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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-6 東の国々 眠りの国
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暗躍者達

 昨日、スミルナ・エンドールは母にぶん殴られた。

 その際、母は何も言わなかった。


 その人生史上で最大威力の打撃で顔に青あざを作ったが、《癒し手/ヒーラー》たるグラシアのおかげで傷は治っている。


 今度は怒りも泣きもしなかった。母が唯一絶対の基準ではなくなったのだろう。

 自立の時だ。しかし確たる芯が生まれてもいない。


 そして懲りずにまた夜の街に出た。血を沸かせ、魂を刺激する本物の戦いを求めて。空白を埋めるものはそれしかない。

――次はもっとうまくやってやる。


 国の任務に加わる事は相変わらず許可されていない。しかし吸血鬼ヴァンパイアが出現した以上、ハンター全体に通達があるのは時間の問題。

 一人で動き回れる時間は短いだろう。


 夜の街に定期的に響く音を聞きつけ足が向かう。杖を突いて歩く姿は見覚えがあった。

 他には人気ひとけの無い十字路、盲目で白っぽい金髪、白い金属の補助杖ステッキの女。


 つくづく夜の街では思いがけないものを見る。

 スミルナは近づいて声をかけた。


「何をしているんですか?」

「散歩です」

「夜ですよ」

「私には昼も夜も無いものですのから、それに夜は人が少なくて歩きやすいのです」


 としても、一体どこに行くというのか、スミルナは戸惑う。


「そうかもしれませんが、最近は強盗なども出没しているのです、知らないのですか?」

「それは大変ですね」


 女の受け答えはどこか他人事のようだ。

 もう少し何か言おうとしたが、自分もそれを言えた義理ではないか、と思った時。


 周囲、十字路の全方向から囲むように現れたのは、灯火も無く暗がりに紛れる者達。

 スミルナは最初からこの動きを察知していた。予定通りの展開だ。


 彼女は準備万端。自分だけで奇襲に対処するために【直感の指輪】、夜の感覚を強化する【夜の子の腕輪】、黒いヘッドバンドは【闇に立ち向かう者のヘッドバンド】で負属性防御、魔法の目薬も使っている。


 これらを一日で買いそろえた。

 貯蓄を全て吐き出したが、金貨を抱えて死んでも無意味。

 そして早速使用の機会が訪れた形だ。


「お前達、いかなる要件か?それ以上寄れば斬るぞ!」


 スミルナは警告を発するが、包囲は静かにせばまるばかり。


「狼藉者です」

「ええ、そのようでございますね」


 盲目の女は気の入らない返事をした。

 スミルナが正確に襲撃者の姿を確認する。九人だ。吸血鬼ヴァンパイアらしい容姿の者はいない。

 吸血鬼ヴァンパイアではない事に違和感を感じる。


 今の王都は普段より警戒が厳しい、おかげでスミルナは昨日以上にこそこそとここまで来た。犯罪の計画があっても変更しそうなものだ。

 幻術による変装の可能性も考慮すべきか。


「私が全て斬ります、あなたは壁際へ」

「そうしましょうか」


 スミルナは動じた様子の無い女を変わっていると思いながらも、剣の柄へ手を伸ばした。

 油断は無い。これまで仲間に守られ弛緩していた感覚が研ぎ澄まされ、瞬時に極限まで集中した。


 接近してくる集団の足取り、体の揺れ、微かな音から敵の強さ、連携力を測る。

 集団の動きの中の最大のほころび、さらにそこから切り崩す道筋が見えた。流星剣が活きる場面、一呼吸で終わらせる。スミルナが動く。

(一つ流れで全員の首を落とす)



 しかし相手が悪かった。

 カサンドラの杖による瞬撃。目にも止まらぬ速さ、精密で最低限の力による一撃が、スミルナの頭をなでた。


 体を持ち上げていた糸が切断されたようにスミルナはがくっと膝から崩れ落ちた。

 脳震盪。魔法的現象による気絶には耐性で備えても、物理的な現象には無意味。


 やっと釣り針に掛かった獲物。お節介な女に邪魔をされては困る。

 襲撃者達は何が起きたか理解できず、目が点になる。


 カサンドラはその隙を逃がさない。《人間種複数同時支配/ドミネイトマルチパースン》の魔法が発動、全ての襲撃者達の心に彼女の紐が付けられた。〈支配〉状態だ。

 複数人同時管理は、心術の専門家でない彼女には重めの負担だが許容範囲。


「全員元の路地に隠れよ、待機して指示を待て」


 襲撃者達は踵を返し、道を戻り路地に入って行った。

 それを見届けるなり彼女は動く。


「《上位瞬間移動/グレーターテレポート》」


 カサンドラが転移したのは約五十メートル離れた屋根の上。目の前に人の背中。


「お前はあれらと関係があるのか?あるのだろうな」


 背中から急に声を浴びせられた男が振り向く。その驚愕を含んだ顔は吸血鬼ヴァンパイアのものだ。


「質問に答えてもらいたいのだが、お前はずっとあの集団に一定距離でついていたな。獲物ではあるまい、監視か護衛か、ああ、誰かと連絡するつもりなら無駄だ」


 男はためらわず逃亡を選んだ。全身を黒い霧に変化させ、屋根の上を吹く冬の風に流される。


「逃げる判断は正しい、無理だが《上位魔法解呪/グレーターディスペル》」


 霧状態が瞬時に解除され、元の男が姿を現す。

 しかし男はカサンドラに目もくれず、即座に屋根の下へと飛び降りた。


「《引き寄せの釣り針/プルバイフィッシュフック》」


 不可視の力場の釣り針が男に引っ掛かる。その針はカサンドラの杖と力場の糸で繋がっており、彼女がそれを引くと釣り上げられた魚のように跳び上がり足元に落下して転がる。


「ぐお」

「喋る気になったか?」


 寒さを感じる声で言ったカサンドラが男の顔を見下ろした。


「うおおお」


 男が跳ね起き、顔目がけて鋭い爪を伸ばした手で襲い掛かる。


「それは間違い」


 カサンドラが造作も無く身をかわし、杖で軽く男を押し瞬時に回復魔法を注ぎ込んだ。


「グガギョウ」


 男は悲鳴を最後に、一撃で滅び動かなくなった。


「話さんか、まあ、これで話す組織なら、もっと早くに潰れておろう」


 カサンドラは男をインベントリに回収して、元の場所に戻った。


「お前達の目的を語ってもらおう」


 支配した者達に質問して次々に答えさせる。


「我らの目的は生きている人間の確保、特に若い女、子供だ。良い値が付く」


 彼らの目的は生きた人間の確保。さらった人間はまず近くにある彼らの拠点に運び、そこからどこかに移送されるとか。


 やはり当たり。吸血鬼ヴァンパイアは人間の生き血が無ければ完全に力を発揮できない。潜んでいた者が動き出したので力の元が必要ということ。

 さっきの吸血鬼ヴァンパイアは尾行の警戒や、失敗した場合の情報伝達、口封じ辺りか。


 問題はあの女だ。夜の道に転がしておくのはまずいだろう。どこかに隠し時間差で起こすことは可能だが確実に騒ぎになる。よって一緒にさらわれることにした。


「では運んでもらおうか、お前達が普段するようにな、他に人間には何も異常は無い態度をとれ、余計なことは話すな」


 眠らせる魔道具があるらしいので、カサンドラは寝たふりをした状態で、もう一人の女と担がれ運ばれていく。



 ルキウスは森を伝って、王都レンダルまで到着した。

 途中の村々を巡り、ルキウス産の植物が悪さしていないか確認し、問題があれば隠滅するためだったが、危険な植物は発見できなかった。


 ただ、王都北方の村で超高熱で焼却された痕跡があった。何かやらかした個体がいたのかもしれないが、処分されたならまあ良い。


 王都まで来たのは、サンティーに吸血鬼ヴァンパイアに遭遇したことを三時間に渡って自慢され、腹を立てたからではない。


 吸血鬼ヴァンパイアが動いているならサンティーが安全の確保ができないからだ。既に増援を派遣してある。


 帰るように言ったが拒否された。強制的に連れ帰るのは簡単だがやらない。

 友の決断を尊重する。それは彼が引いた一線。


 それで念のため本人が様子を見に来た。

 自分の目で活動している国の首都を見ておきたいのもあった。国の最大都市を見れば、文化技術レベルや、国の発展度合いも想像できるからだ。


 ルキウスの装備は普段と違うもので都市用になっている。


 革製の覆面マスクは精霊の仮面と同じく原始的な雰囲気を含むが、洗練されている合成獣キメラの覆面。様々な動物の特徴が混ざり合って存在する覆面だ。

 その獣の割合は揺れる水面のように動き、様々な色、毛、皮、鱗の割合が変化している。


 黒い鋲革鎧スタデッド・レザーアーマー都市埋没者シティーストーカー。白いブーツは英傑のブーツ。 他にも多くの装身具、指輪やブローチ等がある。

 そして背中に二本の長剣ロングソードと黒地にピンクの花びらが舞う夜桜のマント。


 アトラス時代と変わった装備は一つだけ、シュットーゼが使っていた奇術師の悪戯。これのオーラ隠蔽能力は便利だ。


 奇天烈な姿だがアトラス時代に街をうろつくときの格好で、着慣れたもの。これでもプレイヤーの中ではおとなしい方だ。


 そして今、彼の姿は民家の屋根の上にあった。

 《経路探し/ルートサーチ》で宿を見つけ、サンティーを見つける予定だったが、それは阻まれていた。


 目の前、屋根の反対側には不審人物がいるからだ。

 体格は小さい。全身黒ずくめ。武器は見つけられない。

 黒のローブ、黒の皮手袋、黒の靴、黒の仮面にある文字か模様か判別のつかないものだけが辛うじて赤。


 その不審人物が言う。


「怪しい奴め」

「お前も怪しいだろ」


 ルキウスの口から反射的に言葉が出る。

 しかし相当に警戒している。不可視化と隠密を同時に破られているからだ。

 さらに全身の情報が魔法的に隠蔽されている、声も幻術が掛かっている本当の声ではない。今見えている位置にいるかも怪しい。全力で視てもオーラがほぼ見えない。


「あ、怪しくない。僕は怪しくないぞ」


 反撃を想定していないのか黒が戸惑う。


「自信を持って言うが怪しいぞ」

「何を言うか、盗人猛々しいぞ。僕はディープダーク、深き闇に潜んだ悪を人知れず討つ闇のヒーローだ」

「・・・・・・今、私に知られているが」

「討つべき悪は例外に決まっているだろう、それに顔を隠しているから大丈夫だ」


 ルキウスはプレイヤーか、と一瞬疑ったが、結論を保留した。

 この世界は過去にプレイヤーが存在した可能性が高く、文明水準も高かった。地球的なものはあって当然。


 それに見た目が奇抜なのは珍しくない。頭の上に大きな箱を括り付けていたり、鳥の羽で作った服を着ていたり、片目に望遠鏡をくっつけている者なども見た。

 地球と同じような動物、虫、植物と幻想生物が同居している異常さに比べれば些事だと思った。

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