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その眼には嘘が見えている。  作者: たぬきのみみ
二人の少女と一人の少女
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第十二話 所謂、決心

「お」


「お?」


「あ」


 トイレへと向かう途中、設置してあった水槽に入っていたのは綺麗な色をした熱帯魚で、それを俺は眺めていた。 そもそも別にトイレに行きたいわけでもなし、冬木があのぬいぐるみを買う時間さえ作れれば良いのだ。 ついでにという考えもあったものの、少し怖いからやめておこうと思いに至り、ぼーっと眺めていた所存である。


 そんなわけで熱帯魚をただぼーっと眺めていたのだが、横からかかった声にそちらへと顔を向ける。 立っていたのは朱理、そして美羽だ。 朱理はともかくとして、美羽とは数年ぶりの再会な気がしてくる、なんてロマンチック。 感動の再会だな。


「振られた?」


「第一声がそれとか人としてどうなんだよ……お前本当に俺の妹? 別にそういうわけじゃねえよ」


「えー、男の人が一人寂しく熱帯魚と睨めっこしてるんだよ? 振られたか、拒絶されたか、生理的に無理って言われたかのどれかじゃん」


「俺に対してめっちゃネガティブ思考なのなんなの……俺限定でそうだよな朱理さん」


 もしかしたら俺は妹にいじめられているのか、なんてこった。 これはもう美羽と交換するしかない。


「冬木さんは一緒じゃないんですか?」


 そうそう、やっぱり普通は美羽みたいに尋ねてくるんだよ。 こういう普通のことができる辺り、美羽はやっぱり天使だ。 イメージ的に羽が俺には見えているが、なんだか後光が差している気もしてならない。


「あいつはグッズショップ。 気になるものがあるみたいでな」


「お土産屋さんですか!? わたしも行って見たいです」


「おおいいね! いこいこ!」


 ……まぁ、時間的にもう大丈夫か。 二人を変に足止めされて疑われるのもアレだし。


 そう思い、俺はきゃっきゃと騒ぐ二人について行く。 どうやら二人も水族館を堪能したようで、その顔は晴れやかだ。 恐ろしいことに疲れというのが全く見えないな……俺も冬木も既にクタクタだというのに。 これが若さというものか、なんてことを思った俺だったが、大して年齢が変わらないことを思い出し、少しへこんだ。




「やっほい!」


 グッズショップの前まで行くと、そこに冬木は立っていた。 冬木を見つけるとすぐに声をかけたのは朱理で、およそ年上にかける言葉だとは思えない。 朱理だからといえば納得してしまうが……将来が少し心配である。


「朱理さん、美羽さんも。 合流したんですね」


 言う冬木の手には大きめな袋がある。 やはり買ったのか、あの不貞腐れイルカを。 めちゃくちゃ中身を覗いてみたいが、きっと酷く怒られるからやめておこう。 これはきっと踏み込んではいけない部分! 踏み込んだらどんな恐ろしい展開になるか全く想像がつかない!


「わたし、友達と水族館は初めてだったので、とても楽しかったです。 お姉ちゃんとはたまに来るんですけど……」


 あの長峰と!? それは少し想像できない……どちらかといえば「魚とか見て楽しい? それ死んだほうがいいよ」とか言い出しそう。


 が、そう言う美羽はどこか言いづらそうな顔をしている。 それが気になり、尋ねてみた。


「なんかあるのか? 長峰と行くと」


「……少しうるさくて。 勝手に歩いちゃダメとか、手を離さないでとか、触れるお魚にも何かあったら危ないから触っちゃダメって言われて」


 ……あいつシスコンだったのか。 これは面白い新事実である。 まぁしかし、同じ妹を待つ身としては分からないわけでもない。


「だから、自由に見れるのって楽しいなって思っちゃいました。 お姉ちゃんには秘密にしてくださいね」


「あーわかるー!」


 分かるじゃねえよ、俺はお前を溺愛した覚えなんてない、根も葉もないことを適当に言うんじゃありません。 お兄ちゃん怒りますよ。


 しかしそんな俺の思いもいざ知らず、朱里と美羽は店内へと入っていく。


「少し、憧れます」


「ん?」


 そんな二人、朱里と美羽を見ながら冬木がそう口を開く。 どこか遠い目をしているのが印象的だった。


「私にも妹がいたら、あんな感じだったのかなと」


「朱里いる? 今なら引き受けてくれたら一ヶ月昼飯奢るよ」


「……真面目な話ですが」


 即答したところ、睨まれた。 これは恐らく後で朱里から「あたしのこと冬木さんにあげようとしたんだって?」と言われ、怒られるパターン。 冬木の反応一つでここまで未来の予想ができるなんて、もしかしたら俺は未来予知の力もあるかもしれないな。


「悪い悪い、でも冬木は結構面倒見良いし合ってるかもな。 朱里がよく「冬木さんはお姉ちゃんみたいだ」って言ってるし」


「そうなんですか? 確かに勉強のことで教えることはよくありますが」


 冬木はその喋り方、見た目、態度からして冷たい奴だと思われがちだ。 しかし、当の冬木は面倒見も良ければ人の頼みもすぐに受け入れるような奴である。 秋月の一件も冬木が受けた話だったし、朱里の失礼な態度に怒ることだってない。 そして宿敵……と言って良いのかは分からないが、長峰の妹の美羽にも悪い感情を抱いてないくらいだ。 だから朱里が懐くのも納得で、むしろ時折朱里が「今度冬木さんとお出かけしようかなぁ……でも誘うの恥ずかしいな!」とか独り言を言っているほどだ。 少し心配にもなってくる。


「俺に相談すると、悩む奴が二人になるだけだからな」


「自信満々に言われても反応に困ります。 本当に補習になっても知りませんからね」


 ……いや、そうは言っても心優しい冬木のことだ。 きっと俺が本当に困っていたら助けてくれるはず! 冬木空という奴は性格よし、顔よし、頭脳よしのヨシヨシ系女子だからな!


「な?」


「はい?」


 おい今の思考聞いとけよ! めちゃくちゃ大事な部分じゃねえか! 俺の褒め言葉なんだからしっかり聞いとけよ!


 ……やはり、思考を聞くのはランダムというだけあって都合良くは行かないらしい。 汎用性で考えると俺の力の方が便利といえば便利だけど、状況次第では冬木の方が便利ということだ。 何よりも俺の力はあくまでも嘘として吐かれた嘘を視る力でしかない。 その本人が嘘だと思ってなければ成立しないのだ。


「なんでもない。 それよりなんか良いのあったのか? 買ってるみたいだけど」


「え……あ、まぁ、はい」


 俺が言うと、冬木は持っていた大きめの袋を体で隠すように後ろへとやる。 なんというか、最早その行動だけで超怪しい奴にしか見えない。 そしてその中身は今の行動を以って確定したと言っても良い。


「何買ったの?」


「秘密です。 もしも見たら成瀬君と友達でいることを考えます、だから教えません、嫌です」


 そんなレベル!? 小さい体で必死に袋を隠しつつ言っているせいで、なんだかこうして見ていると駄々をこねている子供にも見えてくる。 しかし友達でいることを考えると言われるとこれ以上の追求はできそうにない。 まぁそれが一体何かというのは分かりきったことだから良いんだけどな。 冬木をからかうのが地味に面白い。


「……話が変わりますが」


「ん」


 店内で楽しそうに会話をしている二人を見て、冬木は呟く。


「今度の校外学習、成瀬君はどう見ますか」


 それはいきなりの本題だった。 俺は唐突な冬木の言葉に一瞬押し黙るも、すぐに思考を切り替える。 この前の俺の部屋で起きた一件から、そのことについて冬木が口にすることはなかった。 だから俺はそれで終わったと思っていたのだが……普通に考えて、それで終わりなわけがないよな。


「長峰は何もしないって言ってたけど、やっぱり不安だよな」


「いえ、長峰さんがそう言ったのであれば彼女は何もしないと思います。 ただ、それで良かったのかどうか」


「どういう意味だ?」


 何も起きなければ、それで良いんじゃないだろうか。 少なくとも長峰との付き合いで言えば俺より冬木の方が余程長い。 冬木が「長峰がそう言ったなら何もしない」と言うのであれば、それこそここで終わりの話ではないだろうか? だから冬木の言葉の意味が俺には分からない。


「……最近、多くの人と話す機会が増えました。 成瀬君や、朱里さん、秋月さんに美羽さん。 普通の人からしたらたったそれだけの人数かもしれませんが、私にとってはとても多くの人たちなんです。 それで、皆思っていることは違うということを知りました」


 前までは、冬木は誰でも嫌な感情を持っているという風に思い込んでいた。 それはある意味で事実なのかもしれないが、ある意味では事実ではない。 人それぞれという言葉があるように、全員が全員同じことを思っているとは限らない。


「私のことを心配し、勇気を振り絞って成瀬君に伝えてくれた三河さんもそうです。 それがなければ、今頃私たちは何も知らなかったんです」


「……まぁ、そうだな」


 三河は自らが冬木と同じような扱いを受ける可能性というのも考えていたと思う。 でも、それでも俺に伝えてくれた。 冬木の身に何かが起きてしまうかもしれないと、それで後悔はしたくないと。


「私は考えました。 このままで良いのか、周りの人に迷惑をかけながらで良いのか、と」


 冬木の言葉にはいろいろな意味が詰まっている気がした。 冬木の言う迷惑とは、きっと心配と同義だろう。 今で言えば冬木の身に何かが起きたとき、俺や秋月、朱里に美羽、そして三河もまた思うところがあるのは間違いない。 だから、冬木が気がかりとしているのはそこなのだ。 自分のことは二の次に、周りの誰かの迷惑になることを嫌がっている。


「私が行動をすれば、もしかしたら物事は良い方向に転ぶかもしれません。 それこそ長い間私が放置し、棚に上げ見て見ぬ振りをしてきた問題です……決して、そう簡単なことではないと思います」


「冬木……」


「悪い方向に転ぶ、というのも充分あり得ます。 むしろ、その可能性の方が余程高い」


 冬木の言いたいこと、したいことというのはなんとなくだが伝わった。 冬木のことだ、きっとそのことで数日悩んだ末の答えなのだろう。 それが正しいか、間違っているかというのは俺には分からない。


「でも、最早放って置くことはできません。 私がどうにかすることで、なんとかなるかもしれないのなら私はそれをしたい。 だから、だから成瀬君」


 冬木は俺の顔を見て言う。 迷いがない真っ直ぐな視線は、一切の汚れなんて存在しない。 冬木の言葉は力強く、俺の耳にしっかりと届く。


「校外学習の日、私は長峰さんと話をします。 もう逃げずに、彼女の言葉に耳を傾けて話をします」


 その冬木の言葉は、明々後日の校外学習がただでは終わらないことを知らせていた。

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