お散歩2
アジトでは、爆発音で異常事態を察知し、一部の泥酔者を除いた全員がいきり立った。
特に騒がしくなったのは大勢がたむろする大部屋だ。
娼婦達が悲鳴を上げ、二十人ほどの男達が武器を剣、銃、棒などの武器を手にした。
混乱する娼婦達を置いて、男達は自慢の武勇を示さんと部屋を出る扉の方へ向かおうとした。
――ズジャガチャン。
出ようとした部屋中で濡れた音と乾いた音が響き、さらに金属の食器類が転がる音が聞こえた。何人かは、体になにかがぶつかったのを感じた。
男達が揃って振り返れば、部屋中に臓物と石炭がぶちまけられていた。
夜陰に紛れ窓に接近した黒い人影が、窓を開け肩に担いだ大きな白い袋の中身を投網をするような動作で、綺麗に部屋中に散りばめたのだ。
「なんだこれは?」
「悪戯じゃねえのか」
「爆発音がしただろうが、出入りだ」
「しかしこれになんの意味が」
「下手に触れるな、なにかの魔法かも」
「外にいる奴を締め上げろ」
混乱する部屋の中を少し窓から引いてぼうっと眺めていた人影は、窓枠に手を掛け、中へと頭から前のめりに突っ込んだ。
外で暗かった人影は、光が当たっても黒かった。全身に黒い服を着て、頭には黒いナイトキャップを被っている。ちらりと見える顔も黒いようだ。
「入って来るぞ」
異様な行動を取り、単独で大勢の待つ部屋に突入する。そんな謎の相手を迎え撃つべく、部屋中の男が緊張しつつ、武器を構え警戒する。
しかし入って来ない。体を半分を部屋の中へ乗り出した状態で、腕を動かしガンガンと音を出している。
角度的にナイトキャップだけが見え、表情は見えない。
詰まっている。窓は人が通れる程度の大きさだが、担いでいる白い袋は大変膨らんでいて、あの袋だけでも通るか怪しい。
一人の男が窓枠でつっかえた隙にと駆け寄り、陶器の酒瓶で殴り掛かった。
「この野郎が!」
割れた酒瓶が飛び散る。酒瓶で殴られた黒い人影がぬうっと顔を上げた。
それは黒かった。白い袋以外の全てが黒い。服が黒いのはともかく、顔も真っ黒なのだ。目も鼻も無く平坦で黒い。
「ひえっ」
男は短い悲鳴を上げて下がった。
「化け物だぞ」
誰かが叫び、回転式拳銃を発砲した。パンパンと乾いた破裂音が連続する。しかし何事も無く袋を通そうともがいている。
「そんなもんが効くわけねえぜ」
そう言った男が全力で両刃斧を頭部に振り下ろす。
銃などより遙かに大きな破壊力の一撃。
それは確かに頭の中心を捉えたが――金属を叩いたような重く硬い感触。
「かてえぞ!」
黒い人影はまた顔を上げた。今度はさっきと違って素早く。
そして口を開く。顔全部が口になるほどに大きく。
開けた口の中まで黒く陰影が見にくいが、その中から同じように黒い物が少しずつひねり出される。
部屋の面々は目を皿にしてそれを凝視した。
体の中身が全て出されたのかと思うほど大きな黒い塊が吐き出され、ぼとっと床に落ちた。
うずくまっていた黒い塊は急激に大きくなり天井を突くかと思われたが、その前に止まった。
高さ二メートル、のっぺりとした厚みを感じられない黒い影はどことなく獣のような姿で、途中で曲がった細長い尻尾だけがはっきりと形状が確認できる。
「ニャー」
感情の籠らない猫の声だ。
その影の前部が瞬時に膨らみ、近くの男の上体を包む。そして、残った下半身だけがズルリと倒れる。
娼婦達はまたも悲鳴を上げ、部屋を出る扉に殺到した。
「殺せ」
「囲め!」
ハンター崩れや、田舎で魔物と戦って来た戦い慣れた男達は、ひるまずに攻撃を続けたが、黒い影は次々に男達をかじっていった。
これは聖夜猫、そして召喚したのが、ブラックサンタ型ペットのコクゾウだ。どちらも十二月に力を増す。
「なんだ、これ」
正面玄関から外に出ようとした男達は、扉を開けるなり進路を塞がれた。
先頭の男は、玄関の正面に誰かが奇妙な柱を増築したのかと思った。
二メートルほどの高さ、寄棟造の家を五つ積み重ねた形状で、短い手足のようなものが生えているが指は無い。
それがなにであるか判断するには難しい。
もっとも知っている人間でも玄関先で会えば確実に混乱する。
陽気な五重塔型ペットのクモト、音楽を流すと踊るダンシング系ペットの一種。
サンティーに生物種を尋ねられたルキウスは、食事可能な造物系の一種と答えた。
クモトは戸惑う先頭を思いっきり殴り飛ばした。男は大きく飛び、それを受け止める形で、後ろの集団が停滞した。
「敵だぞ!」
「敵って、これが!?なんなんだ」
「とにかく攻撃だ」
クモトは剣で斬られながら強引に前進、外に出ようとしていた敵を中に押し戻していった。
アジトの全てで戦闘が展開される中、ミードは誰もいない部屋でソファーの後ろに身を隠し、外を窺った。
大きな青い光弾――《魔法爆弾/マジックボム》が窓から飛び込み、炸裂。半径三メートルの淡い青の爆発で、範囲内の調度品がことごとく弾け飛び、頑丈な石の床に傷ができた。
「さっきの奴か。空を飛ぶのは流石に目立っていかん、中に入ってくればやれるが」
ミードはまた窓から迫る青い光弾を見て、建物内側の通路に出た。
その彼の目の前に扉を開けて出てきたのは赤いクマだ。
「人はいないのか?術者か調教師を始末する必要があるな」
クマが立ち上がり「ウォ」と吠え、殴り掛かるが、ミードはそれをかわし、殴り返した。鼻先を殴られたクマは吹き飛ばされ、通路を十メートルほど滑った。
「またウシと鳥か」
追撃しようとした彼の動きを止めたのは、通路の後ろから、角を曲がって現れた二匹。背中の鳥がまたくちばしを開く。
「同じ手は食わん」
ミードは逃げずに低い姿勢で飛行して矢のように突っ込む。その上を火球が通り過ぎた。
体を起こしたミードにウシが迎撃しようと頭から突っ込んでくる。ミードも引かず、正面から蹴りを見舞った。
〈生命力吸収〉が決まった感覚がある。しかし、ウシは一切後退せずに堪えた。
「硬い、が」
ミードはウシのかわし側面から、再度火を吹こうとした鳥の喉をつかみ、壁に押さえつけた。上向きになったくちばしから、放たれた火球が天井で炸裂して熱を感じたが、全力で殴りつけてやろうと拳を引いた。
「くたばれ、クソドリが」
――穴、唐突に拳に直径一センチの穴が空いた。完全に貫通している。さらに二つ、三つと、どんどん腕に穴が増えていく。
「な」
ミードの右方向、通路の曲がり角の先には、口を開けたカメだ。
何らかの致命的威力を有する攻撃、この態勢はまずい。
まずミードはつかんでいた鳥をカメに投げつけた。鳥が射線を切り攻撃が止む。
それと同時に壁を蹴り、衝撃を利用して射線から逃げようとする。しかし腹に衝撃、ウシが肩で体当たりして、そのまま壁に押し付けてくる。
今度はミードが挟み込まれた。
「馬鹿な、くおお」
ミードは必死にウシを叩くが、「ボオオオオオ」と大きく鳴き、押し付ける力は弱まらない。
そして、ミードの帽子、その中身に穴が空いた。挟まれた状態で力を失い、手足がだらりと垂れ下がる。
これをやったのは砂漠ガメ型のテストゥドではなく、その口の中にいたイトミミズ型のノイアサイ。唯一、ルキウスが実戦で戦力に数えるペットで超能力系に近い能力。
ザンロ・ニレはむやみに生えた髭を撫でたあとで引っ張った。
炭髭のアジトの敷地に入り、屋敷の外周を回り、一つの角を曲がったところだ。
視線の先、三十メートルには、大小多くの動物とその背中にまたがる人がいる。
大きいものは街中で見るサイズではない。王都のハンターが使う最大の獣はホラアナグマだが、その数倍の動物が複数。
「昔の動物園なる施設では、でかいのを飼育してたってチェリが言ってたがな」
後ろにグラシア、両横に【浮き石】の五人、【運命の開拓者】の六人の五つ星パーティーがいる。吸血鬼の襲撃に対応できる戦力だが、彼らも困惑している。
彼らがここにやって来たのは、遠目に見たとき、門番がいなかったからだ。
普段なら炭髭には関わらない。しかし近づくと爆発音が聞こえ、火が見えたので様子を見にきた。
「ザンロさん、あれは?」
浮き石のリーダーが言った。
「俺に聞いてわかると思うか?」
「他に聞く相手もいないでしょう」
「まあ、ハンターじゃねえな。吸血鬼でもないようだ。本人に聞けばいい。いや、早い方がいいな」
ザンロの方を獣達が揃って見つめている。小型動物すらかなりの圧力を放っている。
「正体不明の相手とずっと睨み合いは印象悪いねえ」
【運命の開拓者】のリーダーが言った。
「じゃあ、ちょっと行ってくらぁ」
「お一人で?」
後ろのグラシアが言った。
「まず戦いを避けるべきだろうよ」
ザンロは十メートルまで近づいた。そして、動物達を見回す。
巨大なアルマジロは多分グリプトドン。
ザンロよりも背が高い、頑丈そうなくちばしに鋭い目つき、短い翼、硬くて食べにくそうな長く強靭な足の鳥。エファン堅蹄王国で乗騎に用いられる恐鳥類の一種だろう。
大きな哺乳類は書物の知識からメガテリウムと推測された。
希少な天馬もいる。
大きく長い魚は空中にゆったりと漂っている。顔は横に長く、胴体は縦に長いが凹凸の無い体。
空を飛ぶ魚はギルイネズ内海に生息する危険な魔物だ。注意を用する。
さらにイヌ、ネコ、ヒツジ、シカ、うり坊など一般的な動物も並んでいる。
そして女が乗っている竜と、その横の角がある竜。
一般に竜と呼ばれる生物は三種。
第一は単純に大きな爬虫類。これはただの動物、その体躯だけが武器であり、魔法的な能力は無い。
これならば大型相手でも、ザンロは一対一で勝てる自信がある。
第二は魔法的能力を持つ大きな爬虫類。
知能が高く、強力な特殊能力を持つ危険な相手。
危険度で五十から百八十、百を超えれば軍団規模の戦力が必要になる。
第三は数千年の寿命と強大な魔力、知性を持ち、財宝を好んで収集する本物の竜。
人間以前から存在し、一部では神が創造した最初の知性とされる。
顔はトカゲだが、体の骨格はネコに近く俊敏で、翼がある。
おとぎ話に語られるのはこれであり、未熟な若い竜一体で国を滅ぼす。
ザンロは目の前の竜種は第一種と考える。恐竜種、肉食の大型獣脚種と草食の大型角竜種。
しかしリボンの結ばれた獣脚種の思慮深そうな目は、どことなく知性を感じさせた。
普通の恐竜とは違う。大型だけでも相当な大戦力と判断するのが正しい。
「えっと、どちら様ですかー?」
女が恐竜の上から言った。
「俺は【砕魔の盾】のザンロ・ニレってもんだが」
ザンロはタグを手に持って見せた。
それと同時に女の顔を見る。緑の目だ。やはり吸血鬼ではない。それに反応があれば、グラシアが言っているはずだ。
「そうですかー」
沈黙が続く。
(なぜ、この女はなにも言わない。あっちが状況を説明するんじゃないか?)
「ここでなにを?」
「ペットの散歩です」
「・・・・・・そうですか」
ふざけてるのか、とザンロは思うが、普通に返した。
若い頃は短気で色々とやったが、今は責任ある立場、王都を代表するハンターとして振る舞わなければならない。
それにやくざ者の抗争と考えるには奇妙過ぎる状況。
情報が必要だ。相手は一応会話に応じている。
なんとか話を弾ませる必要があるが難しい。普段なら、チェリテーラかスミルナの役割だ。
「吸血鬼が出没してるので夜の散歩はお勧めしないですが」
「あー。吸血鬼ですかー。中にいるらしいですよ」
「え!?この中に」
「この中に」
事実なら、初めて吸血鬼の巣を見つけたことになる。ザンロが今まさに望むものだ。
「要ります?」
「まあ・・・・・・要るかな」
イタチのような生き物が生首を頭の上に持ち上げ、二足歩行で窓から出てきた。
そしてザンロの方へその首を投げ、足元に転がってきた。
深く帽子を被った頭部はミードだろうと思った。しかし過去に吸血鬼と疑われ、大々的に疑いを晴らした経緯がある。
ミードの目は元々赤いと聞いている。だからザンロは間違いではと疑いながら、生首の閉じた口を手で開いた。切り立った立派な犬歯、明らかに人間の歯にあらず。
「確かに」
今、自分は吸血鬼の巣にいる、とザンロは理解する。
ザンロは生首をつかんで、後ろに投げた。
仲間は首を見れば全てを察するだろう。
「ついでに聞くんだが、中に生首がなかったか?ちょっと知り合いの頭部が行方不明でな」
ここが巣なら騎士団長の首があるかもしれない。
「生首ー、ちょっと待ってね・・・・・・来た来た」
壁を突き破ってウシが出てきた。口に髪を咥えて生首をぶら下げている。
ウシは首を振って、生首を放り投げてきた。
「それ?」
「いや、金髪で長髪の男だな」
明らかに騎士団長と異なる顔だ。というか暖かい、少し焦げて湯気が出ている。つまり死にたて。
「金の長髪ね、すぐに来るから」
今度は中々に大きなネズミが、壁の穴から暴れる金髪の男を強引に引きずってきた。
男は威勢よくまくし立てていたが、恐竜に覗き込まれると顔を引きつらせて黙った。
「それは生きてるん――」
女の言葉の途中で恐竜がそっと男の首元に食らいつき、鳥がついばむような動作であっさりと頭部を胴体からちぎった。
「え、生首になったって?多分、そういうことじゃないと思うけど・・・・・・」
ルキウスは普段はペットにできるだけ仕事をさせない。彼らの知性、社会性は根本的に人間と違うからだ。イヌ、サルぐらいはまだいいが、ネコぐらいになるともう話が通じなくなる。彼らの知性は彼らの欲求を速やかに叶えるためだけに機能する。
恐竜は首を振って、口の中の生首を飛ばしてきた。
「ええと、それじゃあないですよね」
「・・・・・・残念ながらな」
話は通じている、確かに通じているが・・・・・・根本的になにかが異なる。
それをザンロは感じ取り、総毛立った。
なまじ親切なのが異常性を際立たせている。
今度は赤いクマがウシの破った壁から出てきて、女になにかを投げ、女はそれを受け取った。
「じゃあ、要件は済んだので帰ります。あとはご自由にどうぞ」
「・・・・・・気を付けてな」
動物達は塀を突き破って、派手に穴を空けて出ていった。
ザンロは深く息を吐いて、それを見送った。
「いいんですか、あれ。追わなくて、花街の方ですけど、人がいますよ」
近づいてきたグラシアが言った。
「ウマがないと追えんだろう、とりあえず敵じゃない、吸血鬼退治してるなら味方だ。ギルド、衛兵にあれ攻撃しないように連絡を。余計な敵を作る状況じゃない。ああ、俺の知り合いじゃないからな、それは言っておいてくれよ」
「わかりました」
運命の開拓者の占術士が答えた。
「結局あれは誰なんです」
浮き石のリーダーが言う。
「知るか、吸血鬼じゃなければ十分だろう」
「放置するのは危険では、追った方が」
「俺はお前のママじゃねえ、追いたいなら勝手に追え。俺の勘は問題無いだ、そしてそれ以上にあれと事を構えるのは無しだ。得体が知れん。わかったか」
「いえ、なにがなんでもというわけでは」
わずかに声を荒げたザンロに、浮き石のリーダーは声が上擦った。
「中に入って騎士団長の首を探すぞ。邪魔は斬れ。不死身が吸血鬼だった以上、他にもいる可能性が高い。あと、動物が残ってたら餌でもやっとけ」
「了解、不死身が本当に不死身だったとはね」
一行は壁の穴から中に入っていく。
「あ、メルメッチ」
街を疾走する花子の背中にメルメッチがどこかから飛び移ってきた。
「もう終わったの?」
「ほら、あったぞ。これだろ?」
サンティーは手に持った黒の鍵を見せた。
「おおー、それはよかった」
「なにかあったのか?」
「いや、なんか要るって言うから、カサンドラがすぐに持ってこいって」
「そうか、友が心配してうるさいから花子達を散歩させたら帰る」
「じゃあ、鍵を届けたら戻ってくるから帰還しよう、街の外に出ておいてよ」
「わかった」
メルメッチは鍵を受け取ると姿を消した。
そして爆走するペット達は薄ら明かりに照らされた花街に突入した。
血相を変えた通行人が脇道や建物に逃げ込み、代わりに顔を出した腕自慢の連中もすぐに顔を引っ込める。
「なんか迷惑そう、馬車とか走ってるから問題無いと思うけど、せっかくだから、街を一周して帰ろうな」
「ウオウン」と花子が小さく返事をした。
彼女にとって、動物類は全て同じような存在だ。
人間と動物の括りしか区分が存在していない。
王都に来てから、道を行く馬車、牛車、鹿車、騎兵などを見ているし、家畜のブタ、ウシ、イヌ、ネコがうろつくのも見ている。
だから、ペットを散歩させるは当然なのだ。
花街では悲鳴の合唱が続いた。
吸血鬼騒動に続き、この騒ぎで王都中の衛兵が緊急招集、そして展開の命令を下された。
衛兵達の騒がしい金属音で、家々に明かりが点き始めた。




