王都戦
「くはは、騎士団長もこの程度か、これならどうとでもなるわ」
集団の前に立つ、火を吹く拳の男がにわかに調子づく。
後ろ側の集団は地面より屋根の上に陣取っている者が多いようだ。広い後ろに押し出して包囲するつもりだったのかもしれない。
「お前ら、むさくるしい男ばかりだな、どうせなら美女を用意しておいてもらいたかったね」
見渡して軽く言ったレメリの背側では部下三人が戦っている。狭路であるため互いに決め手が無く拮抗しているが、上、横から来ると崩される。
「そいつは気が回らんで悪かったな、こちらも少々急いでおったのよ、どうだ、ここで死ぬより、我らの仲間になっては?永遠の生が手に入るぞ」
「ふん。人は老いても美しいものだ、この私のようにな」
「自分で言うのかよ、ならばここで死ね」
敵が距離を狭めてくる。前後ともに十人以上。月明り程度でも赤い目はよく視える。
(三分もたないな、他の連中も有利とは思えん)
「お前ら、あれをやるぞ」
レメリが背中合わせで部下に小さく言った。
「本気ですか?」
「デレクとロートムは?」
「どうにもならん」
地面に転がる生死定かでない二人は、生きていても動ける状態まで回復させられない。
「化け物共め、我こそはザメシハ最強の槍レメリ・レヌ・ホウエン、王国に長く伝えられし秘伝を見せてやろう。ひとかすりで不死者を滅ぼしてきた不死者殺しの戦技であるぞ」
レメリが高らかに宣言し、吸血鬼達が身構えた。
「お前ら、あいつだ、あの無手の男を狙うぞ、何としても首を落とすのだ」
レメリが走り出すと、騎士三名も戦闘を止めて即座に反転、それに続く。追う敵は出遅れた。
飛来する矢を軽く槍や籠手で弾く。その凄まじい速さに魔法では捉えれない。
向かって来た敵を吸血鬼以上の剛腕と〈超力〉で強引になぎ倒し、一直線にレメリ達は進む。
柄を長く持ち最大限に射程を伸ばし走る力も乗った大振りが、轟、と空気を震わせた。
「浅いわ!この程度」
男が大きく後ろに飛んで身をかわし、得意げに着地したとき、レメリは既に彼の視界にいなかった。
レメリは方向を変え逃亡していた、全速力で。毛ほどのためらいも無い。最低限の攻撃で進路上の敵を押しのけ、少し離れた路地に突入した。部下達はレメリと逆の方向に走り別の路地に駆け込んだ。
その動きに吸血鬼達は対処できなかった。意識がリーダーであるデゥラを守ることに集中し、逃走を防ぐ動きに繋がらなかったのだ。
デゥラも驚きながら急ぎ指示を出す。
「な、はあ!?に、逃がすな、追え」
騎士は逃げてはならぬ、という法は無いが、流石にこれは無様である。敵は人類の天敵と言うべき吸血鬼。なんとしても滅ぼすべき敵。しかも自ら守護すべき王都レンダルでだ。
しかし名誉と無縁の彼はこれが最善と判断した。狙われているのは自分だと思ったからだ。相手が一番嫌がるはこれだろうと。
そして逃げるのは慣れている。数百の女に無節操にちょっかいをかけてまわり、当然問題を頻発させ朝昼晩を問わず女から逃げ続けた足は、そこらのウマより速い。〈俊足〉〈逃走〉の戦技を発動して逃げる。
レメリが前から現れた吸血鬼の頭を斜めに両断する。さらに急反転して薙槍で闇を切り裂く鋭い斬撃を放った。
追いかけて来た吸血鬼二人の首が同時に落ちる。後続が追撃を躊躇した瞬間、また駆け出す。
「止まるな、馬鹿者!」
どこかからあの無手の男の怒声が飛んでいる。
暗い路地を全速で駆けるのは相当な集中を要したが、幸い、魔法の罠――逃走阻止なら幻術で道を塞ぐ等の妨害は無かった。
レメリは突くのが基本の槍からこの薙槍に切り替えて間もないため、習熟不足。しかし、突くだけから、突けて斬れるに変わっただけなので不自由は感じておらず、この状況では助かっていた。敵が並んでいるなら初撃は斬撃が好ましい。周囲は敵だけ、味方を斬る心配も無い。
道端のゴミを蹴とばし、彼はひたすら暗い道を駆けた。
全力で王都の門に逃げようと思えばできただろう。しかし彼は人気の無い方に走った。部下から敵を引きはがし、民を巻き込まぬために。
「ほどほどに槍が振れる場所を探すか、ずっと逃げるのは不可能だ」
少し疲れたレメリがつぶやいた。
たまに矢が飛んでくるが気にはならない。自分の鎧を傷つけられないとわかっているからだ。多くの気配が追って来ているのは何となく感じられた。
《瞬間移動/テレポート》なら先回りは可能、しかし移動する相手の至近に出るのはまず無理だ。動いていれば奇襲の心配は無い。本来、接近戦で使うような魔法ではないために、先刻は裏をかかれた。転移時の事故で槍が腹に刺さったりしてもおかしくないタイミングだったが、吸血鬼なら致命傷ではないということか。
「ばらけたな」
レメリはちらりと後ろと見て、反転、逆走を開始。
すぐ後ろにいた剣を振りかぶった敵を、下から斬り上げ革鎧ごと胴体を真っ二つ、次に敵は威力速度に優れた〈烈風突き〉で頭を突き抜き、その隙を突き低い軌道で短剣を構え、矢のように突っ込んで来た敵をかわしながらくるりと位置を入れ替わるように回転、片手で柄を短く持ち穂先をナイフのように扱い後頭部に突き刺した。
さらに槍を支え棒にして道沿いの家の屋根の上まで跳躍した。屋根の上にいた魔術師らしい敵が、何か不可視の力場を発射したが、衝撃を左手で打ち払い、右手の槍を顔面に見舞った。
(戦闘技術は五つ星ハンターよりは下だろう、しかし体質を考えれば、それ以上の力はあるか)
射線の通ったレメリ目掛けて四方から魔法に飛び道具が殺到した。すぐに屋根の下に飛び降り、そこから少し走り目的の場所に到着した。
そこは袋小路だった。槍を扱える程度には広く、適当に増築した二、三階が突き出し壊れ、空を塞いだ場所。戦いやすいが暗く退路は無い場所。
レメリは荒くなった呼吸を抑えて、行き止まりの壁を背にした。
「騎士団長ともあろうものが逃げ回るとはな」
「ちょっと散歩したい気分になっただけだ」
「戯言を!!」
無手の男が怒鳴った。集まった敵は二十以上はいる。
(森なら夜でも大体わかるんだがな、遠いと人影ぐらいしか視認できん。いっそう暗いのは《暗黒/ダークネス》だろうな)
敵の中にはシルエットすら闇に溶け込み、ほぼ見えない者もあった。
何らかの精神、身体への干渉に抵抗したのか、もやっとした違和感を感じた。しかし行動不能になる麻痺のような状態異常は対策している。多少の身体能力低下は受けても仕方がない。
壁を背にしなければ四方に加えて空からも攻撃が来る。
状況は不利だ。
(魔法使いか魔道具か、しかし一番警戒するべきは組み付き、槍が止まればそこまで、そしてあの無手の男だけはここでやらなければなるまい、あれの筋力は明らかに俺より上だ、戦闘技術次第で騎士百人に相当する)
レメリは覚悟を決めた。騎士団長としての役目を果たさなければならない。
腹に穴が空いても、腕がちぎれても止まらない相手では防ぎようが無い。
逃走に戦技を使って消耗し、あれだけの数を相手にする戦技は使えない。
自分のがらではないと思う。
大勢の妻と、人数も把握していない子供の元には帰れないだろう。
明日はフィーナの得意なポトフを食べて、その次はヌティの豆の煮込み、さらに次はカレンの鳥の丸焼きの予定だった。
しかしこの状況、ここいる以上に多くの吸血鬼が王都中に潜んでいるのは容易に想像できる。数によっては王都を制圧できてもおかしくない。
そうなれば、何もかもが終わりだ。
やらせるわけにはいかない。
後に繋げるために少しでも敵を減らす。
「もう逃げられんぞ騎士団長」
「いやあ、自分の心配もしろよ、槍は届くぞ」
凄む無手の男に対し、レメリが不敵に笑った。
「攻撃だ、急げ」
金色に輝く塔盾を前面に押し立てた敵が前進した。後ろに敵が続く。
「神金の盾だぜ」
「そいつは惜しいな、〈穿ち金剛〉」
レメリが繰り出した突きは布を突いたように盾を貫通した。そのまま盾を持つ男に刺さったが致命傷ではない、すぐに槍を引き戻す。
この突きを合図に次々に敵が向かってくる。
レメリは極限まで集中して無心でひたすら突いた。
時折、飛来する魔法をかわし、矢は鎧で受ける。
敵は様々な手段で接近を試みる。しかし不可視化していても音、気配はある。
他に影に潜って足元から潜みよる敵、強引に壁、天井を伝い上から接近する敵、魔法で音を消した時にできる不自然な反響、レメリは一つも見逃さずに捕捉した。
ただし普段の正確な突きを放つのは不可能。接近は探知できても姿をはっきり見る余裕は無い。近づけないことが優先。調子づいて突っ込んで来た相手は確実に頭を両断した。
次々に殺到する敵に大まかな連続突き、戦技の〈二段突き〉〈三段突き〉を休まず放ち続ける。
しかし旗色は良くない。人なら深手になる傷も二、三分で完治し、回復を待たずに行動もできる。
引いてばかりでは押され体力を消耗しやられる。何かしなくては。
〈縮地〉で瞬時に滑るように前進して〈三段突き〉、芸術的な突きが三人の顔に風穴を開ける。これで三人減らした。それを見て敵が後ろに引くと、矢と魔法が飛んできたが、矢を槍で弾き、魔法をすみに寄ってギリギリでかわした。
そこからもさらに矢が飛んできたが槍で処理する。やや間があって、地面が動いているのがレメリの目に入った。
暗くて見にくいが何やら音を出しながら、確実に波のような寄せてくる。そして近くまで来てはっきり見える。
地面を蠢く影は道を埋め尽くすネズミだった
「ネズミ!動きを封じるつもりか」
(大歓迎だ。この槍は一定時間内に連続で攻撃を直撃させ続ければ身体能力が上がっていく。この槍でなければ既に死んでいたな)
レメリが戦技の使用を控え、できるだけ足元のネズミを巻き込むように槍を操り戦う。
ネズミが足にまとわりつき、順に上へ登って来るが気にしない。
全身がネズミまみれになったレメリを見て、攻め時と見たか、無手の男に、その周囲の精鋭らしい者も動いた。
「滅びる気になったか?」
「ほざいていろ」
まず突っ込んで来た鎌剣の男をネズミごと薙ぎ払う。
しかし計算通りといった顔で男は吹き飛ぶ。
薙いだ男の体は帯電していた、斬った相手に電撃でダメージを与える魔法だ。
しかしそれはレメリには効かなかった。彼の鎧は電気を含む風属性魔法に対する耐性がある。金属鎧の弱点である電気を防御するための備えが活きた。
そして無手の男が射程に入る。
速度を追求した〈疾風突き〉を、無手の男の腹部、ど真ん中へ放つ。
その名にある疾風よりも遙かに速い真っすぐな突き。
男はかわさず、むしろ自分から前に出る。槍は腹を完全に貫通した。
「馬鹿が、腹に穴が空いても死なぬ」
男は腹に刺さった槍の柄を手繰って接近を試みる。
「秘伝を見せてやると言ったはずだ〈清浄貫流〉」
戦技〈清浄貫流〉、正のエネルギーを槍に流す技。槍が白く輝くオーラをまとった。
「グアアア」
男が叫び、レメリはその男が刺さった状態の槍をぶんぶんと振って後続を威嚇する。正のエネルギーが流れる槍はどこに触れてもダメージを与える。
「ゴガガアア!」
必死の形相で男が槍の握り、その手を焦がしながらも全力で滑るように柄を進む。そしてレメリの胴体に左手を叩きこんだ。
爆発。赤炎と光が狭い路地に広がる。衝撃が肺から空気を叩き出し、レメリが咳き込み、取りついていたネズミが一気に剥がれ落ちた。
次は右手でアッパーをレメリの顔にぶち込んだ。炎が炸裂する。
顔が焼け、肉が弾けた。顔からは骨が露出している。しかし離さない。
己の命と引き換えにしても滅ぼす。
全ての力を〈清浄貫流〉に。
「グガガガ」
「滅びろ」
突然、レメリの目前が黒く波打った。そしてその黒い波が炸裂した。
全身を名状し難い寒気と衝撃が突き抜けた。
「ぐぐぐう」
レメリが歯を食いしばる。
恐らく負のエネルギーによる範囲攻撃、つまりレメリはダメージを負い、吸血鬼は回復する。
この攻撃がさらに何度も襲ったが、それでも立ち続ける。
「シネエエェ」
男が態勢のせいで完全には力の入らないパンチをレメリの顔面に見舞う。直接的なダメージと〈生命力吸収〉により、彼が限界を迎えた。
とうとうレメリは力を失い槍を支えきれなくなり、横から組み付いてきた男に首筋を刺され、口から血を噴き倒れた。
「あ、と、少し・・・・・・・」
レメリはそのまま動かなかった。
吸血鬼出現の報を受け、現場に到着した戦士団長タリッサ・エンドールが見つけたのは首の無い死体だった。
その立派な鎧と槍は騎士団長に違いなかった。物品を置いていったのは追跡を警戒したのだろう。
「緊急に神官と魔術師を呼べ、復活関係と追跡関係だ、奴らが持っていった頭部を追跡する。それから情報屋だ、顔は潰れてるが奴らの死体も多いからな」
タリッサは専門家でないにしても、長年のハンター活動で要所要所で必要な魔法ぐらいは知っている。
死体に魔法で処理をしておけば復活に必要なコストは増えない。処理がなされていない場合、時間経過で復活不可能になる。
自らの夫であったセティは能力的には復活可能だったが、森の奥で死亡して日が経ったために復活できなかった。
頭部がばらばらになっていても集めて魔法を掛ければ綺麗な死体に戻せるはず。それで復活に支障は無い。問題は徹底的に隠された時だ。
そうなると復活できないはずだし、復活して頭無しでそこらをうろつき、若い女を追いかけられても困る。
死体を眺めるタリッサの後ろに、騎士の治療のために素早く駆けつけた砕魔の盾グラシアが近づいた。
「・・・・・・まさか騎士団長ですか?」
「そうだ。確認はまだだが細工する時間は無かったはずだ。不死者化していないからな、護符を探す時間は無かったと見える」
「不幸中の幸い、ですか?」
不死者になると復活に支障がある。それを阻止するための護符が鎧の内側にあった。
「状況が変わった。一人で出歩くな。狩りではない、これは戦争だ」
「そうしましょう、しかし一人や二人護衛がいても変わりませんね、普通の兵なら数十人は連れて回る必要がある」
「その通りだ、厄介な状況になった」
タリッサは普段見せないほど険しい表情をした。
デゥラが騎士団長殺しで意図したのは威嚇効果。それは完全に成功した。
騎士団長を殺せる戦力なら、工夫次第で王城を落とせる、となれば、王城、その他の重要拠点に戦力を固定するしかない。
そうなると捜索の人員が減り、捕捉は困難になる。
後は少なくなった捜索者を襲撃してもいいし、民家を襲撃して、誘い出して攻撃するなり、防備の減った拠点を襲撃するなりを繰り返せば良い。
ザメシハ側は増援が来るまで身動き取れない。さらに吸血鬼騒動が西部で起きて間もない事を考えれば、西部が増援を寄こすかどうか。
タリッサもグラシアもそれをすぐに理解した。早期に巣を特定できなければザメシハが終わる可能性がある。
「昨日まで静かだった王都が一日でこれだ」
灯りに照らされたタリッサの表情は、影で深刻さが強調された。
「これだけで済んだ、の可能性もありますよ。スミルナのおかげで」
「ここまで大規模な襲撃があるとはな、なぜこのタイミングなのか?西部の時に動いた方が効果的だったはずだが」
タリッサが娘の話題を無視したのでグラシアは話を変えた。
「ところで頭部は?」
「持ち去られた。難しいか?」
「体無しでの復活は高位魔法か、伝説の最高位魔法が必要ですから、さもなければ特殊な天与能力が関わるか」
「そうだろうな、必要な処置はできるか?」
「できますが、私の専門は癒しですから専門家に任せた方がよろしいかと、悪霊化しないようにだけしておきましょう。吸血鬼が相手ですから、邪悪なものは普段以上に注意した方がいいでしょう。」
「ああ、そうだな、こいつのことだ、下半身だけあれば女を襲い始めるだろう、一分一秒を争うな」
「意味合いが異なるようですが」
「借金を払ってもらわないと困るのでな、頭は取り返す。向こうが意趣返しに晒し首にでもしてくれれば助かるんだが」
グラシアを置いて、タリッサは歩き出した。ここに留まっても得る物は無い。