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第四話 長峰愛莉その4

「あと一ヶ月もすれば雪が見えそうですね」


「もう朝起きるの辛いよ俺は」


 週末の朝、事前に宣言していた通り冬木はしっかりと俺の家を訪ねてきた。薄いピンク色のダッフルコートに下はデニムのスカートという女子らしい格好。冬木にとても似合っているものの、冬木のファッションセンスからは考えられないことから長峰にコーディネートしてもらったものだろう。長峰は度々冬木の服をコーディネートしているが、それが毎回毎回とても似合っているのは長峰のセンスの賜物だな。


 そんな冬木と肌寒い中並んで歩く。目的地はスーパーだ。


「朝辛いのは仕方ないですね。でも布団に包まれているときは幸せではないですか? こう、布団から出なければいけないからこそ、その暖かさが心地いいというか」


「まぁ確かに……俺のイメージだと冬木って朝はパッと起きる感じだったけど意外だな」


 こう、時間になればスパッと起きてサッと準備をするのかと思っていたが、どうやら冬木でも辛いものは辛いらしい。ちなみに俺はこの時期になると毎朝朱里に引っ張り出されるまで布団の中に居座り続けている。


「それをできれば良いんですが……あ」


 と、冬木は何かを思い出したかのように足を止める。俺も同じく足を止め、冬木の方に顔を向けた。


「どうした?」


「ですが楽しみなことがあるときはちゃんとできますよ。たとえば今日とか。あ、別に今日が楽しみだったという意味ではないですから」


「……それやめておいたほうがいいぞ」


「やはり駄目ですか」


 恐らく長峰に仕込まれたであろうツンデレなセリフを言う冬木。もう少し感情が込められていたらマシだったかもしれないが、無感情で棒読みで言われるとなんとも言えない気持ちになってくる。それとセリフを言う前に思い出したかのような仕草をするのをやめろ。なんだか俺がめっちゃ雑な扱いを受けてる気分になってくる。


「長峰さんに以前、可愛げが少し足りないと指摘されまして」


「それでか。急に感情を失ったみたいで怖かったよ」


 にしても長峰はどうやら分かっていないようだ。変にツンデレになるよりも普段のままの方が冬木はよほど可愛げがある。たまに見せる感情の起伏やいつも真面目な冬木が冗談を言ったり、そういうときにこそ可愛げというのが見えるのだ。


「……」


「何か?」


「いや、なんでもね」


 今のは聞かれなくて良かったと思う俺であった。




 それからしばらく歩き、俺たちはスーパーに辿り着く。この辺りでは一番大きなスーパーであるものの、朝方ということもあり人はまばらだ。その店内に入ると俺と冬木は目当ての物を探し始める。


「必要なのなんだっけ?」


 俺が尋ねると冬木は懐からメモ帳を取り出す。このスマホ社会になっても冬木はメモを愛用しており、それを見ていると確かに便利な場面も多々あったりして俺もメモ帳が欲しくなったりする。最も欲しくなるだけでいざ手に入ったとしても使う前にその存在を忘れるだろう。


「だんご粉、好みのトッピング、シャンプー、洗顔剤、ゴミ袋、醤油、味噌、ですかね」


 整えられ、お手本のような綺麗な字を読み上げながら冬木は言う。冬木らしい字であり、俺もこれだけ綺麗に書ければなと密かに思う。しかしそれにしても、だ。


「なぁ冬木さんそれ書いてるとき疑問に思わなかったの?」


 月見団子を作るのに必要なのは最初の2つくらいだ。あとの物はどう考えても秋月家で使う日用品と調味料である。あいつ完全に自分が頼まれたお使いを俺たちに押し付けていないか?


「いえ、秋月さんはそういう味が好みなのかと思いまして」


 真顔で俺に向けて言う冬木。


「……一応聞くけどそれ冗談?」


「……冗談に決まっているではないですか」


 半ば呆れたように冬木は言う。一応念の為に聞いただけだ。万が一ということもあるからな。


「そのくらいなら請け負ってもいいと思っただけです。秋月さんの性格的に分かっていたことですし」


 確かにそれならこの前のノリがやけによかったのも納得できる。秋月的には一石二鳥だったってわけだ。自分の面倒なことを排除するとき、秋月は積極的だし頭がよく回っているというのが恐ろしい……秋月純連という人間の本領を発揮しているんだろうな、そんなことで発揮しないで欲しいけど。


「ところで」


 冬木は言い、立ち止まる。


「先ほどからあそこで手を振っているのが朱里さんに見えるのですが、成瀬くん的にはどうですか?」


「……ああ、朱里だな」


 歩いていたり店に寄ったり、そういうことをしていると知り合いに出くわすことも増えてきた。あまり広くはない田舎だからこそかもしれないが、俺は存外それに対して嫌な思いというのはなかったりする。




「えっ、あたし呼ばれてないっ!」


 どうしてここにいるのか、何をしているのか、それを朱里に話すと開口一番そう驚いた様子で言う。どうしてか分かるか? それはお前を呼んでないからだ。


「わたしも呼ばれてないです……」


 そう落ち込んで言ったのは天使……じゃなくて。いや、ある意味天使ではあるけど美羽だった。仲良し二人は今日も一緒のようで、そして長峰が声をかけなかったのは恐らく美羽を危険な目に遭わせたくなかったからだろう。俺や冬木、果ては秋月までもいるのだ。間違いなくそこは危険な場所である。長峰のシスコンっぷりは中々だが、逆に美羽がかわいそうにも見えてきてしまうな。美羽だって年頃の女の子で、遊びたい盛りだろうに。……念の為に言っておくが別に俺が遊びたいわけじゃないぞ?


「声をかけなかったんですか? 朱里さんに」


 と、そんなことを考えている最中、冬木に耳打ちされる。


「仕方ないだろ。月見と朱里ってこの世で1番目にかけ離れてる単語なんだから」


「聞こえてますよーーーー?」


 俺が冬木に耳打ちすると、朱里が不満気に言う。地獄耳だなこいつ。


「人数が多い方が賑やかで良いと思いますが」


 ……おお、冬木の口からまさかそんな言葉が返ってくるとは。人生の中で一番の驚きだな。


「ほらぁ! 冬木さんも人数多い方が楽しいって! 美羽ちゃんもそう思うでしょ?」


「え、わたしは……えっと……」


 朱里の押しに美羽は引き、俺たちと朱里の顔を見比べて答えに詰まる。そりゃ朱里に加担したら失礼な奴だと思われかねないし、俺たちに肩入れすれば朱里との友情に亀裂が走るかもしれない。究極の選択というやつだ。こうやって仲間を作り一対多に追い込むのは思春期特有のあれなのかな? それに屈する俺ではないが。たとえ美羽がなんと言おうと俺は断じて拒否だ拒否!


「わがままは駄目だと思うけど、みんなと遊べるなら楽しいかなって……」


「よし、美羽と朱里も連れて行こう!」


「成瀬くん? 聞こえてましたよ」


 冬木から侮蔑するような眼差しを向けられるが気にしない。だってそうだろ、みんなと遊ぶと楽しい。当たり前のことではないか。何も間違ったことなんてないんだ。


「やったぁ! それでそれでお二人は今日買い出し? パーティ!?」


 勘が鋭いのか、朱里は冬木の持っているメモを見てそう言い出す。その洞察力をもっと他のことに費やして欲しいし、確かに買い出しではあるがパーティではないぞ。やっぱりこいつお月見を何か勘違いしてるだろ。


「お月見はやったことないから分からないんですけど、でもみんなでわいわいってするのは楽しそうですよね。パーティ大好きです」


「そうそう! 俺もパーティ大好き!」


「成瀬くん?」


 おい、なに「成瀬くんがパーティ大好きなんて地球の自転が止まったとしてもあり得ません」みたいな目を俺に向けているんだ。冬木は知らないだけかもしれないだろ。多分今までそういった類の話はしたことがないはずだし、冬木のその思考はただ勝手なイメージを押し付けているだけに過ぎない!


「あれ、でもおにい前騒がしいのは嫌だって言ってなか――――――――んぐっ!?」


「よし、それじゃあみんなで買い出しするか!」


 朱里の口を抑え、これ以上朱里が嘘を吐けないようにする。なんて優しい兄なのだ俺は。


 というわけで。人数は二人増え、少々騒がしくなることが予想されるお月見に向けて俺たちは買い出しを始めるのだった。

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