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その眼には嘘が見えている。  作者: たぬきのみみ
二人の少女と一人の少女
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第十三話 所謂、協力

「……」


 次の日の放課後、クラス委員としての仕事は今日と明日は休みだ。 入学してから最初の仕事として取り組んでいた校外学習は明後日ということもあり、そのための特別休暇だと北見は言っていた。 しかし唐突に休みだと言われても、することなんてないのがいつもの俺なのだが。


 ……今日は少し違っていて、俺はとある用事のために秋月神社へと一人足を運んでいる。


「一人とはまた珍しいな」


 賽銭箱にお金を入れ、手を合わせていたところに声がかかった。 少し前からずっと思っているんだが、こういう登場のされ方をすると巫女というよりも神様に見えてくる。 もし一円など入れようものなら「貴様は神様をなんだと思っている!」と怒って出てきそうな感じ。 しかしそれなら現れるのは神社の裏手からではなく本殿からか。 と、無駄な思考を俺はしていた。


「よ。 そういうお前も珍しい格好だな」


 いつもならジャージ姿で片手には竹刀を握っている秋月だが、今日は巫女装束に箒を手に持っていた。 髪の毛は後ろに一本で縛っており、普段は縛ったりしていないということもあり、幾分か年相応の少女、という雰囲気になっている。 普段の秋月は、実は年上なんじゃないかと疑いたくなる雰囲気だしな。


「一応はこれが正装なのだがな……いつもは動きやすいジャージだが、今日は父親がいるから。 巫女として従事するときは、というよりも神社に関することをするときは基本的にはこれだよ。 普段の仕事は殆ど掃除だしな」


 少し困ったように笑うと、空いている右手を横に広げて秋月は言う。 本音としては動きづらくてめんど臭い、といったところか。


「大変そうだな、でも確かにいっつも綺麗だよな」


 落ち葉どころか、チリ一つなさそうなほどに秋月神社はいつも綺麗にされている。 それも秋月のおかげというわけだ。


「神域というのはそういうものさ。 それで、わざわざ足を運んだということは私に用事でもあったか?」


「ああ、相談あってな。 時間大丈夫だったか?」


「相談……ふむ。 丁度もう少しで終わるところだったから、縁側にでも腰掛けといてくれ」


 言われ、俺は頷き縁側へと向かう。 夏で外と言えば暑くてたまらないようにも思えるが、この秋月神社の縁側は風通しがよく、クーラーでもかかっているんじゃないかと疑いたくなるほどに快適だ。 そんな縁側に腰掛け、景色に目を見やる。


 今回秋月の神社を訪れ、秋月にする相談というのは一言で言ってしまえば冬木のことに関して、だ。 昨日、水族館で聞いた冬木の話を俺なりに解釈すると……冬木は明後日の校外学習で、長峰に対してなんらかのアクションを取る可能性が高い。 冬木と長峰の間にどんな確執があり、そしてその確執がどれほど深いのかは分からないが……だからこそ秋月に相談、という形だ。


 秋月は少なくとも、冬木の過去を知っている人物だ。 そして俺が話をできる数少ない人物の内の一人である。 もちろん冬木本人に相談するわけにはいかないし、相談したところで余計に冬木が危惧していることを広げることだからだ。


 そう、俺がしようとしているのは、冬木には確実に反対されること。 きっと、知ったら冬木は怒るであろうこと。 でも、何もしないという選択肢を取ることはできなかった。


「待たせたな、食べるか?」


 風に揺られる木々を眺めながらそんなことを考えていたところ、横から秋月の声がした。 服装こそ巫女装束のままであったが、その手には小さな皿が持たれており、水羊羹がいくつか乗っていた。


「おお、ザ・神社って感じ」


「どんな感じだそれは。 お茶も置いとくぞ」


 秋月は言うと、俺の横に水羊羹が乗った皿と、緑茶が注がれたコップを置いた。 一応言っておくと、氷が入りよく冷えたお茶だ。 それを挟むように秋月は俺の隣へと腰掛ける。


「ありがとな、ちなみに聞いておくけど秋に来ると団子出たりする?」


「礼儀を知れ」


「いてっ」


 俺の言葉に秋月は軽く手刀を落とす。 最早恒例のやり取りになりつつあるのが恐ろしいが、本気で手刀を落としてこない辺り、まだ秋月には優しさが残されているのだろう。 多分こんなことを考えているのがバレたら生きてはいられないな……秋月に思考を聞く力がなかったことと、今この場に冬木が居ないことに感謝しておこう。


「……しかし月見というのも良いな。 まぁ私は一番忙しい時期になっているが」


「ああそっか、紙送りがあるのか」


 紙送り自体は確か、10月の末だと前に秋月は言っていた。 けど、そのための準備があるからその前の1ヶ月2ヶ月は大変忙しくなるとのことだ。 なんといっても秋月はその紙送りで一番重要とも言える紙送りの舞いを舞うことになっていて、一年に一度の大事な行事をしっかりと行わないと、という考えもあるだろう。 秋月の性格からして、嫌々にはなりそうだがやるからにはちゃんとやるに違いない。


「たまに思うときがある。 私と瓜二つな奴が私に成り代わってくれないかと……たまにな。 一度で良いから一日中、こうして座って過ごしてみたいものだ」


「年寄りみたいだな……けど一日くらい変わってやりたくもなる、そんなこと言われると」


「はは、期待しておくよ」


 話をしながら、俺は水羊羹を口に入れる。 丁度良い甘さと柔らかさは冷たく口の中を満たしていく。 香りも良く、安物でないことは明白だった。


「それで、相談とは? この前の長峰の件か?」


 さすがにそこまでは分かっていたのか、秋月はそう口を開く。 ここ最近のことで俺が秋月に相談なんて、そのくらいしかないだろう。 校外学習の日、長峰が何かをしようとしていたというのは秋月も知るところなのだ。


「ま、そんなとこ。 正確に言うと相談ってよりも頼みになんのかな」


 細かく言ってしまえば、そういうことだ。 それを聞いた秋月は「ふむ」と言うと、冷たい緑茶に口を付けていた。 それを横目で見た俺は、再度口を開く。


「昨日冬木と話していて、分かったんだ。 あいつ、明後日長峰と決着を付けようとしているって」


「……冬木がか? そうか、あいつも変わったな」


「変わった?」


 俺が尋ねると、秋月はお茶をまた一口飲み、自らの横へと置く。 太陽と雲が丁度重なったのか、俺と秋月の体全体を日陰が覆った。


「中学のときから一緒だが、冬木は状況を受け入れている節があった。 傍目から見てそう見えていただけということも勿論あるが……能動的に何かをしようという奴ではなかったんだよ。 それが今では少し違う、変わってきているんだと思う」


「良いことなのかな、それは」


「良い悪いで決められることでもないさ。 良かったか、悪かったか、それを決めるのは自分自身でしかない。 少し経って良いことだと思えたなら、それはきっと良いことだよ。 逆もまた然り、だけどな」


 良いか悪いかは自分で決めること。 それは、まさしくその通りなことだった。 少なくとも、冬木と出会った当初の俺に「お前は後で冬木と友人になる」と伝えたら、それは悪いことだと思っていただろう。 が、今では冬木と友人になれたことが何より良いことだと思えている。 ある意味で唯一無二の友人、それが冬木空という人物だ。


 だからこそ、俺は今日秋月に相談をしに来た。 冬木が校外学習の日にしようとしていること、それが良いことだったとしても、悪いことだったとしても、いずれにせよ俺はただ黙って見ているわけにはいかない。 それは他でもない、俺のためだ。


「そうだな。 それで秋月、俺の相談兼頼みなんだけど……冬木のことを見ていて欲しいんだ。 長峰の性格的に、冬木に何か言われると絶対に反論するだろ? そこで揉めて、今よりも溝が深まるなんてことにはなって欲しくないんだ」


 俺が言うと、秋月は少しの間俺の顔を見ていた。 笑うことなく、顔を顰めることなく、ただただ俺の顔を見ている。 そして、突然口を開いた。


「お前は優しいな」


「……だろ?」


「そこは普通否定するものだろ」


 秋月は呆れたように笑う。 いや、正直心の中では「そんなことないない」なんてことを思っていたのだが、普通にそう返すよりもここは一つ、俺の株というものを上げておいた方が良いと思ったのだ。 しかし自分でそれを肯定したところで株が下がっている気しかしないというのが問題点。


「普通だったら……というよりも、私だったらの話だが、お前の立場だったとして」


 秋月はそう前置きをすると、間髪入れずに口を開く。


「冬木のことを心配するだけで精一杯だろうさ」


「……んっと、一緒じゃないか? 俺も冬木のことを心配してるわけだし」


 見ていて怖いというか、何を考えて何を見据えているのか分からない怖さというのが、冬木にはある。 あいつは正直かなりのハイスペックな奴だが、ポンコツなところはとことんポンコツなのだ。 比島さんの件だって、それが顕著に表れたいい例でもある。 だから放っておけない、というのが俺の気持ちになるのだろう。


「一緒ではない。 成瀬の言いたいことは「冬木と長峰の溝が深まったらどうしよう」ということだろう? 端的に言ってしまうとだが」


「まぁ、そうだな」


「そこだよ。 私とお前ではそこが違う」


 秋月は言い、顔を前へと向けた。 気持ちの良い風は俺と秋月の間を抜けていき、木々のざわめく音が耳に心地良く落ちていく。 秋月はほんの少し、笑っていた。


「そこに含まれているのは、長峰に対しても気にかけているということだ。 でなければそういう言い方にはならない、だからお前は優しいんだ」


「……そんなつもりはなかったけどな。 別に長峰がどうなろうと、俺には関係ないし」


「あはは」


 俺の言葉に、秋月は口を抑えて笑う。 俺の反応が面白かったかのような笑い方に、俺は訝しげな顔をした。 すると、秋月はすぐさま説明するように言った。


「悪い悪い、冬木の言葉を思い出してな」


「冬木の?」


「成瀬君は嘘を吐くとき、一瞬目を逸らす癖がある、とな。 まさにそうだったというわけだ」


 ……今度から気を付けよう。 そう強く思った俺であった。 そして、秋月はそのまま続ける。


「成瀬はどうして今になってそう言ってきた? 私なりに考えても、成瀬はそのことに関して関与しようとしているようには見えなかったが」


「ん、ああ……もちろん最大限関与したくはないし、冬木だってされたくないと思うんだ。 俺の関係ない過去のことだろ? それならやっぱ、事情知ってる秋月の方が良いかなって」


「……お前のそれは逃げだな。 私と似ているから良く分かる、もっとも私の場合は面倒だからというのが大半だが……お前の場合は優しいからなんだろうな」


「逃げって……別にそういうつもりじゃ」


「成瀬、外から見ているだけじゃ分からないことというのもある。 冬木はどうしてお前にその話をしたんだと思う? 長峰と話をするなんて報告をどうしてしたんだ?」


 どうして、と言われても言葉に詰まってしまう。 冬木が何を想って俺に伝えたか、単に仲が良いから伝えただけか、それともその場の流れで俺に伝えたのか。


「お前に関わって欲しいからだろう。 冬木とは最近良く話すが、あいつは思いやりの塊のような奴だよ、だから面と向かってそれをお前に伝えるようなことはしない。 迷惑だと、そう考えるから」


 ……そうだ。 冬木だったらそう考える、そしてそれでも俺に伝えてきたということは。


「ありがとう、秋月」


 俺は言い、立ち上がる。 秋月の言う通り、俺の考えは単なる逃げだったんだと思う。 秋月と話したおかげでいくらか気持ちに固まりはできた、最初から迷うことなんてなかったんだ。


「俺もできる限りのことはしてみる。 だから秋月、協力してくれるか?」


「最初の頼みのままだったら断っていただろう。 だが、今のその頼みなら私も協力するよ、成瀬」


 言い、秋月は俺に向けて手を差し出す。 その手を握り返し、俺と秋月の共同戦線は決まったのだった。

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