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その眼には嘘が見えている。  作者: たぬきのみみ
秘められたこと
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第九話 宿泊

 どうしてこうなった。


 俺はそんなことを考えながら、頭からお湯を浴びている。


 あれから比島さんや冬木と話していると、どうせならと夕飯までご馳走になってしまった。さすがにそれはと断ろうとした俺だったが、比島さんの無言の圧力に負けてしまったのだ。


 だが、それ自体は後悔していない。いつもは二人で食べているという夕飯に俺という異物が混じったことで、二人ともいつもより会話は増えているというのを感じもした。


 事実として比島さんは冬木に対して「今日はよく喋るな」と言っていたし。言われた冬木は必死に否定していたが。


 比島さんも人をからかうようなことを言うんだなと思ったっけ。寡黙で近寄り難い雰囲気は依然としてあるものの、話してみると良い人というのがこれ以上ないくらいに伝わってくるんだよな。


 ……ああいや、そんなことを考えている場合ではない。問題はそのあとだ。


 夕飯も食べ終わり、それじゃあそろそろと帰ろうとしたときのことだ。


 玄関のドアを開けた瞬間、まるで俺を拒むかのように積もりに積もった雪が現れたのだ。それを見た俺は一瞬固まって、俺越しに外を見た冬木も比島さんも若干驚いたような顔をしていた。


 そうして今、俺は冬木の家で風呂に入っている。つまり今日帰ることを諦めたというわけ。


 正しく言えば、比島さんが「危ないから泊まっていけ」と言ってくれたからだけど。雪道に精通していれば良かったかもしれないが、正直家までの道で迷ってしまう可能性すらある。それほどまでに雪は積もり、景色を変えていたのだ。


 その結果、俺は冬木の家に泊まることになったのだ。朱里には連絡済みで、どうせろくでもない返事しか返ってこないと思って送るだけ送って返事は見ていない。




「お風呂、ありがとうございます」


「……飲むか?」


 風呂から出たあと、比島さんが用意してくれた部屋着に着替えてリビングへと顔を出す。比島さんはガタイもよく、同じ男ではあるものの俺にとっては大きめの服だ。


 そしてリビングに着くと、比島さんはタバコを吸いながら雑誌を読んでいた。表紙からして恐らくジャズの雑誌だろう。そのまま俺の顔を見ると冷蔵庫からコーヒー牛乳を取り出し、俺に差し出す。


「いただきます」


「……ああ」


 会話はそれだけで、比島さんはまた雑誌に視線を落とす。どうしたものかとコーヒー牛乳片手に俺が立ち尽くしていると、すぐに比島さんが口を開いた。


「……上で空が布団なり準備している」


「あ、それなら手伝ってきます」


「そうだな」


 なんとなく、比島さんなりの気遣いなのだろう。俺が気まずい空気を出しているのを察して、この場を離れる口実を作ってくれた。


 寡黙で、一見すると怖く見える比島さんだが……気の利く良い人なのだ。




「手伝うぞ」


 階段を上がり、二階に行くとすぐに冬木の姿が目に入ってきた。というか、冬木の姿というよりかは布団の姿だ。


 押し入れから客用の布団を運び出し、客間に運んでいる途中なのだろう。両手に持った布団のせいで上半身から上は全て布団である。


「ありがとうございます。前が全く見えなくて……」


「だろうな」


 この状態で冬木の脇腹でも小突けばかなり面白い反応が見れそうだ。なんて悪いことを思いつく。しかし。


「絶対にやめてください。確実に転びます」


 冬木は若干体制で脇腹を防ぐように身を固める。残念ながら俺の悪い思考は冬木に聞かれてしまったようだ。


「冗談だよ冗談。よいしょ……と」


 俺は言いながら冬木から布団を受け取る。視界は……ギリギリ見える程度。俺でこれなら小柄な冬木だと本当に全く見えなくなりそうだ。


「仕返しです」


「うっ……!お、おいマジでやめろ!」


 冬木の言葉とともに脇腹を小突かれる。防ぎようがない攻撃で、俺は冬木から慌てて距離を取る。


「私を怯えさせた罰です。では、私もお風呂に入ってくるので。その布団を運べば最後なので、適当にくつろいでいてください」


 冬木はそう言い残し、階段を降りていく。残された俺は息を整えながら部屋に布団を運び出すのだった。




 さて、どうするか。


 この状況をではなく、これからのことだ。


 俺は室内に置かれた布団の上に座り、ひとまず思考を巡らせていた。


 取り組んでいる問題は二つ。勉強会と嫌がらせの犯人探し。


 そのうち一つの勉強会は問題と呼べるほどのものではない。気にかかることがあるとすれば、高村の朝くらいのものだ。


 それよりも現状、問題となるのは長峰に対する嫌がらせの犯人である。今のところ絞り込めているのは……。


 長峰に対して憎しみを抱いているわけではない。


 複数人である可能性が高い。


 犯人は女子だと思われる。


 ということ。


 繋ぎ合わせれば見えてくるのが『何者かに脅され、本意ではなく行なっている』という可能性だ。


 そうなると自然に疑いを向けたくなるのは……。


「三好さんたち、ですか」


「うお……びっくりした」


 考えることに集中し過ぎて気付かなかったが、扉の方にはいつの間にか冬木が立っていた。


 首にはタオルをかけ、濡れた髪を拭いている。もちろん目のやり場に困る格好ではなく寝巻きを身につけており、問題なんてないのだが……どうしてか直視しすぎてはいけない気もしてくる。


「部屋に一度戻ろうとしたのですが、成瀬くんの思考が聞こえたので。髪を乾かしてくるので、どうせなら一緒に話しませんか?」


「ああ、そうだな。そうしよう」


 元より冬木には話すつもりでいた。冬木の考えも聞きたいところだし、そうするのが得策だ。




 それから数分。冬木から声がかかり、俺は冬木の部屋に移動した。ここに来るのは久し振りな気がするが、以前とそれほど変わらない空間が広がっている。


「では、本題ですが……」


「俺から話した方が良いな。今日、水原姉から声をかけられて……」


 今日の出来事を冬木に話す。そしてそこから結び付く犯人像、その内訳。俺の考え。


「なるほど……まだ詰め切れてはいませんが、絞り込めはしたといったところですか」


「ここからが問題でもあるけどな。同じクラスとも限らないし、学年だって違うかもしれないし」


「そうですね。ですが、そこから考えると怪しくなるのは……」


「三好たちってことだろ?俺もそれは考えた。でも」


 一度、三好たちとは衝突している。そのときはクラスのほぼ全員が揃っている状況で、冬木が学園祭のメインをすることに対してハッキリと否定したのだ。それも本人の目の前で。


 そんな奴が今回のような姑息なことをするのだろうか、という疑問。三好たちの犯行ならそれこそ本人に直接突っかかっていった方が納得ができる。


「三好たちは関係ないような気もするんだよな。俺としては」


「西園寺さんと朝霧さんに正面からぶつかるような人たちですからね。考えにくいというのは確かに」


「一番確実な方法は俺と冬木で一緒に一人ずつ「長峰に嫌がらせをしているか」って聞いて回ることだけど……」


「少し時間がかかりすぎてしまいます。それに」


「長峰もそれは望まない、か」


 長峰自身はこのことに関して、無視を決め込んでいる。だから長峰からすれば俺たちのしていることも余計なことなのだ。つまりそこまで事を大きくするというのを望んでおらず、そこまですれば長峰から苦情が出る可能性が高い。


 現状、恐らく長峰は気付いているはず。そもそも水原姉と俺が話をしている時点で怪しさしかないからな。


 だが、それ自体は見逃してくれている。気付いていて、知らない振りをしてくれている。しかしそれも事が大きくなれば長峰も言わざるを得なくなってしまう。


 だからその方法を取ることはできない。一番確実な方法ではあるものの。


「……そういや、朝めちゃくちゃ早いってのもあるな」


「朝、ですか?」


「ああ、水原姉はバレー部らしいんだけど……運動部って朝練あるだろ?その水原姉が登校したときにはもうあったらしいからな」


「確かバレー部は7時過ぎには朝練をしているはずです。なので、それより前に来ているということになりますね」


 それはかなり早起きしなければいけないから、俺には到底不可能なこと。


「犯人からしたらバレたら終わり。だからギリギリに犯行をしている可能性はないな。そうなると……6時半頃には犯人は来て、もう置かれているって感じか」


「いえ、それはあり得ません」


 俺が言うと、冬木は迷うことなく否定した。冬木としては絶対にないという根拠でもあるのだろうか。


「神中高校は7時に開門となっているので、それ以前に入ることはできないんですよ」


「けど、それだと水原姉の証言と一致しないぞ。あいつは嘘を吐いてなかったし……」


 もちろん、水原姉自身が嫌がらせの犯人という可能性もない。俺が見て、嘘を吐いていないことはハッキリと確認している。


 そして、冬木が勘違いをしているということではないなら……手紙を置くこと自体が不可能になってきてしまう。


「……いや、待てよ。もしかしてその前か?」


「その前……と言うと?」


「逆だよ。朝早く置いたんじゃなくて、夜遅くだとしたら?」


「夜……それはもしかしたら可能かもしれません。常駐の用務員の方はいますし、教師が帰るまでは鍵も閉めないはずですし」


「見回りがあるはずだ。全員がいなくなったあと、見回りをしながら鍵を閉めて……」


「あり得ますね。そのルートによっては可能かもしれないです」


 それが可能だとするなら、犯行が行われているのは朝ではなく夜。それも用務員以外の全員が帰り、そのあと見回りをしているのであればその隙間を狙えば行えなくはない。


 とすれば、恐らく時間は決まっている。見回りをする時間、教師たちが完全に帰宅しなければならない時間が。


「北見に確認……しても答えてくれそうにないな。だとすると……」


「これは偏見ですが、高村君であれば知っているかもしれませんね」


 確かに冬木の言う通り。高村のグループであれば夜の学校に侵入をしたこともありそうだ。そうすると大体の時間も知っているかもしれない。


「明日聞いてみるか」


「はい。とすると、高村君には事情を話すということにもなりそうですね」


 冬木の言う通り、いきなり聞いたとしてその質問にだけ答えてくれるというのは考えづらい。そうなると当然、高村にも長峰の件を話すことになるが……。


「どっかのタイミングで聞くしかないな。長峰は嫌がるだろうから」


「ですね。では、適切なタイミングで明日は……ふわぁ……」


 話している途中、冬木が欠伸をする。そこでようやく気付いた俺だったが、冬木の目元はとろんとしていて今にも眠ってしまいそうだ。


「ま、今日は寝るか。明日学校に行きながら続きは話そう」


「はい……そうしましょう……」


 ……既に半分くらいは寝ているな、冬木。


 俺はそんな冬木に「おやすみ」とだけ伝え、部屋に戻ることにした。

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