地下追跡
「あれは、《陰惨骸骨/グレバーダ》!」
チェリテーラに緊張が走る。
遠目では骸骨に見えたそれは、骨の一部に剥き出しの筋肉と、絡み合う生々しく赤黒い臓物があった。
骨も人間の骨とはやや異なり、各所に刃物のように鋭利な骨、小さな毒針。
片足、片腕、首、口元など、筋肉ある部位は個体で異なり、筋肉と繋がった太い紐状の臓物はそれぞれが好みの骨に巻き付いている。
《陰惨骸骨/グレバーダ》は悪人の死体が、より悪行をなすべくその性質を濃縮され復活したとされる存在。筋肉は特に悪事をなした部位ともいわれる。
性質は極めて残忍で狂暴、それでいて効率的に殺戮を行うための知性がある。
見た目が骸骨に似るため、知らぬ者は亜種と勘違いするが、その戦闘力は村人と一流戦士ほどに違う。
標準危険度七十。
それが九体。
砕魔の盾でも考えて戦わないと死人が出る、小さな軍規模の戦力。
だらしなく歩いていた《陰惨骸骨/グレバーダ》の集団は、獲物を見つけたことに歓喜し骨をカタカタと鳴らした。しかし――
「ダーク、方向はわかるようだが、道筋は導けるのか?」
「構造を考えれば、目的地は最下部の整備基地や保管庫辺りだろう。でも道を塞いでいる。壁は硬い、すり抜けも厳しい。強引に破壊するのは大変だよ」
「なら通路の先の扉を総当たりか、ここはまともな罠が多いようだが」
「魔法的な罠は僕が魔法で解除しよう」
「流石に消耗しているんじゃないのか?」
「魔力はゆっくり行けば回復するさ」
「だが、数がな」
二人は目の前の敵は眼中に無いらしい。戦闘の打ち合わせはおろか、敵種への発言も無い。予想通りなのだろう。
「これ、私は戦わなくていいのよね?」
チェリテーラ言っている間にも、《陰惨骸骨/グレバーダ》は幅二十メートルの空間に散開し、こちらを窺いながら接近している。前のめりの姿勢と、落ち着きの無い全身を揺らす動作が、話に聞く狂暴性を感じさせた。
彼女が戦うなら、距離がある間に仕掛ける必要がある。接近されたら一体相手にするのがやっとだ。
「え、取り分を勝手に持って行かれないかを心配しているのだろう?戦いたいのか?」
「もし帰るなら、僕が不正の無いように証拠写真付きで送付するよ」
「あなたたち、私が金目当てだと思ってるの?」
「そうだが」「そうだけど」
「私は歴史の一大事を記録するために、命がけで同行してるのよ」
加えて、チェリテーラは地下の遺跡の構造にも興味があった。
「大袈裟な、ちょっと吸血鬼退治するだけだろう。精々、貴族級のを数人」
「あの程度の格なら、一つの街に一人ぐらいはいるものだよ」
「そっちの常識は狂ってるのよ! 来たわ」
右の二階通路部分から接近していた《陰惨骸骨/グレバーダ》が五メートル先から、通路の高さを活かし天井近く跳躍した。
他の個体も連動してカチャカチャと走り出す。
跳躍した個体は左腕に筋肉があり、手の爪は一層尖っていた。落下しながら、それを大きく振り回す。腕が伸びた。肩から腕が離れ、間は臓物で繋がる。鞭のようにしなった腕、その先の爪は血肉を求めている。
相当な速度、ぶれる軌道は計算か、爪が遠心力で加速して迫る。
しかし腕は明後日の方向に飛んで行った。腕は各所で切断され、断面から液体が噴き出しながら。
体も真っ二つに縦断され、綺麗に中央で別れた頭蓋骨が驚きの表情を作ったように見えた。
前にいたキメラトラッカーは消えている。が、視線の延長線上に発見できた。
彼は天井に座るような態勢で、下を見て存在した。顔はウサギのままで異様さが際立つ。両手には何らかの金属と推定される長剣。
切断された個体が空中でばらけ始める。
再度、天井のウサギが姿を消す。
影が空中を無軌道に駆け抜けた。
右から走り寄って来ていた《陰惨骸骨/グレバーダ》が、音も無く次々にバラバラになった。骨が床に落ち、そこで初めて音がある。
そしてもう片方は、《陰惨骸骨/グレバーダ》の群れの向こう側にいた。
その道筋にいただろう《陰惨骸骨/グレバーダ》は、頭蓋骨を砂粒のぐらいまで粉砕され、重い方へ倒れた。臓物が荒々しくのたうち、骨が壁、床にぶつかり音を立てていたが、急速にしぼみ動かなくなった。
こちらは武器が無い。しかし、オーラは見えないが何らかのエネルギーで体を覆っているのだろう。
二人が床に散った残骸を見ながら帰って来る。
「適当に巡回させてるレベルじゃ、こんなものだろうね」
「だが、自然発生ではなさそうだな。作って放置か、作った術者が死んだか。まあ、どっちでもいい。雑魚だ」
「いや、街が壊滅するわよ。確か人を殺せば殺すほど強化されるはず」
「え、あんなの衛兵で何とかなるでしょ?」
小さい方が本当に意外そうに言った。
「さっきのが外に出てたら、衛兵で千人要るわよ!」
この地下はとてつもなく危険だ。どこかで普通の出口が外と繋がったら王都が壊滅する。
生命体の反応が無いから、さっきの入口に向かわないはずだが、後の対処を考えるとチェリテーラは頭が痛い。
レイヴス・ウェオネッタは普段の町人の服から、深紅のローブに着替え、地下を部下約三十人と走っていた。
彼がなんとか逃げられたのは幸運による。
夜間、朝に下した命令が実行されていないことに気付き、緊急に魔法で連絡を取ったが、一つの連絡線は繋がらなかった。
彼はそれを受けてすぐに拠点を放棄、逃亡した。
普段なら魔法で連絡もしなかった、しかし今回はデゥラが騒ぎを起こしているので例外的に急いだ。
しかし幸運は不幸と一体だった。
多くの扉が開いていない。命令が伝達されていないのだから当然。
地下の扉には地上側で操作しないと開かない要所の扉が多くある。
彼らが時間を掛けて改装した地下設備は王都の半分ほどの面積があり、建物の高さは五百メートルを超える。
簡単な扉から、手の込んだ重厚な扉まで、扉の数は十万以上。
彼が使用を許されているのは一部であり、それ以外の区画がどうなっているかは知らない。
組織の壊滅以来、地下の捜索を行っているが、掌握には時間が足りない。
なお、他組織を探したのは、地下設備を掌握する目的が大きかった。
ただし、目的地に行けないわけではない。
最短の道が通れないだけだ。彼の鍵で、担当区の開く扉は開けられる。
盟主のマスターキーがあれば全ての鍵式扉は開けられるが、当然無い。
「あの若造め、と言いたいが、こちらもしくじったな」
一人の管理者がまとめて多くを管理せず、下部組織が縦ではなく横で管理される。それが組織の流儀だった。可能な限界まで分散して、組織の上を隠す。
例外は一部の上級幹部、盟主だけだ。
レイヴスが連絡網を簡略化したために、たどられているのだ。
以前のように、間に何も知らない人間を多く挟んでおけば、一月以上は時間を稼げた。
しかし組織崩壊の混乱から、急ぎ再構成した過半数の連絡網は吸血鬼だけで構成されていた。
「追って来ている、が、武器庫までは行けるだろう」
レイヴスが設置した罠に反応が無い。無効化されている。
「それは良かったです。しかし迎撃してから、別の入口を使えば地下を隠せたのでは?」
横を走る部下が言った、
「手際が良すぎる。普通、人が我らを発見すれば、その周囲で大騒ぎになる。静かに追って来るのは吸血鬼狩人よ、武器無しでは厳しい」
「吸血鬼狩人は見たことが無いもので」
「私もここ百年は見ていないが、奴らの武器は受けてはならん。後は地下のあやつの協力が得られるかどうかだ。制御はできぬが、話は通じるはずだが」
「噂では聞いていましたが、実在するのですね」
「ああ、だがあれを御せるのは盟主のみよ。協力の有無に関わらず、戦力を整えて打って出るぞ。やりたくはなかったがな。地下の戦力を解き放ち、王都圏が壊滅すれば、我らを追っている場合ではない。安全は確保できる。その間に組織を強化するとしよう、財はあるのでな」
レイヴスはある部屋に入る。そこにあるのは、開けるのが難しそうな複数の鍵穴とダイヤルがある高さ三メートルの巨大な扉だ。
レイヴスは鍵穴を無視して扉の上に上がる。そこには直径十センチの穴があった。
これは霧化した吸血鬼用の道だ。先は扉の向こうに繋がる。
小動物に化けても入れるが、生命反応、物体反応があると罠で攻撃される
霧化した彼らは次々に穴の中に消えて行った。
三人の姿は無数にある部屋の一つの中にあった。特にこの部屋を選んだ理由は無いが、階段を下った先なので下へ行くのを希望しての選択だ。
「部屋の中に魔法的罠は無い」
魔法を使ったディープダークが言った。
部屋には一つのそれなりに大きい片開き扉があった。
叩いた音からは分厚そうで、チェリテーラには破壊するのは不可能に思えた。ただし、二人は面倒、大変ぐらいに思っているようだった。
扉には複数の窪みがあった。丸い、四角い、深い、浅い、細長い、様々な窪み。
「鍵穴ね」
「もしかしてこれか?」
キメラトラッカーは左手の人差し指にある青い玉の指輪を見た。そして、ある窪みの近くに近づけた。形は合いそうだ。
「なんで持ってるのよ」
「拠点の一つを潰した時に発見した、これだけで開くか?」
「それが一番重要なのかな、別の扉にもあったよ。構造的に一つで開くと思う。大分楽になったね、鍵式の扉は開けれるかな」
「そうか」
キメラトラッカーが適合する窪みに青い玉を入れる。カチッと音がして扉が浮いた、彼がそのまま手を掛け、扉を開いた。
先に道は無かった。
代わりに足元から頭の上まで、全てを埋め尽くす銃口の壁が存在した。
「げっ」
キメラトラッカーが短い声を出した。次の瞬間。
ドガガガガガ、膨大な破裂音が豪快に折り重なり、扉の向こうからの光が室内を明滅させた。
その光をキメラトラッカーは至近でずっと浴び続けた。
そして、静寂を取り戻した部屋には、足の踏み場もないほどに膨大な弾丸が転がって、硝煙の匂いが分厚く漂う。。
「鍵が奪われた場合の対策もあるらしいね。正規の手順で開けると作動する罠かな。つまり開けるなってことだね、地図が欲しいな」
チェリテーラを引っ張り、射線から避難していたディープダークが言った。
「危うく罠に掛かるところだった。誰かが銃で壁を造ることを試みたらしい。柔軟な発想だな」
キメラトラッカーがそろりとこちらを振り向き言った。
「いや、全弾と言っていいレベルで喰らってるでしょ」
「いいか? 全て当たっていない、魔法で止めているからな。つまり喰らっていないのだ」
キメラトラッカーが強い語調で言う。
「何がなんでも認めないつもりね」
多分、罠を見てから防御魔法を張ったのだろう。驚嘆すべき力量、しかし馬鹿にしか見えない。
「私は当然予測していた。だから準備していたのだ」
「予測してるなら開けないでよ」
「開けて罠に掛からないことには先に進め、ない?」
彼が設置された銃器をガチャガチャと押しのけ、引っこ抜いた先は壁だった。その壁を強めに叩いたが、籠った音しかしない。先は無いだろう。
「ここは遺跡ではなく要塞。仕掛けを解いた先はお宝じゃなくて、迎撃装置だ」
ディープダークが楽しそうに言った。
「正しい扉以外は無意味か。道自体が無いとはな。しかし、やるな。扉が開かれなければ陽の目を見なかった罠なのに、扉を設置した時点で足止め、かく乱の役目を果たしているのに、実に徹底した罠の設置だ。素晴らしい。見たまえ、この丁寧な作りを。銃口が隙間なく敷き詰められ、全てが有効に機能している。一切の手抜きが無い」
キメラトラッカーが銃を触って隅々まで見る。
「それ重要?」
「いつかは掛かるだろうという儚い希望に賭けた罠職人の心情がわからんのか。知らないところで罠に掛かられても面白くも何ともない。これは玄人の仕事だ」
「そりゃ、素人が設置しないでしょう」
「そうではない。哲学の、生き方の問題だぞ! 私がこの扉を開け全てが完成したのだ。一つの世界が生まれた」
「それは良かったわね」
「良かったね」
その後、銃声に惹かれ集まって来た《骸骨/スケルトン》、《骨精霊/ベイコク》、《屍食鬼/グール》を通路で殲滅した。
通路を魔法で探れば、横に入る道や上下する階段は千を越え、その先にある扉は二千を超えた。いくつかの扉は開いていたが、先に歩を進めれば、すぐに閉じた扉があった。
「特に手掛かりも無い。どんどん開けよう」
キメラトラッカーがそう言って、次の部屋の扉を開けた。
瞬間、部屋全体が業火で包まれた。
チェリテーラはディープダークに抱えられ、体がちぎれるかと思うほどの勢いで、部屋の外へ運ばれた。
彼女は死ぬかと思い、抱えられた状態で上を見れば、そこにはキメラトラッカーがいた。
「何であんたが先にいるのよ」
「打ち消そうかと思ったが、逃げるのが見えたのでな。魔力を節約せねばならない。流石に扉全部は無理だ」
「次から外で待つわ」
「僕も外にいるよ」
その後、キメラトラッカーは扉を開け、結果を待たず次の扉へ走る、を繰り返した。
何度も罠が発動し、炎、雷、風、氷、水、銃器、刃物などの罠が発動した。
常軌を逸した行動だが、これが最善だった。
部屋から出さないためか、たまに外で魔物召喚の罠が発動して、それの相手はディープダークが潰した。
そうしているうちに、正解らしい扉があり大きく下りられた。
二階からは少し簡単になった。
ディープダークが方角を感じ取れる敵の動きを何となく記憶していた。その動きからある程度、扉の位置を推定できたからだ。




