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その眼には嘘が見えている。  作者: たぬきのみみ
二人の少女と一人の少女
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第八話 所謂、水族館

「いやぁそれにしてもまさかおにいたちとかぶるなんてね! 折角だし冬木さんと3人が良かったなあ」


「お前本当にナチュラルに傷付くこというよね……」


 前を歩くのは朱理と美羽だ。 その後ろを付いていくように俺と冬木は歩いている。 既に水族館最寄り駅までは来ており、潮の香りが少しテンションを上げてきている。 時折、壁や電柱には夏祭りのチラシなんかも張られており、夏がもうすぐそこまで迫ってきていることを表していた。


「でも、朱里さん楽しそうですね」


「……そうか?」


 と、少し離れた位置で俺と冬木は並んで歩きつつ、そんな会話をする。 朱里はいつも通りだし、強いて言えば美羽の存在によって少し楽しそうといったくらいか。 俺としては、水族館が楽しみでパンフレットまで事前に用意しておいた冬木の方が楽しそうにしているようにしか見えない。


 恐らく、この中で一番大人っぽいのは美羽なのかもしれない。 先程からはしゃぐ朱里を窘めているし、俺と冬木を水族館まで先導しているし、といった具合である。 ()()ヤンチャな姉とは打って変わって、大人しいしっかり者の妹、それが美羽だ。 ちなみに美羽と書いて美羽(てんし)と読むのは必修。 名前に羽が入っているし、丁度良い呼び名だ。


「……成瀬君と仲が良い人は、小さい子しかいませんよね」


 冬木は言いながら、自身の頭に手を置きながら、そう言う。 いやそりゃ冬木も当然背は小さいが、別にそれは偶然の産物でしかない。 というか人の思考を恥ずかしいタイミングで聞くんじゃありません。


「深い意味はないからなそれ。 それより美羽はどうだ? 仲良くできそうか?」


 俺の力だけでは分からないことも多々ある。 それが冬木の力であれば、問答無用でその人の心根を見破ることができる。 あの姉にして妹ありとは言わないが……可能性として、なくはないからな。


「はい、できると思います。 とても、純粋な子ですよ」


 そう言って、冬木は小さく笑って美羽の背中を見つめた。 優しそうに、どこか嬉しそうに笑う横顔は随分と綺麗なもので、冬木のこうした顔というのも中々に珍しい。 もしかしたら俺がちょくちょく怒らせているからかもしれないけど。


「……いざ人とこうして関わってみると、私が思っている以上に悪いものではないと、そう思います」


「かもな」


 必要以上に避けていた、と言えるかもしれない。 俺も冬木も、人のことが怖くなり避け始め、それをずっと続けてきた。 だが、こうして避けられないような出会いというのもあって、それを経験して思ったことは、たった今冬木が口にしたことと一緒だ。


 もちろん、良い出会いばかりなんてのは当然ないだろう。 俺の場合は嘘が見えて、冬木の場合は他人の思考が聞こえて、それで普通の人間関係を築くのはとてつもなく難しいことだというのは分かっている。 また同じことを繰り返す可能性の方が高いに決まっている。


 だが、そんな昔と今とで違うこと。 俺には冬木がいて、冬木には俺がいる。 たったそれだけのことなのに、どうしてこうも安心できるんだろうか。


 ……きっとそれは、互いに互いのことが分かるからだ。 悩みというものが、良く分かるからだ。 今はまだ少しだけだけど、俺が話して関われる人物が増えたというのには、冬木のおかげもあるのは間違いない。




「はい! というわけであたしは美羽ちゃんと一緒に見て回るからまた後でねー!」


「え?」


 水族館の館内に入るなり、朱里は俺と冬木に元気良く言い放ち、走り去る。 残された俺と冬木はしばしそこに立ち尽くし、顔を見合わせた。 当初は二人で行く予定でもあった水族館だが、遊び慣れていない二人が取り残されるというのはとてもとても心寂しいものである。 というか超不安だ。


「どうしましょう?」


「それ俺に聞いちゃう?」


 はてさて、どうしたものか。 ここで冬木に「お好きにどうぞ」というのは超簡単な解決方法だが、男としてそれはどうかとも思ってしまう。 それに、水族館体験回数で言えば俺は一回で冬木は初めて。 その部分を考えると、俺が先導しなければならない気もする。


「……ええと、ではとりあえず歩きますか」


「そうするか」


 が、言い始めたのは冬木で先手を取られてしまったようだ。 人はそこそこ賑わっており、そんなところで立ち尽くすというのも邪魔になってしまう。 結局冬木の提案で、俺と冬木は歩き出す。 こういうとき、どうすれば最善なのかという疑問が延々と頭をぐるぐる回り続けて仕方がない。 冬木が呆れないか心配にもなってしまう。


 ……いや、そもそも諸悪の根源は俺と冬木を置いていった朱里だけど。


「ふふ」


「……どした?」


 と、そんなことを考えていたところ、冬木が唐突に笑い出す。 口元を手で抑え、堪え切れなかったといったように。


 そう、俺が丁度、考えていたとき。


「私も成瀬君も、まずは遊びというものに慣れないと駄目なようですね。 私たちなりに、少しおかしくてもそれで良いのではないでしょうか」


「良いタイミングで思考を読んでくるよな……。 ま、そりゃそうか。 変に考えるより、そっちの方が気楽だし」


「はい。 それに私は呆れたりしませんよ。 それこそ、朱里さんの所為にしない限り」


「……了解っす」


 絶対そこまで聞いていただろこいつ……。 今後はなんでもかんでも朱理の所為にしないこと、覚えておきます。


「成瀬君」


 冬木は言う。 俺が視線を向けると、その視線は既に別のところにあった。 冬木がこうして名前を呼ぶときは、大抵そちらを見ると俺の顔を見ていることが多い。 顔というか、目なんだろうけど。 そうして人と話すときに人の目を見る、そんな当たり前のことが大真面目にできているのが冬木空だ。


 そんな冬木が、視線を別のところに向けながら俺のことを呼んでいる。 珍しいといえば珍しいことだ。


「あの水槽、中を覗き込めるほど小さそうなのですが……サメ、と書いてあります。 飛び出したりしないんでしょうか?」


「サメ? ああ……まぁ気になるなら見に行こうぜ。 気になったら調べないと気が済まないだろ、冬木」


「……そんなことはありませんが」


 え、こいつまだそこで嘘を吐くの。 正直それは驚きだが、どうやら冬木はあくまでもそこを認めたくはないらしい。 友達とは何か、というのを調べたこともあるレベルなのに。


「なら、俺が気になるから見に行こう」


「……それなら仕方ありませんね」


 こんな会話をしている間も、冬木の視線はその水槽に向けられっぱなしだ。 めちゎくちゃ興味あるんだろうなぁこいつ!


 そして、仕方ないと言いつつも冬木は真っ先にその水槽へと向かって歩き出す。 そんな背中を追いかけるように俺は付いて行き、水槽の前で立ち止まった冬木の横に並んだ。


「ドチザメ、と書いてありますね。 触っても良いみたいです」


 説明書きを見たあと、冬木は髪を耳にかけると、前かがみになって水槽を覗き込む。 その中に居るサメの動きを目で追っていて、興味津々といった様子だ。 やはり、普段の性格からは考えられない子供っぽさを持っているな、こいつ。 新しい冬木というのを見れたような気がする。


「成瀬君、サメに触って良いみたいです」


「イベントで今だけみたいだな、触ってみたら?」


「……噛まれませんよね?」


「……多分大丈夫じゃない?」


 いや、保証は残念ながらできないけど。 そりゃこんな触れる場所にあって、触っても良いと書いてあって、いざ触ったらガブリなんて事件も良いところだから絶対にないんだろうけど。 それでも俺もこれは初めて見たから保証はできない。 責任逃れが得意な俺だ。


「成瀬君、触って見てください」


 ようやく冬木は俺の顔を見る。 そうするなり、すぐさまそんな要求をしてきた。


「……俺で試すってこと?」


「はい」


 即答かよ! せめてそこはなんか言い訳して欲しかった! 素直に答えられるのも微妙だな!


「分かった分かった」


 冬木は尚も俺の顔を見続けている。 無言の圧力が怖く、俺は恐る恐る水槽の中を見つめた。 そこには悠々と、ゆったりと泳ぐサメがいる。 本当に噛み付かれないよな……。 他人が触れているのを見る分には全然良いが、こうして自分が触ってみるとなると少し怖い。


「大丈夫ですよ、問題ありません」


「噛むやつじゃないってこと?」


「それは分かりませんが、噛まれても私は痛くありません」


「そりゃそうだろ! お前ひどいな!」


 当たり前のことをそんな真顔で言われても困惑しかしない。 素直なのは良いことかもしれないが、その素直さは正直言って恐怖である。


 とは言っても、一度承諾した以上は触れなければ話が進まない。 冬木もどうやら、諦めるという選択肢はなさそうだし……。


 俺はようやく決心を固め、その水槽に手を伸ばす。 ゆっくり、ゆっくりと水の中に手を入れる。 前からはさすがに怖いので、後ろから。


「おお……」


 触って見るとなんてことはなく、触られていることに気付いているのかが怪しいくらいにサメは無反応だった。 そしてなんという鮫肌……鮫肌ってこんな感じなのか。


「どうですか?」


「鮫肌だな」


「ふむ……」


 冬木は言うと、水槽にに目を向け、しばし眺めていた。 そして冬木も決心が付いたのか、ゆっくりとだご手を伸ばす。


「……」


 まずは水面を指で撫でるように。


「わっ!」


「きゃ!」


 つい、悪戯心が揺さぶられた。 俺が脅かすように言うと、冬木は短い悲鳴を上げて体をびくりと反応させる。 やばい、ちょっと面白い。


「……明日の朝」


「ん?」


「早めに起き、成瀬君がロリコンだという紙を校舎中に貼り付けておきます。 長峰さんの妹を狙っていると」


「それはやめて!?」


 社会的に死ぬだけでなく、長峰の手によって物理的に殺される気がする。 冬木のそんな行動で俺は肉体的と社会的、両面で死ぬ羽目になるだろう。 なんて恐ろしい発想だ。


「子供ではないんですから、やめてください」


「悪かったって……」


 言い、笑いながらも手を合わせる。 それを見た冬木は許してくれたのか、再度水槽へと手を伸ばす。


「……」


「……もうやらないから」


「そうしてください」


 その前に一度俺の顔を見て、暗に「次やったらどうなるか」とのことを目で訴えてきた。 こいつのジト目は結構精神的に来るものがあるよな……。


「……おお、鮫肌です」


「だろ?」


「それになんだか、反応しないところが面白いですね。 からかうと反応がある成瀬君とは違って」


「俺の反応そんなつまんない……? まぁでも冬木は面白い反応するけどな」


「私は成瀬君にされたことを全て覚えていますので、いつか仕返しをする予定です」


 ……恐ろしいことを聞いてしまった。 そしてなんということだ、冬木のその発言には嘘が含まれていなかったのである。

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