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第二十一話 まず、一歩

「……うーん」


 夜、私は机の前で唸っていた。 一応成瀬君と秋月さんも事態を把握し、二人は犯人を見つけようと言ったものの長峰さんが制止した、という流れだ。 成瀬君の反応からして長峰さんは本心から言っており、長峰さん自身は特に気にすることでも時間を割くことでもないという認識をしているのは間違いない。


 そして私は今、解決すべき問題をまとめている。 一つは朝霧さんの件。 一つは水原さん姉妹の件。 一つは長峰さんの件。 そして最後に私の力の件。 こうして並べてみると、どれもこれも解決に難儀しそうな問題ばかりだ。 こうして問題が積み重なったとき、一個一個目の前のことからやっていくということは学んでいる。


 ……学んでいる、が。 この中で優先順位が低いのは私の力についてくらいだ。 他のどの問題も放置するには些か危険な気がする。 そして今回は時間が極端にない。 長峰さんの問題を一旦見過ごすにしても、一つを解決するだけでも時間が足りるかどうかといった具合だ。 選択肢としては……。


「朝霧さんの件は私がどうにかして、成瀬君に水原さんたちのことを任せて……」


 いいや、心配だ。 成瀬君がではなく、私のほうが。 力があれば対人関係ではかなり優位に物事を進められるのはこの際認めよう。 しかし、今の私にはそれがない。 つまりは荒れ狂う戦場に裸で挑むようなものだ。 元より私は対人関係はあまり得意ではないし。


 となると、やはり私の力を元に戻すことが先決だろうか? 戻りさえすれば朝霧さんの件も少なからず解決の糸口が見えてくるはず、そうすれば水原さんのことは成瀬君に任せて……いいや、それは少し楽観的すぎる。 まずそもそも、能力をどうやって元に戻すというのだ。 それができないからこそ、今のところ一旦放置しているのではないか。


「検索……しても出てくるわけないか」


 さすがにこればかりは検索をかけたとしても答えが出てくるとは思えない。 もっと日常的にありふれていることならまだしも、ここまで入り組んだ問題は自分の力でどうにかしなければならない。 考えを整理しようとするだけで頭が痛くなりそうだ……。 かけていた眼鏡を外し、目頭を押さえる。


「まずは、できることから。 全部をやろうとして何もできないより、そっちの方が良いはず」


 言い聞かせるように呟いて、私は再度眼鏡をかける。 別に目が悪いというわけではないけれど、部屋で考え事をするときはこうしたほうが集中できるのだ。 パソコンの前から立ち上がり、部屋の中を歩きながら思考をする。


 私がもっとも手を付けやすく、解決の糸口を探るべき問題。 どれも優先度は高いけれど、手を付けやすいということで考えればそれは『朝霧さんの問題』だ。 朝霧さんと仲の良い西園寺さんと話す機会は多くあり、まずはそこから着手するのが良いと思う。 それについては成瀬君よりも私のほうが進めやすい問題で、逆に水原さんのほうは成瀬君任せというのがやはり良い。


「……問題になるのは私の能力。 どうしてなくなっちゃったんだろう」


 どうして、という理由は分かっている。 分かっているが、ただ不満として口にしただけだ。


 ……不満? 不満なのだろうか? 今まで散々悩ませられ、苦労して、忌み嫌っていた力だったはず。 それなのに私は都合よく欲しがっているのだろうか? そう、私はただ必要なときに必要な分だけ欲しがっているだけ。 それはあまりにも虫がいいことで、当然そんな風に都合の良いものではない。 だから、私自身の力でどうにかしなければならないのだ。 果たして本当にどうにかできるかは分からないとして……それでもできる限りのことは、やるべきなのだ。




「なんか用?」


 そうと決めた私の行動は単純なものだった。 まずは成瀬君に水原さんの件を任せること、そして長峰さん、秋月さん、そして西園寺さんに相談し時間をもらうことができたのだ。 その時間を使い、私は翌日朝霧さんの元を尋ねていく。 教室に入ると彼女はやはり一人っきりで作業をしており、私のほうを見るまでもなくそう呟く。


「手が空いたので手伝いに来ました。 このままでは間に合わないと判断したので」


「いらない」


 朝霧さんがどのような人なのかは分からない。 しかし、単純に言ったところですんなりと受け入れるような人には見えない。 更に間に合わないということも考えれば私の提案は妥当だ。 もちろん朝霧さんはすぐさま断るが。


「学園祭委員とクラス委員で話し合った結果です。 手が空いているのが私しかいなかったので、私だけですが」


 それは本当だ。 話し合ったと言っても、進藤君や成瀬君と相談し決めたこと。 二人にとっても衣装班の件は悩みの種の一つであり、それが解決するならば願ったり叶ったりということ。 もちろん私は表面上の問題だけを片付けるつもりで来ているわけではない、根本的な問題を片付けるため、ここへとやってきている。 とは言ってもいきなりそれを図ろうとしたところで朝霧さんに拒絶されるのは目に見えていて、そのため建前上の話を使った。


「私一人でも問題ない。 逆に冬木がいると邪魔なんだけど」


 朝霧さんとは一度、臨海学校でそこそこ話をした間柄だ。 しかし、それでも彼女は私に対して壁を作っているのが明確に見て取れた。 西園寺さん以外と仲良くするという気はやはりない。


「では、私が手伝ったことによって邪魔になり、衣装が間に合わなかった場合は私の責任ということですね」


「あのさ、邪魔って言ってんだけど」


 朝霧さんは手にとっていた衣装を置き、立ち上がり、私へと詰め寄る。 目の前までやってきた朝霧さんは私を睨むように見下ろしていた。 正直なところ怖い、人とこうして向かい合うのはやはり、怖い。 朝霧さんが何を考え怒っているのかが分からない。 もちろん私に対して、私の言動や行動に対してなのは間違いないけれど……思考が聞けないのは、怖かった。


「帰って」


「嫌です」


「っ……」


 私はできるだけいつもどおり、朝霧さんに向けて言う。 その態度に苛立ったのか、朝霧さんは小さく舌打ちをすると私の胸倉を掴んだ。 見た目は細いのに力強く、息が少し苦しくなる。


「前も言ったけど、こっちの問題はこっちでどうにかする。 首突っ込まれてもウザいだけって分かんない?」


「……それでも見過ごせません」


「だったらもしも出て行かないなら私も姫も学園祭は放棄する」


 真っ直ぐに私の目を見て朝霧さんは言う。 とても真っ直ぐな瞳だ、それを決して逸らすことはない。


「朝霧さんも西園寺さんも、そのようなことは絶対にしないと思っています。 ですので出て行きません」


 思考なんて聞こえていない。 聞こえていないけれど、私が知る二人であればそんなことは決してしない。 二人は人一倍責任感を持っている、少なくともそれくらいならもう知っている。


「……」


 私が言うと、朝霧さんはしばしの間顔を見てから目を瞑る。 やがて大きな溜息を吐き、私の胸倉を掴んでいた手を離した。


「好きにすれば。 で、姫はなんか言ってるの? 私の手伝いをすることに対して」


 それについては、三人に相談をしたときに言われていたことがある。 琴音は絶対断るだろうから、と前置きされてのことだ。


「……西園寺が頭を下げてたと伝えてくれ、と言われています」


「それ言えばすぐに良いって言ってたと思うんだけど」


 それほどまでに朝霧さんの中で西園寺さんは重要な存在なのだ。 もちろんそれは分かっていた、西園寺さんは確信しているかのようにそれを私に伝えてきたのだから。 でも、私は。


「使わずに話したかったんです。 私が話をしたいのは西園寺さんと仲の良い朝霧さんではなく、朝霧琴音さん個人に対してだったので」


「……そ。 まぁいいや、言っとくけど本当に邪魔したら追い出すから」


 ようやく鋭かった雰囲気を収め、朝霧さんは元々座っていた場所に座り込む。 どうやらなんとか第1段階はクリアしたようだ。

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