押し込み
チェリテーラは我が物顔で工房内をうろつく二人のあとを付いて回っていた。
廊下の途中で寝込んでいた従業員を、寝床に届けたぐらいしか変わった出来事は無い。
起きて窯の火を見ている人間を〈支配〉して、質問に答えさせ、記憶を消し、元の仕事に戻す作業を繰り返した。
質問は、不審な行いをする者の心当たり、工房の組織構成、取引先、製造物、金庫の場所、などにおよんだ。
金庫の場所は必要かと思って聞いたら、ディープダークが、もし悪徳業者なら全財産いただいてもいいよね、と答えた。それにもう片方も同意した。
何にせよ、人間を尋問する作業は順調に進んだ。
しかしここまでに成果はなかった。
三人は住人がいない建物の中に入り、応接間のような部屋で話す。
「おかしいね、これで起きている人間は全部だ」
仮面越しでも悩んでいるとわかるディープダークに、キメラトラッカーが言う。
「演技は……ないだろうな」
「掛かればわかるよ。確実だ、繋がりあるから」
「精神に干渉できるなら人間、人間の魔術師が吸血鬼に与している可能性、単に従業員が不正を行っている可能性もあるが」
「無いとは言えないけど、基本、人間の協力者は信用度が低いね。所詮外様さ。ここは要所だよ」
「寝ている奴を起こすか、こっちは寝たふりの可能性があるだろう」
「それなら夢で質問するから、起こす必要はないね」
「相変わらず負属性の反応は無いか」
「無いね」
「既に逃げたとか」
チェリテーラも口をはさんだ。
「最近辞めた職人はいなかったろう。規模からしてここに一人は配置されているはずなんだよね、つい今しがた逃げたのなら、全員起こして確認しないと駄目だね」
「ここにいないなら、頻繁に出入りのある取引先ぐらいだが、ここは大規模だからな」
チェリテーラから見て、完全に常識から逸脱した能力を前提に話をする二人だが、彼女は大きな規模の話に適応してきていた。
自分が歴史に残る規模の事件の中心にいると思うと、体を熱くする興奮を覚えた。
「個人商店規模なら、魅了までいかなくとも、暗示、誘導で関与可能ってことね」
店の規模が小さければ、毎日店主に魔法を掛けるのは簡単だ。
これまでそんなことは考えもしなかったが、伝説級の組織なら可能だ。
「そうだ、しかしここだとな」
「やっぱりここにいると考えるのが自然だねえ、外部から来て製造工程に関与、は難しい」
「む、ちょっと屋根に上って周囲を警戒してくる。追いかけてばかりだが、相手も」
急にキメラトラッカーがそう言って、建物から出て行った。
「……あれ、不自然じゃない?」
「詮索不要だよ、お嬢さん」
そして一分後、戻って来るなり言った。
「ダーク、金属を精密に探知できるか?」
「副次的な効果として見つかれなくもないけど、精密には無理だね、ヒーローは落ちている銅貨を探し回ったりしないのさ」
「そういえば、かなり魔法を使っているが、魔力、触媒を消費しているのではないか?」
「魔力はまだ持つ。英雄は金には困っていないから心配しなくていい」
その金の出所はどこなのか、とチェリテーラは思った。
「形が特定できればいけるか、魔法の針だ」
「……なんでわかるのよ」
チェリテーラが我慢しきれず突っ込んだ。
「神のお告げがあった、神はいつも見守ってくださっている」
「口出ししてるじゃないの、さっきのは神託?」
「偉大な神を称えよ、神は頭の中の針を探せと言っている。たいていは耳の近くにあるらしい」
「具体的過ぎるでしょ」
神託を受けられる者は稀にいる。しかし大まか位置情報や抽象的な言葉、イメージが得られるぐらいであまり役に立たない。
神託を役立てようと思えば、断片的な情報を特定できる情報網が必要になる。
今必要とする情報を送って来る神がいれば、多くが信者になるだろう。
「ふふ、親切な神だね。でも針か、反応が一杯出そうだな、それだと」
「それなら私がやるわ、探し物は得意よ。ここの敷地内ぐらいならやれる」
「なら頼もうか」
「〔物体捜索/オブジェクト・サーチ〕〔物体識別/オブジェクト・ディスクラミネーション〕」
チェリテーラがまず針の形状を思い浮かべ、広めに探す。
ぼんやりと体に触れるような感覚がしてくる。
反応はそこかしこにあった。縫い針ぐらい誰でも持っている。それに細い棒状の物は全部引っかかる。
次にその性質を魔法のオーラを持つ針に限定する。薄っすらとした反応が一つ。
さらに意識を特定の方位に集中して向けるのを各方角に繰り返し、全方位の集中探査を終えた。
反応は最初の一つしかない。
「わかったわ」
チェリテーラは先頭に立ち、従業員の寮らしき大きな長い建物に入った。
細長い廊下を進み、粗末で軋む木の扉を開ける。
狭い室中には寝台が四つあり、そのすべてで男が眠っている。
「そこだわ。顔の側面、左側に探し物の反応がある」
チェリテーラは部屋に入らず、恐る恐る一人の男を指差した。吸血鬼なら起きているはずだ。
「寝ているはず。こっちにわかるように起こして質問してくれ」
「夜に寝るなら吸血鬼ではないはずだけどね」
「すぐにわかる。それも直接聞けばいい」
ディープダークが前に出ると、男がうつろな瞳で起き上がった。
「質問に答えよ。君は吸血鬼か?」
「そうだ」
「最後に人を襲ったのは」
「……六十年ぐらい前」
「なぜ長く襲わない?」
「人間に血液は必要ない」
「……? 君は吸血鬼か?」
「私は吸血鬼だ」
ディープダークが首を傾げた。チェリテーラは緊張で表情が動かないが、こちらも疑問に感じている。
「代わるか?」
「ああ。彼の質問に答えよ」
今度はキメラトラッカーが前に出た。
「直属の上司は誰か」
「レイヴス・ウェオネッタ」
「居場所は?」
「知らない」
「居場所の候補を思いつく限り挙げよ」
「知らない」
「……過去いた場所を知っているなら述べよ」
「ゼート工房」
「あそこか、つまり最近逃げたと。最後に直接話したのは?」
「十年以上前」
「用心深いな、徹底している」「そうだね」
「頭の中に針を入れているだろう。それの名前と効果を説明しろ」
「名は【蘇生毒の楔】。体内にある間、吸血鬼の性質をほぼ打ち消す」
「それを使えば人間として生活可能か?」
「歳を取らない。一か所には留まれない」
「留まらなければ生活可能か?」
「可能」
「それ以外の弊害は?」
「能力が大きく弱体化する」
「偽装用というよりは吸血鬼退治用の魔道具を調節した感じ。面白いことをするねえ、確かにこれがあれば潜伏は楽だな」
「そんな!? 何てことなの。今すぐに街中を探さないと」
またチェリテーラの常識が崩れ去った。不死者が街に潜み放題だ。
「まあ、それは国でやってくれ」
「そうだね、頭の中の金属反応だ。二十四時間誤魔化すのは難しい。検問を抜けるぐらいは可能だけど」
「なら国に知らせるべきでしょ!」
「組織の頭を抑えるのが先だ。騒げば逃げ出す。こっちが終わった後、有象無象はそっちでやれ」
チェリテーラはそれが正しいのか迷ったが、どの道この二人の意向は無視できない。
「緊急時の連絡手段は?」
「ネズミで伝言をする」
「割り込めると思うか?」
キメラトラッカーがディープダークのほうを見た。
「暗号を知っても難しいと思うよ」
さらに暗号や、知っているほかの拠点など必要な情報を尋ね、答えさせた。
重要拠点は不明だが、これで組織を追跡を続行できる。
「僕はまだ聞きたいことがある。組織の、エフェゲーリ・メクレルの頂点は誰?」
「組織の長はシュットーゼという男だと聞いた」
「シュットーゼ? …………ドルケル・シュットーゼかい?」
「やはり同一組織だな。知っているのか?」
「君こそ……そう有名じゃないはずだけど」
「私は知らないわ」
学者としての知識もまったくひっかかりを覚えない。
「だろうね、エフェゲーリ・メクレルでは表に出なかった。壊滅的に戦闘の苦手な男だったし、財宝の管理など裏方をやっていた幹部だ。長く生きていれば少しは強くなった可能性はあるかな」
「詳しいな」
「ヒーローとして当然さ」
「本物のエフェゲーリ・メクレルじゃないの! 終わり終わりだわ!!」
チェリテーラはヒステリーに叫んだ。相手は本物の伝説だ。
「騒ぐな。こちらの情報では西部で誰かに討たれたことになっている」
「既に討たれたと?」
「だから、それで組織がおかしくなっていると言っただろう」
「ああ……そうだったね。ふーん」
二人が話している間も、男がぼけっと立っていた
「ねえ、本当に吸血鬼なの? 人間にしか見えないけど」
チェリテーラは簡単に信じられなかった。吸血鬼を示す特徴は何も無い。そして自由に街中に暮らせるならとんでもない話、その衝撃を受け止めきれない。
「針を抜けばわかるだろう」
「僕がやろう」
ディープダークが男の顔に手をかざすと、左耳の後ろに刺しこんであった針が、皮膚をすり抜け飛び出し、その手に収まった。
「なるほど確かに吸血鬼、魔法を受け付けなくなった。それに悪だ」
「な、なんだ、お前ら。強盗か!?」
男が動転して大声で騒ぎだした。その目は赤く染まっている。
「こんばんは、吸血鬼」
「何言ってやがるんだ、誰だ、フセの野郎か!?」
「この暗闇が見えてる時点で駄目だろう」
キメラトラッカーが言うなり、背の長剣を抜き放ち、男の腕を斬り落とした。
血が飛び散ったがすぐに止まる。断面では血が凝固し傷が塞がってきている。
「ほらな」
「な、お前。く!!」
男は窓から逃げようとしたが、ディープダークが手刀で首を落とした。多分だが。
チェリテーラには見えない動き。気づいたときには窓の前にいて、腕が振り抜かれており、遅れて首が落ちたのだ。
「虫を潰すみたいにやるのね」
チェリテーラが呆れる。
「話せる相手でもなかった。それに魔法使いのはずだ」
「悪と知って見逃す理由はない」
「普段なら交渉の可能性はある。今はないが」
「交渉ね」
「僕は悪属性でなければいい。吸血鬼でも。たいていは悪だけどね、自然と奪う思考に偏っていく。芯になる思想、誓いでもあれば支えられるけど」
「全部悪じゃないの?」
「自然発生したのはそうだね。元が人間なら元次第だ」
「さあ、急いでたどろう。どこで気付かれるかわからないからな」
「そうだね、始末した奴に連絡されると一発でばれる」
「ちょっと、死体は?」
「置いていけばいい。この部屋は非番のようだ、夜明けまでには片づく」
「……さぞ驚くでしょうね。それは私が説明することになるのかしら」
「それは大変結構だ」
三人が次の潜伏場所へ移動する途中、キメラトラッカーが口を開いた。
「私は吸血鬼についてそれほど詳しくないのだが、人が吸血鬼に変化すると力がどうなるか知っているか?」
「人としての経験が吸血鬼としての能力に変わると言われている。ほかの変異でもそうらしいよ。だから年寄りの方が強くなるな、加齢の問題も無くなるし」
「……ふーむ」
「おかしな点でも?」
「いや、今回の騒動では妙に強い成り立ての吸血鬼が散見されると聞いてな」
「それは多分……シュットーゼ直接の眷属だろう。彼は吸血鬼に関わらずゴーレムなんかも含めて強い眷属を作る力と、力を蓄積して一気に消費する天与能力があった。血の力を蓄積して、一気に強い眷属を生み出せるってことさ。彼自身が弱かった――当時の基準で――だから活かされることはなかった」
「研究家みたいに詳しいな」
「悪に詳しくなければヒーローはやれない。君も情報を持っているようだけど、彼の情報は無いのかい? 頭の考えがわかれば組織の傾向も読めるよ」
「目標は世界征服だ。吸血鬼の国を建国して、正しいとか、美しいとか、とにかくその方向の秩序を作り上げたい、みたいな感じだ」
「……世界征服ね。知る限り権力志向ではないけど、天与能力からは、当たり前の選択だったのかもね。ほかに何か、重視した性質、物とかは?」
「重視なあ、確か……ビリブ油しか認めないらしいぞ。財宝の管理とかで。そんな情報があった気がする」
「そこは……ふふ、情報と一致する。でも、わからないな。これは」
ディープダークが笑いかけ、それを抑えた。
「わからないか?」
「ああ、わからないね。世の中は奇妙さ」