答えと認知限界
自己の本性の必然性のみによって存在し、自己自身のみによって行動に決定されるものは自由であると言われる。これに反して一定の様式において存在し、作用するように他から決定されるものは必然的である、あるいはむしろ強制されると言われる。
ベネディクトゥス・デ・スピノザ エチカ
全ては現実だ。空想は存在しない。現実を見ろ、戦え。
赤天の漂泊者 キャラ作成完了時
頭の中に宇宙を丸ごとしまえる者だけが、現実を認識できる。彼らでは足りない。
BW初代大統領 任期を終えての談話
高層ビル街はプラカードを掲げる人々であふれて、新年と戦勝を同時に祝える熱量だ。人々の表情は強烈で、自然で、盲目的で、反知性な怒りに満ちている。
高層ビルの大きな窓越しに、広報のアレクシス・ターナーがあきれた顔をしていた。
「このご時世に肉弾デモとは、原始時代を思い出すね。狩りを始めないか心配だ、今にも道路を掘り返して、落とし穴を作るに違いない。奴らの誰かが落ちるだろうよ」
「苛立ってるのか、青いな。承知だろう? 我々は世界を作っているんだ。二重の意味でな」
ゼウス・クセナキスは椅子ごと窓辺に移動して、ぴったり顔をくっつけて、歪んだ目で興味深そうに下を見ている。
道を埋め尽くす誰とも視線は交わらない。
デモ隊はビルの三階部分に設置された立体広告のカウントダウンを見ているだろうし、窓には狙撃よけの立体映像カーテンがあるし、ゼウスが見ているのは未来だけだ。
「倒産しないといいが」
アレクシスが弱気を見せるのは、公園の砂からダイヤを見出すほどに稀だ。
「変わらねば我々が死ぬだけだ」
「ふん。あのアンコウみたいな顔を見ろよ。実に野蛮な連中だ。あの顔に野蛮扱いされるとは実に心外」
「いっそ誰か殺されてくれれば、やりやすくなるというものだ」
「おいおい、冗談じゃねえぜ」
一番に殺されそうなのは、人前に出るアレクシスだ。
「わかっている、ナブーより深くな。さしあたって、誰も死にはしない」
「落ち着いてんな。初期ロットは絶好調だが、二十倍は売らないと不採算だってのに」
「いくらでも服部に出してもらう」
「限度があるぞ」
「出すさ」
ゼウスが言いきった。
「こいつは人類の希望だ。ここから人類を立て直す」
ザ・クリエイター第一事業部のスタッフは、全員が窓と逆方向に設置された大モニターを見ていた。こんなときは前に出られずにはいられないイレーニア・シレアのひょうきんな声が響く。
「ログインする準備はいいか?」
モニターには大きな9が表示されている。オフィスは道路に負けぬほどの騒ぎで、スタッフが踊り、酔っぱらいの声量は制御不能だ。
「8、7、6、5、4、3、2、1」
歓声がフロアを突き抜けた。仕事よりも工作に熱心なザハール・ネヨーロフ特製の連装パーティーグレネードが発射され、多彩な噴煙が色彩を変えながらあふれかえり、レーザーライトが暴れた。ナノランプが滞空してキラキラ光りながら部屋中を舞う。
そこに菱木丹が基幹設計した、惑星アトラスの立体映像が表示された。
レーザーが立体映像を貫き、一部が煙で細かく乱反射して、星が砕けるさまを思わせた。
西暦二三八七年三月三日、アトラスサービス開始。
目の前の群衆など比較にもならない人々が、名乗りを上げ、合言葉を告げ、戦争の門を潜っていることだろう。
部屋の換気装置が音を立てだした。
「さあ、戦争の始まりだ。一匹残らず殺してやるぞ」
ゼウスは手持ちのタブレット端末を見た。表示された数値は激しく増加している。惑星アトラスのいくつかの場所で、ちらほらと光点が現れはじめた。
「……数は問題じゃない。道を照らせるのは黒い輝きだ」