第二十二話 ゲームと、コミュ力
「お疲れ様です」
「うっす」
友達になってからしばらくの時間が経った。 いつもの放課後、成瀬君よりも早くにクラス委員室へと居る私は、いつも遅れてやってくる成瀬君にそう言うのがお決まりの流れだ。 成瀬君と友達になってからいろいろとあって、成瀬君には少々借りてしまっている恩が大きくなっている気がする。
……その中でも一番は、比島さんとの問題を解決してくれたことにある。 成瀬君曰く「もっとコミュニケーション取ってれば俺の出番なんてなかっただろ」とのことだったが、私と比島さんの場合はそれにすら切っ掛けが必要だったのだろう。
私がもう少ししっかりしていれば、成瀬君に迷惑を掛けることはなかった。 けれど、それを成瀬君に言ったところで、彼は「別に迷惑だなんて思ってない」と、返しそうである。
そして、今。 あれから少し経ち、5月末の校外学習が近づいている今、私と成瀬君は少々暇な時間を持て余していた。
というのも、大まかな校外学習での流れが決まり、次の行事や催し物まで時間があるということで、別のクラス委員の仕事の真っ最中だからだ。
「今日も雑談タイムで終わりそうだな」
「私はそれでも構いません」
要するに、クラスの相談役というやつである。 とは言っても、私と成瀬君に話しかけてくる変わり者はいない。 よって、この放課後の時間はこうして並んで座り、ただ雑談をして過ごすというのが日課になりつつあった。
「よし、じゃあ今日は朱里の話でもするか」
「四日前と一昨日に聞いています。 二日毎に妹の話をしなければ生きていられないんですか?」
「言い方キツイよね相変わらず……。 じゃあ冬木のことを話してくれよ、たまには」
そこまでキツイ言い方だっただろうか。 成瀬君が言う「キツイ言い方」というのが、イマイチ私には分からない。 が、それよりも。
「……私のこと、ですか」
「そうそう。 好きな食べ物とか、趣味は……知ってるから良いとして、他になんか特技とか好きなテレビ番組とか」
「トマト以外でしたら好きです。 特技と言えるものはありませんし、テレビは見ないので分かりません」
「……」
私が言うと、成瀬君はなんとも言えない顔でこちらを見てくる。 変なことでも言ったのかな? 分からないけど、こういうときに思考が聞こえれば便利なのに。
「なんか一問一答みたいになってるぞ……。 あれだ、冬木にある大きな問題は「コミュ力不足」だな。 それさえ解決できれば、お前にも友達は出来ると思う」
「友達が居ない人に言われましても」
「そういうこと言わなくて良いからね!?」
友達が欲しい、というのは事実。 私は私なりに、楽しく学校生活を送りたいというのもまた、事実。 普通に話し、普通に遊び、普通に生活する。 ごく一般的に言う普通の学生生活というのを送れれば私は満足だ。 しかし、私や成瀬君にとってはその普通の学生生活、というのが困難を極めてしまう。
私は人の思考を聞いてしまう。
成瀬君は人の嘘を視てしまう。
人との違いはたったそれだけで、その違いがあまりにも大きすぎるのだ。 成瀬君とはそのことについて何度も話しており、やがて私たちが辿り着いたのは「普通になる」という笑われてしまいそうな目標であった。 言ってしまえば今、こうして二人で雑談しているのもその一環に過ぎない。 普通に話し、普通に笑う、それらがこの時間の目的でもあったりする。
「ですが、百歩譲って私がコミュ力不足だとします」
「百歩譲っての意味ちゃんと理解してる?」
「そうであるならば、必然的に成瀬君もコミュ力不足になるではないですか」
「俺の発言無視かよ……。 いや待て、俺は意外とコミュ力ある方だぞ」
「では、なぜ友達が居ないんですか」
一般的に、コミュ力が高い人たちは多くの人に囲まれているパターンが当てはまる。 中心的人物、話していて楽しい人物、それらがコミュ力が高い人という分類をされているらしい。 それを参考にした結果、成瀬君はコミュ力が高いとは決して言えない。 この例に当てはめると、コミュ力が高いというのは長峰さんのような人物を言うのだろう。
「俺が必要だと思ってないからだよ」
「……成瀬君は強がりということですか?」
「どうしてそうなる!?」
でも、私と友達になってくれた。 私に秘密を話し、そして友達になってくれたのは成瀬君であり、成瀬君の言葉が真実ならば矛盾が発生してしまう。 成瀬君ではないけれど、成瀬君のその言葉は嘘だ。
「そこまで言うのであれば、テストをしましょう」
「テスト?」
私が切り出すと、成瀬君は首を傾げた。 その動作と同時に「これ冬木の真似なんだけどどう?」という言葉が付随してきたが、無視をした。 私はそんなに可愛く首を傾げているつもりはない。 それに成瀬君がその仕草をしても、少し気持ち悪いだけだ。
「コミュニケーションテストです」
言いながら、私は鞄から一冊の本を取り出す。 たった今口にした言葉と同名の本、私や成瀬君の手助けになりそうな、ついこの前購入していた本だ。
「……お前本当に真面目というか、勉強熱心だよな」
「分からないことがあれば、知りたいと思うのはごく自然なことだと思いますが……気になったことは調べるではないですか。 そんなこともしないんですか?」
それに、私自身勉強だとは思っていない。 興味があることを調べるのは当たり前で、自然なことだ。
「おいちょい待て……冬木、前に「調べ物に時間を割くくらいなら、景色でも眺めていたほうが有意義です」とか言ってたよな?」
「……言ってませんが?」
「残念ながら俺には嘘が見えるんだよな~! 嘘は良くないぜ、冬木さんよ。 言っとくけど、あのときお前がそう言ってたときも俺にはバッチリ見えてたからな! ははは!」
「……」
そういえば、そういうことになる。 私が今まで吐いてきた軽い嘘というのも、成瀬君には全てそれが分かっていたということになる。 なんだか、今更それらを思い出していくのは少々……恥ずかしい。
「それなら私も言っておきますが、私も私で成瀬君の思考は度々聞いています。 クラス委員会を決めた日、成瀬君のくだらない思考を延々と聞かされていた、というのを伝えておきます」
「……マジ? え、冬木さんそれマジだよね? 嘘じゃないってことは……おいそれ今すぐ記憶から消せ!!」
「生憎、人の思考を聞くことはできても、自分の記憶を消すことはできないので」
……よし、反撃完了。 成瀬君には、その辺りを分かっておいてもらわなければ。 私と友達になるというのは、そういうこと。 しかしこのやり取りは続ければ続けるだけお互いにダメージがあるやり取りだ。 防御なしの殴り合い、といった感じ。 だからこれ以上はしない方が懸命だろう。
それに、今やるべきはこのコミュニケーションテストだ。 このために買ったのだから、無駄にするというのは少々勿体ない。 私が咳払いをして成瀬君の方へと向き直り、座り直すと、成瀬君も空気を感じ取ったのか、その姿勢が少々強張った。
「では、始めます」
「……なんか面接みたいだな」
「静かに。 問1、あなたの目の前に泣いている女の子が居ます。 あなたはどうしますか?」
「意外とちゃんとした質問だな。 んー、見ず知らずの子ってわけだよな」
成瀬君はしばし考える。 その思考を少し聞けたが、どうやら真面目に考えている様子だった。 私のことを成瀬君は度々「真面目」だと言うが、成瀬君も大概だと私は思う。
それよりも、今はこのテストだ。 私だったらどうするだろう?
……とりあえず、近くで様子見だろうか。 運良く思考が聞ければ、その子の望みが分かるかもしれないし。 いきなり話しかけたとしても、怖がらせるだけのような気もする。
「とりあえず事情を聞くかな。 どうして泣いているのかとか、親はどうしているかとか」
「おお……それは模範的回答と書いてあります。 1ポイント獲得とも」
「なにこれポイント制なの?」
「ちなみにですけど、注意書きに「現代では子供に声を掛けるというのは事案になり得る場合があり、あなたは不審者として通報される可能性があります」とも書かれています。 成瀬君は不審者だったんですね」
「余計なお世話だよ!?」
嫌な世の中になったものだ。 ただ心配で声を掛けたとしても、不審者情報として市のお知らせメールで配信されることもあり得る。 成瀬君、可哀想に。
「問2、道に迷っている人が居て、あなたに「何々駅まではどう行けば良いですか?」と尋ねてきました。 その駅はあなたが良く使う駅です。 どうしますか?」
「駅とか俺殆ど使わないけど。 ていうかこの辺の駅って冬木の家の近くだけじゃん」
「御託は良いのでさっさと答えてください」
「怖いなおい」
成瀬君は度々余計なことを口にする癖がある。 別にそれは嫌ではないし、私としてはそのような雑談も面白いと感じられる。 けど、素直にそれを口にするのは負けた気分になってしまうので、嘘ではない言葉で成瀬君を騙す。
さて、この問に関しての私の答えは……単純に道を尋ねられた、ということだから、素直にそこまでの道順を教えるのが正答だろう。
「近かったら一緒に行ってやるかな」
「……暇人なんですか?」
「お前俺の親切心をなんだと思ってんの……」
しかし、確かに親切だ。 困っている人側からすれば、わざわざ道案内をしてもらえればそれほど嬉しいこともないだろう。 私とは違った回答で、成瀬君が如何に優しいかというのを表しているようにも思えた。
「答えは、口頭で教えてあげるというものになっています。 紙切れなどがある場合は、簡単な地図を書いてあげるのも良いと」
「俺の答えじゃダメってこと? それ」
「注意書きがあるので少々待ってください。 ええと……その場まで案内するという回答の場合は、却って相手に不信感を抱かせる場合もあり、模範的とは言えません。 相手は見ず知らずの他人ということも考慮し、親切過ぎないように心がけましょう、とのことです」
「なぁ冬木さん、それ読むのは構わないけど、ニヤニヤしながら言うのやめてくれない?」
「な……別にニヤニヤなどしていません」
いや、正直顔に出ていたかもしれない。 成瀬君に勝った、というのが嬉しくて。 だけど、認めたら逆に負けな気がする。
「……こほん。 これで私が1ポイント、成瀬君も1ポイントですね」
「え、お前答え言ってたっけ?」
「頭の中では考えてます。 嘘でないことは分かりますよね」
「……分かってしまうのが悔しいな。 でも、冬木は答えも分かるじゃん」
「私がそんなズルをすると思いますか? はっきりと言いますけど、答えは見ずに考えてます」
私が言うと、成瀬君はジッと私の顔を見つめる。 私が嘘を吐いているかどうか、判別しているようだ。 しかしそれは無駄なこと、私が嘘を吐いていない以上、成瀬君の眼には何も見えはしない。
「……クソ、それじゃあ今んとこ引き分けな」
「はい。 まだまだ沢山あるので、ゆっくりと進めましょう。 何か賭けますか?」
「お。 冬木からそう持ちかけるなんて珍しいな。 そうだなぁ……」
どうせならと思い私が言うと、成瀬君は腕を組んで考え始めた。 まだまだ始まったばかりで、これから先長い戦いになるであろう、コミュ力勝負。
「単純に命令一つ聞くってのでも良いんだけど、ここはひとつ「相手の願いを叶える」でどうだ?」
「……えっと、そこに何の違いが?」
言い換えただけで、言っていることは同じではないだろうか。 私がそう思い尋ねると、成瀬君は笑って言った。
「友達に命令ってなんか嫌だろ? だから願い事を叶えるってことで。 ……あ、もちろん無理難題はナシな!」
「ふふ、そうですね」
友達、というものが未だにどういうものなのか、分からない。 成瀬君もきっとそれは同じで、私たちは日々、手探りでそれを探している。 難しいこともあれば、面白いこともある。 悲しいこともあれば、楽しいこともある。 泣くこともあれば、笑うこともある。 友達というのはきっとそんな関係で、そんな曖昧なものなのかもしれない。
私にできた、大切な友達。 面と向かってそれを言うのは少々気恥ずかしいけれど、心の中で思うくらいは良いだろう。 今はまだ、一つの小さな教室で、くだらないことを話し合うだけの友達でも、私にとっては大切な、大切な友達だ。




