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第十九話 嫌いと、大嫌い

「おーすげーな。 こんな大きい図書館って、初めてだ」


「成瀬君の場合、人生を1000回ほどやり直さなければ、全て読むのは難しいかと」


「お前のときより桁が1つ多くない? 冬木さん?」


 図書館は、好きだ。 ここは人がそこまで多くないし、いる人たちも殆どがその思考を本へと傾けているから。


 余計な思考を聞いても、それは本に関することである場合が殆ど。 ここにいる人たちは本が好きで、その好きなものに思考を傾けているから好きだ。 たまにその思考を聞いたおかげで面白い本なども見つけることができ、密かな楽しみでもあったりする。


「では、お互いに資料を探しましょう」


「そこ無視かよ……。 いやでも話はしてるから無視じゃないのか……? けどどうなんだ……?」


 私の言葉に、成瀬君は一人で自問自答を始めていた。 そして、数秒後には全く別のことを疑問に感じたようだ。


「お互いに? 一緒にじゃないの?」


「……効率を考えてください。 この広い図書館内を二人で一緒にでは、あまりにも無駄な時間が多すぎます」


『……俺は一緒にが良かったけどなぁ』


 と、成瀬君の思考が聞こえる。 そこまでして私に付き纏いたいかと聞きたくなるが、成瀬君なのだから仕方ない。 それよりも、ここに来るまでに随分と酷い言葉を浴びせているというのに、それでも尚そう思うのはどういうことだ。 私の中にある常識がおかしいのか、それとも成瀬君がおかしいのか。


「私は歴史面から調べます。 成瀬君は最近の資料などを漁ってください」


 神中山は、随分と昔から名前がそのままだ。 その名前の由来は「神と人間の中間にある山」というところから来ている。 頂上には小さな社があり、そこで昔の人は神様と出会ったことがあるらしい。


 そんな歴史ある山だから、校外学習に選ばれていた。 まぁもっとも、頂上まで登るにはかなりの体力を使うことから、予定では中腹にあるキャンプ場でカレー作りをした後、私たちが調べている資料から勉強になりそうなポイントを巡る、というものだけど。


 頂上にある社以外にも、山の中には防空壕や昔の人が暮らしていた所縁がある。 それらのポイントを絞っているのが私の役目で、成瀬君には適当に暇潰しをしておいて貰えばいい。


 何より、今回私がこうして成瀬君の狙いに乗っているのは、成瀬君の本性を見るためだ。 私が冷たく成瀬君に当たっていれば、やがて他の人たちのように私に対して嫌悪感を抱くはず。 今まで誰もがそうだったように、私以外の人は私に無関心か、私を嫌うかの二択だ。


 ……だから、期待なんてしない。 私は私以外の全てが敵だ。 何もかもが敵だ。 全部、全部全部全部敵だ。


 ――――――――そうとでも考えなければ、やっていけないではないか。 思考を聞くというのは、そういうことだ。




「いやいやすげえなほんと。 館内回るだけでも楽しめそうってレベルだな」


「成瀬君の感想はもう飽きましたが。 それに、先ほどから「広い」や「すごい」など、似たような感想ばかりではないですか」


 その後、30分ほどが経ったあと、私と成瀬君は合流する。 成瀬君もどうやら仕事はしていたようで、数冊の本は持って来た。 成瀬君に集めて貰ったものは正直使い道がなさそうなものだけど、その辺りを疑わなかったのだろうか。 少し、悪いことをしてしまった気がする。


 ……いやいや、そんな考えではダメだ、冬木空。 ここはひとつ「ろくな本がありませんね」と、苦労を労うどころか罵声を浴びせるくらいでなければ。 そうでもしなければ、成瀬修一という男には分かってもらえない気がする。


「それだけ凄いってことだよ。 にしても冬木の方はかなり色々集めて来たな」


 成瀬君は言うと、私の傍に積み重なっている本に視線を移す。


「お前頭良さそうだし、こういうの得意そうでもあるよな。 試験前とかに勉強教えて欲しいよ、毎回補習になるから」


「……私は無駄なことは嫌いなので」


 いきなり言われ、思わず返す。 誰かに勉強を教えて欲しいと言われたのは、生まれて初めてだった。 少し、胸の辺りがざわついた。


「俺に教えるのは無駄ってことだよねそれ!?」


 その言い方が幸いなことに、成瀬君を罵倒することに繋がったらしい。 これは良い流れだ、私にとっては悪くない。


『……言い方が辛辣すぎて心が! けど、こうしてこいつと話すの楽しいな』


「――――――――楽しい?」


「っと、あれ、声出てたか? いやー俺も友達とか殆どいなかったからあれだけど、こういう感じで話す奴もいなくてさ、なんだか楽しいなって。 そりゃ朱里とはくだらない話するけど、あいつと話すのとはなんか違うし」


 思わず、口をついて出ていた。 危ないところではあったが、成瀬君は首を傾げつつそう言った。 成瀬君の思考は本当に分からなくて、思わず声に出ているのは成瀬君ではなく私の方だ。


「その感情は、理解できません」


 何も分からない。 話していて楽しいと、感じたことはない。 思ったことはない。 それとも、私がその感情を正確に理解していないからだろうか? いや、そんなはずはない。 音楽を聴いているとき、本を読んでいるとき、一人で部屋にいるとき、私はそれらを楽しいと感じているはず。


 ……はず。 はずって、なんだろう。 そこも結局、私は正確に理解できていなかった。 自分のことを一番分かっていないのは、もしかしたら自分自身か。


「お前いっつも一人だもんな」


「あなたにだけは言われたくありません」


 少なくとも、成瀬君も私同様にいつも一人だ。 昼休みも教室で誰とも話さずご飯を食べているっぽいし……私は屋上で、成瀬君は教室で。 そこで一緒に昼食を摂るという選択肢は勿論ない。 私にとって、成瀬君は敵になるだろう一人なのだから。


 同じような立ち位置に居たとしても、それらが擦り寄る必要性なんかない。 それで擦り寄れば、それはただの傷の舐め合いでしかなく、弱者が諦めた結果に過ぎない。 私は独りで良い、独りでも生きられると分かっている。


 誰かと仲良くなって、誰かと親しくなって、最終的に私は全てに裏切られてきた。 全部、全部全部全部、この他人の思考を聞いてしまう妙な力の所為でだ。 他人の心がもしも見えなかったら、それはどれだけ幸せなことなのか。 それが、私には分からない。


「待てよ冬木、確かに俺はぼっちかもしれないけど、俺はぼっちなことを別に卑屈になんて思ってない。 だから俺は言い換えればぼっちではなく一匹狼ってところだ」


「……はあ、そうですか」


 口ではそう言ったものの、どこか共感してしまった。 私も別に、独りなことを卑屈に思ったことはない。 むしろそれを望み、私が望んでこの状況になっているわけだ。 他人の醜悪な心の底を見てしまうくらいなら、独りで良いと。


 それは覗いてしまう罪悪感から。 醜悪だと言っても、私も結局一緒だ。 嫌なことをされれば嫌な感情を抱くし、成瀬君にだって随分酷いことを考えていると思う。 私が独りで居るのは、言わば綺麗なものだけを見ていたいからであり、それは結局我儘な自己中心的な保身に過ぎない。 誰かを殴っても血が流れない、怪我をしても目を離せば元通り、壊れた建造物は1カットで元の姿に、空から落ちてもすぐ立ち上がって笑って、人が死ぬこともなければ人が傷付くこともない。


 私が見ていたいのは、結局そんな馬鹿みたいに優しい世界でしかない。 子供が見るような、漫画やアニメの世界でしかない。 綺麗なものを綺麗なままで見ていたいという、ただの自己満足に過ぎない。


 散々他人を避けておいてこう言うのもあれだけれど、散々他人の心を覗いておいて言うのはあれだけれど。


 私が何より嫌いなのは、他人でも親でも成瀬君でもなく、自分自身だ。 怖いものを見たくないから逃げ続けている、私自身が私は嫌いだ。 私自身が私は……大嫌いなんだ。

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