第十一話 作戦会議
「うしっ!そんじゃ作戦会議な!」
週末、いつもの勉強会のメンバーは高村の家を訪れていた。全員の家の場所や家の事情から都合の良いところが高村の家ということになり、そこで作戦会議をすることとなったのだ。
メンバーは勉強会のメンバー六人。それに加えて水原姉の七人だ。
「意外と綺麗にしてんだ、高村」
「あんまジロジロ見られると恥ずいんだけど……」
水原姉の言葉に高村が返す。その言葉の通り、高村は普段の感じからは想像がつかないほど部屋の整理がされていた。存外、人は見た目で判断できないという言葉は高村にピッタリと当てはまる言葉だな。
簡単な卓上テーブルに本棚、ベッドとタンス。普段から綺麗に使っているのが伺える。
「……バイク好きなの?」
口を開いたのは雪。本棚に並んでいるバイクの雑誌を指差して言う。
「ん?あー、高校卒業したら乗りたいなーって思ってるんよ。この辺りだと暖かいときしか乗れなさそうだけど。水原っちも興味あるん?」
「少し。でも運転するのは怖いかも」
「んー、それなら……」
「ちょっと、なんの話?愛莉に嫌がらせしてる奴を見つけるための話し合いじゃないの?」
雪と高村の会話を止めたのは水原姉。イライラした様子が顔を見なくても伝わってくる声色だ。
もちろん水原姉の言っていることはもっともなのだが……その相手に妹の雪がいるのが余計に苛立たせているのかもしれない。
同じ屋根の下に暮らしているというのに、どうしたらここまで険悪になれるのか。どちらかというと水原姉の方が雪を嫌っている様子だが。
「ま、雫の言う通りじゃない?私が言うのもあれだけど。口説くならいつでもできるでしょ」
「な……!別にそんなことしようとしてねーって!」
長峰の言葉に高村は必死に否定する。俺には見えるが、これもまた声色だけで嘘かどうか分かりそうな言い方だな……。
「落ち着いて落ち着いて。話の流れは……みんな分かってるんだよね?」
なんとかその場を治めるのは木之原の役目。普段はこうやって場を治めてくれる奴が周りにいないから、木之原の存在は大変ありがたい。長峰はどちらかというと乱すほうだし、俺も長峰に乗じて脱線するほうだし、冬木は治めようとするが方法が分からないし、秋月に至っては無関心だからな。
「水原さんには成瀬君から説明してあるはずなので、そうですね」
「愛莉に嫌がらせしてる奴の尻尾が掴めそうなんでしょ?それで夜に犯人が来てるかもって聞いてるけど」
冬木の言葉に水原姉がそう返す。本来であれば水原姉は冬木のことを好いてはいないが、長峰のためとなれば話は違うらしい。とは言っても、心の底から嫌っている……というわけでもなさそうだが。
もしもそうなら、学園祭のときも長峰の代役として冬木が選ばれることに賛成もしていなかったはずだし。
「それで犯人を見つけるために高村の情報と合わせるって話だな」
「それなら思ったんだけど、学校に張り込んで夜に来た人を捕まえるのってどう?」
俺の言葉に考えながら返してきたのは木之原だ。勉強には積極的とは言えない木之原だが、友だちの話となれば姿勢が百八十度は違っている。
「それだと捕まえたとしても適当な言い訳をされたら終わりだな。大事なのは犯行現場を確実に抑えること。言い逃れできない状態にしないと意味がない」
確かに。と木之原が返す。折角捕まえたとしても逃げられてしまえば水の泡だ。逃げられない状態、かつ証拠をしっかりと抑えなければならない。
「……カメラを設置とか?」
「悪くはないけど、関係ない奴に見られたときめちゃくちゃ面倒なことになるからな。仮に犯人に見つかったら警戒心を高められるし」
犯人は未だに呑気に長峰への嫌がらせを続けている。だから現時点では俺たちの動きというのはバレていないのだ。それならそれを利用する他ない。
犯人にバレずに逃げられない状況を作る。水原姉が俺に見せた一枚の手紙は追い詰めるには充分すぎる証拠なのだから。
「なら張り込めば良いんじゃない?その人が来るまで」
と、口を開いたのは長峰。意外にも積極的に関わってくれている。てっきり傍観者を貫くのだろうと考えていたが、長峰としてはもしかすると手っ取り早く終わらせた方がいいと考えたのかもしれない。
「まぁそれしかないよな。そいつが来るまで張り込んで、来たら後をつける。元からそうするつもりだったから」
「……なるほど、そこで高村君の情報と合わせるんですね」
冬木は流れを察した様子だ。その言葉通り、張り込みをするのなら高村の持つ情報と合わせるのが一番効率が良い。
というのも、神中のこの時期の寒さでは長時間の張り込みは困難を極める。ある程度の時間を絞ることができなければ、何日間も継続するのが困難なのだ。
「あ、巡回する時間に絞って張り込むってことか。オッケーオッケー、それなら……あー、メッセで送るわ」
高村は言うと携帯を取り出す。それに合わせるようにそれぞれが携帯を取り出し、高村が作ったグループへと参加する流れとなった。
それからすぐに高村から詳細な時間が送られてくる。土日を除いて巡回する時間は大体決まっているようで、この分なら張り込むというのも順調に行えそうだ。
「……なら、みんなで順番に張り込みって感じで良いのかな」
雪は言いながら全員の顔を見渡す。現場を抑え、逃げられない状態を作るために二人は最低欲しいところだが……。
「ん、それなら張り込み要員で俺入れちゃっていいよ。どーせ暇人だしな」
……高村の馬鹿が。
「それで言うなら成瀬もじゃない?それに、こんな寒い中女の子にその役目をさせるのってねー」
これまた予想通り、長峰がここぞとばかりに俺に向けて言う。折角雪が全員で順番にという流れを作り出したというのに、高村がそれをぶち壊してしまった。今このときに置いては空気の読めない奴だと認定してもいいよな?
「任せろって!なぁ、成瀬っち!」
「……そうだな」
肩を組んでくる高村に殺意を覚えながら、俺は渋々承諾するのだった。
「いよいよですね」
「だな」
「私は楽ができて良いけどね」
それからの帰り道。全員がそれぞれの家へと帰っていき、俺は冬木と長峰と歩いて帰っていた。
「長峰が話し合いに積極的だったのは意外だけどな」
「ん、そう?みんなを巻き込んでるなーってのはあるけど、最近少し考え方が変わってきたんだよね」
「考え方、ですか?」
物事をハッキリと口にする。自分の気持ちに常に正直に生きている。嘘を吐くことが滅多にない。それが俺の知る長峰愛莉。
「みんなに助けられてから、少しは頼ろうって。私一人だとどうしようもないことはあるし、どうすれば良いか分からないことだってあるし。そういうときに、みんなの力を借りようって思うことが増えたって話。いきなり全部は無理かもしれないけど、少しずつ」
「……長峰さん」
「ちょっと、そんな感動したような目で見るのやめてくれない?言っとくけど冬木さんだって成瀬だって、一人でどうにかしようとしてるときあるからね」
確かにそれはそうかもしれない。今となっては相談することが増えはしたものの、全部と言えばそうではない。
人はそう簡単に変わることはできない。どこかの偉い人はそう言っている。しかし、人は少しずつなら変わっていける。
「それに意外と言えば成瀬のも意外だったし」
「俺?」
尋ね返すと、長峰はすぐさま口を開いた。
「全員に「犯人は自分ではない」って言わせたでしょ?そういう意思表明?みたいなの成瀬からするのが意外だなって」
長峰から見ればそうだったのかもしれない。だが、それは俺が確認するためでもあったのだ。
もしも、という可能性は必ずどこかに存在する。だから全員にその言葉を言わせ、嘘ではないかの確認をしていたのだ。
もちろん冬木には意図は伝わっていただろうが。
「たまにはだよ。一致団結するには良いタイミングだったから」
「ふうん……。でもさ、前に道明さんも言ってたけど……人の嘘に敏感ってのがあってのことかと思ったんだけど」
長峰はくるりと俺に向き直り、そんな言葉を放つ。辺りは一瞬の静寂に包まれた。
どう返すか。
「人をよく見てるからな。気付きやすいのはあるかもしれないけど、それとは関係ない」
「……ま、それなら良いけど」
多分、正解だったと思う。考え込みすぎて変な間が生まれるよりも、すぐに返したのは良かったはず。変に否定せず、肯定もしない。これなら違和感はないはずだ。
「ところで、犯人を見つけたら長峰さんはどうするつもりなんですか?」
そこで冬木が助け舟を出してくれた。この話題をあまり続けると良くないというのは同じような力を持つ冬木にも言えることだ。長峰に知られてマズイということはないが……それでも知られすぎるのは良くない。
何より、それがきっかけで今のこの関係が壊れる可能性すらある。
人の嘘を見破れる奴のそばにいたいか。そう問われて、イエスと答えるやつなんて砂漠の中で一本の針を見つけるような難しさだろう。
「ま、そりゃ理由は聞くよ。もしかしたら私に非があるかもしれないし。けど、特別どうこうしようとは思わないかな」
「……それは許すということですか?」
「冬木さんだってそうじゃん。私が散々嫌がらせしたのに、今では私と普通に話してる。冬木さんが一番分かるんじゃない?」
「……そうかもしれませんね」
とにかく、うまいこと話題は逸れてくれたようだ。これからは少し気をつけないと、長峰も怪しんでいる様子がある。そこまで深く警戒はしなくてもいいけどな。
想像の外にあることは常識から外すというのが常だ。遥か昔、地球が丸いということを誰もが信じなかったように。地球が回っているということを知らなかったように。