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第十五話 成瀬修一その5

 俺の言葉に全員が驚いたように見ている。いや……朱里を除いた全員、だ。


 朱里にはこの話をしたことはない。しかし何かがあったということには気付いていると感じていて、俺を励まし続けてくれたのが朱里だ。


 だが、今の様子を見ていると……もしかしたら朱里は既に知っているのかもしれない。俺の忘れられない出来事について。


「なんでそんな話……私は……後悔なんて」


 二度、三度、長峰は同じ言葉を口にする。そのとき何を考えていたのか俺には分からない。だが、長峰はその続きを口にすることができないようだった。


 溢れる涙を袖で拭い、それでも涙は止まらない。


「私は……嫌なだけなのに。なんで私なの?ねぇ成瀬、教えてよ」


 声は震えていて、それでも長峰は必死に言葉を紡ぐ。


「学校でもうまくやって、家のことも美羽と一緒になんとかやって、冬木さんとも仲直りして……これから頑張ろうって思ってたときにお母さんの体調が悪くなっていって」


「それまではお母さんと電話もしてたし、病院にも行ってたんだ。学校のことを話せば「良かったね」って笑ってくれて、家のことを話せば「ありがとう」って抱き締めてくれて」


「私はそれだけで充分だったし、それだけでもっと頑張ろうって思えたのに。それなのに……」


 長峰は顔を上げ、俺を真っ直ぐと見つめる。涙は止まらず、声は震えていて、それでも無理に笑顔を作りながら。


「それならもう、慣れておこうって思った。美羽と二人っきりに慣れておこうって。そうすればいざっていうときに私は大丈夫なはずだから。いつも通りの長峰愛莉でいられるから」


「頼りになって!友達も多くて!強くて!可愛くて!それでいてみんなを引っ張っていけるような長峰愛莉でいられるからッ!」


「なのに!!なのに……あんたたちが踏み込んでくるから……こんなみっともない姿を晒して、顔もぐっちゃぐちゃで……私のところにこれ以上来ないでよ……折角頑張ってるのに、大丈夫じゃなくなっちゃうからッ!!」


 長峰の言葉に辺りが静まり返る。そこにあったのは長峰が必死になって作り上げた長峰愛莉という少女だ。そしてその長峰愛莉は、俺たちがよく知る長峰愛莉でもある。


 どれだけ強く見えたとしても、どれだけカッコよく見えたとしても、長峰愛莉は高校一年生の少女に過ぎない。そんな当たり前のことに今更気付かされた気がした。


「ですが、今の長峰さんも私がよく知る長峰さんです」


 冬木が言い、秋月が「そうだな」と同調する。


「やめてッ!!もうやめてよ……」


「最初に言ってたよな、長峰。これ以上首を突っ込んでくるなら友達をやめるって」


「……それがなに?」


「確かに俺はさ、長峰と友達になれてすげえ嬉しいし、これから先も友達でいたいと思ってる。だからぶっちゃけその脅しはめちゃくちゃに効くんだけど……でもさ」


 たとえ、これが原因で長峰と決別するとしても。


「今の長峰を見て、そう脅されて、はい分かりましたって素直に引ける奴はこの中にいないだろ。もしもこれで長峰と関わることがなくなったとしても、俺はそれで良いと思ってる」


 そりゃ悲しいけど。それでもだ。


 ずっと言いたかったこと。俺は息を大きく吸い込み、今の長峰にも聞こえるようにありったけの声を出す。


「帰って、明日から今までと同じように友達を続けるくらいなら、俺はお前と友達でいることなんてやめてやる! 俺はそんな上辺だけの付き合いで友達やってるんじゃねえ! 冬木とも秋月とも長峰とも、一緒に居て楽しいし話していて面白いし気が合うから友達で居たいと思ってんだよッ!舐めんじゃねぇぞ長峰愛莉ッ!!」


 長峰は何かを言おうとするも、言葉が上手く出てこない様子だった。そんな長峰は向け、俺は更に言葉を重ねる。


「俺たちは確かに奇跡なんて起こせないし、結局なんにも変わらないかもしれない。でも、話は聞けるし愚痴なんていくらでも聞いてやるよ。辛いことでも楽しいことでも、話してくれよ。そうじゃないと俺たちだって何にもできないからさ」


「……ほんっとに……本当に。私ってどんだけめんどくさい友達持っちゃったんだろ」


 長峰は涙を拭う。そして、顔を上げる。その目は赤く染まっていたものの、涙はもう零れ落ちていなかった。


「私、行くよ。お母さんのところ」


 そこにあったのは、いつも通りの笑顔を見せる長峰の姿だった。




「それで……!病院って……!どの辺り……!?」


「山を越えればわりとすぐ。……代わろっか?」


「いや……!なんとか……!大丈夫だと……!思う……!」


 それから、俺は長峰を後ろに乗せ自転車で山を登っていた。どうしてこうなったのかと言うと、この時間だと既に電車はなく、交通手段も乏しい神中では自転車に頼ることしかできなかったから。


 こんなときのためにと朱里が持ってきた自転車が役に立つとは。通称朱里号も悲鳴を上げているが、その前に俺の体がぶっ壊れてしまいそうだ。


 残された冬木、秋月、朱里、美羽はどうやら長峰の家にそのまま泊まるらしい。時間も時間だしその方が都合が良いのは間違いない。


「成瀬はさ」


「ん?」


 長峰が話しかけてきた丁度そのとき、下り坂になる。俺は息を整えながら、前を向いたままで後ろに座る長峰に返事をした。


「結構面倒くさがりだし、やる気もなさそうだし、人に対して冷たいときもあるなーって私は思ってるんだけど」


「いきなりなんだよ……まぁでも否定できないかもな」


 面倒くさがりというのはその通りで、やる気があまりないというのもその通り。人に対して冷たいというのは……まぁ、時と場合に寄ると思う。長峰や冬木や秋月のような友人に対してはそんなことはないと思いたいが。


 それが全く絡まないものに対しては、率先して何かすることもない。目の前でその三人の誰かと見知らぬ奴が困っていたとしたら、俺は三人の方を優先するだろうし。その見知らぬ奴に対しても「お前は助けない」と言える気もする。


 そういう意味で考えれば、俯瞰してみれば俺は冷たい奴なのだろう。


「今日のことも、成瀬にあんなに言われるとは思ってなかった。ごめんね、成瀬のこともろくに知らないのに」


 その部分は恐らく、俺が言った過去のことについてだろう。長峰にしては珍しく素直だ。


「お前に謝られると気味が悪いって。別に良いよ」


「成瀬も一緒だからね」


「一緒?」


 尋ねると、長峰は俺の服を握り締める。


「成瀬が同じように苦しんで、つらくて、しんどくて、悩んでるんだとしたら……私はなんでもするから。だからあんまり抱え込まないでね」


 長峰のその言葉に俺は小さく笑う。長峰には見えていないだろうが、見られていたらからかわれてたくらいには変な顔をしていたと思う。


「なんでも?じゃあそうだな……パンツでも見せてもらおうかな」


「いいよ。今度二人っきりになったら見せてあげる」


 耳元で、長峰の声がした。まさかそんな返事をされるとは思わず、俺は勢いよく振り向く。


「ちょ!前見て前!危ないから!!」


「お前が変なこと言うからだろ!男子の下心を弄ぶんじゃねえよ!」


「元はと言えば成瀬が変なこと言うからでしょ!?」


 ……それもそうか。この話はこれ以上続けるとおれが不利になっていきそうだから、俺は長峰の言葉を無視して自転車を漕ぐことにした。


 ちなみにこれは本当にどうでも良いことなのだが、そのときの長峰の言葉に嘘はなかった。

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