仮面達
「馬鹿に付き合っている暇は無い」
ルキウスは正体不明の相手を回避すべく、離脱を試みる。しかし進もうとした方向、足元から黒い物が槍の如く突き出る。
それは黒い人型の影、それに色がつき現れたのはディープダーク。
黒から黒の変化で分かりにくいが、普通の転移ではなく何か影系の能力。
「逃がさないぞ」
ルキウスの至近に小柄なディープダークが立ち塞がった。
(影飛び、影渡りか?!早い!!)
危険な相手、ルキウスそう感じたが瞬時にどう対処するか判断できない。攻撃すれば関係は決定的に破綻する。戦ったとしても勝てるかどうか。
その逡巡で腕をつかまれた。
「捕まえたぞ、悪党め」
「私は悪党ではない、人違いだ」
「悪い奴は皆そう言うんだよ」
「悪ではない、大体何を根拠に」
ルキウスの善悪は中立属性だ、中立専用の装備を使えているから確実。
「見た目が怪しい」
ディープダークの自信はぴったりと建築用接着剤で引っ付いているように揺るがない。
「だから、お前もだろうが!放せ」
「僕を怪しいと感じるのは悪だからに決まっている」
「どんな理屈か!?」
ルキウスが腕を振り解こうとするが離れない。
驚くべき事に相手は微動だにせず、むしろ引っ張られてルキウスがバランスを崩した。
(こいつ力が強いぞ、《武僧/モンク》か《蛮族/バルバロイ》、あるいは影系の能力か?あれは拘束系の能力が多い。それとも俺の属性に特化したスキルや天与能力があるのか?)
ルキウスは都市が苦手、都市地形を得意にする効果は無効化され、他にも制限多数。
それでも都市内で機能する装備をそろえた古参プレイヤーであり、相当に強化されている。装備が貧弱な千レベルの《戦士/ファイター》系相手なら斬り合える強さ。
それを抑え込めるなら千レベル級、完全に情報に無い相手。
ルキウスが全力で引っ張り、ようやく相手がよろめいた。
「悪の割にはやる」
仕返しとばかりディープダークが両手で腕を強くつかみ引く。
ゴギッという音が鳴った。
「ぐがっ」
体が半植物化したせいで、鈍くなったらしい痛覚でも感じられる熱い痛み。
上腕が九十度に曲がった。腕に関節が増えたようだ。完全に折れている。装備、スキルによる上昇分を無視しても鋼鉄よりは硬いはずの骨が。
「あ」
ディープダークは明らかにやってしまったという様子で手を離した。
二人の間に何とも言えない空気が流れる。ルキウスは瞬時に腕を回復させる。
ディープダークは一瞬で真っすぐに戻った腕を見ている。何を考えているか不明だ。
現状でこいつを敵に回すのは非常に危険。とてつもない危険だ。少なくとも接近戦は無い。〈骨砕き〉のスキルでも持っているのか、とすれば格闘系なのか。
友好的な関係に持ち込まなくては。攻撃するにしても友好関係から奇襲するべきだ。
しかしどうする。ルキウスは人生経験から最適解を探す。そして見つけた結論。
同じ飯を食べて、同じ苦労をして、同じ敵と戦う、人と親しくなる基本手段だろう、つまりは共感。
「私は神の意志の執行者。神に代わって悪を滅するキメラトラッカーだ。この街に潜む悪を討つため馳せ参じた」
「なんとなんと!同士とは!!」
ディープダークが大いに興奮した。
「私は秘密裏に動いているのだ、悪は体制にまで根を張っている。国は信用できないからな、誰にも名乗るつもりは無かった。しかし君を特別に同士と認めようではないかディープダーク」
「そうだったのか!同士よ!!」
「しかし私は急いでいるのだ。だから私のことは放っておいてくれたまえ、それでは」
ルキウスは颯爽と立ち去ろうとしたが、またも腕もつかまれた。
「待て、ならば共に征こうではないか、キメラトラッカー」
「えっ」
そうきたか。
サンティーを探すのが本来の目的だが、このディープダークを自由にするのは非常に危険だ。カサンドラやメルメッチが遭遇する可能性がある。
「うぬぬ、良かろう」
こうして二人は行動を共にする事になった。
「いやあ、ごめんね。寝起きで力加減間違えちゃった。これでもさあ、最初、見つけた瞬間、首をへし折ろうと思ったけど我慢したんだよ、なんかこう、ぐわっと粘りつく感じがしたんだよねえ」
ルキウスの初期想定より危険な相手だ。能力と並んで人格がやばい。こいつは常に目を離せない。
「間違っていたらどうするつもりだったのだ。たまたま素敵な覆面を拾ってしまったが、家族の前では被れないので屋根に上がって被ってみた善良な一般市民だったかも」
あまりやらかさないように注意しておかないと余計な巻き添えを食いかねない。
「昔色々あってね。悪を根絶やしするには多少巻き込んでもやむなしと思うようになったのさ。だって悪を生かしておくと結局後で酷くなって取り返しがつかなくなる。大戦もそんな調子で起きたんだから。やるかどうか迷ったときはやれ、だ」
「分かるとも。大事に多少の犠牲は付き物だ。偉大な目的は全てに優先するのだ」
「分かるかい、キメラトラッカー。危険そうな芽はさっさと摘むべきだと思うのだよ」
「まったくだな、徹底的にやれ」
「そうだよね、悪の首魁を討つためなら、都市ごと消し飛ばしても仕方ないよね」
「場合によってはやむなしだ」
素性の不明な二人は思いがけず屋根の上で意気投合した。そして話は移る。
「そっちは何か手掛かりはあるのか、こっちは多少あるが、決定的とはいかん」
「僕は勘が良いんだ、間違いなくこの街には巨悪がいる。それは分かるのさ」
ディープダークは常に自信に満ちている。何かのスキルと考えるべきだろう。
「あ、そうだ」
ディープダークが何かを思い立った。
「僕はカメラを持ってるんだ、科学魔道、両方いける高性能だ、カメラ分かる?」
ディープダークは豆粒をほどのカメラを懐から取り出し、瞬時に拡大、元のサイズに戻した。直方体でレンズが少し出た感じで付いている。片手で操作できそうなカメラだ。
この動き、ルキウスには大きな意味がある。インベントリを使っていない。それにあれができるのは魔法使いだ。とすればさっきの魔法的な力だろうか。
「発掘品の説明目録で見た事があるな」
(カメラがあるなら何かの記録映像でも見て影響された可能性があるな、発掘品の中でも一部の映像記録は異常に値段が高かった。技術情報じゃなく、純粋な娯楽作品で。専門的な市場が存在しているのだろうな。それに悪を討つ正義の戦士は普遍的な存在だ。文明があれば悪がある、虐げられた者は何らかの救いを求める。プレイヤーの可能性は減じた)
「さあ、一緒に記念写真を撮ろう、二人の出会いを記念して」
ディープダークの手にあったカメラがふわりと浮き、少し飛ぶと屋根の上に滞空し、下部から細い三脚がしゅっと出て着地した。
「私もか?」
「当たり前じゃないか」
ルキウスが内心で戦慄する。自分であれば、油断して無防備になった相手に攻撃を仕掛ける場面。
さらにあのカメラに仕掛けがある可能性、撮影した物体を追跡する能力はカメラによくある能力だ。他にも生命力を吸収したり、その場に固定したり、フィルムに閉じ込める能力も。
つまりカメラを向けるのは銃口を向けるのに等しい行為だ。
「私は遠慮しておくから、好きなだけ一人で撮れば」
「何を言ってるんだ。写真は撮れる時に撮っておかないといけないんだよ。後から、あの時と思っても駄目なんだから。まあ、こいつは高性能だから魔法を使えば過去の写真も撮れるけど、そんなの邪道だね。記憶系魔法でも使っていなければ、鮮明な記憶もいずれ色あせていく。写真は大事なんだよ。これは僕たちの出会いの証なんだからね」
何か強いこだわりがあるようだ。しかも友好を装っている。
拒絶は難しいか、拒絶すれば不審に思われるのは確実だ。
「そこまで言うなら仕方あるまい」
装備の機能で多くの防御・隠蔽術が発動している。それを頼みにするしかない。
冷や汗をかくルキウスをよそに、ディープダークが平然と肩を組んでくる。神経を研ぎ澄まし、インベントリに手を入れ、いつでも極級森爆弾を起動できるようにしている中で写真撮影は終わった。
ディープダークは機嫌良くカメラを引き寄せて、カメラを覗いていた。
「この街は印刷できる触媒あるのかな、無いと面倒だなあ」
「いや、送らなくていいぞ、神は記録を求めていないからな」
「なら次に会った時に渡そう」
「次に会ったらな」
ルキウスが二度と会う予定は無いと思いながら答えた。
そして話は悪の話へ移る。
「吸血鬼が騒ぎを起こしたんだってね、結構な騒ぎだと聞いた」
「そうだ、私はそれを追っている。しかしこの街ではなぜか捕捉できない」
派遣した二人から情報をまとめた報告をソワラから受けている。他の街ではすんなり発見していたが、ここ重要拠点なのだろう。コフテームでもヴァーラが捕捉できなかったように、隠れる術があるのだろう。
「吸血鬼を見つけられないなら、姿に気配をごまかす魔道具があるのかな?」
「そこそこ人数がいるはず。全員が高性能な品を持てるとは考えにくい、負属性は街中では目立つ、墓場、古戦場じゃああるまいし・・・・・・ここが戦場だったという話はあるか?」
「いや、昔は片田舎だったと思うよ」
「やはり潜める特殊な施設があると見るべきだ」
「なら、外部からの探索を遮断する能力のある地下室に籠って、支配した人間や、信奉者の世話を受けているんだろうね。強力な吸血鬼なら上位の魔法を使えるし、それを対価にすれば支配しなくても人手に食料は確保できる。まあ、利益による支配とも言えるけど」
「定番だな」
「昔どこかの名家で三百年面倒をみてもらってた奴がいたな、そいつは悪い奴じゃなかったけど」
「気の長い話だ」
「長く潜んでいる個体は、力を誇示しようとしないか、特別に目的がある奴だよ、普通の奴には無理だ。彼らに恐怖心は無い、滅びに怯えて潜むという思考はあまり無いんだ」
「ふむ、多少情報はあるが、決定的なものは無い、地道に家畜でも探すか?」
「君の話じゃ、歴史の長い大組織なんだろう?街中の家畜に噛み跡を残してまわっていたら長くは続かないね。定番の肉屋でも鮮度の良い血はそう手に入らないよ。肉屋に人の出入りが多いのと目立つしね。血を吸収して保存する道具があれば分配できるけど。どれぐらいの数だと見積もっているの?」
「逃げ出していなければ軽く百以上、これは吸血鬼の数ではなく、その他も含むが」
「正確な数によるけど、大規模に吸血抑制剤を製造でもしないと隠れていられない。まず錬金工房を疑うけど」
「錬金工房ね・・・・・・」
この認識はルキウスも同じだが、報告書にさらっと目を通したときは錬金工房は組織に無かった。
「ところでキメラトラッカー」
「なんだ?」
「君って地面から生えてきた経験ある?」
「・・・・・・いや?その質問にどんな意味がある?」
「そのままさ、ところであれはどうする?気付いているよね」
「もちろんだ、とりあえず対処するとしよう」
砕魔の盾のチェリテーラ・ジウナーは、単独で王都の夜を探っていた。
彼女はスミルナと違い、隠密行動は専門。吸血鬼が闊歩する闇であっても活動できる。
また敵と遭遇してもスミルナのように戦おうとはしない。離脱、応援を呼ぶが基本だ。攻撃と情報伝達を同時に可能にする日光を放つ照明弾を用意、さらに吸血攻撃も想定して血液を祝福してある念の入れようだ。
さらに余裕があれなば、魔銃で体にまとわりつく光の魔法を撃ち込む。成功すれば、吸血鬼の体自体を太陽光照明にできる。戦うにも追跡にも有利だ。
そして彼女は少し前にギルドの魔法使い経由で騎士団長戦死の報を受け取ったところだ。耳を疑い、ザンロにも確認したが間違いなかった。
場所は壁外だったようだが、それでも王都で彼が討たれるとは信じがたい。完全に人間を超越した身体能力に最高の装備。負傷はしても討たれるなど想像もできない。
よほど敵が多いか、強かったことを意味する。
元より敵地に忍び込むように警戒しながら行動しているが、闇から感じる圧力が一段増した。
そんな緊張の中で、彼女の目は一点に釘付けになっていた。
非常に気配の薄い二人、獣の覆面と全身黒にしか見えない者が約百メートル先の屋根の上にいる。自分でなければ視界に入っても気付かないだろう。何か無警戒に話しているようだが、それでも相当な隠形だ。
今の王都で顔を隠しているなら吸血鬼を疑うべき。何とか追跡して巣を見つけなければ、チェリテーラは凝視する。しかし、その目の前で二人は同時に消えた。
「え」
(消えた!?)
「は!」
思わず息を吐く。
具体的には何が起こるか分からない。しかし彼女の直感が危険を告げる。気配を消すのを止めて全力で駆け出す。
しかし、三歩も進まぬうちに転倒した。
「う」
体が動かない。口は動く。麻痺ではない。触られている感触がある、特殊な拘束魔法か。いつ掛けられたのか分からなかった。恐るべき手練れだ。
近くで足音が聞こえる。奴らが来た。
彼女の全ての指を埋めている指輪の一つ、悪臭の指輪を使う。ダメージは無いが凄まじい匂いと刺激で行動不能に追い込む。威力は低い代わりに阻止困難な効果だ。
黒い霧がモクモクとチェリテーラの体から噴き出す。それは瞬時に周囲を埋め尽くした。
「何だ、これは」
「毒ガスかなあ」
「酸ではなさそうだな、燃えないだろうな」
二人は呑気に会話している。
毒は効いていない、とすればやはり吸血鬼!しかし、濃い毒の霧が視界を塞いでいる。逃げるなら今だ。
チェリテーラは解放の指輪の効果を発動、自身に発動している効果を破壊する。そして瞬時に立ち上がり走り出す。そのスタートは完璧だった。
しかし足に何か触れたと感じた瞬間、顔から石畳に叩きつけられた。
鼻を強打した痛みにうめく。しかし、そんな場合ではない。
覚悟を決める。戦うしかない、せめて応援を呼ばなくては。
瞬時に腰の魔銃に伸ばしたが、肘を踏みつけられた。
「うぎ」
肘が石畳と足に挟まれ、きしんだ。
「おいディープダーク、力加減は大丈夫なんだろうな」
「任せてよ、アリだって摘まめるさ。キメラトラッカー、君の足払いもどうかと思うけど」
「こいつが速かっただけだ、そっとやった」