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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-6 東の国々 眠りの国
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肉球根

 竜の鋭い眼光が正面を睨み、深く吸い込んだ息を吐き出す。

 ボウッと、体に収まっていたのが不思議な凄まじい暴流が、爆発的な勢いで射出された。


 白熱した炎は一直線、拡散せずフワイ=グワエガの中心に突き刺さる。そして刺さった炎は、水がこぼれるようにあふれ、壁一面を業火の膜で覆った。それでも収まらず、さらにトンネル側まで壁をなめて少し逆流した。

 トンネルが熱と光に満たされていく。


 フワイ=グワエガが劇的に痙攣するような反応を見せ、無数の触手が激しく暴れのたうつ。その触手も炎に掛かり、ことごとくが灰になって舞い散る。


 この炎はただの高熱にあらず。魔法的に、触れた物体を問答無用で灰燼に帰す吐息。ゆえに金属も石も、この燃焼には抗えない。


 爆発的に発生した灰が、標的から湧き出す。


「〔予言されし流星/プロパイズドメテオ〕」


 横合いからの声と同時、術者以上に大きい燃え盛る塊が、業火の中心へ直線を向かい描いた。そして爆発。強烈な爆風が発生するが、それは目標から離れて広がらない。

 手をかざしたディープダークが破壊を凝縮させている。


 少しずつファイアブレスが絞られ細くなったところで、ルキウスが口を閉じ、ファイアブレスが終わる。そして隕石の爆発も収束していく。


 トンネルいっぱいに灰が舞っている。

 しかし、赤竜レッドドラゴンの視界は灰も煙も関係なく見通す。


 ファイアブレスと隕石が、フワイ=グワエガの中心にクレーターを生み出し、数十メートルにわたって肉をえぐりとった。

 肉の球根は迎撃のための新たな触手を伸ばし始め、クレーター部分から黒い液体を噴き出し、傷口を激しく波打たせた。


(素直に火属性が弱点だな、あのサイズ、相当な耐久力。このまま距離を取って焼くのが安全か。今のうちにマジックポーションを)


 ルキウスは腰に手を伸ばしたが空振った。怪訝に思い、さらに探ると湿ったものに触れた。

 視線を下に落とした。


 下半身が無かった。腹からちぎれている。分離した下半身が視界のすみから現れた。上半身は下半身を置き去りにして後ろに流されているらしい。


(馬鹿な、衝撃すら感じていないぞ!)


 ルキウスがとっさに見たのはディープダーク。ここまで持続した警戒心が、ここ一番での裏切りを想起させた。

 それほどに正面からの攻撃とは思えなかった。


 そのディープダークはちょうどこちらを振り向いた。見た瞬間、体が強張った。表情は見えないが驚いているに違いない。


(思い過ごしか)


 本体が分体や眷属と相互影響をおよぼすスキル、魔法がある。

 分体が存在数に応じてなんらかの強化、弱化を得る。逆に分体を倒された数による強化、弱化。分体が残っている状態で本体がダメージを受けると特殊な行動を取るなどだ。


(分体を無視して本体はまずかったか、しかし断定はできん)


 そしてこの状況、一番まずいのは分体が倒した数による強化。地表部は都市、山ほど人がいる。

 しかしその可能性をルキウスは否定した。この系列の強化は上昇が緩やか、さらに敵が出現して間がない。


 考えていると、先見フォアサイトが上半身めがけて迫る触手を捉えた。

 鞭のようにしなり、打ちつけようとする触手は、最初に見たどれよりも長い。新たに生えたとしか考えられない。

 下半身を引き寄せ、回復する時間はない。


「仕方ない」


 ルキウスが黄色い宝石がついた【定まらぬ運命の指輪】に神気を込める。宝石が内から弾け飛び消失し、ルキウスの体が一瞬で完全回復する。

 神気を使っての魔道具使用。効果は起きた事実の抹消。さっきの一撃のダメージを消滅させた。


(アトラスでは割高で無意味に思われたこれも、現実では役に立つ。かなり神気を使ったが)


 抜き放った二つの長剣ロングソードを交差させ、側面から襲う触手を受ける。数十メートル飛ばされたが難なく着地する。


 攻撃の威力は軽い。これでダメージを受けたとは考えにくい。なんらかの特殊効果。


 落ち着いて前を見ると、フワイ=グワエガのクレーターの中心から、特別に長い触手が生えていた。おそらく、これが生えると同時に、凄まじい速度と威力で攻撃してきたのだと、ルキウスは思った。


「下がる」


 ディープダークが状況の変化から後退する。ルキウスも続く。百メートル以上距離が開いた。


「壁を張る。〔溶岩壁/ラヴァウォール〕」


 トンネルの真ん中に溶岩の壁が現れ、一気に伸びてトンネルを遮断した。これで戦闘が中断される。


「……大丈夫かい?」


 ディープダークが疑問気に言った。

 致命的なダメージを無効化するには、事前に強力な魔法を掛けておくのが普通。後出しで無効化できるのは神気しかない。高位の魔法使いなら、奇妙なことをやったと気付いたかもしれない。


「対処した。そちらに攻撃は行ったか?」


 ルキウスは事務的に答える。


「いや、あれはカウンター型かな。僕の分もそっちに行ったのかも」

「どうかな。独立した能力にしては強すぎる。一気にやりすぎて、損傷で発動する能力が一度に複数発動したのではないか。さもなければ原因は地上にある。この意味がわかるか?」

「わかるよ。地上から処理しないと厄介かもってことでしょ」


 話がすぐに通じるあたり、相手も難敵との戦闘経験があるようだ。


「ここから地上に飛べるか?」

「ちょうどそこが土で完全に遮られていないから、飛べると思うけど、地上の敵から掃除する?」


 土自体も汚染され、転移に支障があるが、上位の魔法使いなら突破できるレベルだ。

 ルキウスは少し考えてから答える。


「いや、さっきは少しばかり油断した。届くと思っていなかった。受けるつもりなら受けられた。今も壁が破られていないから、さほど攻撃能力はない。それに上は上の人間になんとかしてもらうさ」


 触手が溶岩壁を叩いて、鈍い音を繰り返しているが破壊できてない。そろそろ壊れそうだが、ルキウスに致命傷を与える力なら一撃で破壊できそうなものだ。

 この提案に相手も考えてから答えた。


「そうだね。上は上の人間にやってもらおう」


 上には戦力がいる。ルキウスの部下も、王都に元からいる戦力も。この国は首都が国境寄りだ。当然、ここに最大戦力がいるはず。

 分体は多いが弱い。相手にできるはずだ。そして、ディープダークが部下と接触する可能性はゼロが望ましい。


「だが一気に削るとまずいかもしれん。用心しながらだ。何かに反応して急激な変化をする」

「地道に〔火球/ファイアボール〕でも撃つかな」


 上の変化が二人に有利とは限らない。しかし、二人はお互いに強引に押しても倒せると判断した。

 溶岩壁が向こう側から粉砕され消滅した。再び戦闘が再開する。




 ザンロ・ニレは崩れゆく建物から走って外に飛び出した。

 炭髭のアジトの一部と庭が陥没して、その一角が崩壊したのだ。


「おいおい、なんだこれは」


 外に出たザンロが目にしたのは、円形に盛り上がっていく庭の一部。どんどん盛り上がり二メートルになると、今度は少し陥没した。

 その中心部から吐き出されるように、ぽんっと奇妙なものが飛び出し着地した。


 大きさはザンロと同じぐらい。

 カエルのような足が底部に四対、四方に向け付いている。どの方向にでも進めそうだが遅そうだ。


 その上に内臓的球根とでも呼ぶべきものが乗っている。球根の正面には、やや突き出した大口があり、中には牙と表現できる歪なごつごつとした突起物が並ぶ。球根から血管のような管が四本、上に伸びている。

 全体は暗い緑色である。


「まったく酷い目に――なんですか、こいつは!?」


 浮き石のリーダーが建物から出るなり仰天して叫んだ。建物から次々に出てきた人員が驚きの目でこれを見る。


「知るか、植物系? でも動物的な足があるな。根っこの変形には見えねえ」


 彼が見慣れた、根を足のように使い移動する植物の魔物とは一線を画している。

 蛙足はザンロの前でもぞもぞと動き始めた。口をもごもごと動かしながら、よたよたと。さらにまた、ぽんっと新しいのが追加された。


「悪、負の属性なし」


 後ろで精神集中していたグラシアが言った。吸血鬼ヴァンパイア関係ではない可能性が高い。


「召喚体か? 前に遺跡の罠でやたら同じのが出てきたが。しかし召喚陣はない。  背中から離れるなよ、これは話ができそうにねえな」


 ザンロが見る限りでは、地面の下に魔物の溜り場があったと考えるのが妥当だ。

 そして、彼らはなんらかの手段でこちらを認識し、口のあるほうを向け前進する。


 ザンロが表面にとげのような盛り上がりが無秩序に存在している巨大な塔盾タワーシールド――闘打の盾を左に構え、赤い戦棍メイス――即剛火道を右手に握った。


「了解いたしました」

「あれに対して陣形だ。錐形。死角を作るな。こいつを知ってる奴は?」


 返事はなかった。当然か。この特徴的な形、本で一度見れば覚える。森でも一目見れば、すぐに噂になる。


「こいつは魔物だ、それでいいな、お前たち」

「討伐報酬があることを願って戦いますよ」

「未知の魔物ならそれはそれで何か出るだろうよ」


 運命の開拓者と浮き石の面々が同意する。


「やるぞ。街中で放置はできん。回りこもうとする奴から遠距離攻撃だ。反撃を警戒」


 目の前では蛙足がどんどん姿を現し、奇妙な足取りでゆっくりと周囲に展開している。数は十を超えた。カエルのような足を思い切り伸び縮みさせて歩く移動速度は、人の速足ぐらいか。

 口をガタガタと鳴らし、不穏な気配を見せ始めた。


「〔火球/ファイアボール〕」


 魔術師の杖先から放たれた小さな火球が、球根部に直撃して炸裂した。大きく膨らんだ炎が、五、六匹を包んだ。炎は一部を表面を炭化させ、それ以外も焦がし黒くした。

 炎を受けた蛙足はその管を激しく振り回した。


 さらに矢が深く刺さり、黒い液体が傷口から漏れ出した。

 ダメージを受けた二、三の蛙足の動きが鈍り、足取りが余計におぼつかなくなった。バランスを崩し、傾き這いずるように動いている。


「火は効いてるな、矢はわからんがどんどん撃て」


 まっすぐに接近した個体が、三メートルの距離で止まり、四本の管を曲げ、こちらに向けた。


「注意! 何か来るぞ」


 すべての管から液体が勢いよく噴き出す。ザンロは盾で受けた。

 盾で反射した液体は、地面の枯れ草の上に散ると、ジュッと音を立て、白煙を上げた。


「酸だ、耐性なしはかわせよ」


 森を活動の場とするザメシハのハンターは、ベテランともなれば一定の酸、毒耐性の装備や、対処魔法を準備している。ザンロにはほぼ効かない。

 ほかの蛙足も次々に管を陣形に向け、酸を飛ばす。コップの水ぐらいの塊が、何発も飛来する。

 ザンロは戦技〈領域防御〉で、盾から横に透明の領域を発生させて、守備範囲を増やした。


「あっちぃ」


 矢を射っていた射手アーチャーの男が、腕に酸を浴びて悲鳴を上げた。


「おい、かわせって言ってるだろうが」


 ザンロが怒鳴った。


「浴びたくて、浴びてはいませんよ。それに少しは耐性が」

「うるせえ! かわせと言われたらかわせ。死にてえのか」

「次からかわしますよ!」


 射手アーチャーが叫ぶように言った。


「障壁を付与します、固まってください。〔集団酸属性防護/マス・プロテクションアシッド〕」


 グラシアが、全員に酸によるダメージと付与された効果を無効化する障壁を張った。各個人の障壁は一定の酸ダメージで破壊される。


「前に出る。グラシアは下がれ」

「了解」

「うおおお」


 前に出たザンロが即剛火道を蛙足に打ちつけた。直撃と同時、打ちつけた場所が火を噴き、ボォンと爆発する。即剛火道の能力だ。

 強烈な一撃を受け、肉がえぐれ、よたついた蛙足を、連続で何度も叩くと横倒しになり、静かになった。


 前に出たザンロ目掛けて次々に酸が飛び、近くの個体は噛みつこうとしてくる。

 酸を浴びても魔法的防御で消滅する、濡れもしないので無視する。

 そして、近くに来た個体に、盾をゴガンと叩きつけた。〈盾撃〉を受けた蛙足が、潰れながらよたついたところに、全力で即剛火道を振り下ろし爆発させる。

 感触は柔らかめだが、強い弾性がある。骨を砕いた感じなし。植物とも動物とも感触が異なる。


 闘打の盾は、盾の攻撃戦技の威力を増す。戦棍メイスと盾と両方でどんどん押し込むのが彼の戦闘型だ。

 次々にのそのそと群がる気味の悪い生物、両手を使い、叩いて叩いて叩く。時には爆発の反動を利用して、素早く戦棍メイスを操り、二匹、三匹を連続して打ち据える。

 仲間の支援を兼ね、盾を構え勢いをつけ一気に進む〈盾突撃〉で、一か所に並んだ四体を一度に転倒させた。


「酸と噛みつきだけなら、俺一人でもやれそうだな」


 情報の乏しい相手、状況が上手く運んでも油断はない。常に盾で受けられる態勢を維持する。

 倒しても倒しても敵は新しく追加されている。いつ終わるのかわからない。


 さらに相手はザンロが感じたことがない名状しがたい気配を周囲に放射している。

 有害なオーラは悪魔や不死者アンデッドが放つことがある。ここにいるハンターは誰も大きな影響を受けていない。効果は弱いと推測できる。


 仲間も落ち着いて戦っている。手堅く陣形を維持し、近くは斬りつけ、遠距離は矢で管から無力化する。

 ザンロがひと暴れして陣形に戻ると、魔術師の男が言った。


「スミルナが騎士団長の首を持って城に入ったとの連絡。加えて、城の庭にこれと同じ穴が空いたようで、城内で応戦中」


 城内の心配はしない。この街の最大戦力がいる場所だ。この程度の相手なら、百、二百は相手にできる。


「おお、首があったか、そいつはいい話だ。しかし道端にでも落ちてたのか? 巣の中なら掃討は誰がやった?」

「寝て起きたら、首があったそうで」

「はぁ?」

「戦闘中なので、あまり細かい連絡はないです。とにかく首はあったので、そっちは探す必要なしと」

「酷い夜だな、何が何やら」


 ザンロはわらわらと寄ってくる蛙足を見ながら言った。


「さっきの恐竜もでしょう」


 後ろからグラシアが言う。


「ああ、そうだぜ。遺跡で妙な物を見つけては、チェリが長々と話すのは毎度毎度だが、街中でこうも奇天烈なことが起きるとはな」


 ザンロの目の奥がらんらんと輝くのを、グラシアは背中からでも見てとった。


「楽しそうじゃないですか」

「ああ、これだからハンターは辞められねえ」


 ザンロはまた近寄ってきた蛙足に強烈な一撃と、爆発を浴びせ、沈黙させた。


「ギルド経由で情報共有急げ、酸の遠距離攻撃、何か悪影響のあるオーラ、足は遅い、火が効く。危険度は、酸耐性があれば三十から五十ぐらいか。一体ずつなら三ツ星で確実にやれる」



 穴は王都レンダル近辺に十数個空き、その全てからアリの巣から、興奮したアリが必死に這い出すように次々と分体が出てきて生物を襲撃した。

 王都北東部を中心に複数の穴が同時にできたために、王都は混乱の極致にあった。


 しかし、事の規模を考えれば被害は少ない。

 深夜にもかかわらず、王都中の兵、宗教勢力、ハンターなど各ギルドの戦力が、戦闘準備をして待機していたからだ。


 さらに吸血鬼ヴァンパイアを捜索、恐竜を追撃していた部隊がすぐに交戦を開始したため、一部の穴の周囲では分体の封じ込めに成功した。完全に封じていない場所でも大通りに展開した軍がどうにか侵攻を留めている。


 さらに騒動により多くが起きていた住民は、街中に突如出現した恐竜が逃亡する際に破壊した南門から、穴の無かった南市外に脱出した。

 戦闘中でほかの門は封鎖されている。これがなければ、南部の人間は近くの穴から湧いた敵にやられていただろう。

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