リッチ
不滅賢者は何かに納得して、ようやく眼球の無い二つのがらんどうを上に向けた。二つの穴には、針穴から漏れ出たような青い光が見えた。
「うぬら、ここがこのグリベン・マクレイルの研究所と知って来たか? ならば返すわけにはいかんな」
闇を伝ってきた低い声が三人の耳元で聞こえた。
「知らん」「え?」「え!」
ルキウスがつまらなそうに言い捨て、二人は驚きを含んだ声を出した。
「どうかしたのか?」
「知らないの?」
チェリテーラがルキウスに顔を近づけて言った。
「何がだ?」
「……グリベン・マクレイルよ」
チェリテーラは眉を寄せて唖然としている。
「知らんな、あんなふざけた髪をした骨の知り合いはいない」
「なーにを、言ってるのよ!! 赤五つ星ハンター機甲魔将マクレイル。大戦後の混乱期を代表する救世七巧の一人。つまり、明確に記録が残る範囲では最強の一角。それが目の前に! 世界の終わりだわ!! 最悪の名付き不死賢者の誕生なのよ」
チェリテーラが激しくまくし立てた。
名付きとは個体名を持つ魔物。特に強力な個体を識別するために使われる。個体差の大きい知能の高い魔物に多い。
これが不死者になると、事情が少し特殊で、生前手練れの剣士であっても、普通に不死者化したなら貧弱な骸骨である。
しかし、特殊な術式などで不死者化すると生前の力を引き継ぎ、さらに強化される。
この場合、発生時から名付きである。
なお、途上で滅した不死者は、外なら名付きになりそうな個体が多くいた。
「またか、よく終わる世界だ。まあ、落ち着け」
ルキウスは面倒そうに言ったが、マクレイルからは目をそらさない。横のディープダークもそうだが、ルキウス以上によく見ている。
「大戦後の混乱期に活躍した〔召喚士/サマナー〕だ。元々は工業技師志望だったが大戦で夢破れ、スンディーで魔術を学んだところ思いのほか才能があったとか。本物かどうかはわからないけど」
ディープダークが、空中で中途半端な形になっていた手を握り直した。
「いかにも! 万能の天才、それがこのグリベン・マクレイル。我が作ればドングリのビスケットだって歩きだすのだ」
「歩いちゃまずいだろうよ」
「圧倒的な才能、融通無碍、そーれがこのグリベン・マクレイル! 我が力を世に示す時が来た」
マクレイルは気が乗ってきたのか、徐々に声が大きくなっていく。
「ああ! 終わりだわ」
チェリテーラが天を仰いだ。
「やかましいぞ、その終わりの根源が見ている」
「我は天才、我は天才、我だけが天才なのだ。そう完璧だ、我はこの形態で完成した」
ルキウスが言ったそばから、マクレイルはわめきだし、整列した屍鬼をなぎ倒しながら走り出した。
「……見てないな、なんだあれは」
「まあまあ、落ち着きなって。不滅賢者なら話が通じる可能性はあるよ」
「話? あれに? シュットーゼが滅びてしばらく経っている。その間、外に出なかったのはなぜだ? 最初から協力関係か?」
ルキウスの見立てでは、黄金林檎を口にする前のシュットーゼより強い。
「マクレイルが死んだのは三百年前。自力であれになってずっと潜んでいたとは思えない。死体を見つけてから、呼び戻す際に何かの契約で従わせたのだろう。契約が切れても大人しくしていたなら交渉は可能だ」
「交渉ね」
ルキウスは懐疑的に言った。
「あれになる魔術師は二種類だ。永遠に研究したい奴と誰かに恨みがある奴。まあ、清い者はあれにならないけど」
「うおおお、これであの小娘――イルスアルセの鼻を明かせる。毎回毎回仕事の邪魔をしやがって、お前が先回りするおかげで俺の評価が上がらねえんだ。クソックソッ、思い出しても忌々しい。何が救世七巧か。我こそが最強。塔のジジイども、理論の妙を解さず術の見た目だけで評価する愚かな民衆、皆殺しにしてやるぞ」
マクレイルが杖を突き上げ絶叫した。
「恨みはあるようだが」
「…………そうらしい。悪の気をはなっているからね。わかっていたさ」
ディープダークが黙り、ルキウスも黙る。その間にチェリテーラが割り込む。
「あんたら、何を呑気に話してるのよ。あいつが遊んでる間になんとかするのよ」
「見えないのか。奴は最初から種類の違うオーラを多重まとっている。それも隠蔽しながらな。誘っていやがる」
「防御術は完璧だろうね。おまけにどれほどの罠があるやら」
「それにあの空間は奴を利する。仕掛けが張り巡らされているな。まあ、全粉砕だ」
「そ、そうなの。もう色々とありすぎて、危険度が計れないわ」
「我が神は自然の理を重んじる。したがって戦闘にルールはない。勝てばよいのだ。あれがなければ、視界に入った瞬間に斬りかかっている」
ルキウスは実際にここまでそうしている。魔術師系に対する基本戦法だ。
「僕も正義を実行するために手段は選ばない。土産片手に近づいて一撃で頭蓋を砕いていたさ」
ルキウスはディープダークのヒーローらしい考えに感じ入ったが、今回は実行不可能だとも思った。
「骨が喜ぶ土産などわかるものか」
「彼はミイラ型の小像とギャーエセク社の白目バッジをコレクションしていたから、それがあれば近づけたさ。シュットーゼはそれを餌に誘ったのかもね」
「今度はそっちもか、詳しいことだ」
「そんな話聞いたことがないわ、結構調べたけど」
「僕はヒーローだから知っているだけ」
「つまり元々悪人だったのか」
「そんなことはないけど」
またディープダークが口ごもった。
「ちょっと、あんたたち、なんとかしてくれるんでしょうね」
「さっき世界の終わりって言っていたが?」
「あんたらしかいないのよ! ザメシハ発で世界が壊滅するなんてごめんだっての。あれと会話した責任を取って、完全に滅ぼしてよ!」
チェリテーラの態度がどんどん大きくなっているが、ルキウスもあれを見逃す予定はない。
そして既に弱体魔法が飛んできている。すぐに効果を発揮せず、任意のタイミングで発動するタイプだ。何度もそれを阻止、解除している。
おまけに放射線を飛ばしてきているので、ずっと除去しっぱなしだ。
「今、支援を掛けている。若返りも掛けておいたから老化による身体能力低下も――」
「余計なお世話よ!」
ルキウスもディープダークも互いに支援魔法を掛け続けている。打ち合わせしてやるべきだが、双方に手札を晒す気がない以上仕方がない。
「こっちは準備完了」
「お姉さんは階段上がって、前の部屋に避難していろ、壁になる余裕はない」
「それがいいね」
「早くしてよね。上にもやばいのがうろついてるのよ」
チェリテーラが目を血走らせて、階段を上っていった。
「注文の多い女だ。だがあれもさっさと終わらせる、それで宝探しだ」
「僕がマクレイルを砕く。キメラはほかをやって」
「ほかってのは壁の向こうにいるのだな?」
「ああ、すぐに出してくる」
「さっきと違って魔法は使えるようだな」
ルキウスは指先を光らせた。
「なら、邪魔は払おう。先に行く」
「いってらっしゃい」
気楽に送り出されたルキウスは、覆面で変化可能な中では、最も速度重視のネコに変化させた。
そして、階段横から飛び降りる。そしてそれと合わせて
「〔火の嵐/ファイアストーム〕」
大量の神気により、範囲を強化された魔法が発動。乱れる火炎の演舞が、数キロにわたるトンネルを覆い尽くし、屍鬼の隊列を火の海に沈めた。
炎の中の黒い影は、揺らめき踊るように消失していく。
熱で起こった風だけを残して炎は去る。
後には消し炭すら残っていない。
「魔法戦にはいい場所だ。それもあってここで待ち構えていたか?」
ルキウスは自由落下で落ちていく。
マクレイルは無傷、ルキウスが警戒して範囲に含まなかったからだ。
ルキウスを見るマクレイルの眼光が強まる。
「アリを潰して、何を得意げか?」
マクレイルが左手を握る動作をする――〔鋼の抱擁/スティールハグ〕。
ルキウスより巨大な手――金属で造られた工業的な両手が、落下軌道に出現した。
指を開き掴みかかろうとする両手、ルキウスは右手をそれに向ける。
「〔上位・金属撃退/グレーター・リペルメタル〕」
右手から放たれた力場が、金属の接近を許さない。巨大な手はルキウスの落下と連動して落下、床に激突。さらに上からの力場と床に挟まれ、ギリギリと音をたて、ひびが入るなり消失した。
マクレイルが静かに杖を突いた。
瞬間、すっかりと広くなったトンネルが赤茶色で埋め尽くされた。
現れた敵の種類は膨大、大きさは小動物からゾウまで多様だが、大型は少ない。
共通してどこか虫のような曲線の装甲である。表面は触れなくてもわかるほどザラザラ。
細長いもの、平べったいもの、戦車を連想させるもの、形状は様々だ。
大半は、大きな足の六足か、下部、側面に小さな足が大量に生えている。トンボのような羽で飛行する機体もある。
センサーとして、丸い半球、細長い触覚や、蛾のように毛の生えた櫛歯状のものがあり、体の各部に様々な形状、銃砲と刃が取り付けられている。
あまり生物的な顔は見受けられないが、強いていえば尖った先端部のセンサーが顔だ。
ルキウスは〔上位・金属撃退/グレーター・リペルメタル〕で蠢く赤茶色を押しつぶし、強引に空けた空間に着地した。
「錆大好きの錆金属、不死者にお似合いといえば、お似合いか」
錆金属、召喚体の一種類であり、金属を錆びさせる力を持つ。そのため、金属装備者を相手にするのが得意だ。
急に召喚したには多い。アトラスの召喚士が召喚できる限界を超えた数。そして壁の向こう側に感じた気配が減っている。
ソワラがやったように召喚体を定着させる技術があるようだなと、ルキウスは思った。
「〔金属弱体化の場/メタルウィーキングフィールド〕、あいにく、こっちは純金属を主装備に使わない」
ルキウスを中心に半径三十メートル内の金属の硬度が下がる。
ルキウスが両手に持つ長剣は虹重石製。色は淡い緑と青を行き来する銀白色。金属に似た光沢があるが、原理が異なる構造色である。
さらに装備品の鋲や、ベルト止めなどは基本的に骨、石だ。金属は指輪ぐらいしかない。
「さらにすべて機械属性」
大小の錆金属が一斉にルキウスの方へ方向転換する。派手に金属がギィーと擦れ合う駆動音が鳴った。
レーザーが暗闇を切り裂き、トンネルに無数の銃声がこだまし、誘導弾が尻から火を噴いて飛び上がった。
ルキウスは力を抜いてそれを眺めていた。
格下の機械、それはルキウスが森に属するものの次に得意な敵、同格ならば厳しい、しかしこの程度は――圧倒。
レーザーは反射、実体弾は届く前に弾かれ、誘導弾は発射元を目指す。
ルキウスを中心に飛び交うレーザーが鋭利な花を咲かせ、弾かれる弾丸が絶え間なく明滅して、音曲を奏でた。
そして、誘導弾の暴力的帰宅、四方八方で錆金属がバラバラに飛び散り、辺りに煙が立ち込める。
「壊れろ」
その煙へ放たれた追撃の言葉――高位魔法〔機械破壊/マシンデストラクション〕が、空気を波打たせた。広く伝わる振動は、振れた錆金属を徹底的に粉砕した。
一部の塵にまで分解された錆金属が、さらに煙を追加する。
その煙を押しのけて、軽自動車ぐらいの錆金属がつっこんできた。
逆間接の四本足で跳ねて接近したそれは、鞘のような細い胴体前部にカマキリのような腕が三対。六本の腕を操り、同時に襲いかかる。
六本あったところで、すべて遅い。
ルキウスは二本の長剣で、振り下ろされた鎌ごと胴体を両断した。
「さすがに、低級ばかりではないか」
残存する大型、二、三百機が、スクラップを跳ね飛ばし、軽い金属音をけたたましく鳴らしながらルキウスに殺到する。
それを見ていたディープダークが壁を蹴り、マクレイルへと跳躍する。
「〔素粒子砲/エレメンタリーパーティクルキャノン〕」
マクレイルの杖から、二本の黒いレーザーが発射された。それは瞬時にディープダークへ到達する。
「戻れ」
ディープダークが軽く手先を払うと、レーザーは気が変わったとばかりに直前で折り返した。
黒いレーザーはマクレイルに当たる直前で、闇に吸い込まれるように消滅した。
(当然、防御しているか。やはり蹴りで終わらせるのが一番だね)
さらに空中で加速する。
マクレイルがそれに対抗して杖を向けた。
「〔斥力/リパルション〕」
ディープダークが目標まで三十メートルぐらいで空中で停止。そして逆にじりじりと後退する。
不可視の膜、万物を押しやる力場の防壁だ。
「なんの、この程度は」
ディープダークは力場へ少しずつめり込んでいく。小細工なしの真っ向勝負だ。
「ほう、ならばこれはどうか」
ここまで一歩も動いていないマクレイルが、杖で床を突く。
瞬間、二人の間に黒っぽい金属の塊が出現した。
歯車からガチャガチャと、パイプからポーッと音を出し、勢いよく体中から蒸気を噴き出している。
それは機械仕掛けの竜。全長は約二十メートル。
長い首の先にトカゲのような顔、背中の翼を羽ばたかせ、手足には鋭利な爪があり、体の各所にはパイプ、腹の中では多くの大きな歯車が回っているのが、隙間から見えている。
赤く輝く眼がしっかりと標的を捉えた。
「〔機械竜/メカニカルドラゴン〕か」
本物の竜に対抗しうる戦力、最も強い生物に対する人間の憧れの結晶だ。
「フハハハ、きっちり油を差してねじを巻いておいたからな。元気がいいぞ。材質は深貴鋼だ。毎日毎日、砂粒ほどを召喚して貯めたのを使って完成させた傑作よ」




