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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-6 東の国々 眠りの国
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リッチ

 不滅賢者リッチは何かに納得して、ようやく眼球の無い二つのがらんどうを上に向けた。二つの穴には、針穴から漏れ出たような青い光が見えた。


「うぬら、ここがこのグリベン・マクレイルの研究所と知って来たか? ならば返すわけにはいかんな」


 闇を伝ってきた低い声が三人の耳元で聞こえた。


「知らん」「え?」「え!」


 ルキウスがつまらなそうに言い捨て、二人は驚きを含んだ声を出した。


「どうかしたのか?」

「知らないの?」


 チェリテーラがルキウスに顔を近づけて言った。


「何がだ?」

「……グリベン・マクレイルよ」


 チェリテーラは眉を寄せて唖然としている。


「知らんな、あんなふざけた髪をした骨の知り合いはいない」

「なーにを、言ってるのよ!! 赤五つ星ハンター機甲魔将マクレイル。大戦後の混乱期を代表する救世七巧きゅうせいしちこうの一人。つまり、明確に記録が残る範囲では最強の一角。それが目の前に! 世界の終わりだわ!! 最悪の名付き不死賢者リッチの誕生なのよ」


 チェリテーラが激しくまくし立てた。


 名付きとは個体名を持つ魔物。特に強力な個体を識別するために使われる。個体差の大きい知能の高い魔物に多い。


 これが不死者アンデッドになると、事情が少し特殊で、生前手練れの剣士であっても、普通に不死者アンデッド化したなら貧弱な骸骨スケルトンである。

 しかし、特殊な術式などで不死者アンデッド化すると生前の力を引き継ぎ、さらに強化される。

 この場合、発生時から名付きである。


 なお、途上で滅した不死者アンデッドは、外なら名付きになりそうな個体が多くいた。


「またか、よく終わる世界だ。まあ、落ち着け」


 ルキウスは面倒そうに言ったが、マクレイルからは目をそらさない。横のディープダークもそうだが、ルキウス以上によく見ている。


「大戦後の混乱期に活躍した〔召喚士/サマナー〕だ。元々は工業技師志望だったが大戦で夢破れ、スンディーで魔術を学んだところ思いのほか才能があったとか。本物かどうかはわからないけど」


 ディープダークが、空中で中途半端な形になっていた手を握り直した。


「いかにも! 万能の天才、それがこのグリベン・マクレイル。我が作ればドングリのビスケットだって歩きだすのだ」

「歩いちゃまずいだろうよ」

「圧倒的な才能、融通無碍、そーれがこのグリベン・マクレイル! 我が力を世に示す時が来た」


 マクレイルは気が乗ってきたのか、徐々に声が大きくなっていく。


「ああ! 終わりだわ」


 チェリテーラが天を仰いだ。


「やかましいぞ、その終わりの根源が見ている」

「我は天才、我は天才、我だけが天才なのだ。そう完璧だ、我はこの形態で完成した」


 ルキウスが言ったそばから、マクレイルはわめきだし、整列した屍鬼ロォトゥンをなぎ倒しながら走り出した。


「……見てないな、なんだあれは」

「まあまあ、落ち着きなって。不滅賢者リッチなら話が通じる可能性はあるよ」

「話? あれに? シュットーゼが滅びてしばらく経っている。その間、外に出なかったのはなぜだ? 最初から協力関係か?」


 ルキウスの見立てでは、黄金林檎アトラスアップルを口にする前のシュットーゼより強い。


「マクレイルが死んだのは三百年前。自力であれになってずっと潜んでいたとは思えない。死体を見つけてから、呼び戻す際に何かの契約で従わせたのだろう。契約が切れても大人しくしていたなら交渉は可能だ」

「交渉ね」


 ルキウスは懐疑的に言った。


「あれになる魔術師は二種類だ。永遠に研究したい奴と誰かに恨みがある奴。まあ、清い者はあれにならないけど」


「うおおお、これであの小娘――イルスアルセの鼻を明かせる。毎回毎回仕事の邪魔をしやがって、お前が先回りするおかげで俺の評価が上がらねえんだ。クソックソッ、思い出しても忌々しい。何が救世七巧きゅうせいしちこうか。我こそが最強。塔のジジイども、理論の妙を解さず術の見た目だけで評価する愚かな民衆、皆殺しにしてやるぞ」


 マクレイルが杖を突き上げ絶叫した。


「恨みはあるようだが」

「…………そうらしい。悪の気をはなっているからね。わかっていたさ」


 ディープダークが黙り、ルキウスも黙る。その間にチェリテーラが割り込む。


「あんたら、何を呑気に話してるのよ。あいつが遊んでる間になんとかするのよ」

「見えないのか。奴は最初から種類の違うオーラを多重まとっている。それも隠蔽しながらな。誘っていやがる」

「防御術は完璧だろうね。おまけにどれほどの罠があるやら」

「それにあの空間は奴を利する。仕掛けが張り巡らされているな。まあ、全粉砕だ」

「そ、そうなの。もう色々とありすぎて、危険度が計れないわ」


「我が神は自然の理を重んじる。したがって戦闘にルールはない。勝てばよいのだ。あれがなければ、視界に入った瞬間に斬りかかっている」


 ルキウスは実際にここまでそうしている。魔術師系に対する基本戦法だ。


「僕も正義を実行するために手段は選ばない。土産片手に近づいて一撃で頭蓋を砕いていたさ」


 ルキウスはディープダークのヒーローらしい考えに感じ入ったが、今回は実行不可能だとも思った。


「骨が喜ぶ土産などわかるものか」

「彼はミイラ型の小像とギャーエセク社の白目ピューターバッジをコレクションしていたから、それがあれば近づけたさ。シュットーゼはそれを餌に誘ったのかもね」


「今度はそっちもか、詳しいことだ」

「そんな話聞いたことがないわ、結構調べたけど」

「僕はヒーローだから知っているだけ」

「つまり元々悪人だったのか」

「そんなことはないけど」


 またディープダークが口ごもった。


「ちょっと、あんたたち、なんとかしてくれるんでしょうね」

「さっき世界の終わりって言っていたが?」

「あんたらしかいないのよ! ザメシハ発で世界が壊滅するなんてごめんだっての。あれと会話した責任を取って、完全に滅ぼしてよ!」


 チェリテーラの態度がどんどん大きくなっているが、ルキウスもあれを見逃す予定はない。

 そして既に弱体魔法が飛んできている。すぐに効果を発揮せず、任意のタイミングで発動するタイプだ。何度もそれを阻止、解除している。

 おまけに放射線を飛ばしてきているので、ずっと除去しっぱなしだ。


「今、支援を掛けている。若返りも掛けておいたから老化による身体能力低下も――」

「余計なお世話よ!」


 ルキウスもディープダークも互いに支援魔法を掛け続けている。打ち合わせしてやるべきだが、双方に手札を晒す気がない以上仕方がない。


「こっちは準備完了」

「お姉さんは階段上がって、前の部屋に避難していろ、壁になる余裕はない」

「それがいいね」

「早くしてよね。上にもやばいのがうろついてるのよ」


 チェリテーラが目を血走らせて、階段を上っていった。


「注文の多い女だ。だがあれもさっさと終わらせる、それで宝探しだ」

「僕がマクレイルを砕く。キメラはほかをやって」

「ほかってのは壁の向こうにいるのだな?」

「ああ、すぐに出してくる」

「さっきと違って魔法は使えるようだな」


 ルキウスは指先を光らせた。


「なら、邪魔は払おう。先に行く」

「いってらっしゃい」


 気楽に送り出されたルキウスは、覆面で変化可能な中では、最も速度重視のネコに変化させた。

 そして、階段横から飛び降りる。そしてそれと合わせて


「〔火の嵐/ファイアストーム〕」


 大量の神気により、範囲を強化された魔法が発動。乱れる火炎の演舞が、数キロにわたるトンネルを覆い尽くし、屍鬼ロォトゥンの隊列を火の海に沈めた。

 炎の中の黒い影は、揺らめき踊るように消失していく。


 熱で起こった風だけを残して炎は去る。

 後には消し炭すら残っていない。


「魔法戦にはいい場所だ。それもあってここで待ち構えていたか?」


 ルキウスは自由落下で落ちていく。

 マクレイルは無傷、ルキウスが警戒して範囲に含まなかったからだ。

 ルキウスを見るマクレイルの眼光が強まる。


「アリを潰して、何を得意げか?」


 マクレイルが左手を握る動作をする――〔鋼の抱擁/スティールハグ〕。

 ルキウスより巨大な手――金属で造られた工業的な両手が、落下軌道に出現した。

 指を開き掴みかかろうとする両手、ルキウスは右手をそれに向ける。


「〔上位・金属撃退/グレーター・リペルメタル〕」


 右手から放たれた力場が、金属の接近を許さない。巨大な手はルキウスの落下と連動して落下、床に激突。さらに上からの力場と床に挟まれ、ギリギリと音をたて、ひびが入るなり消失した。


 マクレイルが静かに杖を突いた。

 瞬間、すっかりと広くなったトンネルが赤茶色で埋め尽くされた。


 現れた敵の種類は膨大、大きさは小動物からゾウまで多様だが、大型は少ない。

 共通してどこか虫のような曲線の装甲である。表面は触れなくてもわかるほどザラザラ。

 細長いもの、平べったいもの、戦車を連想させるもの、形状は様々だ。


 大半は、大きな足の六足か、下部、側面に小さな足が大量に生えている。トンボのような羽で飛行する機体もある。


 センサーとして、丸い半球、細長い触覚や、蛾のように毛の生えた櫛歯状のものがあり、体の各部に様々な形状、銃砲と刃が取り付けられている。

 あまり生物的な顔は見受けられないが、強いていえば尖った先端部のセンサーが顔だ。


 ルキウスは〔上位・金属撃退/グレーター・リペルメタル〕で蠢く赤茶色を押しつぶし、強引に空けた空間に着地した。


「錆大好きの錆金属ラストメタル不死者アンデッドにお似合いといえば、お似合いか」


 錆金属ラストメタル、召喚体の一種類であり、金属を錆びさせる力を持つ。そのため、金属装備者を相手にするのが得意だ。


 急に召喚したには多い。アトラスの召喚士サマナーが召喚できる限界を超えた数。そして壁の向こう側に感じた気配が減っている。

 ソワラがやったように召喚体を定着させる技術があるようだなと、ルキウスは思った。


「〔金属弱体化の場/メタルウィーキングフィールド〕、あいにく、こっちは純金属を主装備に使わない」


 ルキウスを中心に半径三十メートル内の金属の硬度が下がる。


 ルキウスが両手に持つ長剣ロングソード虹重石サンクタイン製。色は淡い緑と青を行き来する銀白色。金属に似た光沢があるが、原理が異なる構造色である。


 さらに装備品の鋲や、ベルト止めなどは基本的に骨、石だ。金属は指輪ぐらいしかない。


「さらにすべて機械属性」


 大小の錆金属ラストメタルが一斉にルキウスの方へ方向転換する。派手に金属がギィーと擦れ合う駆動音が鳴った。

 

 レーザーが暗闇を切り裂き、トンネルに無数の銃声がこだまし、誘導弾が尻から火を噴いて飛び上がった。


 ルキウスは力を抜いてそれを眺めていた。

 格下の機械、それはルキウスが森に属するものの次に得意な敵、同格ならば厳しい、しかしこの程度は――圧倒。


 レーザーは反射、実体弾は届く前に弾かれ、誘導弾は発射元を目指す。

 ルキウスを中心に飛び交うレーザーが鋭利な花を咲かせ、弾かれる弾丸が絶え間なく明滅して、音曲を奏でた。

 そして、誘導弾の暴力的帰宅、四方八方で錆金属ラストメタルがバラバラに飛び散り、辺りに煙が立ち込める。


「壊れろ」


 その煙へ放たれた追撃の言葉――高位魔法〔機械破壊/マシンデストラクション〕が、空気を波打たせた。広く伝わる振動は、振れた錆金属ラストメタルを徹底的に粉砕した。

 一部の塵にまで分解された錆金属ラストメタルが、さらに煙を追加する。


 その煙を押しのけて、軽自動車ぐらいの錆金属ラストメタルがつっこんできた。

 逆間接の四本足で跳ねて接近したそれは、鞘のような細い胴体前部にカマキリのような腕が三対。六本の腕を操り、同時に襲いかかる。


 六本あったところで、すべて遅い。

 ルキウスは二本の長剣で、振り下ろされた鎌ごと胴体を両断した。


「さすがに、低級ばかりではないか」


 残存する大型、二、三百機が、スクラップを跳ね飛ばし、軽い金属音をけたたましく鳴らしながらルキウスに殺到する。



 それを見ていたディープダークが壁を蹴り、マクレイルへと跳躍する。


「〔素粒子砲/エレメンタリーパーティクルキャノン〕」


 マクレイルの杖から、二本の黒いレーザーが発射された。それは瞬時にディープダークへ到達する。


「戻れ」


 ディープダークが軽く手先を払うと、レーザーは気が変わったとばかりに直前で折り返した。

 黒いレーザーはマクレイルに当たる直前で、闇に吸い込まれるように消滅した。


(当然、防御しているか。やはり蹴りで終わらせるのが一番だね)


 さらに空中で加速する。

 マクレイルがそれに対抗して杖を向けた。


「〔斥力/リパルション〕」


 ディープダークが目標まで三十メートルぐらいで空中で停止。そして逆にじりじりと後退する。

 不可視の膜、万物を押しやる力場の防壁だ。


「なんの、この程度は」


 ディープダークは力場へ少しずつめり込んでいく。小細工なしの真っ向勝負だ。


「ほう、ならばこれはどうか」


 ここまで一歩も動いていないマクレイルが、杖で床を突く。

 瞬間、二人の間に黒っぽい金属の塊が出現した。

 歯車からガチャガチャと、パイプからポーッと音を出し、勢いよく体中から蒸気を噴き出している。


 それは機械仕掛けの竜。全長は約二十メートル。

 長い首の先にトカゲのような顔、背中の翼を羽ばたかせ、手足には鋭利な爪があり、体の各所にはパイプ、腹の中では多くの大きな歯車が回っているのが、隙間から見えている。

 赤く輝く眼がしっかりと標的を捉えた。


「〔機械竜/メカニカルドラゴン〕か」


 本物の竜に対抗しうる戦力、最も強い生物に対する人間の憧れの結晶だ。


「フハハハ、きっちり油を差してねじを巻いておいたからな。元気がいいぞ。材質は深貴鋼アルトープロトだ。毎日毎日、砂粒ほどを召喚して貯めたのを使って完成させた傑作よ」

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