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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-6 東の国々 眠りの国
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調査

 指輪の中には攻撃魔法を発動できるものもある。しかしそれで対応できるレベルではない。

 この二人は突き抜けている。


 チェリテーラは王都で最高水準の《盗賊/ローグ》であり《学者/スカラー》。隠密索敵能力、それを支援する魔法での対処能力を合わせ様々な状況に対応できる。

 それが手も足も出ない。何より速すぎる。さらに近くでも気配が感じられない。


 これなら騎士団長が殺されたのも理解できる。化け物だ。


 どうにもならない。殺される。

 腰にはまだ隠し鞘に納めて、全体を不可視化した短剣ダガーがあるが、抜かせてはもらえそうにない。


 せめて助けを呼ぼうと思い、声を出そうとしたが出ない。音を消す効果。強い音を放つ魔法なら突破できるかもしれないが発動を見逃すとは思えない、何もできない。

 絞められるのを待つニワトリの気分だ。


 獣の覆面が彼女の顔を覗き込んだ。

 その覆面の表面は蠢いていた。恐怖で目を見開き、呼吸が止まる。


「この人、耳が長いぞ」


 馬鹿が道端で金貨を拾った時のように素っ頓狂な声が聞こえた。ただしその声は歪んでいた。認識阻害系の能力が働いている。


半妖精人ハーフエルフだな」

半妖精人ハーフエルフいるのか」

「珍しいの?」

「ここらであまり妖精人エルフは見ていないな」

「ふーん、そうか」


 違和感のある会話。

 チェリテーラは王都では有名だ。ただでさえザメシハに妖精人エルフは少ない。見た目からして簡単にチェリテーラだと特定できるはず。

 つまり王都の者ではない、ならば必然、王都の吸血鬼ヴァンパイアではない?


「彼女は何だと思う?堅気ではないだろう」

「覗きが趣味の布地の少ない半妖精人ハーフエルフ

「そのままではないか」

「なら君はどう思うんだい」

「うーん、痴女ではないだろうか。生地を見るに貧しくはないと見える。冬にこんな格好をしているとは気合の入った痴女だ」


 仮面達が言っているのは着ている発掘品、妖花の誘惑。黒革の上下で、肩に、腕、足、腹部も露出している。

 猛毒、麻痺、睡眠を防ぎ、精神への干渉能力を高める。しかも温度調節機能もある。


「でも武装しているよ、それにこの黒いひらひらは何?」


 こちらも発掘品で黒天の羽衣、隠密系の能力を高め、特に夜間に効果を発揮し、さらに悪、冷気属性への抵抗力を持つ。

 この二つの装備は条件を満たした女性しか使えないが最高級の品である。


「それは何かの羽衣、魔法の品だな。痴女だって身を護る必要があるだろう。活動時間の治安が悪いからな、痴女には痴女の苦労があるのだな」

「なるほど、名推理だね」

「だろう」


 非常に屈辱的な会話が彼女の上で繰り広げられている。

 吸血鬼ヴァンパイアの確率がかなり低下した。

 しかし不審者には変わりない。安全ではなく、相変わらず生殺与奪権を握られている。

 これ以上誤解が連なる前になんとか意思疎通を図る必要がある。


「何か口をぱくぱくやっているが」

「ああ、音を殺しておいた」

「まあ、大声を出してもどうとでもできるだろう。話を聞いてみよう」

「そうだね」


 チェリテーラは顔の周囲の魔力が消えたのを感じ、恐る恐る声を出した。


「あんたら、何者なの?」

「よくぞ聞いた。僕はディープダーク、深き闇に潜んだ悪を人知れず討つ闇のヒーローだ」

「・・・・・・神の戦士キメラトラッカー、痴女は?」


 小さい方が誇らしげに名乗り、大きい方が静かに名乗った。

 しかしどこの誰か分からない。つまりは名乗りの意味が無い。


「・・・・・・まず立ってもいいかしら?」

「余計なことをしなければいいぞ」


 チェリテーラは二人に挟まれた中で緊張を感じながらゆっくりと立ち上がる。


「チェリテーラ・ジウナー、赤三つ星ハンターよ」

「ああ、タグがあったな」

「とりあえず言っておくけど、覗きは良くない。悪い奴のやることだよ、お嬢さん」

「・・・・・・私は吸血鬼ヴァンパイアを探していたのよ」

「それは奇遇だな、我らもそうだ」


 確かに夜中をさまよう正当な理由はそれぐらいしかない。しかし、王都に関わりの無い者が、昨日初捕捉した情報を持っているのは不自然だ。

 しかし違和感を顔に出さず、チェリテーラは話す。


「あと痴女じゃないから。これは魔法の装備で非常に価値のある物なの」

「ふーん」「そうか」


 声質から分かりにくいが、多分馬鹿にされた。装備も格が違う、そういうことだろう。


「私はなんで捕まっているのかしら?」

「真夜中に不審人物がいて、血相変えて逃げたから捕縛した。夜中に逃げるのは悪っぽい」

「私は赤三つ星よ、身元は確かだわ」

「にしては随分と弱いな、精々五つ星ぐらいに感じるが、本当に本人か?」

「いや、お嬢さんが特別弱いのだろう、ハンターのスタイルは色々だし」

「そうか?」


 まだ安全ではないとチェリテーラは感じる。この二人は多分赤三つ星などなんとも思っていない。虫を踏みつぶすような感覚で殺されかねない。


「私は王都では有名なの。半妖精人ハーフエルフが少ないの知っているのんでしょう。そこらの衛兵でも私を知ってるわ」

「衛兵は面倒だから嫌だな、ちなみに若そうだけど何歳?」

「・・・・・・三十六よ」


 年齢と容姿に関しては日常で散々話題にされ過ぎて話したくないところだ。


「三十六・・・・・・年上。結構――」

「結構、なにかな?キメラや」


 ディープダークがキメラトラッカーの肩を掴んだ。指が肩にめり込んでいる。


「・・・・・・なんでもないとも、ダークよ」


 二人が話している間に痛む鼻を触ってみたら、激痛を感じ鼻を放した。


「鼻は折れてる」

「折れてる?何のことかな?」


 キメラトラッカーが言った。


「だから・・・・・・」


 言おうしたら痛みは無くなっていた。


「治したのね」

「なにが?」

「そっちか」


 チェリテーラはキメラトラッカーを見た。


「だから何が?」


 あくまでもとぼけるつもりらしい。しかし吸血鬼ヴァンパイアの可能性はゼロになった。正の魔法が使えるなら不死者アンデッドではない。


「目的は同じ、道案内でもしてもらおう、私は王都に詳しくない。討伐報酬は全て譲ろう」

「僕も詳しくない。それに報酬はいらないよ」


 この二人と行動しているとあらゆる誤解を招きそうに思える。悩む彼女に何を勘違いしたかキメラトラッカーが言った。


「まあ、これで機嫌を直せよ」


 キメラトラッカーの覆面が特定の動物の顔に変化した。ネズミの顔を前後に引き伸ばして、耳を大きくしたような顔だ。


「何よそれ」

「カンガルーだよ、かわいくないか?」

「カンガルーってそんな顔の生き物なのね、初めて見たわ、魔法名で見るけど」


 少しばかり学者としての好奇心が満たされた。


「それって、どんな効果があるの」


 ディープダークが尋ねた。


「跳躍力と蹴りの威力が上がる」

「対応幅の広い装備というわけだね」

「まあ、そうだな」

「言っておくけど僕はヒーローだから。嘘じゃないよ」


 ディープダークが念を押すように言った。


「そうかい」

「あんたら、お互いの装備も知らないの?」


 チェリテーラは二人のお互いの性質を確認するような会話に不自然さを感じた。


「さっき会ったばかりだ、知るはずもない」

「会った瞬間から同士だと感じて行動を共にしているのさ」


 一体どうすれば、こんな連中がたまたま出会うのだろうか。


「・・・・・・それであんたらと一緒に行動しろっての?」


 チェリテーラとしては自分のパーティに合流したいところだ。しかし大博打だが、この仮面達が本当に味方なら大きく事態は好転する。

 身元が不明だが推測するに、特殊な宗教団体に国外の秘密組織ぐらいか、吸血鬼ヴァンパイアは人類共通の敵、動いてもおかしくない。


「まさか拒否するつもりではあるまいな、とすれば、吸血鬼ヴァンパイアとの繋がりを疑わざる得ないが」

「だから私は赤三つ星なのよ!」

「余計に怪しいが」

「なんでよ!」


「国王だって怪しいのに、ハンターなんて何の信用も無い」

「国王が怪しい?」

「一般論だ、大規模な組織が存在するなら国側、その他の権力者に協力者が存在すると考えて当然、だから赤三つ星でも怪しいと言っているのだ」

「その格好に言われたくないんだけど」


 言っていることはその通りだが、不審人物に言われたくはなかった。そして決断する。


「良いわ、でも仲間に連絡させてちょうだい。急に連絡を絶つのはまずいでしょう」

「連絡だと、妙な暗号を使っても分かるからな」

「なんでパーティーに連絡するのに暗号があるのよ、普段一緒にいるんだからそんなもん作らないわよ、諜報員じゃあるまいし」

「なんだ暗号も用意していないのか、三流だね」

「まったくだな」


 話の通じない二人をよそに《伝言/メッセージ》を使っていく。


「おかしいな、つながらない」


 最後に連絡しようとしたスミルナだけ何度試してもつながらない。


「相手が存在しないか、遮断されているかだね」

「つながらないなら後回しにするべきだろう」

「そうね」


 何かあったのではないかと不安を感じたが、その通りだ。ここからでは何もできない。


「そっちは騎士団長が討たれたのは知ってる?」

「いや」「知らないな」

「あの騎士団長が討たれたのよ!事態は深刻だわ」

「ふーん」「へー」

「騎士団長がやられたのよ!分かってるの」


 緊張感を共有できない二人に、チェリテーラはたまらず声を荒げた。


「はあ」「ほー」

「・・・・・・騎士団長知ってる?」


 チェリテーラは不安になった。


「いるのは知ってるが、私の知り合いではないな」「僕はまったく知らないな」


 意味が伝わっていないことにチェリテーラは絶句したが、これは重要なので説明する。


「騎士団長は強引に標準危険度に換算するなら・・・・・・百二十ぐらいの強さはあるわ、騎士の中では対応力もある方だし」


 標準危険度は魔物の強さを示す数字だ。万全の状態の戦士、僧侶、魔術師、盗賊の四人編成が、偶発的に遭遇した時に重傷者を出さず勝利できる目安とされている。


 他に魔物の情報がある状態で、完全に準備をした場合の戦闘を目安として計画危険度。有効な手段が無い場面で襲撃された場合を想定した襲来危険度が定められている。


 吸血鬼ヴァンパイアのように癖の強い魔物は、計画危険度と襲来危険度が十倍以上違う。


「騒ぐことかい?百二十って赤一つ星パーティぐらいじゃない?」


 ディープダークが言った。


「無茶言わないでしょ、赤三ツ星の私達で確実に死人が出るわ。相当な戦力が相手にいるのよ、しかも街中に隠れられる隠密性と組織がある」

「百二十って貴族吸血鬼ノーブルヴァンパイアぐらいじゃないか?そのクラスなら複数いるだろうな」


 今度はキメラトラッカーの方が言った。


「この国のハンターは貧弱だねえ」

貴族吸血鬼ノーブルヴァンパイアってなによ、そんな伝説級の強さが見積もれる訳が無いでしょう」

「だから貴族ノーブルは・・・・・・その騎士団長を殺せてもおかしくないぐらいだな、夜なら」

「説明になってないでしょ、一緒に行動するならしっかり説明してよ」


 説明を求められた二人はまとう空気が若干変わった。


「私が一太刀で殺せる程度だ、それで十分だろう」

「僕は一蹴りぐらいだな、それで吸血鬼ヴァンパイアなら確実に殺せる」

「本気で言ってるの?」


 普通なら狂人の考えか冗談だ。


「嘘をつく理由は無い」「ヒーローは悪に負けない」


 揺るがぬ答え。

 危険度百二十、一軍に匹敵する戦力を簡単に潰せると言う、にわかに信じ難い。


「でもどうするんだい、確認するけど目的は組織の壊滅かい?」

「当然そうだ、中枢を討たねば意味は無い」


 ディープダークにキメラトラッカーが答える。


「どうも聞いた感じじゃ、ここの吸血鬼ヴァンパイアは権力者路線じゃなく、隠密路線だね、隠密路線で大組織、相当な知恵者がいるはず。それが動き出したなら準備万端だろうね」


「幹部級は西の騒乱で大方死んでいる。ここにいるのは残りかすだ。それで動きがおかしくなっている。計画された動きではないだろう」

「ああ、そんな状況か。末期だね。己を律せない組織は滅ぶ、必ず」

「ちょっと待ってよ!騎士団長を殺せるのが残りかすって」


 チェリテーラがたまらず叫んだ。


「主力は王族ロイヤル級だったとの情報だ。ここの幹部もあるいはそうだが、見つけ次第始末すれば問題無い。街で魔法でも使われると大惨事だからな、手早くやろう」


 騎士団長より上が五人もいれば西部は滅んでいたのではないかと思うが、一体何が起こったというのか。チェリテーラの知らないことが色々と起きているに違いなかった。


「さっさとやりたいけど、おそらく拠点は分散してる。どれか一つ潰しても他をたどるのは難しい、仮に他拠点の情報があってもそれを判別できたころには逃げ去ってるさ」

「あんたらぐらいなら吸血鬼ヴァンパイア捕まえられるんじゃないの?一人捕まえて締め上げれば?」


「捕まえるまでは良いとして、その先はまず無理だね、むしろ逆効果だ。奴らは基本的に自分が人間種より上位だと思っているんだよ。屈辱を与えた相手を絶対に許さない。だから敵の利益になる情報を吐くなんてありえないね」

「苦痛を与えるだけなら、聖水漬けにするとかポーション点滴とかあったな」


「他に日光属性を強化した目薬をさしてまぶたを縫うとか、拘束して目の前に生き血を垂らすみたいな嫌がらせとかだろ?確かに相当な苦しみは与えられる。普通の傷は意味ないけど、あれは負属性の根幹を刺激している。逆に欲求を刺激するのも効果がある。それで改心するのは見た事が無いけどね」


 ディープダークが思い出したように言い、キメラトラッカーが情報を加える。


「奴らから情報を得たいなら、誉めそやして貢物でもすることだ。それなら見込みがあるよ。貢物にお返しができるだけの力知識があると示したくなる、相手が敵ですら」

「その通り」

「じゃあなんで吸血鬼ヴァンパイアの拷問法なんてものがあるのよ」

「それは組織内での懲罰だよ、ちょっとした嫌がらせだね。でもまあ、金をかけて苦痛を与えるより、糞にでも漬け込んでやった方よほど効果的のようだけど」


 ディープダークが楽し気に言った。


「よく知っているな」

「僕は悪を討つヒーローだよ、詳しいに決まってるじゃないか」



「ならさっさと太い尻尾をつかんで終わらせるとしよう。エフェゲーリ・メクレルとかいう連中を」

「・・・・・・今なんて?」


 ディープダークが虚空の一点を見つめたような沈黙の後で言った。


「何が?」

「組織の名前、エフェゲーリ・メクレルと言ったのかい?」

「そうだが」

「ここの組織はそう名乗ってるのかい?」

「そうだ」

「ふーん」


 ディープダークが少し考え込んだ。


「何てことなの終わりだわ、あの伝説のエフェゲーリ・メクレルが復活するなんて!人類は終わりよ」


 その名を聞き、瞬時に心神喪失状態になっていたチェリテーラが立ち直るなり叫ぶ。


「・・・・・・復活はしないと思うけどね、名前は誰でも名乗れる」

「本物でも偽物でも軽く殲滅するから心配するな」

「キメラでも軽くとはいかないだろうね、本物なら。ジタニ・ソウスワドとか強かったよ」

「魔爪混智三撃、八妖槍、王門六席、守護十二階、闇の追歴衆、何より夜の全てを支配すると言われた当主のアルエン・セルステイ、彼女が動けば大国も一瞬で滅びたと、それに――」


 チェリテーラがまくしたてた。


「その話長い?」

「長いわよ、当然でしょ、伝説の巨大組織なのよ。多くが謎に包まれているけど、その介入が疑われる事件は多いのよ、その歴史的影響力は――」


 二人はそこから長く語り満足した。


「よく知ってるな、君達」


 混ざりそびれたキメラトラッカーがうんざりしていた。


「私は学者なのよ」

「ヒーローとして悪を知るのは当然」

「納得したようでなによりだ。では私の手掛かりに向かうぞ」


「私は外では変装するから、ちょっと待って」


 チェリテーラは変装の指輪を使い、顔服装を無難なものに変えた。目立つ服装は、普段の印象を強くして変装した時にばれにくくするため。そして今こそ印象を活かす時。こんな連中と一緒にいるの目撃されては終わりだ。



 少し経ち、三人の姿はゼート工房前にあった。


 彼らの目的は組織の連絡手段の解明、そして短時間で一気にたどり中枢を直撃すること。

 しかしルキウスは適当に時間を潰す目的で、ここを二人に教えていた。

 ルキウスがここを調査場所としたは調査済みと連絡を受けていたからだ。ここならメルメッチと鉢合わせにならない。それに何も無いだろうとの目論見だ。


「とりあえず、扉の前に落とし穴は無いぞ、窓の周りもだ」


 周囲の罠を魔法で探ったルキウスが言った。


「当たり前でしょう、こんな街中で誰が落とし穴掘るのよ」

「魔術科学系の罠も無いようだね。でも単純な地雷はあってもおかしくないと思うね、僕は」

「一応言っておくが街中で電波、レーザー通信などは検出できない」

「・・・・・・あんたら何を警戒しているの?」

「罠だが」「罠だよ」

「ここは迷宮じゃないのよ」

「僕は家に洪水の魔法の罠を仕掛けたら、家が水没した事がある」

「それは排水路を作っておくべきだったな」


「そんなのあんたらだけでしょう」

「お姉さん、罠の可能性が低いのは分かっている。しかし用心はするべきだ」


 ルキウスはチェリテーラを見て言ったが、彼女の表情が微動だにしないので扉に向かった。


「さっさと中に入ろう。周囲にちらほらと生命体反応はあるが全て狩ってまわる訳にはいくまい。一応こちらに意識を向けないようにしてあるが」

「そう心配しなくても良いよキメラ。ネズミ、コウモリは情報伝達、監視に常用するものじゃない。あれが年中出入りしていたら意外と目立つからね。でも緊急時には使う場合もあるから、食べ物を探す動きをせず、ひたすら走る動物は疑った方が良いね」


「開けるぞ」


 ルキウスがテロリストのアジトに突入するように慎重に扉を開けた。


 そして三人は荒らされた様子の無い室内を散らかしだした。


 捜索中、チェリテーラが開けた棚から小麦粉が飛び出し、少し顔に被った。

 枝をバネに使った原始的な仕掛けだ。ルキウスは気付いていた。


「何よ、これ、私の感覚に反応が無かった」

「それはただの悪戯だな、ここの主は悪戯好きだったようだな」


(メルメッチ!悪戯好きの小人ハーフリングめ)


 これは罠ではなく無害な悪戯、だから罠発見系の能力に反応しにくい。ルキウスはかつてこの悪戯で罠を作動させる手をよく使っていた。

 そこにディープダークが別の部屋から出て来た。


「なるほど確かにここは重要拠点だったようだね、逃げるのに持ち出す暇が無かったのか、それともあるべきものが無いの怪しまれるのを警戒したのか、ばれないと高を括ったか」

「えっ、暗号あったの?」

「ああ、これだよ」


 ディープダークが持ってきたのは素焼きの壺、三十センチぐらいだ。


「内側、ここを触ってごらん」


 ディープダークが壺の口の内側を触りながら言った。

 ルキウスは壺を受けとって中に手を入れる。ちょっと触った感じはざらざらとした焼きむらでしかなかったが、よく触ると若干規則的な穴があった。


「内容は数値だね、何かの命令、これだけだと判らないな。この街の何かに対応してると思うけど、住所とかは割と読みやすいんだけど、僕はこの街を知らない。とりあえず、この暗号を入れた場所を疑うべきだね」


 ルキウスは壺をチェリテーラに渡した。


「この手の暗号はよくあるのか?」

「本物のエフェゲーリ・メクレルではあったと思うよ。魔法も魔道具も込み入った仕掛けも使わない。そうすれば検知されないし、一見しても、傷か、なにかとしか思わない。この壺だって割って中を見ようとはしないさ」

「完全に王都に根を張られていた。一体いつから?」


 チェリテーラが苦い表情を浮かべた。


「建国時からだぞ」


 ルキウスがさらっと答えた。


「ああ、建国時が一番入りやすいだろうね。まあ、物品を運ぶときは仕掛けを使わざる得ないけどね。確かに高価な魔道具はばれにくいよ、オーラも隠蔽されてるし。でも探す方が本気になって探せば魔力反応が見つかるし、コストも高い」


 メルメッチの目を欺くとはかなりのものだ。これまでにも取りこぼしがあったかもしれない。


「定番はこの壺みたいに器だよ。街中で多くの人間が持ち運ぶ。いらなくなったら割って捨てる。あとは他の消耗品だ、炭、薪とか、傷を付けやすく目立ちにくい」


 そこからさらに三人が工房を捜索した。

 素焼きの壺の他に、ビン、木箱、革袋、魔道具の小さな金属の部品、太めの紐等に傷が刻まれていた。

 ルキウスの想定外の事態だが、見つかったならそれはそれで良いかと考えた。ザメシハの不安定化は望まないからだ。


「大量だね、ここで大当たりだ。複数種あるなら、ここは重要な場所だったはず。連絡線の一部なら多くて二種ぐらいだろう」

「これらの製造元は?」


 ルキウスの問いにチェリテーラが答える。


「いくつかは分かるわ」



 次に三人が来たのは大規模な焼き物工房だ。煙突のある大きな窯から簡素な焼き場までがあり、多くの作業所らしき建物、寮らしき建物がある。

 住み込みの徒弟などを含めて、職人が百人以上いるだろう。


「ここって有名なんだけど、吸血鬼ヴァンパイアの巣なの?」

「全員じゃないよ、一人配置すれば足りる。基本的に目立つ一か所に固まらない。考え無しはやりがちだけどね」

「だろうな」

「考えてみなよ、大きな商家なんかは不正を疑われるし、他の商家の攻撃の対象にもなる。国が調査しようとした時、一人も中に潜入できなかったり、中に入った諜報員が片っ端から消されたらおかしい」

「確かにそうね」


 三人が話しながら敷地内を探り、次に中へ向かう。全員、その気配は闇に溶け込み、常人に捕捉できるものではない。


「ここは警備用の魔法罠があるな、警備がいないのは起きてる人が多いからか」


 ルキウスは敷地内を歩きながら、印の刻まれた石を魔法で無力化した。

 ディープダークが敷地内に複数ある建物を効果範囲とした魔法を発動した。


 何らかの手段で大勢の人間を認識、識別し、正確に魔法を掛けている。

 ルキウスから見ても相当な力量だ。チェリテーラは異常に慣れたのか力量的なことに言及しなくなった。


「これで建物内の人間は全員眠った。窯を見ているのは暗示で仕事に集中させてある。起きてるのが吸血鬼ヴァンパイア、のはずだけど、負属性の反応は無いねえ」

「ここからどうする?一人ずつ起こすのか?まずは起きている人間からか」

「あらかじめ使っておけば五分間の記憶が消える魔法がある。まずはそれで、次は何か強制系の心術で、質問して答えさせよう」

「悪用されると大変だな」


 ルキウスが軽く笑った。


「そうだね、僕のような正義の心があふれる人間じゃないと危険だね」

「まったくだな」

「あんたら、不法侵入の自覚あるのかな?」

「僕は法以上に正義だ」

「神が法である」

「危険人物が危険な技を持っている、理不尽だわ」


 チェリテーラが嘆いた。

 この女は悲観的で面倒だ。早く吸血鬼ヴァンパイアを駆逐してディープダークから逃れようと、ルキウスは強く思った。


「大体、君だって遺跡荒らしじゃないか」


 ディープダークが言った。


「私は人類の発展のために」

「探せばどこかに正当な遺跡の権利の継承者がいるさ」

「それは・・・・・・」


 チェリテーラが口ごもった。


「ハンターが強盗なのではないか、という議論は昔からあった。僻地で遺跡を利用していた少数民族を皆殺しにして発掘品として申請した馬鹿がいて、大問題になったよ」

「私だってホーガイガイオリ遺跡事件ぐらい知っているわよ」

「おい、長くなるなら後にしてくれ」

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