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第七話 所謂、過去

「ところでさ、図書館って結構大きいのか?」


「先ほどの会話の後、よく普通に話しかけられますね」


「お前もよくそうつらつらと酷いこと言えるよな……」


 それも涼しい顔で。 言われる俺の身にもなって欲しいが、それが冬木空という人物なのだろう。 これがもしも一年続くのであれば、俺はきっと一年後は冬木の奴隷のようになっていてもおかしくはない。 ああ、今から一年後が実に楽しみだなぁ! 一年間も冬木と一緒にクラス委員とか耐えられる気がしないっ!


「この神中(かみなか)市では有名な図書館です。 様々な本が置いてあるので、私もたまに行きますが全部を読むには百回は人生をやり直さなければいけませんね」


 冬木の読む速度がどれほどなのかは分からないが、そう表現するからには相当大きな図書館なのだろう。 となれば、冬木風に言うのであれば名目上の目的は達成するのに困難することはなさそうである。


「お? おお!? おー!」


 と、そのときのことだった。 横から声がかかり、俺と冬木はそちらの方へと視線を向ける。 いきなり大声を上げる奇怪な人物を見るため、そのつもりだったのだが。


「成瀬くんじゃん! 珍しいところで会ったねーって……あ、冬木さんも居たんだ」


 現れたのは、誰だっけかこいつ。 アイドルもどき、名前は忘れた。 クラスの中心的な存在の女子、そのスタイルと目鼻立ちの整った顔は、そこらのアイドルよりも上のようにも見える。 アイドルもどきという表現をしているのは、俺があまり個人的に好きではないからに他ならない。 妙に馴れ馴れしく接してくる態度……めちゃくちゃ苦手なタイプだ。


「えーと、同じクラスの……」


「長峰! 長峰愛莉(あいり)! もしかしてわたしの名前覚えてないとか? 酷いなぁもう」


「……」


 ああ、そうだ長峰。 今思い出した。


 俺の横へとやってきた長峰は、肩を叩きその顔をぐいっと近づける。 仕草は水商売の女って感じだな。 なんて酷いことを考える。


 そして、それを見て居心地悪そうにするのは冬木だった。 長峰の言葉からして、冬木のことは知っているのだろう。 だが、他の奴ら同様に冬木空に対して良いイメージは持っていない、ということか。 だから冬木も長峰のことはあまり好いていない、という様子である。


「こんなとこで冬木さんと何してるの? てか二人って仲良かったんだ」


「付き纏われているだけです」


 長峰の言葉に、冬木はすぐさまそう返す。 というかそれ嘘であって欲しかったんだけど、どうやら嘘ではないらしい。 マジかよショック、マジで付き纏われているって思ってんのかこいつ……。


「別にそういうのじゃなくて、クラス委員の仕事だよ」


 一応、絡まれたからには適当に返しておこう。 別に多少の会話であれば、いきなり友達関係になったりはしないはず。 俺は今のところ、やはり友達などいらないという結論でしかない。 どれだけ仲良くなったとしても、人というのは平気で嘘を吐く。 昨日まで楽しく話していたとしても、人を陥れる嘘を平気で吐く、そんな生き物だ。 ことこういう長峰のような奴ほど恐ろしいというのは良く分かっている。


「あー! そういえばそうだった、クラス委員って成瀬くんと冬木さんだったっけ。 わたし忘れっぽくてさー、でも休みの日にも仕事しないといけないとか、面倒くさそうだねー」


 ……こいつ、マジか!? この前教室で言っていたことと内容が百八十度変わっているぞ! というか何より恐ろしいのは、その発言に嘘がないということだ。 今の長峰は、クラス委員の仕事を心の底から面倒くさそうだと思っている、この前教室で言っていたのも嘘でないことからして、こいつはひょっとしたらあり得ないほど気分屋なのかもしれない。


「そう言う……えーっと……お前は?」


「なーがーみーね。 お前って呼ばれるの好きじゃないし、長峰で良いよ。 それとも愛莉でもわたしは全然おっけー」


 俺と長峰が話す最中でも、お構いなしに冬木は歩みを進める。 多少その距離が離れていき、長峰が行動したのはそのときだった。


「……ねね、気を付けた方が良いよ。 冬木さん、中学生のときひっどいことしてみんなから避けられてるんだ」


「酷いこと?」


「……んしょ。 よっしオッケー! それじゃわたしは用事あるから、またねー」


 長峰は俺の体に体当たりのように一度ぶつかると、そう言い距離を取った。 そんな奇怪な長峰を俺は見ていたのだが、何やらポケットを見ろとジェスチャーを送っている。


「なんだよ……紙?」


 いつの間にか、ポケットに紙切れがあった。 それを開いて見ると、そこにあったのは長峰のと思われる連絡先だ。 いきなり人にゴミを押し付けるとはどういう性格だあいつめ。


 と、思ったものの俺はその紙切れをポケットに仕舞い直す。 長峰が言っていたこと、冬木が中学生のときに起こした出来事というのが少しだけ、気になってしまって。


 ひょっとすれば、それが冬木の今と関係があるのかもしれない。 その答えを得るためのものを簡単に捨てるわけにはいかなかった。




「長峰さんとは仲が良いんですか」


「ん? おお、そういうの気にするのか」


 どこかロボットのような無表情っぷりから、他人に関心なんてないのかと思ってたよ。 一応冬木でもそういうことを気にしたりするんだな。


「いえ、個人的に彼女のことは好きではないので。 向こうも当然私のことは嫌っていますから、成瀬君的に長峰さんと仲が良いのなら、私と一緒に居ない方が良いという助言です」


 そして淡々と説明する冬木。 的確に、客観的に事実だけを見て喋っているみたいだ。


「……まぁなんかお前とは合わなさそうなタイプだよな。 けど別にあいつと仲良いわけじゃないし、というか俺はあいつのことあんま好きじゃないし」


「……成瀬君は雑食かと思いましたが、好き嫌いもあるのですね」


「雑食とか言うんじゃねえよ……。 なんていうか、嘘を吐かない人間ってのは珍しすぎるからさ」


 入学してから二週間ほど経ったが、その間長峰が話しているのを聞かなかったわけではないし、見なかったわけではない。 だが、長峰の言葉にはただの一度も嘘が含まれていなかったのだ。 耳に入ってきた会話から、嘘が見えることは良くある。 しかし長峰だけはそれがなく、常に本音でしか話をしていない。


 その際、考えられるのは二つのこと。 真実しか言えない、嘘を付けない純粋な人間か、頭が良すぎるが故に嘘を吐かない言い回しをできるか、というものだ。


 朱里に関して言えば、前者だろう。 とは言っても俺に対してのみで、他の人と話しているときは時折嘘を混ぜたりはしている。 しかし長峰に関して言えば完全に後者、装っているものの頭の回転がとんでもなく早く、決してボロを出さない言い回しをしている。


 更に厄介なのが気分屋。 先程話をして分かったが、長峰はその場その場を気分で生きているタイプの人間だ。 だから今日と明日で好みも変わる、今と後で趣向も変わる、それに加えて、それを織り交ぜた上で好き嫌いというのはハッキリしているのだ。 こういうタイプの奴は一番相手をしづらく、しかし俺としては冬木に絡む過去の話を聞いてみたいという欲求もあるから困りものである。


「――――――――どうして嘘を吐かないと分かったんですか?」


「え?」


 冬木は、珍しく足を止め、俺へ顔を向け、そう言い放った。 そして、言われた俺は自身の発言の危うさに気づく。


 俺からしてみれば、人の吐いた嘘が見えるというのは当たり前のことであり、見えない方がおかしいという感覚だ。 そのことが当たり前になりすぎていて、さも長峰が嘘を吐かない人間だというのを確信的に言ってしまった。


 ……どうする、どうする、どうする。 下手な言い方はまずい、冬木は人一倍警戒心を持っている、そして驚くほどに察しが良い。 だから下手な言い訳は却って不信感を煽りかねない。


「いや、俺はこう見えても人を視る力ってのがあってだな」


「はあ……とてもそうは思えませんが」


「うっさい。 そういうお前も長峰が嘘を吐かないって分かってるような言い方だけど」


「……」


 言われ、冬木は俺から顔を逸らす。 そしてまた歩き出す、俺は黙ってその横に小走りで追いつき、並んで歩いた。 長い髪はそのままに、冬木は若干だが顔を伏せながら歩いている。


「物事を差し出すには、あなたも物事を差し出す必要があります。 私たちは友達でなければ、兄妹でも恋人でもない。 ただの顔見知り、そうであるならそれが普通でしょう?」


「……何が言いたい?」


「長峰さんが言っていた『中学時代に私がした酷いこと』を話す代わりに、そのポケットに仕舞ってある彼女の連絡先を捨ててください。 そういう意味です」


 どこまで察しが良いのだろうか。 段々、冬木空という人物がとんでもない奴に思えてきた俺であった。

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