第二十七話 舞いと、参った
「10月に、紙送りという行事がある。 成瀬は知らないだろう?」
「紙送り? 聞いたことないな」
「この地方だけのものだからな」
その後、秋月さんの案内の下、私たちは神社の本殿を見て回っていた。 さすがに大きい神社で、仏の像や何が書いてあるのか分からない巻物などが壁にはかけられている。 物珍しげに見ている成瀬君は、少々意外だった。 歴史的価値というのは私には分からないが、もしかしたら成瀬君は詳しいのかもしれない。
「古い紙を燃やし、想いを込めて浄化させるというものだ。 成瀬も家にある古い紙があれば、私のところに持って来ると良い。 長く使われた紙たちに感謝の意味も込め、常世の風に送るのだよ」
「へえ……なんか風情あるよなぁ、そういうの」
「知らない人から見たらそうかもしれないな。 毎年10月の末にやるのは、冬の風が吹くからだ。 そのため、紙たちが寒さを越せるように燃やして風へと乗せる。 私はそれを送り届けるための舞いをするというわけだな」
「おお、結構重要な役割だな。 それって俺も見れるのか?」
「もちろん。 だが、期待されても恥ずかしいから、あまり期待はしないでくれよ」
少々恥ずかしそうに、秋月さんは言う。 私も何度か見たことがあるけれど、あの舞いはそこまで恥じるものでもないように思えた。 秋月さんの外見というのも相まってか、幻想的なものだと記憶している。
「巫女というのも、存外大変なものなんですね」
「そうだな。 だが、一番忙しいのはやはり正月だよ。 社務所が自宅も兼ねているのだが、出ずっぱりで裏で休むこともままならないほどでな。 冬木や成瀬が手伝いに来てくれれば多少は楽になるがな」
冗談混じりに秋月さんはそう言った。 それは分かったが、どこかそれを期待しているような言い方でもあった。 だから、私は言ってみる。
「私や成瀬君で良ければ、お手伝いしますよ。 どうせ暇ですし」
「おい、まるで俺まで暇なような言い方するなよ……いやまぁ暇なんですけどね」
「あはは、それは助かる。 だが、いきなりそんなことを言われても迷惑だったろう。 気が向いたらで頼むよ」
「その点は問題ありません。 私と成瀬君はクラス委員なので、クラスの人が困っていることがあればお手伝いします。 そうでしょう?」
「……断れない空気作るよな、冬木。 けど良いよ、こうして珍しいもの見せて貰ってるし、そのお礼ってことで」
「ふふ、そうか。 それは助かる」
やはり、秋月さんと話していたの印象は清廉潔白というものだ。 こうして話している限り、秋月さんには汚れている部分というのが一切ない。 これほどまでに白い人物というのも、珍しい。
……が、それはあくまでも話しているだけに限って。 秋月さんのそのときの思考は。
『よし! 楽できる!』
というものだった。 外見ではとことんまでに真面目、かつ美しい人であるが、その内面は極度の面倒臭がりのように見えて来る。 こうして考えると、私たちを案内しているのもそこへ話を持っていくためだったのでは、と勘ぐってしまうくらいには。
「ちなみに、秋月さんのお部屋は?」
「わ、私の部屋か? いや、社務所の奥だが……何も物が置いてないから、寝起きするだけのつまらない場所だよ」
多少の動揺が見られる。 私はそれを受け、成瀬君に視線を向けた。 成瀬君は少々違和感ありげに秋月さんを見ている。
……なるほど、やはり。 成瀬君の反応を見る限り、たった今秋月さんの言葉から嘘を見たのだろう。 となれば、秋月さんの部屋は普通の部屋として機能しており、更には人に見せられる状態ではないということ。 私の大方の予想、秋月さんの面倒臭がりな性格は間違っていないと思われる。
まず、私と成瀬君の立てた作戦は秋月さんと仲良くなるというものだ。 それによって、秋月さんと話す機会というものを増やしていく。 仲が良くなれば、話している内に秋月さんがボロを出す可能性がある。 私や成瀬君にとって、その気になれば他人の秘密を探っていくというのは容易いことだけど……いくら私たちが分かったとしても、いきなり「秋月さんはこう思って、こう嘘を吐いている」なんて言っても、ただ頭のおかしい人としか思われないだろう。
「あ、そういやその紙送りで舞う巫女舞? って、今できたりするの?」
「……巫女舞か?」
なるほど、そう攻めるか。 確かに、私たちの想像する秋月さんであれば、その要望に快く答えてくれるだろう。 つまり、成瀬君は秋月さんが嫌がりそうな要求かつ、いつもの秋月さんであれば受け入れてくれそうな要求というのを口にしていく考えだ。
『……面倒な男だな! 竹刀で殴るぞ!?』
……この思考は伝えない方が良いだろう。 下手をすれば、成瀬君が恐怖から何もできなくなる可能性がある。 成瀬君は前の一件から、竹刀に対して恐怖心を抱いていてもおかしくはない。
「紙送りのときの舞いは、人前で見せるのはそのときと決まっていてな。 それ以外のものでも良ければ構わないが……着替える必要があるな。 私服でやったとしても様になるものでもない」
「着替えるって……ああ、巫女装束?」
「それ以外に何があるんだ。 おかしな奴だな、君は」
口元を抑えて、秋月さんは笑う。 こうして話してみると、意外と笑顔を見せることが多い人だということが分かった。
『巫女服か……! 女子高生の巫女服か……!』
「……っと」
成瀬君はその思考をしたあと、私へ顔を向けた。 恐らく、思考が聞かれているかいないかの確認だと思うけど、残念ながら聞こえている。 冷めた目で見ておこう。
「……ははは」
「そういうものが趣味だと記憶しておきます」
「やめてっ!」
「よく分からないが……仲が良いんだな、二人は」
今度は小さく笑い、秋月さんは言う。 こうして見ると、不思議な人のように思えた。 今までは真面目、かつ他者に無関心なだけな人だと思ったけど……その無関心の方は、恐らく面倒臭がりな性格から来ているものだろうけど……こうして話しているときの秋月さんは、本当に楽しそうにしているのだ。
そしてその日、私と成瀬君は秋月さんの巫女舞を見学し、それからまた神社やその周りを案内され、最後に軽く世間話を縁側でして、帰路に就いたのだった。
「仮に、私が巫女服を着たら成瀬君はどう思いますか?」
その道中、興味本位からそんなことを尋ねてみる。 先ほどの思考からして、そういうものが趣味な可能性が高い。 一応の確認という意味で私は聞いてみた。
「……想像できないけど、冬木の髪って銀髪だろ? だから、良くも悪くもコスプレみたいになりそう」
「率直な感想ありがとうございます」
言いながら、私は前髪をつまみ、眺めてみる。 確かに銀色だ、これではコスプレのようになるというのも納得。 しかしそれを言っては、今着ている学生服もコスプレのようになっているのかな?
「では、仮に成瀬君が巫女服を着るのはどうでしょう?」
「いやその「仮に」は絶対おかしい。 着ないからな」
「……」
「着ないからな!! そんな目で見るな! 想像すんな!」
どうして私が想像していたというのが分かったのだろうか。 もしかしたらまた顔に出ていたのかもしれない……表情を変えているつもりはやはり全くないんだけれど、成瀬君の観察眼が少々怖い。
「では、諦めます」
「そうしてくれると助かるよ。 んで、これから実際どうするんだ?」
と、成瀬君は嫌な話の流れを断ち切りたいのか、本来話をするべきである場所に戻してきた。 私も特段、その巫女服を着るか着ないか、私が着るとコスプレか否か、という話を続けたいわけではなかったから、その話題転換に付き合うことにする。
「方法としてはいくつかあります。 およそ良策とは言えませんけど」
「参考までに聞いとく。 どんなの?」
「今日、いろいろと話して分かったことは「やはり秋月さんは面倒臭がり」というものです。 成瀬君にも、あれからいくつか嘘が見えたでしょう?」
「ああ、確かに。 というか俺でなくともあいつの嘘はすげえ分かりやすいな、めっちゃ動揺するから」
嘘を吐く、ということに慣れていないのだと思われる。 つまり、今までそれほど突っ込んできた相手がいないということだ。 そのため、今までは嘘を使わずともうまい言い回しでどうにかできていた、ということ。 真面目な面倒臭がり、それが秋月純連という人物。
「彼女が面倒臭がりそうなこと……例えば、今日の成瀬君の「巫女舞を見たい」という、我欲にまみれた要求ですとか」
「……いやでも、我欲があったのは否定しないけどね? 見れて良かっただろ、あれは」
「はい、間近で見ると綺麗でした」
それは事実だ。 秋月さんは秋月さんなりに、やりたくはないがやるなら真摯にという気持ちを持ち、その舞いを私と成瀬君に見せてくれた。 10月の紙送りで舞うものと比べるとやはり迫力というものはどうしても欠けてしまっていたが、それでも十分ほどの間の舞いは、私と成瀬君から言葉を奪うのには充分過ぎるほどに洗練されたものだった。
「……つまりは、そのような無理強いとでも言うべきですか。 そんな無理強いを何度もすれば、やがて秋月さんは痺れを切らすかもしれません」
「超強引な案だな。 無闇に怒らせるってのは避けたいところだけど……俺と冬木が竹刀で殴られる未来になりそうな気もする」
「では、別の方法で。 これから毎日、秋月さんの神社にお賽銭を入れに行きましょう」
「毎日……? まさか、それで神頼みとか言わないよな?」
「まさか。 秋月さんの性格からして、面倒だとは思っても、それに反して真面目であるが故にその行動は止められません。 それが一番、秋月さんと会話をする機会を作るのに適しています。 彼女の性格を今回は利用させてもらいましょう」
「……なんとなく、お前を敵に回さなくてよかったと思ったよ俺」
言う成瀬君の笑顔は、少々引きつっていた。




