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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-6 東の国々 眠りの国
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肉球根2

 騒乱の規模から被害は少ないといっても、現場の兵士、住民にはなんの関わりも無い話で、彼らは人生最大の危機に直面していた。


 所々で悲鳴と怒号が飛び交い、住民が必死の形相で逃げ惑う。

 今や、暗い大通りは数百の蛙足であふれ返っていた。


 奇怪な足取りでひょこひょこ進撃する影。管を脈打たせ、時には管をしならせ投げるようにして、若干粘った酸を勢いよく噴出させる。


 酸を頭から被った男が、聞く者を恐怖させる絶叫をして、頭を押さえ倒れた。

 道を転げ回った男は、じきに静かになったが、体は激しく痙攣している。

 白煙と異臭が漂う。頭蓋骨が溶け落ち、露出した脳髄も、泡が消えるように無くなる。

 怪物がそれを管で引き寄せ、大きな口でガリガリとかじりとっていく。


 この恐るべき光景は、王都の住民を氷漬けにした。より大きな悲鳴が闇を切り裂き、逃げる人々の心を圧迫していく。


 家の中に閉じこもった住人もいるが、蛙足の怪物は生命体の反応を見逃さない。窓や扉を酸で破壊、そこから管を内部に突っ込んで、酸を噴きかけ獲物を溶かすと、管をにゅうっと伸ばし、残骸をつかみ食べている。

 管はそれぞれが考えているように器用で、近い人間には直射、遠いと広範囲にまき散らす。


 接近戦しかできない魔物であれば、大盾やバリケードで効果的に足止めできた。しかし射程は短いが矢より危険、盾も鎧も武器もすぐに駄目にしてしまう強酸だ。


「どうしろってんだ。こんなもの」


 大通りで蛙足と離れて向かい合う衛兵の一人が、持っていた松明を投げつけた。

 当たった蛙足がプルプルと震え、松明は落ちる。群れの中に落ちた松明が、その異様な姿を不気味に照らし出す。蛙足達は火を少し避けると、何匹かが酸で消火した。


 三十人ほどの衛兵はそれを見て恐怖する。知能がある、例え少しでもあって欲しくないものだ。


 衛兵の詰め所にある装備で有効な武器は弩弓クロスボウだけだった。多くある長槍より酸の射程が長い。

 石は簡単に溶かせないようなので、建物に入り、横から突いてみたが、管が中に入ってきた瞬間に逃げ出し、どうにか助かった次第である。


 敵の性質からすると、大量の弓兵や錬金火薬・油、大砲があれば撃退は可能に思えたが。


「よそにも出てきている応援は来ない」


 言った衛兵の手に握られているのは響き石だ。この石は別の石と同期して振動する。同時通話はできない。

 使える距離は、全力で怒鳴れば、王都の端から端でどうにか使える。

 それが絶望を伝達し、衛兵は一様に暗い表情をする。


「だからどうしろってんだ。増援が無ければ何もできんぞ」


 衛兵は基本的に皮鎧レザーアーマー、片手剣、槍ぐらいしか装備がない。


 さらに彼らは街の北側にいる。この辺りはハンターの溜り場が無いから、周囲にはいないだろう。

 そして蛙足のやってくる方角に城がある。背に城があれば、城からの援護が期待できるが、それも無し。


「前列の足を潰すんだ。前が止まれば後ろがつっかえる」

「一発二発当てても止まらんぞ、大砲がいる」


 弩弓クロスボウを撃ち続けている衛兵が言った。矢は刺さっているが、刺さったまま前進してきている。


「足ったっていっぱいあるんだぞ。それに見ろよ。前に進むのに使っているのは後ろ側にある」

「あれ全部を殺すのは無理だろうが、それぐらいしかできんだろう」

「槍を投げたら?」

「馬鹿野郎、こんな槍が飛ぶものかよ」

「油でも撒いて燃やすしかない。建物に入って上からならやれる」

「油なんかどこにあるってんだ、精々、鍋一杯分ぐらいのものだ」

「だいたい、あれはなんなんだ! 騎士団・戦士団の仕事だろうに、この装備で相手にできるか」


 魔法兵団が省かれているが、彼らが応援に来るのは最初から頭に無い。彼らは重要施設から動かないはずだ。


「うおお、下がれ」


 話に意識が向いた彼らの上に酸が飛来した。それは彼らが緊急に飛び退いた場所を直撃する。しぶきを受けた衛兵がうなったが、大した被害は無かった。


「これ以上後退はまずいぞ」


 損害は無くても、何もよくなっていない。彼らはじりじりと後退する。


 彼らは精兵ではないが、ここを後退するのはまずいとわかっている。

 ここから数十メートル下がると大通りの十字路。そこまで行かせると街中に分散される。もっとも、今も脇道にそれる個体がいる。いずれ回り込んでくるはずだが、まずは目の前だ。


 しかし、この緩やかなれど留まることなき異形の進軍。

 かくなる上は、大盾を掲げて、決死の攻撃を敢行するしかないかと思われた時。


 どこからか、ヒュッと風切り音が聞こえた。

 次の瞬間、ボゴッと湿り籠った音がして、先頭の蛙足が唐突に黒い液体を周囲に散らし、全ての足が力を失い、くずおれた。そのまま動かない。


「何が起こった!?」


 多くいる蛙足の一匹。それをよく見ていた者はいない。

 だが、立て続けに同じ現象が起きる。

 風切り音が何重にもなり、ほぼ同時に五匹の蛙足が衝撃を受け、上部から黒い体液を垂らして、ゆっくりと動きを停止した。


 偶然こちらに向かって倒れた一匹、その中心に突き抜いたような穴が見て取れた。しかし、穴の中には何も無かった。


「上からだぞ」


 建物の屋上探る衛兵達の目には何も映らない。しかし音は確かに上からする。

 音は鳴り止まず、蛙足の進軍は渋滞して停止した。


「魔法か。いったい誰が?」

「なんだっていい。今の内に周囲に人をやって家の中に籠っている住民を避難させるんだ」



 王都レンダルより約二十キロ西にある高台の森。

 白い長弓ロングボウを空目掛けて構え、絶え間なく矢筒から矢を取り出し、自動化されたように次々矢を放つ金髪の妖精人エルフ


 顔の半分を覆う大きく分厚いゴーグルを着け、体には木鎧ウッドメイル、皮の腕甲ブレイサーを装備している。今は特徴的なゴーグルを着けているが、普段の姿はルキウスによく似ている。

 彼は《秘術射手/アルカナアーチャー》などの職業クラスを有するエルディン。


 そしてその足元、高さ約四十センチで、車輪のある手足のある立方体の上に回転する分厚い皿のような物が載っているのが、グラッツ三十二型。

その横にいる風妖精シルフのメテリオン、見た目は薄っすら青く輝く光球。


 矢は目標に命中すると、自動的に矢筒の機能で中に転移する。これで痕跡は残らまい。


「命中、命中、命中・・・・・・」


 王都に展開したアリほどの飛行型観測ドローンとリンクしたグラッツ三十二型が、指定した標的への命中を示すコールを繰り返す。


「北から突風、王都全体から上昇気流が起きてきてるよ」


 メテリオンはグラッツ三十二型と量子接続して、風の情報をエルディンに渡す。

 この二体の収集した情報がゴーグルの画面に転送されている。


「その調子で頼むぞ。森と違って、俺には地形が見えない」


 エルディンは位置情報と風情報だけで射撃して、標的を追尾するような能力は使っていない。自分の意図しない軌道を飛ぶと、誤射の危険があるからだ。

 淡々と、しかし極限の集中による連射が続く。


「ああ、ルキウス様が場所を訪ねても、来なくてよいとしか答えてくれません」


 ソワラがその横を速足で、バキバキと枯れ枝を踏みつけ歩く。


「ああ、なんということでしょう。来なくてよいだなんて。そんな言葉ならいらなかった」


 ソワラが足を止め、俊敏にターンすると、また同じように歩く。


「前の時だって、出番が無かったというのに」

「おい」

「そもそも、なぜ私を共にお連れいただけないのか。一人では不自由が多いはずなのに、まさか私の知らないところで魔法使いを見つけたのでしょうか、ギィィー」


 表現しがたい多重にぶれた機械音のヒストリーが、エルディンの耳を突き刺した。


「おい」


 エルディンがさっきより強く言うと、ソワラが苛立った調子で返した。


「なんですか、うるさいですね」

「よそでやってくれ、気が散る」

「なんですって! 私はルキウス様の心配をしているのですよ」

「そのルキウス様から、あれを減らせとの御命令だ」

「そんなもの、私をお連れいただければ、本体だって三分で終わらせて見せるものを」

「仕方ないだろう、本来、ルキウス様最大の前衛は森そのもの。森が無い場所では壁を確保できん。魔法使いは出せないだろう。テスドテガッチは目立ちすぎるし」

「そもそもあれの本体がいる程度深さ。この大陸の奇妙な地殻ごと撃ち抜き消失させてやるものを」


 エルディンの言葉が聞こえはしても、理解する気の無いソワラにうんざりする。主が外に出る際に彼女を連れていかなくなり、苛立ちが募ってきている。


 エルディンは主が場所を告げないのは、標的が王都直下にいるからだろうと思った。掘るには上を更地にするしかないが、それは無理だろう。

 しかし、それをやらずに本体に到達し、戦闘中の主の彗眼には敬服するしかない。やはり、同じ妖精人エルフでも偉大なる神ともなれば、常人には見えざるものが見えている。


「都市が消し飛ぶだろうが、それに地下を刺激するなとターラレンが言っていたのを忘れたか」

「ターラレンが大仰に言うのは、いつも理論上の話でしょうに。あれは実際に確かめたものではない」

「とりあえずやってみる、の実験魔が、実験を止めて、関連情報の収集をしているのだ。それだけのことと見ているんだろうよ。最近は俺の小屋まで上がってきて星を見ているな。なぜ、地中のことで星を見るのか知らんが」


 ターラレンを含めての三人が、主力中の妖精人エルフでそれなりに親しい。


「もう! あんなジジイはどうでもいいのです。放っておけば、一人三役ぐらいになって喋り続けますからね。とにかく、早くなんとかするのです、エルディン」

「だから手早くやって欲しいなら集中させてくれ。ここは生命の木と違って、観測能力が低い。さらに発射元を探知されないように、慣れない山なり軌道で射っている。人も多いし、気を使う」


 話しながらも、エルディンの手は動き続ける。


「多少巻き込んでも、さっさと終わらせればよいのです。そう、終われば、ルキウス様を探しにいってもよいのでは。よいはずです」


 ソワラが一人で納得を始めた。エルディンは最近これをよく見る。


「この距離ではずすのは俺のプライドが許さん。ぎりぎり有視界射撃なんだからな。一匹一匹仕留める」

「つまらないことを言っていないで、さっさと全滅させなさい。ドーンとですよドーンと」


 ソワラが杖を振り上げる仕草をする。それを見たエルディンが美学の無い奴めと、心中で悪態を突いた。


「命令は全滅させろではなく、国家運営上問題無い程度まで減らせ、だ。受けた命令に従っていればいい。ルキウス様が判断されたことよ。それが正しい」

「ああ、ルキウス様ルキウス様、いったいどちらにおられるのか」


 ソワラがまた往復を始めた。

 エルディンは、それに顔をしかめたが、矢を射り続けた。

 命中のコールがひたすら続く。



 路地裏の屋根の上を駆ける気配無き存在、メルメッチだ。彼は蛙足を発見すると、笑みを浮かべ、即座に上から飛び掛かった。


「いた。不格好なのに意外と速いな。はい、小せえ小せえ」


 小せえの術を受けた蛙足が、見る見る間にネズミほどに縮む。それの上に着地して、両足でぐちゃっと踏みつぶし、その足で身軽に跳び上がって屋根へ降り立つ。


「おいらにかかればこんなもんさ」


 そしてまた次の蛙足を目掛けて走る。不可視の小人が、群れからはぐれた蛙足を次々と気楽に踏みつぶしていった。

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