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第二十二話 また明日

「冬木って裁縫意外と得意なんだね」


「手先は器用なほうだと思うので」


 それから私と朝霧さんは並んで座り、衣装作りを始めていた。 幸いにも家事には慣れていたので苦労はなく作業に取り掛かることができていた。 が、如何せんストーブも暖房も空き教室とあって設置されておらず、肌寒く感じる。


「姫は逆にとことん苦手。 料理も裁縫も全然って感じ」


 驚いたのは、朝霧さんがこの衣装作りを本来の予定とほぼ大差なく進めていたことだ。 どうやら家でも作業をしているらしく、文字通り衣装班全体ですべき量の仕事を一人で担っている。 もちろん、それは大変な負担だと思う。 そこで不満を一つも口にせずこなしている朝霧さんは、少なくともこの仕事に責任を持っている。


「朝霧さんは普段からやっているんですか?」


「ん、まーね。 お婆ちゃんと二人で暮らしてるから、腰も悪いし働かせられないでしょ?」


 その事情を知らず、少し足を踏み込むのを躊躇してしまう。 朝霧さんがどう思うのか、それが分からない。 が、そんな私を知ってか知らずか朝霧さんは続ける。


「冬木のとこは?」


「……私のところは、少々複雑でして。 今は遠い親戚の方にお世話になっていて、家事もしているので」


「へえ」


 それ以上特に突っ込んで聞いてくることはなく、朝霧さんは視線を手元に向けたままでそう言った。 布の擦れる音が静まり返った教室に響き、若干なんとも言えない空気が漂う。 何か、話題を振ったほうが良いのだろうか。 この場合……気軽に聞けそうなことと言えば。


「朝霧さんは、西園寺さんとどのように仲良くなったのですか?」


「ん、姫と? あんま話したくない」


「……そうですか、それはすいません」


 ハッキリと断られ、若干落ち込む。 どうやらその部分こそ足を踏み入れたら駄目な場所だったのかもしれない。 やはり、人の思考が聞こえないというのは対人関係において難しさが増している気がする。 もちろんあったとしても難しさは増してしまうのだが……どこまでが安全でどこからが危険なのか、真っ暗闇の中で綱渡りをしている気分だ。


「ま、いっか。 口軽いようにも見えないし」


「……いいんですか?」


「だって、そうあからさまに落ち込まれたら悪い気がしてくるし。 小学生だったかな、物心ついたときには両親もう死んでたから、お婆ちゃんに育てられてたんだけど」


 朝霧さんはやはり視線を移さないままで口を開く。 口調もいつも通り、とても落ち着いているものだった。 その心境は分からない、朝霧さんの思考は聞こえない。


「冬木さ、そういう子が今友達にいたとして「両親いないの? なんで?」とか面と向かって言う?」


「へ? いえ、そんなことは言いませんが……」


「普通はね。 私たちはもうそれなりに生きてるわけだし、不謹慎だし失礼なことだって考えて言わない。 でも小学生にそういう考えなんてないわけだから、私はよくそれでいじめられてた。 思ったことをそのまま言ってくるからたちが悪いんだよね。 親がいなくてかわいそうな奴、気味が悪い、親に捨てられた、捨て子だ。 とかそんな感じ」


 ……少しだけ、朝霧さんに私を重ねた。 思ったことをそのままに私は聞いてしまう、だからそれで人との距離を置くことにした。 もしかしたら、朝霧さんもそれは同じなのかもしれない。 小学生の頃の出来事が切っ掛けで、人との距離を置くようになったのかもしれない。


「その日は公園でいじめられてて、私は泣いてて。 ……ああ、昔はこれでも泣き虫だったからさ、よく泣いてた」


 ほんの少し朝霧さんは口角を上げて呟く。 昔を思い出しているかのように、それは嫌な記憶のはずなのに懐かしそうに、どこか嬉しそうに。 少なくとも今の朝霧さんにとっては、それらの出来事は辛い記憶として刻み込まれてはいない様子だった。


「たまたまそこに姫が通りかかったんだ。 昔からあの子はやんちゃでさ、私がいじめられてるのを見て助けてくれた。 まぁそのときも喧嘩になって相手をボコボコにしてってやつなんだけど……そこから私は姫にくっつくようになって、姫は最初鬱陶しがってたけど段々仲良くなって、今に至るって感じかな。 中学生になってからは勉強教えたり、馬鹿な喧嘩をしようとしたときは賢い方法教えたり、今じゃ持ちつ持たれつになってる」


「……そうですか。 なんだか西園寺さんらしいですね」


「姫が言ってたんだよ、親がいねえのがそんなに悪いことかって。 だからそんなこと言われたら鼻で笑ってやれって。 それまでうだうだ「どうして両親がいないんだろう」って考えてたのが馬鹿らしくなるくらいな言い方でさ。 私にとっての恩人だよ」


 話している最中の朝霧さんは、本当に嬉しそうに話していた。 いつもクールで表情に変化があまりない朝霧さんにしては珍しく、長い黒髪の間から見える表情は幸せそうにも見えた。 朝霧さんにとって、今の形というのはとても心地の良いものなのかもしれないと思った。


「それで、冬木は? 成瀬との馴れ初め聞かせてよ」


「え、私と成瀬君の……ですか?」


「そ。 私だけ話すのって不公平でしょ?」


 確かにそれはそうなのだが……朝霧さんがこうして尋ねてくるということが意外だった。 それを拒否する理由もなく、隠すようなことでもないと思い、私は能力のことはもちろん伏せて話をしていく。 一人だった私にひたすら話しかけてくれたこと、それを何度も重ねて私も口を開き、そして分かり合えたこと。 人に話をするというのはあまり得意ではないけれど、思いの外スラスラとその話は口にすることができた。


「……私が同じことやられてたら、ストーカーかと思うかな」


「それは、まぁ……そうかもしれません」


「あはは。 けど案外イイ奴じゃん、成瀬。 姫とはもしかしたら気が合うかも」


「朝霧さんとは気が合わない、ということですか?」


「静かなほうが好きだしね、私は。 ちょっとトイレ」


 言い、朝霧さんは立ち上がって教室から出ていく。 最初こそ完全に邪魔者として見られていた私であったが、話してみるとやはり朝霧さんは人を嫌悪しているようには見えない。 ただただ周りに対して興味がないだけで、話せば分かり合えることができる人だと思った。 当然ながら朝霧さんがどのように考えているかまでは分からないものの、今日一日で大きな一歩を踏み出せたような気もしている。


 もしかしたら、私と朝霧さんがどこか似ているからなのかもしれない。 一人っきりで、助けてくれた人がいて。 朝霧さんが西園寺さんの存在にどれだけ救われたかは私ならよく分かる。 私も同じように成瀬君に救われたのだから、よく分かる。


 彼と知り合い、友人となり、そして私の周りには多くの人が居たことに気付かされた。 それは本来であれば元々居た人たちで、私がただ殻に篭って触れようとすらしなかった人たち。 そんな私の殻を破ってくれたのが、成瀬君だった。 高校に入ったばかりの私が今の状況を見たらなんて言うんだろう? そんなことをふと思う。 きっと、一笑して「馬鹿な夢は見ないほうが身のため」とでも言うだろう。 そして、それに対して今の私はこう返す。 馬鹿な夢を見るのも案外悪くない、と。


 今は充実している、本当に充実しているのだ。 クラスの人と話す機会も増え、私に対する嫌悪感というのもだいぶなくなってきている。 それに関しては長峰さんとの和解が一番大きな出来事だったのだろう。 絶対に仲直りすることなんてないと思っていた彼女と和解したことが、私にとってもクラスにとっても大きな一歩となったのは間違いない。 北見先生もそれは分かっていることで、長峰さんに対してクラス委員の補佐という役目を許可したと見ている。 私の周りに居る人たち全員が協力してくれているような、そんな感覚。


 とは言っても問題は本当に山積みだ。 次から次へと際限なく湧き出てきて、私一人では投げ出していたかもしれない。 だからこそ、周りに人がいる今はポジティブに考えることができる。 大きな問題がいくつもあり、その大きな問題というものは小さな問題の集合体だ。 それをひとつひとつ解いていくしか方法はない。


「ただいま」


 声がし、私は顔をそちらへと向ける。 その瞬間、私に向けて飛んでくる物体が視界に入る。 慌てて手をあげて物体を防ぐと、思いの外勢いはなかったのか手にすっぽりと収まった。


「……えっと、これは」


「ここ冷えるから、風邪でもひかれたら困るし」


 手に収まっていたのは温かいお茶だった。 困惑している私に対し、朝霧さんは全く気にする素振りも見せずに再度元いた場所へと座り込む。


「あの、お金」


「いいよ奢り。 いちいちそんなこと聞いてたらウザがられるよ、友達に」


「ですが」


「じゃあ貸しってことで。 ()()()冬木が奢ってよ、それで良いでしょ?」


「……はい、ぜひそうさせて頂きます」


 ゆっくりとだけれど確実に。 そして、しっかりと目に見える形で道が見えた気がした。 道を辿る過程というのをしてこなかった私にとって、その道を辿るというのは思いの外、暖かく照らされている気がした。

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