テスト
生命の木の入口に来たルキウスは、新人門番を見上げる。ウッドゴーレムの灰色の樹皮を照らす光は、淡い精霊照明の魔力光から日光に代わり、所々に黒い影が差し、中に設置されていた時より樹木らしい。
この門番は強力な戦力だが、これでは門を示す立て看板になる。
黄金林檎の木を成長させた時と同じように、太めのカシの木を、巨大な根の間を埋めるように植えつけ成長させた。
付近の地形も全面的に変えるべきだが、本格的な防衛体制構築は人員が揃ってからにする。
次にルキウスは戦闘能力の確認をする予定だ。
現在、魔法は以前より感覚的に扱える。身体能力は弓で大蛇を爆散させられるほどに強力で、ミオスタチン異常どころではない。
「物理法則を理解せねば、どうやって確認するか……やはり威力がわかりやすいか」
彼は生命の木の敷地を少し出て、自然に生えている樹木を相手に攻撃力確認を開始した。この場所も幻術の範囲内、外部からは普通の森にしか見えない、派手にやれる。
レジェンドボクトーを全力で横に振りぬく。
ガゴンと木が割れる音が響き、大地との連続性を失った幹と枝が周辺の木に寄りかかり、ザアと葉を騒がせてゆっくり倒れる。直径五十から六十センチの切り株が残った。
ルキウスは両断した幹を片腕で抱え上げる。
二十メートルはある樹木を持ち上げるには、バランスをとる必要があるが軽い。手荷物ぐらいの感触だ。この幹を抱えて走り回れる。
次に幹を抱える腕に力を込めて、木を締め上げる。締め上げられた部位はすぐにメキメキと音を立てて窪み、間をおかずしてバリッと折れ、二つに分かれて落ちた。
「不自然な切れ方、物理結合の切断には見えん。古典的なチェーンソーよりは切れてる、一瞬だ。レーザーカッターほど綺麗な切り口ではないが威力は見劣りしない」
ルキウスは切り倒し、さらにへし折った木材に向けて手をかざす。
「次は地形に干渉する魔法だ。〔間欠泉/ガイザー〕」
手をかざした先で大地が爆発し、土をまき散らす。奥底のエネルギーを秘めてたぎる流れが、水蒸気と共に爆噴した。圧倒的な噴流は、大きな木材を木の葉のように直上に突き上げた。それはすぐに百メートル以上の高さに達する。
ルキウスの視界は、白い水蒸気で完全に埋めつくされる。
「ぬおおぉ、勢いが強い、近い、見えない」
ルキウスは後退しながら、間欠泉を抑える感じで手をかざし勢いを弱めようと念じる。
熱湯の勢いは徐々に弱まり、水蒸気に包まれた熱い噴水の高さは十メートルを切った。
(おお、弱くなった。威力はあとから調整可能になったんだな)
これなら色々できることが増えそうだ、と考えるルキウスの前に、噴出する力が弱まり空から木材が間欠泉へ落ちてきた。これで気が変わった熱湯がルキウスに直撃する。
「うぎゃあ! 結構熱い」
ルキウスは噴流から逃れ、間欠泉の勢いをさらに弱くした。
彼はなんでもない風を装い、少し離れて見ていたソワラに意見を求める。
「さて、これまでのテストを見て何か意見はあるかね? ちなみに熱湯を浴びたのは地下深くの様子を探るためだ」
「この場所には神意の恩沢協定の効果がないようです。神々の祝福がない土地なのでしょうか?」
ルキウスの言い訳は放置された。ソワラは真剣に悩んでいるように見える。
「そ、そうだな。そのとおりだ、よく気づいた。ここは神意の恩沢協定の影響下ではない。神々も忙しいんだろう」
神意の恩沢協定を忘却の彼方にしていたルキウスが、どうにか話を合わせた。
神意の恩沢協定、神々の合意により万物の有り様を決定するアトラスでは絶対の摂理。
一例として、木こりは木材を得るために樹木を切り倒せるが、剛力の戦士も魔道士の大魔法も傷つけられない。生活に必要な樹木を得ることを神々は認めるが、戦闘で破壊することは認めないからだ。
そんな感じの神々の合意が大量にある。
要約すると、ゲームルールのそれっぽい雰囲気感のある説明。
「神々はどうなったのでしょう。ルキウス様は大丈夫なのですか?」
あまり表情が動かないソワラの顔にも、こわばったものがある。
「心配するな。色々変化はあるだろうが対応すればよいのだ。そのためのテストだ」
そう言ったルキウスも信仰術の効果を心配していた。
魔法の系統は、大きな枠組みで三種類。
魔術系――ソーサリィ、信仰術系――ミュステーリオン、超能力系――シッディ。
魔術系魔法の代表的な職業は〔魔術師/ウィザード〕、〔妖術師/ソーサラー〕、〔召喚士/サマナー〕など。
信仰術系では〔僧侶/クレリック〕、〔自然祭司/ドルイド〕、〔異端審問官/インクィジター〕など。
超能力系では〔念動力者/サイキッカー〕、〔発火能力者/パイオキネシスト〕、〔道士/タオイスト〕など。
魔術は魔力によって、術式に応じた効果を起こす。一定の法則に従って効果が働く性質は科学と近い。実際、魔道科学や魔道機械がアトラスには存在した。
魔術はそれぞれの多彩な術式を用いて行使する性質上、三種の中で最も多くの状況に対応できる。
現実であれば、機械の命令を書き作業させるプログラマ。機械の品質にもこだわる。
魔術系職で修得できる魔法は多い。初歩的な魔術は金属を磨いて鏡にしたり、その日幸運だった人物を転倒させたり、体臭を臭くしたりできる。使いどころのわからない効果が、ピンポイントで役に立ったりする。
上位魔術であれば、こまごまとしたことを気にせずに一つの魔法で多くの問題に対処可能だが、上位魔術は魔力消費が大きく一日の使用限度回数もあるので、できるだけ下位の魔術を駆使して戦うのが基本だ。
信仰術は特定の神格、概念を信仰して、授かった権能で行使可能になる魔法だ。
信仰術を覚えるには、必ずしも特定の神を信仰する必要はない。
自己の信念によって常に戦場に身を置くなら、戦神を信仰せずとも、戦の信仰者と認識され戦系の魔法、身体能力や武器を強化する魔法が使える。
他の分野でも同じで、信仰対象に応じた魔法が行使可能。
現実であれば、プロに交渉して仕事を頼む依頼者。神に至れば依頼される側だ。
魔術と比較したとき、信仰術は回復魔法、防御魔法が得意な傾向がある。神々の祝福によって起きる奇跡は魔術では再現困難なのである。
得意魔法以外にも差がある。
魔術師は魔術の研究に傾倒しているせいか、多才だが貧弱で打たれ弱い。対して信仰術の使い手は貧弱ではない。
信仰術の修得は信仰の結果であり、追い求めるは信仰であって魔法ではないからだ。信仰によって耐性やスキルも得られる。
超能力は思念によって宇宙の裏に潜む根幹の力、己の内側に潜む力や、周囲に満ちた力に接続して引き出し、力の種類に応じた現象を起こす。
超能力系の魔法使いは特定分野に特化しており、狭い範囲の魔法しか行使できないが威力が強い。さらに自己損傷や一時能力減少と引き換えに、いっそう一撃の威力を高める。
現実であれば、生まれついての天才的職人。凡人とは違う世界が見えている。
プレイヤーが魔物と戦う場合、不安定で難儀するが、プレイヤー同士の戦いでは一撃の重さ、状態異常の成功率などが猛威を振るった。
偏った超能力は戦闘で他の二種とは噛み合いにくく、ノーガードの打ち合いになりがちだ。
このゲームバランスに賛否があった。良くも悪くも単独で一定の能力を発揮するのが超能力系だ。