お散歩
やくざ者である【炭髭】のアジトは繁華街のある大通り、花街から少し外れた場所にあり、その両方に睨みを利かせられる。
敷地は二百メートル四方もあり、高い壁で囲まれている。
どっしりそびえる頑丈な建物は、三階建てで全てが黄褐色の茶悪魔石造りだ。
ここは日がな一日、人の出入りが途絶えることが無い。常時、五十人ぐらい人がいる。
炭髭は王都の中では善意的であるとの評で、広い縄張りを持ち栄えていた。
といってもそれは、あくまでごろつきの基準であり、金を取っている分の仕事を実際にするとか、月一回の借金の取り立てを二回しかしないとか、正々堂々と名乗って闇討ちするとか、牢獄行きが少ないとかだ。
それでも義理堅いと評価され、それなりに人気がある。
特に牢獄行きが少ないのは所属者には重要だ。誰だって、暗く湿気ったまともに食事も出ない場所にはいたくない。
さらに炭髭は分け前の払いが良く、住民の印象だって上々。
明日の知れない無頼であれ、嫌われるより好かれた方が気分のよい者が大半だ。
いうなれば一流やくざ、彼らの振る舞いの元は余裕である。
通常、この手の組織は内外に苛烈な対応をする。恐怖こそが富の源泉であり、富が無くなれば組織は崩壊する。そして、この世界から強制退場させられたなら、待ち受けるのはむごたらしい死だ。
だから必死に周囲を威嚇し、力を見せつけることに余念が無い。
対する炭髭は、親分である不死身のミード・ビークリフの圧倒的な腕っぷしだけで恐怖の部分を担保している。
彼らにとって、最大の関心事、武力。それを一人で担当でき、力量は確実に赤星ハンター級であると目されている。
なにがあっても勝てる確信があるので、つまらぬ争いを起こす必要が無いのだ。
何度も暗殺が謀られたが、全て失敗している。毒も効かず、刺しても死なない。
さらに炭髭には、一般人と大きな問題を起こさぬだけの規律があり、衛兵からは危険な組織が台頭するよりは、と黙認状態だ。
それがさらに有利に働く。上質な人材は炭髭に、ゴミは他の組織へ。結果、他の組織が問題を起こし、それを炭髭が潰す形になりまた株が上がる、の繰り返しだ。
日の変わり目を過ぎ、酒場から保護料を回収して来た、スキンヘッドのジェラッリと、腕にオーガの入れ墨をしたメッツァが帰って来た。
「どうも、火の消えた方まで騒がしいようだな」
硬貨の入った革袋を抱えたジェラッリが、敷地内に入り安心して口を開いた。彼の視線はさっき通った門の先、寝静まっているだろう街に向けられている。
「例の強盗団だろうよ。衛兵共がうろついているんだ。ご苦労なことだが俺達には関係ねえ」
彼らと入れ替わりに花街に巡回に行く者が出て行く。
「そっちは終わりか」
「ああ、何事も無くな」
「一層と寒くなったようじゃねえか」
「違いねえ」
軽く言葉を交わし、すれ違う。勝手口の扉を通り、建物の中に入る。
薄暗い通路にある開け放たれた扉の向こうの大部屋では、娼婦を連れ込んでいる者や、空になった酒瓶が転がる中で床で眠りこける者、賭博に興じる者、愛し気にナイフの手入れする者などがいた。
普段通りの乱雑な景色で、騒がしい声が聞こえている。
二人は酒でも飲んで寝ようと思いながら、部屋を横目に通路を進み、二階への階段を上がる。保護料を管理者である出納係へ渡すためだ。
「ヴァレンティアさん、回収終わりました」
メッツァが言いながら部屋の扉を開けた。
しかしいつも机に向かってカリカリとペンを走らせているヴァレンティアの姿は無かった。机の上には書きかけの紙とほのかな光を放つ魔道ランプがあった。
「どうした?」
後ろからジェラッリが中を覗いた。
「いねえみたいだ」
「鍵が開いてるのにそんなはずねえだろう、それにいつもの時間だってのに」
二人の会話が途絶えた時、部屋の中からガサガサと音が聞こえた。
二人を部屋へ身を乗り入れて、横方向、音の方を窺った。
三十センチほどの影が、戸棚を漁り、中身を外へほじくり出している。床には白い書類やら、インクビンやらが散乱していた。
視線に気付いたのか、影は振り向きこちらを見た。
ずんぐりとしたドブネズミだ。
「なんで二階にネズミがいるんだ」
「でかいネズミだな、これ見て逃げたのか」
二人は部屋に踏み込んでいく。
メッツァは机の方を見て、裏から何かが見えているのに気付いた。
机の裏が見える位置に回り込むと、それが靴と足だとわかった。
「ヴァレンティア・・・・・・さん?」
「どうした?」
「机の裏だ」
さらに進んだメッツァの目に飛び込んで来たのは、仰向けで倒れているヴァレンティア。口と開いた目から血が吹き出している。全身は完全に硬直しているようだ。
「死んで――」
メッツァが叫ぼうとしたが、言葉を言い切ることは無かった。
二人が目を反らした隙に接近したドブネズミ、それがメッツァの腹を掌底で打った。
メッツァの中で気が弾け暴れ回り、全身から血を噴き倒れた。
さらにドブネズミは着地、二足歩行になると、その短い足で華麗にジェラッリの頭目掛けて跳び上がる。
「ギュキー!」
短い足の蹴りがジェラッリの眉間を的確に捉えた。
銃弾で撃ち抜かれたように眉間に小さな穴が開き、後頭部まで衝撃が突き抜け後ろには大きな穴が空いた。
ジェラッリは後頭部から血を噴き、ドンと倒れた。
ドブネズミ型ペットのゼンジ、《武僧/モンク》に近い能力がある。
ゼンジはまた捜索に戻ろうとしたが中断した。
メッツァの声を聞きつけ、ナイフを手にした男が上がって来たからだ。
この反応の速さ、常に襲撃の可能性を考慮しているがゆえだ。
「なんだこれは、敵は・・・・・・敵襲だ!!」
部屋の見て、状況が不明で男は戸惑う。しかしすぐに大声で仲間を呼ぶ。
「ジュッ!」
ゼンジは男の正面に立つと「来な、坊や。我の四象鼠拳、日月星辰の一端を見せてやろう」と言って挑発的に手招きした。
ミード・ビークリフは三階の自室で寝ていたが、騒ぎの音をつぶさに聞きつけ、大きな寝台で目を覚ました。
「襲撃か、今度はどこだあ?懲りない連中だ」
筋骨隆々の巨躯を速やかに起こし、派手な刺繍の入った魔法の服を着た。
さらに首飾りや腕輪などの魔道具を身に着ける。
当然、どれも高価な品である。
羽振りが良いのは、彼が払いの良いシュットーゼの依頼を受けてきたからだ。
王都では多くの吸血鬼や、それに関連する人員が一般人として生活している。完全に紛れているので、彼らの大半は非力な一般人だ。
だから深刻なトラブルに直面した場合解決できない。
その時、争いの仲裁を依頼される形で金を受け取り、問題を解決する。
組織が潜り込ませた人材を失うことに比べれば安いものである。
つまり、炭髭は組織が行使できる表の武力部分。
さらに近年、彼は自前で商売を始め成功を収めていた。
そして彼は人間だったが、自身が望み、吸血鬼になっている。
自分より強い相手を倒す、そのためだけのもの。彼にしてみれば、武器を持ち歩くのと変わりなく、いわゆる吸血鬼的な文化は持ち合わせていない。
単に強い方が便利で儲かる、そんな認識である。
こんなに気軽に転化できるのは、当然【蘇生毒の楔】の存在が前提にある。
さらに彼は元々、赤茶の目で、普段から深く帽子を被っており、目の変化は目立たない。後は大口を開けて牙を見せなければいい。
加えて荒事の際は、念のため口鼻を中心に覆う恐ろし気なデザインのフェイスガードを装着している。
あとは魔法が使えれば、短時間は幻覚を発生させる幻術で欺けるので、屋敷の奥にある自室で、顔だけを変える低位魔法《顔偽装/フェイスカモフラージュ》の魔法を修得しようとたまに練習しているが、まだ身についていない。
彼はこの時まで何の不安も感じていない。最近は組織から依頼が来ないが、そろそろいなくなってくれた方が好都合。
西部で騒ぎがあったのは知っているが、王都は強盗団の騒ぎぐらいで変化は無い。
全てがうまく進んでいるのだ。
「誰も起こしに来ないなら、大した騒ぎではないか」
そう思いながらも、【蘇生毒の楔】を頭から引き抜き、ズボンのポケットに入れた。
すぐに暗闇を見通せるようになり、自分の変化を実感する。
「どこだろうが、俺に勝てる理由は無い、人間ではな」
彼はいつもの帽子を深く被り、堂々とした足取りで歩く。
力、富、不死、全てを手に入れたのだ。自分は運が良い。そう信じて疑わずに自室の扉を開け、騒ぎの元に向かおうとした。
負ける心配は無い。さらに家を襲撃して来た相手なら殺しても問題にはならない。これで炭髭の勢力はまた増えるのだと。
しかし、木の扉を開けた直後に妙なものを目にする。
「は・・・・・・はあ!?」
目の前の通路には、ウシとその背に乗ったかなり大きな白い鳥がいた。
ウシは全身が飴色で立派な体格、鼻輪をしている。草でもはんでいたのか口をもごもごと動かしている。
その背の白い鳥の特徴は、まず大きなくちばし、特に下くちばしの下が膨らんでいて袋が付いているようだ。くちばしの長さは三十センチ以上ある。首が長く、短めの足には足ひれがあり水鳥らしい。
その鳥がバサッと威嚇的に翼を開いた。通路を塞ぐ大きさだ。
そしてミードを見てくちばしを開く。その異様な膨らみ方をした下くちばしが印象的だ。
喉奥にちらりと光が見えた。
ミードは反射的に扉を閉めた。さらに横に飛び退く。
バーン、木が一気に折れる音、そして光。
扉が燃えながら、弾け飛び部屋の壁にぶつかって飛び散った。
燃える扉の破片で部屋内が照らされている。
「魔獣か!?」
黄牛型ペットのアンドレと、ペリカン型ペットのアヴィである。
アンドレは壁役、アヴィは火属性魔法使いに似た能力。
ミードが壊れた扉から静かに廊下を覗くと、またアヴィが火球を吐き出した。すぐに頭を引っ込める。
今度は部屋の天井に当たり、周囲を爆炎が包んだ。それを低姿勢でやり過ごす。
「これはそこらのごろつきではない。何かを雇い入れたか」
通路は狭く不利と判断、一旦外に出るべく自室の窓を開けた。
そのすぐに正面では妙な物体が飛行していた。
層を重ねたような模様で、高さの無い角度の急な二等辺三角柱に、真っ白な一対の大きな鳥の翼が生えている。翼を含めた大きさは一メートル無いぐらいか。
翼があるが生物には見えない。顔らしいものが無いからだ。
その尖った前方向らしい場所に、青い光の球体が発生した。
「《魔法誘導弾/マジックミサイル》か!」
ミードの判断は早かった。止まらずに全力で窓を超え、飛び出す。
左腕を盾にして撃ち出された青い光弾を受けながら、謎の飛行物を殴りつけた。
飛行物は渾身の一撃を受け、回転しながら飛んで行ったが態勢を立て直し、高度を上げ始めた。
腕は少しえぐれただけですぐに治る。
「何かの召喚体か」
空飛ぶショートケーキ型ペットのサトウヌキ。力術を好んで使う。
ルキウスがサンティーにこれの説明を求められた際、天使の一種と答えた。
ミードは空を飛行するサトウヌキを警戒しつつ、一階からまた建物内へ入って行った。
その建物の一室では寝起きの男が人生最大の危機を体験していた。
物音に目覚め、すぐにランタンに火を灯したら、そこには燃えるような赤色のクマがいたからだ。
なぜ、部屋にクマが?などと呑気に考えるまでもなく、男は入口を塞ぐクマの逆側、木の窓を開け、勢いよく飛び出した。
そこにはティラノサウルスの巨大な口が待ち受けていた。
「あ、え」
という言葉を最後に、半ば自ら口に突入した男はバギボギとかみ砕かれていく。
「おい、変なの食べてるとお腹を壊すぞ」
サンティーが声を掛けると、花子は口から足を飛び出させて後ろを振り向いた。
「まあ、残されても困るからいいや」
花子は口を上向けにして、獲物を飲み込んでいく。
頭にはその大きさ相応のサイズのリボンが結ばれている。
サンティーが晴れ舞台だしと言って結んだリボンだ。
そして花子の背中にはサンティーが張り付いている。
鞍などは無いので、ヤモリが巻き付いたデザインの指輪、壁上りの指輪を装備して対処した。
さらに二対で運用される【友達の指輪】を指にはめ、もう一対はハルキゲニアのアンブロジウスの首輪になっている。
この指輪の効果でテレパシーによる意思疎通を行っている。
今回、サンティーは大いに張り切っていた。
炭髭のアジトから黒の鍵を探す仕事に就いたからだ。
初めての軍人らしい仕事である。
なぜこうなったかといえば、カサンドラが潜入役になり、メルメッチが花月楼の探索に回り、炭髭の担当がいなくなった結果だ。
それでも彼女だけなら戦力的にやらなかった。
しかしルキウスがやたらと護衛のペットを送りつけたがために、隠蔽のためのコストが膨らみ、隠れているのが大変になった。
ならば、いっそ隠れるのを止めて充実した戦力を使えばいいだろうと考え、戦線に投入された。
サンティーが待機している場所の反対で、ボガンと短い爆発音が響き、火の手があがった。
「あー。騒がしくなってきたな、見つかったか。ならどんどん突入させて」
既に建物内、敷地内にペット達が展開している。黒の鍵が見つかれば戦う必要は無かったが、こうなると殲滅するしかない。
「え、吸血鬼いた?そっち行くかって?あれはもういいや、イメージと違うから。やや苦戦?なら応援を送って」
現在、サンティーの周囲には投入前の予備ペット達が待機している。
その中から、全長四十センチで全身砂色で甲羅の丸いカメ。砂漠ガメ型ペットのテストゥドが、爆発的な加速で応援に向かった。
その後を子猫と子犬が追っていく。
サンティーはペットの戦闘力をあまり把握していないが、ルキウスの話では子猫子犬は成犬成猫より強いらしい。
今度は建物の一角だけが激震して、一部屋分が崩れ去った。
「おーい、黒の鍵を見つける前に家を壊しちゃ駄目だぞ」




