止なのです」
ウリコだけが正常だ。喜ぶべきなのだろうか。
「色々わかった。次だ。ソワラはギャッピーを出してくれ。私が戦う」
「ルキウス様の相手を務めるならデゴダドデンゲぐらいでなくては」
「いや、召喚と戦闘のテストをしたいだけだ。ギャッピーでいい」
ルキウスも召喚魔法は使えるが、動物を撲殺するのは抵抗があった。
彼はレジェンドボクトーを二刀流で構える。
「では、〔異星生命体召喚/サモン・エイリアン〕」
不承不承ながら、ソワラが召喚を行う。
空中に小さな黒い渦が現れ、中から黒の粒子が湧きだしてもやが発生すると、そのもやはすぐに集束して形を成した。形を成したものがボトッと落ちる。
「ギャギピィィー」
湿り気を帯びた鼻濁音が響く。
カブトガニに近い形で、体の横に細長い虫のような足が飛び出し、頭に鋭利な円錐状の角、その角の下には虚ろな雰囲気の大きな目が一個ある。全身は褐色でぬめり、段とひだがある内臓的な質感だ。
これが標準的で最弱のギャッピー。種自体が弱く。三百レベル台までしかいない。狭い場所に集団で潜み、獲物が近づくと飛びかかりその角を突き刺す。
異星生命体は特殊な環境にしか生息せず、遭遇頻度が低い。いきなり集団で現れ、プレイヤーに悲鳴を上げさせた。
まともに戦えば苦労しないが、独特の印象でプレイヤーの記憶に残るアトラスを代表する魔物、それがギャッピーだ。
一部に熱烈な愛好家が存在し、中にはギャッピーに変身して一日中岩の隙間でギャッピーと過ごし、ギャッピーと共にプレイヤーを攻撃する上級者もいた。
ルキウスと森を守る愉快な仲間たちがいる森では、単発のギャッピー突撃はルキウスの「こんにちは」に等しく、こなれた森の侵略者は「神降臨、神降臨」と返す。
「……かわいくないです」
ウリコが一歩引いた。
『いつにもましてまずそうであるな』
「ええっ、かわいいじゃないですか。かわいいですよね? ルキウス様」
「私は世の中に多様な価値観があることは素晴らしいと思う」
ソワラの人格傾向はキャラクター作成時に設定したものではない。
〔純妖精人/フェアリーエルフ〕の性質でもない。妖精にも奇妙な外見の種は存在するが、異星生物の外見とは一線を画する。この性質は〔異星傾倒者/エイリアニスト〕の職業に起因すると推測された。
やはりサポートは初期設定と職業構成で人格が決定されている。
「では戦う。私へ差し向けろ」
「では参ります」
ギャッピーがカサカサと走りだし、瞬時に最高速度に達する。安定の気持ち悪さを提供するギャッピー隊員だ。
ルキウスに接近したギャッピーは、胴体に向かって渾身の飛翔を見せる。
ギャッピー愛好家なら、シャッターを連写する超軼絶塵の跳躍。ルキウスは余裕で避け、剣を振り下ろす。
ギャッピーは真っ二つになり体液と肉片をぶちまける。それらは地面に達しない。その体がばらけた途端に、ギャッピーは黒い粒子となって霧散した。
こうしてギャッピーは死んだ――わけではない。召喚体は仮の体、召喚者の魔力で体が構成されている。召喚体が破壊されると、異次元の召喚元に送還される。
「ふむ、召喚はいつもどおりかな?」
「今のところは問題ないようです」
ソワラが淡々と答える。
「ならば最後の実験にいくかな」
ルキウスはインベントリから、【先読みの葬死帝鳥の羽根】を取り出す。これは魔法使用時に消費する触媒の一種で、同名の魔物を討伐すると得られる。
このハトぐらいの鳥は、全身は光を飲みこむ黒で、尾には金の眼のような飾り羽根、顔には赤い不気味な模様があり、胸元に白の頭蓋骨模様をもつ八百レベル台の魔物だ。
物理型遠距離即死攻撃を連発しながら、距離をとり高速で飛び回る特殊な行動形式で、攻略する上で適正レベルはあてにならない。即死対策さえあれば安全で、攻撃を当てられるなら討伐できる。
射撃大会では的に採用される。対策すれば安全で、適度な距離を維持してくれるからだ。
ルキウスの縄張りであるナワケ密林地帯にも出現する。彼にはおいしい獲物だった。
この鳥の生息域では、良質な土も採取でき、一石二鳥であった。土は作物栽培や植物系魔法の触媒に使用できる。
このような魔法触媒は、魔法によっては必須だが、大量の触媒を持ち歩く必要はない。アトラスの通貨のアトラス金貨――単位はヘラの消費で代替できる。
よって魔法触媒は、こだわりの魔術師プレイを嗜む者や、対人戦で優位に立ちたい者が使う。
葬死帝鳥の羽根は、上位の予知系触媒。大量に所持しており、失っても困らない。
ルキウスは戦闘クエストと対を成す推理クエストで、魔法効果が現実的なのを思い出した。
現実とは正に今である。
推理クエストは戦闘以外を基本手段としてクリアする。街中での事件捜査、地道な遺跡調査に、ダンジョンの一部だけが推理クエストの場合もあった。
そこで役に立った魔法の代表が〔先見 /フォアサイト〕。
戦闘では、回避力の増加に、一部の状態異常耐性を上昇させるこの魔法は、推理クエスト内では、次に向かうべき場所、トラップの場所、注意すべき人物を教えてくれた。
「何が見えるかなと、〔緑の先見/ヴァーダントフォアサイト〕」
ルキウスは期待して、ヴァーダントの名を冠する魔法を行使する。
基本的に枕詞がつく魔法は、範囲限定で効果が強い、範囲が限定されるが低レベルで使える、元の効果に別の効果を追加する、そんな魔法だ。
手に持った羽根が、先から粉々になって消えさった。断片的な映像が見え、さらに歪んだ絵、匂い、距離・方向感覚などが入り混じる。
「急用ができた! お前たちは安全な場所にいろ。ソワラ、問題があれば連絡せよ」
「え、え? ルキウス様」
戸惑うソワラをよそに、効果が途切れた瞬間、ルキウスは動いた。
「行けるか? 〔緑の瞬間移動/ヴァーダントテレポート〕」
ルキウスはその場から瞬時に消えた。