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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-6 東の国々 眠りの国
107/359

同型

「気配が動いておりますから、視えておりますとも。ここにあるのでしょうか、それともあなたがお持ちか」

「教える理由はない」


 デゥラはそう言いながら、いつものように両手に〔火球/ファイアーボール〕の魔法を準備した。

 直撃したなら、低位の魔法で最大級の威力を発揮する。全力の打撃と共に発動させれば、人間はまず即死。


「ついでに、他にこれをお持ちの方をご存じないか、後ろの方も答えていただいてよいのですが」


 女が整った顔でかすかに笑みを浮かべる。

 通常は弱者であると示す閉じた瞳が独特の圧迫感をもたらした。


 安全なはずの拠点、そこで人狼の出現から続く非日常。

 それに圧倒されている側近と、外部との連絡を担当している人間の部下。

 デゥラの力に心酔し付いてきた部下達が気にするのは主の動向。


「相手にしなくていい」


 デゥラの示す自信、後ろの部下が平静を取り戻す。

 この女は敵だ。仮に敵意が無くともここを知った者を生きて返す手は無い。

 姿からして魔法使い、何らかの魔法での侵入。

 普段ならこっそり入り込むような隙は無いと思うが、多くの人員を動かして、どこかに不備が生じたか。


 考えをまとめたデゥラが微妙に体を動かし位置を調節する。

 全力で一歩踏み込めば、右ストレートが顔を捉える位置へと。


「そういえばあなたの容姿、話しに聞く花月楼の主に似ているようですがご本人か?」

「だとしたらどうするというのだ。灯り!」


 部下が灯りを消し、完全な闇が地下室を満たした。

 ここでは人間になっている者もいる。その場合、闇を見通せぬし、吸血鬼ヴァンパイアの暗視も、照明下とは見え方が違い、色などが識別困難になる。そのため明かりがあった。

 吸血鬼ヴァンパイアでも文化的に生活するには光がいる。


「元より目は開けておりませんが、見てわからぬものか」


 だとしても暗くする。

 魔法で視ているなら効果切れで、魔道具ならその破壊で視えなくなる。


 準備が整った。

 狙うは一撃必殺。魔法を使う前に殺す。

 前へ、狭い通路に強風を起こすほど凄まじい一歩。

 デゥラの筋力と踏み出した速度が溶けあった。

 完全なストレート。

 鋼鉄の鎧を紙のごとくひしぎ、中身を破壊できる打撃、さら全身を焼き尽きくす炎が炸裂するのだ。


 女は微動だにしない。反応できていない。

 当たる。そうデゥラが確信し――ただ風が吹き抜けた。

 平然としている女。

 拳は手の平で受け止められていた。デゥラは目を見開く。

 女は杖を突いたまま。動いたの左手のみ。異常なる平常。戦闘とは呼べない何か。


 デゥラはその平常の引力に飲み込まれず、即座に右手を引き、左手で打ち込んだ。これは杖で受け止められた。

 不発!? 魔法が発動しない。火花すらも無い。

 手の動きも杖の動きも見えなかった。気付いたときには拳の先に。幻術か。


「接近のリスクと引き替え、確実に打撃と魔法のダメージを打ち込む、そんな戦法なのでしょう。しかし魔法である以上、魔法で相殺できる。それに素手の攻撃力は知れています」


 女は淡々とした口調で語った。


「馬鹿な!」


 吸血鬼ヴァンパイアの腕力を知れていると切り捨てる女に驚愕する。

 ありえない。何か特殊な魔法で身を守っていると考えるべきだ。


「何を不思議なことが? 一度自分に魔法をまとう手法、そのため〔魔法解呪/ディスペル〕が有効」


 口調が変わる。控えた態度から自信を帯びたものへと。


 デゥラは〔魔法解呪/ディスペルマジック〕を受ける危険性は理解している。あれは継続中の魔法を終了させる。

 魔法で発射された火球は現象であるため消せないが、腕で待機中の魔法は消せる。


 しかし〔魔法解呪/ディスペルマジック〕は難度が高い。解呪しようとしている魔法をより知っている必要がある。

 術者は誰か、力術・占術など術の種類、魔術か信仰術か、属性、それを知らなければ解呪は難しくなる。


 この部屋で魔法を使っていない。見た目から魔法使いとすら思われていないはず。

 完全に未知の魔法を消滅させるには非現実的な力量差が必要。

 事前に情報を集めていたに違いない。


「よほど楽な戦いだけしてきたようで」


 女があざけった。


「卑怯者めが」


 デゥラはいつも以上に険しい表情を女に向けた。


「・・・・・・はあ?」


 少なくない吸血鬼ヴァンパイアが人間を卑怯者と考える。

 人の休む昼間に徒党をなし攻め寄せ、経済力に任せて準備した禍々《まがまが》しいオーラをまとう武器を携えた略奪者共と。


 正々堂々と夜に戦えば吸血鬼ヴァンパイアは負けはしない。

 人は数しか価値のない卑怯な劣等種、上位者たる者に支配されるべき存在だ。

 デゥラは改めてそれを思い出し、心の奥で憎悪の炎が燃え上がる。


「はてはて、吸血鬼ヴァンパイアなら精神耐性があるので対策がいらぬとでも思うておるのか、外に思考が漏れ出ておる」

「ほざけ」


 外部から読み取れる思考など知れている。


「魔術師が思考を読まれる意味がわからんのか? 愚か者めが、魔法の種が知れれば、抵抗、減殺、相殺は容易。拳に乗せた魔法も例外ではないぞ」

「俺は格闘家、魔術は補助に過ぎぬわ」

「なるほど、かような認識か」


 女の目がより深く閉じたように見えた。


「魔術に対処するなら俺の技で叩き潰すまでよ」

「ふむ、接触による〈生命力吸収〉も意図した戦法か。しかし〈生命力吸収〉は簡単には格上の防御を抜けない。吸血鬼ヴァンパイア対策をしている相手ならなおさらに。考えが浅い」

「格上だぁ? 小賢しい。貴様の準備など食い破ってくれる」


 デゥラは話している間に〈剛力〉〈剛腕〉〈反応〉で身体能力を上げる。


「準備? 準備といえばそうかもしれぬが」


 相手は相当に金を掛けている。吸血鬼ヴァンパイアと知って挑む人間はだいたいこれだ。


 ならば打撃戦で倒れるまでひたすら打ち込む。

 防御魔法は経過時間か蓄積ダメージで消滅する。強化魔法もずっと掛けられない。魔力がもたない。

 そして接近戦中に精神集中を要する魔法の再使用は不可能。


「はあ!」

 

 次々と繰り出される打撃。

 身軽な足さばきで左へ右へと、角度距離を小刻みに変えながら、一撃一撃が必殺の威力を持つ拳技が絶え間なく連続し、ときおり蹴りが混じる。

 しかしそれらはすべて手と杖で止められる。吸い込まれるような感触で。

 だが気にしない。

 不死者アンデッドであるため全力の運動でも息切れは皆無。

 戦闘時間が確実に相手を削り取っていく。


「・・・・・・正体不明の相手に接触するなど、このド素人が。接触が危険なのは、お前達だけではないぞ」

「言ってやがれ」


 女が少し下がる動きをした。魔法を掛け直すつもりか、攻め時。

 これまでで最速、戦技で強化した連打はデゥラ自身にも認識しきれない暴風と化した。

 しかし――


「気が済んだか? 話すつもりは? これ以上は時間の無駄と思う次第」


 女は拳を受け続けながら言う。


「誰が!」

「やれやれ、言ってもわからぬか」

「いったいどんな手を使っていやがる」

「力の差があるだけのこと」


 ありえない。吸血鬼ヴァンパイアこそ支配種。

 デゥラの持ち前の傲慢さが、強度も熱も感じさせない不気味な圧力を押し返した。

 押しが足りなかったのだ。手数で無理なら最大火力。


 今度はデゥラが下がった。魔法を使うために。女は動かない。


「〔集中力/コンセントレーション〕、〔爆発的加速/エクスプローシヴアクセラレーション〕。より暗き道」


 (これは知るまい)


 彼の服の内側に潜っている牙の生えた人の頭蓋骨の小さな首飾り。【葬牙の首飾り】。キーワードでそれを起動させた。

 これは一日に一度、三十秒間、負属性の効果を大きく強化する力がある。


 瞬間的に集中力と速度を上げ、中位魔法〔狂気の黄昏/ダスクオブマッドネス〕、揺らめく青と赤の入り混じった負のエネルギーの波を照射、ダメージを与え敵を混乱させる魔法、これを右の拳に準備。


 さらに中位魔法〔生者への致命的一撃/デッドリーブロウトゥリヴィング〕、これは準備ではなく発動。

 彼の右手が不自然に揺らめく粘着質の黒い炎で包まれる。

 命ある者を即死させ、それに仕損じても負のエネルギーで大ダメージを与える。

 左にはいつも通りに〔火球/ファイアーボール〕。


 今度は左手から仕掛ける。

 やはり瞬時、反応する杖で受けられた。

 しかし成功。かすかにデゥラの表情が緩む。火だ、光が地下室を照らし出す。

 火球が炸裂、二人が湧き出した炎に包まれていく。赤で埋まる視界。

 その刹那で、さらに右を叩きこむ。


 相手が魔法の無力化に失敗したここが勝機。

 女は燃えながらも、また手で防御した。

 しかし魔法は確かに発動。デゥラが放てる最大の一撃。

 黒の炎と青と赤の不気味な揺れが、確かに女の体へ吸い込まれた。

 デゥラが勝利を確信した。体を負のエネルギーが蝕み、呪われ朽ちる。


「これがやりたかったのでしょう? 満足しましたか。それでこれが全力でよろしいか」


 しかし平然。

 黒の炎は女を焼き尽くさずに消え去り、女はどこまでも平然としていた。


「何だと・・・・・・・確かに発動したぞ。これにも対策があったと、しかし完全に無効化するとは」


 一体どのような宝物を引っ張り出したというのか、デゥラは戦慄を禁じえない。


「少しは受けておりますよ。すぐに回復できる程度ですが。しかし・・・・・・負の魔法をよいとして・・・・・・火の魔法? 吸血鬼ヴァンパイアなら冷気でも使っておれ、目立ちたがり屋が」

「くっ、自分の考えだけぺらぺら喋りやがって」


〔火球/ファイアーボール〕の魔法は一人前の魔術師の基準というべき魔法。長射程、高威力、範囲攻撃の性質を持っている。

 かわされやすいのが欠点であり、それを克服したのがこの打撃発動戦法。


 それに正のエネルギーを別にすれば吸血鬼ヴァンパイアに向けられやすい属性は火。彼の着ているベストは火属性耐性がある。


 拳で爆発する〔火球/ファイアーボール〕は、殴りつけた敵は当然、周囲の敵も焼き尽くす。群れる人間を相手にするに相応しい戦法だ。

 しかし爆発の方向を調節してなお自分も焼かれる。それに対する防御と、敵の攻撃に対する防御を兼ねた最善の選択。


 馬鹿にされる筋合いは無い。

 しかしデゥラは迷う。次の攻撃は何が最善だ? 判断できない。


「お前の程度は十分に見た」


 女が初めて自分から杖を少し上げた。

 思えばこれまであの杖をほぼ動かしていない。最小の動きだけだ。

 特定の姿勢や、道具の位置関係などの条件で、自動防御のような効果を発揮するような魔道具に違いない。

 そうデゥラは考え動く。相手が攻撃出るときに防御力が減るはずだ。


「うおおぉぉ」


 横から打とうした瞬間、衝撃。体が止まる。

 デゥラの心臓に杖が刺さっていた。否、杖ではない。それは槍だ。杖が瞬時に変化して短い槍になっている。


 心臓を破壊されれば吸血鬼ヴァンパイアの能力は低下する。

 だが終わらない。この程度では終わらない。

 騎士団長戦と同じように、槍をつかみ接近を試みる。これで武器は封じた。


「元気だけはよろしいようで」


 パチパチ弾けるような音、槍が電気を帯びた。


「馬鹿め、電気など」


 高説を垂れてきた相手が不死者アンデッド相手に電気を選択したことをデゥラが笑う。生きていない不死者アンデッドに効きの悪い属性だ。


 デゥラがそう思ったとき、瞬時に白、その光は凄まじく部屋を白に染め上げた。


「少しばかり耐性があるから何だというのか?」


 ゴオボボバゴバッボババ、空気を焼く電気の重い音が反響した。

 槍から放たれた輝く白の雷撃は狂ったヘビのようにのたうち、室内の半分を暴れ回り火花を散らした。


「ゴゴガガガッガガギギギ」


 ガクガクと振動するだけのデゥラに、もう意識はない。そしてすぐに滅びた。

 デゥラの後ろにいた部下も同時に雷に貫かれ絶えた。

 カサンドラは半ば炭となったデゥラを、槍を振り払って捨てる。

 槍を使えるのは彼女が〔槍魔道士/ランスメイジ〕の職業クラスを持つためだ。


「つまらぬ相手、己が何かもわかっておらぬとは。格闘重視であれ、魔術を軽視してよいとはならぬ。魔術戦を心得ておれば格の差は理解できたであろう」


 カサンドラもデゥラと同様に複合的な職業クラス

 しかも、槍、魔術、信仰術と中途半端中の中途半端である。電気と予知が特徴だが、それも特化職からすればアルバイトレベル。


 ゆえにデゥラの間違いはよくわかった。

 自身が吸血鬼ヴァンパイアであるため、力が常に上回ると考えている。

 たしかに多くの戦闘手段を持てば、一人で多くの状況に対処できる。


 しかし本来、複合的な職業クラスは全能力を活かして戦うもの。特に相手が格上ならば。

 少しでも優位な点で勝負し、不利な部分では勝負を避ける。選択できる手段の内、苦手な戦術でも、それが相手に有効ならそれを選択するべき。

 そのために常に相手を正確に測らなければならない。


 しかしデゥラは接近戦になれば必勝の前提で行動していた。接近戦しか頭にない。

 相手が魔法使いなら徹底的にまとわりついて魔法を使わせず倒す。戦士なら魔法で牽制して接近、拳と魔法で倒すといったところだろう。

 これはほぼ戦士の発想、魔術師の流儀にあらず。


 もっとも、最初からデゥラに勝ち筋はなかった。すべてで敗北しているのだから。


「本当に話を聞かない。しかしまあ、組織の長ならあれが魅力的に映りもするか」


 カサンドラは〔半妖精人/ハーフエルフ〕、この種の基礎職業ベースクラスは最終的に〔統合者/インテグレーション〕に行きつく。それ以外の最終基礎職業はない。

〔統合者/インテグレーション〕は二系統の職業クラスのレベルを合算するので、高レベルで修得するスキルを修得できた。


 彼女は〔預言者/オラクル〕系から発展した〔祈祷師/シャーマン〕系と、〔賢者/メイガス〕系のレベルを合算している。

 できることの幅は非常に広い。

 ただし直接戦闘ではルキウスの主力で最弱、中途半端だからそうなる。


「主様は吸血鬼ヴァンパイアでも使えれば使うと仰られたが、あれは駄目でしょう」


 カサンドラは向きを変えずに後ろのスミルナを見た。気絶したままだ。命に別状はない。


「少々妙なことになりましたが、まだ眠っておいてもらいましょう。多分〔魔族・狼/ナイトメア・ウルフ〕系、気配からして聖獣や悪魔ではない。この首は、私の仕事ではないが、まあ清めるぐらいはしておくとしよう」


 何か危機的な条件がそろって強化変身が発動したのだろう。自分の意志で変身できるとは考えにくい。

 カサンドラはインベントリから保存しておいた彼女の装備を出し置き、首に処置をして扉に向かう。


「〔解錠/アンロック〕」


 金属製の重苦しい扉は開かなかった。特殊な防備がある。

 地下室全体も魔法で通信、転移、探知を阻害する材質になっていた。

 この材質は彼女の特殊視界もかなり遮る。


「運び込まれるときも思うたが、この地下設備は使用者と技術水準が違う。古い時代の、大戦前の設備か」


 カサンドラは倒れているデゥラの部下の懐から、鍵を見えない力場の手でつかみ、手元まで引き寄せた。

 何らかの金属でできた文字の刻まれた鍵は溶けて曲がっていた。


「壊してしまいましたか、仕方なし。〔静寂/サイレンス〕」


 カサンドラは槍となった杖を両手で持ち、数度、扉を真っすぐに突く。中央付近で横一直線に穴を空けたのだ。扉は分断され、上部が落下を始めた。そして彼女は下半分を蹴とばした。分解された扉が無音で床に転がる。


 その先は一直線の通路、行き当たりに扉。扉まで歩き、扉を開ける。


 次に扉が多くある廊下に出た。ここの奥の扉から地下道を通って牢まで運ばれたのだ。

 運び込まれたときより多くの気配がある。さっきの男の部下が追加されたのだろう。吸血鬼ヴァンパイアだけで五十以上いる。


「すべて潰してしまいましょう。しかし黒の鍵を見つけるまで察知されたくない」


 小部屋から潰していく。

 彼女は扉の一つを開ける。人間の気配が多く固まっている扉。つまり牢屋。


「〔眠りの雲/スリープクラウド〕」


 扉を開けるなり魔法を発動。部屋内は瞬時に湧きあがる白い雲で包まれた。

 奥行き十メートルない牢の部屋、囚われた人間は全員眠りこけた。


「なんだ、これは」

「どうなっている」


 これが効かないのは吸血鬼ヴァンパイア。そして彼らでも雲の先を見通せない。

 雲はすぐに消える。その前に彼女が素早く中に突入する。

 あらゆる欲を満たしていたのだろう、全裸で血にまみれた吸血鬼ヴァンパイアが混乱して通路側に飛び出してきた。


「醜い」


 軽く一突き、頭部を粉砕する。他の敵も同様。

 人間はひとまず放置して次に向かう。勝手に動かれても邪魔であるし、精神に細工がある可能性は高い。そして全員を治療するのは魔力消費が大きい。


 この拠点の敵を滅ぼせば勝手に支配なども解ける。

 殲滅は順調。次々に同じ手で攻撃する。

 牢のある部屋、他の小部屋の敵はすべて滅ぼした。


 道案内の少年も生きていた。貴重な食料は長持ちさせるということだろう。カサンドラにはどうでもいいことだが。


 最後に残したのは大部屋。中の様子は見えている。約二十メートル四方の部屋、出入り口は複数。

 室内では三十人ぐらいが机の前に掛け、談笑をしている。戦闘があったのか、次の戦闘のためか、武器の手入れをしている者が多い。


 カサンドラが扉に手をかけた。

 また扉を開けるなり魔法を使う。ただし今度は攻撃、この部屋には捕まっている人間はいない。ここの人間は組織の一員だ。


 その目のいくらかがカサンドラを見た。会話が止まる。カサンドラが扉を閉める。ガチャンと音が鳴った。


「〔連鎖雷・略奪者/チェインライトニング・マローダー〕」


 どこか凶悪そうな波形と角度の赤い雷、それが槍の先から飛び出し、部屋内を駆け回る。部屋の方々で弾ける音が響き、赤が視界を縦横無尽に横切る。

 室内の敵は一気に大混乱に陥った。


「敵襲!」

「何で地下側から来る?」

「迎撃しろ、電気だ。問題ない」


 自由な赤い雷は、敵も置いてある物品も差別なく、手当たり次第に突き抜けた。一つを破壊すると、次の獲物を求め、生き生きとして、また駆け出す。その際、さらに力を増し、太くやかましくなってていた。


 なお彼女自身も雷に打たれているが効いていない。この魔法、強力だが操作不能で敵味方の区別が付かない。殺した敵から魔力を補充して威力と活動時間を追加し、力の限り暴れるのがこいつだ。


 混乱の中で反応を見せた賢明な者もいる。

 しかし部屋から脱出を図った者は個別にカサンドラの電撃を受け、投擲した武器は磁界で弾かれる。接近を試みる者も磁界で減速した上で簡単に突き抜かれる。

 このまま、赤い雷がエネルギー切れまで暴れてここは終わり。


「ん?」


 しかし、彼女の認識範囲で奇妙なことがおきた。

 人間が吸血鬼ヴァンパイアになったのだ。

 部屋内の人間、吸血鬼ヴァンパイアを位置をわざわざ覚えていない。最初から識別するつもりもない。

 しかしたまたま最初に視界に入った今死んでいる男は人間だったはずだ。それが吸血鬼ヴァンパイアになって死んでいる。


「妙な?」


 記憶違いかと疑い、自分の過去記憶を魔法で再生したが人間だった。

 男の閉じた手には針が握られていた。


 それからしばらく。敵が全滅したので、カサンドラは花月楼の探索に行ったメルメッチに通信した。


「忍びの者、そちらはどうか?」

『なんか聞こえにくいけど』

「地下の材質で阻害されておる。これでもかなり強化してある通信だ」

『そうか、こっちは無さそうかなあ、スケスケの下着なら一杯あるけどいる?』

「いらぬ。そこの分はおそらくこちらにある。今から探す。お前は友達観光ペット大臣の補佐に回れ、こちらはまだかかる」

『了解』

「それから追加の情報が――」

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