表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/164

第二十八話 虚実と、衝突

「毎日ありがとう。 しかし、唐突にそうされると何か狙いがあるのではと勘ぐってしまうな」


 それから、一週間が経った。 私と成瀬君はその策をしっかりと行動に移し、今日も秋月神社へと足を運んでいる。 そして、狙い通りその度に秋月さんは私たちに声をかけてきてくれた。 秋月さんの性格からして、お賽銭を入れてくれた人たちに巫女として礼を言わなければいけない。 今日もまた、秋月さんの方から私たちに話しかけてきたという流れだ。


「そんなことはありませんよ。 秋月さんには巫女舞を見せてもらいましたし、それに対する敬意の表れと捉えて頂ければ」


「ありがとう。 それにしても一週間、毎日来るほどのものだったか? もちろん、そうしてくれるのは嬉しい限りだが」


「いえいえ、とても一週間では足りません。 一年……いや、あと二年ほどは毎日来るつもりです」


「に……二年? あ、あはは……そうか……」


 しかし、それはそれとして秋月さんは中々に手強い。 こういう風に揺さぶっても、動揺こそすれどボロは出さないのだ。 そして、日に日に成瀬君が私に対して怯え始めている。 それはあまりよろしくない流れだ。 私は問題の解決のために尽力しているというのに、協力すべきであろう成瀬君が怯えているのは納得がいかない。


「し、しかし正月に手伝いに来てくれるのだろう? それで私はトントンだと感じているぞ」


「いいえ、あんな素晴らしいものを見せられたら、それこそ手伝いたいと思うのは自然です。 それに、秋月さんは私たちに話しかけてくれるではないですか。 そうされては、来ずになんていられません」


「わ、私が話しかけるのも迷惑だろう? まだそれほど仲がいいというわけでもないし……」


「そんな、私は仲良くなれたと思っていたんですが……もしかして、逆に私たちが来ていることが迷惑だったり……」


「そんなことはない! 私も嬉しいぞ、こうして神社まで足を運んでくれるのはお前たちくらいのものだから……」


 よし。


「そうだったんですね。 それでは、これからも毎日伺わせてもらいます」


 言い、出来る限り自然な笑顔を秋月さんへと向ける。


『……こいつ怖すぎだろ、今度から冬木の言葉には素直に従おう』


 それはそれは、ありがとうございます。 けれど、怖すぎだろという思考は少し、納得がいかない。 あくまでも、私は秋月さんの内面を引きずり出すためにやってるのだ。それをこうして思われるというのは遺憾である。 でも、素直に従ってくれるというのは良いかもしれない。


 ……いけない、考え方が段々成瀬君のようになってきている。


「……あ、ああ、そうか」


 明らかに絶望したような顔をし、秋月さんは呆然としている。 ここまで言えば、如何に秋月さんと言えど穏やかではないはずだ。 人間、これから降りかかって来る災いが分かるというのは心中穏やかではいられない。 今の秋月さんは、精神に酷くダメージを受けている。


「あ、そうでした。 もし良ければなんですが……秋月神社の秋月さんにお願いがありまして」


「な、なんだ!?」


 声が裏返っている。 これ以上何があるのだ、とでも言いたげだ。 しかし、私は間髪入れずに告げた。


「成瀬君が、ここら辺に来てまだ日が浅いので、ぐるりと一周案内をして欲しいと」


「……俺そんなこと頼んでないけど」


「……いいから、黙って聞いていてください」


 成瀬君が私の耳元で言う。 確かに頼まれてはいない、けれど必要なことだ。


「一周……だと……? だ、駄目だ。 それは、駄目だ」


 まるで自分に言い聞かせるように、かつこの世の出来事とは思えないように、秋月さんは目を泳がせながら言う。 普段は動じることが滅多にない秋月さんであるから、その反応は珍しいものだった。


「駄目……ですか。 なら、半周というのは?」


「半周でも一緒だ! 第一、何故私がそんなめんど……ッ!」


 言質を引き出せた。 こうなればもう、こちらのものだ。 この勝負には勝ったと言って良い。 唯一気になることは、たまに聞こえる成瀬君の思考が私に対して引いていることくらい。


「めんど。 もしや秋月さん、今成瀬君に案内するのを面倒臭いと言おうとしました? 秋月神社の巫女さんが」


「ちがっ……! そうではない! 私がそんなことを言うはずが……」


「あ、言い忘れていましたが、実は神主さんから聞いていましたよ。 純連は面倒臭がりな性格で、少し困っていると。 それともう一つ、部屋を片付けて欲しいと」


「……」


 言われた秋月さんはしばし、固まった。 目が遠いどこかを見ているのが若干心配になるも、それは明らかに私のせいであった。


 ……もちろん、嘘に方便適当なことを言ったまで。 しかし、これは一応、話が終わったら訂正しておかないといけない。 この問題が解決したら、謝りもしないといけない。


「――――――――ちょっと付いてこれるか? 二人に話がある」


 ぽつりと、秋月さんはそう漏らす。 その言葉に、私と成瀬君は顔を見合わせたあと、付いていくことにした。 果たして何が出て来るか、鬼が出るか蛇が出るか……神社の裏手に回っていく秋月さんの背中からは、タイミングが悪いことに思考を聞くことができなかった。




「なんとなくだが、察しが付いた。 ああしてこの一週間、足繁くこの神社に足を運んだのは、私のことを探っていたということだな」


「……なんの話だか、申し訳ありませんが分かり兼ねます」


 言い、私は一歩後ろに下がる。 引き出すまでは、そこまでのことを考えるのは私の役目で、後のことは成瀬君任せだ。 そういう浮き上がってきた問題というのを解決するには、成瀬君の力が一番良い。 それに、私の問題を解決したようなしぶとさというのも彼は持っているから。


 ……一応これでも、褒めているつもり。


「とぼけるな。 成瀬、冬木、お前らの狙いは大方成功しただろう。 私はそれを否定しない、お前らの言葉通り、私は極度の面倒臭がりだ」


 ここまで来ては、とでも言いたげに秋月さんは真っ直ぐ私たちを見つめて言う。 芯が通った声には一切の迷いもない、秋月純連という一人の姿を表しているかのような声だ。


「……俺、なんも言ってなくない?」


「その場に居て何も言わなかったということは、私と同意見ということですよ」


「マジかよ……」


 秋月さんの言葉がそれを肯定している。 残念ながら、秋月さんから見た私と成瀬君は仲間であり、その片割れの私がした発言を秋月さんは成瀬君の物としても捉えている。 よって、成瀬君の「俺は何も言ってない」という意見は却下だ。


「それで、私のことを知って何がしたい? 金であれば払わない、なんらかの要求があるなら言ってみろ、もっとも私はその要求を飲む気はないがな」


 と、秋月さんはそんなことを言い始める。 何か勘違いされている様子で、それを聞いた成瀬君は口を開く。


「おいおい、だったら俺たちは「秋月は本当はこんな性格だぞー」って言い触らすだけだぞ?」


 ……性格の悪い成瀬君だ。 明らかに秋月さんは何か勘違いをしているのに、それを訂正せずに話を進めている。 まぁ私は既に成瀬君に任せた身として、口出しをする気はないけれど。


「構わん。 お前たちの言葉と私の言葉、どちらを信じるかなんて分かりきったことだ」


「……確かに!」


 そして、納得させられている。 少し不安になってきた。


「あ、いやでもだな……実はこの会話、録音されてるんだよ」


「……録音?」


 眉をぴくりと動かした秋月さんは、気配の鋭さを増した。 ピリピリとした空気が伝わってくるようで、その空気を感じて嫌な予感がした私は、咄嗟にそれは嘘だと告げようとする。 が、その前に成瀬君は口を開く。


「そうそう、だから諦めろ。 ばら撒かれたくなかったら……」


「話が早くて助かる。 つまりは盗聴、犯罪だな。 であれば、私にはお前を討ち取る理由があるというわけだ。 実力行使でやらせてもらおう」


 言いながら、秋月さんは背中から竹刀を取り出した。 それを片手で持ち、切っ先を成瀬君へと向ける。


「……へ? なんで背中に竹刀隠してんの!?」


 それに対して成瀬君はマヌケな声を上げ、ただ呆然としていた。 秋月さんの実力は折り紙つき、中学生のときは剣道部で全国まで行った手練である。 間近でその手捌きが見れるというのは、少々有り難いことかもしれない。


「お前たちを討ち、事実を闇に葬るという意味だ!!」


「お前はどこの武将だよ!? 現代でそんなセリフ吐くやつ知らねえぞ!! おい冬木助けてっ!! あいつヤバイ!」


「すいません、私はそういう物騒なことに関しては、何もできません」


 生まれてこの方、人を叩いたという記憶がない。 たぶん、なんとか成瀬君の要望通りに間に入ったとしても、被害者が増えるだけのようにも思える。


「問答無用! お前たちを討ち、記憶から抹消する!!」


「本音出てんぞおい! ……って、お前たち? お前、まさか冬木も」


「……そうか」


『良い方法が思いついた』


 秋月さんの思考が聞こえた。 そして、手に持つ竹刀を成瀬君から、私へと向ける。


「今からこれで冬木を討つ」


『脅しだ。 あくまでも、脅し。 それで証拠がなくなれば問題なし』


「お前が録音した機材を破壊すれば、見過ごしても良い」


『さすがに人を殴るというのはな、だからこれで折れてくれれば良い』


「行くぞ」


『冬木を守るとなれば、成瀬の方も諦めるだろう』


 私から見れば、その話はそれだけでしかなかった。 秋月さんの顔は本気のように見えるものの、その思考はとても人を殴る前の人のものではない。 私は呑気にも、その場で立ち尽くしこちらに迫る秋月さんのことを見ながら、そんなことを思っていた。 秋月さんには私を殴る気はない、全くと言って良いほどにない。 だから逃げるようなことをする必要はないと感じた。


 が、当の成瀬君は違ったようである。


「やめろッ!!」


 大きな声に、体がびくりと反応した。 今までにないような大きな声で、その声色には怒りというものが含まれているようにも感じる。 しかし、秋月さんの狙いは証拠の抹消、それがなければ寸前まで私を殴る演技、というのを続けるつもりだ。 でも、成瀬君の嘘八百のせいで抹消すべき証拠なんてどこにもない。 となれば、秋月さんは止まらない。


 成瀬君は地面を蹴り、私の方へと向かって走る。 何をするつもりなのか、そのとき私に聞こえていたのは秋月さんの方の思考で、成瀬君の思考というのは聞こえなかった。


「……成瀬君?」


「っ!」


 その場で、飛びかかる。 私の体は横へと飛ばされ、私が居た場所に成瀬君の体が割り込んだ。 そして、そのすぐ前に立っていたのは秋月さんで。


『まずッ――――――――!』


 秋月さんは、その光景に気を取られたのか、それとも成瀬君の体が予想以上に近かったのか。


「成瀬君?」


 地面へと倒れた私が見たのは、竹刀をまともに受けた成瀬君の姿だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ