第十六話 紙送り
「とりあえず、どういう状況かイマイチ分からないんだけど。 成瀬と冬木さんが喧嘩した? なんで?」
公園へ到着し、自然と俺と冬木は向き合っている。 そこから少し距離を空け、長峰は俺たちの間に立っていた。 光景だけ見れば決闘でも始まりそうな雰囲気だが、そういうわけではない。
そして長峰は未だに状況が飲み込めず、俺たちの顔を順番に見比べる。 そんな長峰の表情は大変珍しく、不安げに見えた。
「話しても良いか?」
冬木に俺は尋ねる。 するとやはり視線を合わせることなく、今度は首を縦に振ることによって冬木は意思表示をした。
「全部話すと長くなるから、掻い摘んで説明すると……」
そして俺は長峰に事情を説明していく。 長峰も知るところだが紙送りが中止になりかけ、冬木と協力して解決しようとしたこと。 田村さんに話を聞いたこと。 道明に協力を仰いだこと。 最後に俺が独断で解決しようとしたこと。 長峰は聞いている間、一言も挟まずに黙って話を聞いていた。
「ま、考え方の違いじゃない? でもそれって喧嘩するほどのこと?」
「ああいや、それで若干言い合いになって……俺が酷いことを言った」
あの一言はきっと、冬木にとっては何よりも傷付く一言だったんだと思う。 冬木がもっとも気にしていること、そして冬木がもっとも傷付けられてきたこと、冬木が背負っている何よりも重いものだ。 そこへあんな安易な言葉を放った俺は救いようのない馬鹿だと感じている。
「……で、成瀬はどう思ってるわけ?」
長峰はそこで俺を見るも、特に何か言うわけでもなく俺に尋ねてくる。 てっきり激昂するかと思ったのだが……長峰は冷静だ。 俺は長峰から視線を外し、冬木に向ける。 相変わらず俺のことを見ていないものの、俺が顔を向けたことには気付いたのか更に顔を逸らしていく。
「本当に悪かった。 さっき秋月と話して、お前のしたことは裏切ったのも同然だって言われたよ。 そこで改めて考えてみて……俺は結局俺の主観でしか見てなくて、冬木の立場になって考えるってことをしてなかった。 自己中だったと思う、俺の一人よがりだった、だから……ごめん」
冬木は見ない。 未だに怯えるように俺を見ない。 当たり前だ、それほどのことをした自覚は少なくともある。 でも許されなかったとしても謝りたかった。 俺は結局、冬木が今まで傷付けられてきたようなことと同じことをしたのだから。 これで冬木との関係というのが切れてしまったとしても告げたい言葉だった。 もちろん、またやり直せるのならやり直したいという願いは変わらない。
「ちょっと言い訳がましいけどまぁよし。 で、冬木さんは?」
何目線だよこいつ……やっぱり連れて来るべきではなかったかもしれない。 しかし長峰が聞かなければ冬木は一生口を開きそうにないのもまた事実である。 尋ねられた冬木は数秒黙り込んだあと、漏らすように呟いた。 言葉を絞り出すというよりかは、溢れてきたようなものだった。
「……慣れていたはずなんです。 誰に何を言われても、どんなことを思われても、平気になったはずなんです。 でも、成瀬君に言われたとき……苦しくて、辛くて、悲しくて、平気なはずなのに平気ではなくて」
俺と長峰は黙って冬木の言葉を聞く。 冬木は平静を装っているように見えたが、その声色は消え入りそうなものだった。 冬木そのものがこの場で消えてしまいそうなほどに弱々しかった。
「最初から成瀬君と仲良くしなければこんなことにはならなかったのではと、思いました」
冬木が何度も経験したこと。 冬木が何度も思ったこと。 最初から関わらなければ傷付くことはないという絶対の対策であり結論。 俺も冬木も同じことを思っていた、しかしお互いのことを知り、分かり合える人だと生まれて初めて感じたんだ。 だから揉めることなんてないんじゃないかと勝手に思っていた。 そんなのはただの幻想なのだ。 人と人の関わりである以上、避けられないことなのだ。
「けど、そう考えるとやはり苦しくなって……一人でいることなんて考えられなくて、どうすれば良いのか分からなくて」
冬木の声が震えた。 その声を聞くのも、姿を見るのも辛かった。 しかし、俺だけは目を背けてはいけない。 当たり前だ。
「成瀬君が何を思っているのか分からなくなって、怖くて! それなのにそんな風に言われたら、どんな顔をすれば良いのか分からないではないですかっ!」
ようやく、冬木は俺を見た。 冬木の目からは涙がボロボロと零れ落ちている。 普段は無表情の冬木が、その整った顔を崩して泣いている。 俺は思わず呆気に取られたが、それは長峰も同様だった。 まさか冬木がここまで感情を表に出すとは思ってもいなかった。 冬木空という奴は極端に感情を顔に出すことがない、もちろん声色や些細な変化でそれは読み取れるものの、形振り構わず感情を表に出すことは絶対にない奴だった。 そして長峰も驚いているということは、中学時代ですらなかったことなのだろう。
「私は成瀬君と仲直りしたいに決まってるじゃないですか!! このまま何も話さなくなって、長峰さんや秋月さんとも話さなくなるようになるかもしれなくて、そんなの嫌に決まってるじゃないですか! けれど何を考えているのか分からなくて、成瀬君の言葉が嘘か本当かも分からなくて!!」
「ちょ、冬木さん落ち着いて落ち着いて。 大丈夫だから、ね?」
冬木は俺のところまで歩み寄り、俺の服を掴んで言う。 それは最早言っているというよりも叫んでいるに近かった。 辺りも暗くなった中、街頭で照らされた冬木の顔は悲壮感に溢れている。 そんな冬木を長峰が肩を掴んで宥め、冬木は肩を震わせて涙を更に流していく。
当然、言うまでもないことだが冬木の言葉は真実だった。 嘘偽りない本心、本音で冬木は口にしている。
「だって、だって私は謝りたかったのに……! 成瀬君が謝ってきて、それでッ!!」
しゃがみ込み、冬木は涙を必死に拭う。 冬木を抱きかかえるように長峰が支え、すぐさま対応できなかった俺は本心から長峰に感謝をした。 それからすぐ、俺は冬木に向けて声をかける。
「冬木、ごめんな。 こんな俺だけど仲直りしてくれるか?」
冬木はまた数度、涙を拭う。 そして数秒息を整え、やがて口を開く。
「……本当ですか? ……嘘ではないですか?」
冬木と目が合った。 その瞬間、息が詰まる。 こんな感覚は初めてのもので、何か得体の知れないものに触れた気がした。 言葉がうまく出てこない、しかし何故か悪い気分というわけでもない。 ……なんだ? だが、何故か忘れてはならない感覚のように思えた。
「ああ、もちろん。 許してもらうのは俺だ、冬木が俺と仲良くしてくれるなら、お願いします」
やがて、俺はようやくその言葉を口にする。 その言葉を聞いた冬木は自身の胸に手を置いて、息を大きく吐き出した。 冬木を抱きかかえている長峰は冬木に見えないのを良いことに俺をニヤニヤと見つめている。 なんだか恥ずかしくなり、俺は二人から顔を逸らす。
……反省だな。 俺がしていたことは秋月の言う通り、冬木や田村さん、そして道明を利用していただけだ。 大事なのは最善の選択でも最良の選択でもなく、全員が納得し進められること。 その結果が最善でなくても構わない、そこでぶつかり合ったとしても仕方のないことなんだ。 俺がしていたのはそれすら回避するというただの逃げ。 そこからは何も生まれないし、失うもののほうが余程大きい。 ろくに友人関係も作らなかったからこそ起きた問題。 今までは一人だったから何も問題なんてなかった、しかし今は一人で生きているわけではない。 冬木、長峰、秋月、他にも道明や多くの人と関わり合って生きている。
一つ、大きなことを学んだ秋の夜だった。
「話せば絶対仲直りできるんだし、長引いてお互い悩むくらいならとっとと話せば良かったのに。 ま、二人ともコミュニケーションに難があるし仕方ないかぁ」
十数分、落ち着いた俺たちはベンチに並んで座っている。 左は俺、真ん中に長峰、右には冬木だ。 大変珍しく長峰が奢ってくれたココアを三人で飲んでいる。 ちなみに奢られるとき、一年後に10倍くらいにして返してと言われたが冗談だろう、恐らく。
「俺は普通だ」
同時、長峰の右側から「私は普通です」と聞こえてきた。 もしかしたら俺と冬木は気が合うのかもしれないな。
「はいはい仲良し仲良し……けど、一番反省するのは私かな」
誰に言うわけでもなく、長峰は夜空を見ながら言う。 今までの話に長峰が反省するところなんてなかったと思うが……長峰が何をどう考えているのか、たまに分からないときがある。
「長峰に反省するところあったか?」
「こっちの話」
こうして聞いても長峰ははぐらかす。 冬木ならもしかしたら思考を聞いているかもしれないから、後で聞いてみるとしよう。
「それで、このあとどうするの? 折角だし仲介人の私になんかご飯奢ってよ、二人で」
「別に構いませんが……何か忘れているような気が」
冬木はもういつも通りだ。 口調も落ち着いていて、表情も落ち着いている。 そしてそんなことを呟く。
それとほぼ同時、篠笛の音が響いた。 俺たち三人は顔を見合わせ、慌てて立ち上がる。 すっかりと失念していたこと、今は紙送りの真っ最中だ。 行かなかったら秋月になんて言われるか分からない、更にはこの一ヶ月近く、何を頑張っていたのか分からなくなってしまいそうだ。
「ギリギリか」
「です、ね」
秋月神社へ戻ると、境内は人で溢れ返っていた。 この時間、神中の殆どの人たちはこの秋月神社へと集まってくる。 人口が多くなく、町というよりも村に近い神中であるものの、町全体がゴーストタウンのようになるほどこの紙送りは人を集めているのだ。 見渡すと記者のような姿も目に入り、神中だけには留まらない神祭というのが伺える。
「そういや、長峰は?」
「お腹が空いたから何か買ってくると言っていましたが……」
周りを見渡せば人、人、人といった状態。 はぐれて果たして合流できるのかどうか。 それにしてもこの場面で食べ物を買いに行くって……あいつ本当にマイペースだな。
「間に合えば良いけど。 見えるか?」
「……ジャンプをすればなんとか」
言いながら数回跳ね、不満そうな顔をする冬木。 もっと早い時間であればいい場所もあったかもしれないが、ギリギリということもあり視界がほぼ人で覆われている。 俺で背伸びすれば見えるくらいで、冬木の背の小ささではジャンプして一瞬しか見えないらしい。
「肩車でもする?」
「絶対に嫌です」
だろうな。 しかし困ったな……もうすぐ始まる時間だ、今からしっかり見える場所を探すとなると、紙送りが始まってしまう。
そんな風に悩んでいたとき、俺と冬木に声がかかる。
「来ていたのか」
振り返ると、そこに立っていたのは秋月の父、幸太郎さんが居た。 袴を着て腕組みをする姿は威厳があり、実に秋月の父といった感じの人。 雰囲気そのものは怖いので、顔を知らなければ満足に話をできなかったかもしれない。
「純連から言われたと思うが、今回のことは俺としても助かった。 改めて礼を言わせてくれ」
「そんな大したことは……紙送りが無事で何よりです」
俺と冬木も慌てて頭を下げる。 こういったとき、正しい礼儀作法というのを学んでおくべきだったと後悔するが、冬木はともかく俺は数秒で投げ出し兼ねない。 ともあれ今知っている精一杯のお辞儀で誠意を表す。
「いつでも遊びに来てくれ、妻も楽しみにしていた。 それと何か困ったことがあれば頼ってくれ、助力する」
なんだか用心棒……みたいだ。 秋月の言葉遣いというのは恐らくこの父親譲りだな。 面白いほどに似ている。
「……あの、実は早速困っていまして」
冬木が言うと、幸太郎さんは顔をそちらへと向けた。 するとすぐさま冬木は顔を逸らし、若干聞こえるか聞こえないかくらいの声量で言う。 なるほど、紙送りを無事に行うという今回の仕事が終わったから、人見知りモードに入っているのか。
「……もう少し、見渡しが良い……場所などあれば、あの、教えていただけると、助かります」
……こいつこれでよくコミュニケーション能力が普通だと言えたな。 俺も人のことを言えるほどじゃないけど、今の冬木はコミュ障全開だ。
「ああ、それなら付いてこい。 いい場所がある」
しかし幸太郎さんは聞き取れたのか、すぐさまそう言うと背中を向けて歩き出す。 俺と冬木は素直にその背中に付いていくことにした。
数分もしない内、辿り着いたのは社内だった。 関係者以外立入禁止と張り紙がされているが、この場合はセーフだな。 さすがに神社内だけあり辺りに人はいない、中は薄暗く外から見えるわけもなく、まっすぐ正面には今から行われる紙送りのためのスペースが確保されており、積み重なった紙束が縛られ置かれている。 その空間はロープで見物人との仕切りが作られており、神社の端から端までへと繋がっている。
「ここならよく見えるだろう。 伝統を守るのに助力してくれた者たちだ、神域でも問題あるまい。 俺は準備がある、自由にしてくれて構わない」
そう言い残し、幸太郎さんはその場を去っていく。 俺と冬木は再度頭を下げ、視線を移した。
「長峰は何してんだ……」
「場所を送ったのですが、今返事が来て辿り着けそうにないから別で見ると」
「だから買いに行くタイミング最悪だろ、あいつ」
我慢していればこんな特等席で見れたものを。 そういう部分であいつは人生を損している気がする。
「何度か見ていますが、ここまで見晴らしが良いところで見るのは初めてです」
「俺は初めてがこれで良かったよ」
紙送りで使うだろう大きめの釜が奥には置かれ、その中では火が燃え盛っている。 やがて、辺りに点いていた照明が落とされ、周囲を照らすのはその炎のみとなった。
「始まります」
横でそう言った冬木を一度見たあと、視線を前に戻す。 これが始まりの合図なのか、篠笛の音も止まり周囲は一斉に静まり返った。 神祭中は撮影こそ禁止とされているが、私語も禁止というわけではない。 だが、雰囲気が言葉の全てを飲み込み、そこにいる全ての人間が紙送りへと神経を注ぐ。
やがて、秋月純連は現れた。 巫女服に身を包んだ彼女は薄い化粧を施しており、一度社へ向けて一礼する。 その瞬間、一瞬目が合った。 遠い距離であったものの気付いたのか、秋月は口元を若干吊り上げたあと、振り返って今度は紙束へと一礼する。
とても不思議な光景だ。 ここにいる全ての人間が秋月に視線を向けており、この中で動いているのは秋月のみのようで、他の時間はまるで止まっているかのようだった。 その中で秋月は舞を始める。 洗練され、精錬され、それは思考も視線も奪うのには充分すぎるものであった。 一挙一動は美しく、一度前に見た舞とはまるで別物とも言えた。
一年に一度の神祭、紙送り。 秋から冬へ、紙に感謝をし送り出す。 秋月は舞を持ってして紙たちに敬意を払い送り出す。 幻想的であり、神秘的な光景だ。
「……」
俺も冬木も言葉を発しない。 もちろん言葉に出したい気持ちはある、が……そんな野暮なことはできないほどに秋月は可憐に舞う。 どれくらいの間だろうか、この寒い中で巫女服は寒いだろうに、秋月はそれを感じさせないほど一定の動きで舞っている。 以前、紙送りの舞は普通のものと違うと言っていた意味がようやく分かった。 この紙送りのためにどれほどの時間を費やしたのか、どれほどの鍛錬を続けたのか、どれほどの想いを込めたのか。 少なくとも俺はこのとき、紙送りを行うために動いたここ最近のことを決して後悔しないだろうと感じた。 同時に良かったと、心の底から思った。
「……」
やがて秋月はその動きを止める。 そして再度社に向け、紙に向け、一礼した。
「これより、紙様を常世の風に送り出します。 本年も見送り人の方たちへ、紙様に代わりまして秋月純連が御礼を申し上げます」
秋月が紙を送り出し、それを俺たちが見届ける。 そういった神祭だ。 神中で集められた古紙を秋月の舞で浄化し、寒さを感じさせないために燃やし、秋から冬のこの時期に感謝を込めて送り出す。
「これからあの紙を釜へと乗せ、燃やして送り出すんです」
冬木が初めて見る俺でも分かるように補足する。 しかし、そこで予想外のことが起きた。
「…… 実のところ本年は、この伝統ある紙様送りが中止になる寸前までの事態になっておりました。 本来であればこのような私事はこの場でお話するべきことではありません」
静まり返った中、秋月の澄んだ声は響き渡る。 その言葉は確実に予定されていなかったものだ、横で見ている冬木も驚いたように目を見開いている。
「ですが、私の友人たちが紙様送りを行うため、奮闘してくれました。 その者たちにこの場で御礼を述べます。 紙様送りを行う身として、紙様の送り人として、そして紙様の代弁者として、深く感謝致します」
紛れもない、俺と冬木に向けられた言葉だった。 秋月はまた一度神殿へ頭を下げる。 これは後で聞いた話なのだが、秋月はこのとき独断でこれを行なっていたらしく、父親と母親の二人から相当なお叱りを受けたらしい。 神祭というのは形式あってこそのものだ、秋月が叱られたのも無理はないことだと思うが……それでも秋月の信念というものがそれを許さなかったのかもしれない。
こうして、紙たちは秋月の手により釜へと置かれ、燃え盛る炎と共に冬へと向けて風に乗せられ、運ばれた。俺にとっては一生忘れられない出来事であり、冬木にとってもそれは同じことだっただろう。
「驚きましたね、秋月さんがあんなことを言うなんて」
「それも紙送りの最中にな。 平気なのかな、あれって」
もちろん平気なわけはないのだが、このときの俺はそれを知らない。
「どうでしょう。 それより成瀬君、今日はいろいろとすみませんでした」
冬木は俺の隣を歩いている。 結局長峰とは合流できず、勝手に帰るとの連絡が冬木の携帯に来ていたことから俺たちも帰ることにしていた。 で、一応遅い時間ということもあり、冬木を家まで送り届けている最中だ。
「いや、俺のほうこそ。 まさかあんな泣くとは思わなかったけど」
「……」
俺が呟くと冬木は睨みつけてくる。 掘り起こすなと言わんばかりだ、これ以上掘り起こすと冬木を怒らせそうだったから、俺は適当に話を逸らす。
「明日から学園祭の準備も本格的に始まるな。 本番は……11月の中旬か」
「そうですね。 私の班は正直不安ですが」
準備をするに当たり、効率化するため班分けされ作業をすることになっている。 冬木は言わば俺たちのクラスで行う白雪姫の現場指揮。 クラス委員ということもあってその立場になっており、冬木の班の内訳は長峰、秋月、そして西園寺という組み合わせだ。 長峰と秋月は主役とも言える白雪姫と王子の役割で、冬木は主に演劇の方を管轄している。 西園寺もどうやら役者として出るらしいが、詳しいことは知らない。
俺はというと……。
「俺って何すればいいの?」
「それは冗談ですか? あまり面白くないですね。 もう少し質の向上に努めてください」
いや、冗談じゃないんですけど。 だって紙送りの一件で忙しかったし……と言ったら、恐らく「私も同じですが」と返ってくることが目に見えた。 だから俺は素直に「ごめんなさい」と告げる。 人間、素直が一番である。
「成瀬君は全体的な進捗を調整する班です。 スケジュールを組んだり、各班に指示を出したりする役割ですね」
「へえ。 誰か知り合いとかいるのかな」
と言っても、知り合いという知り合いは朝霧のみである。 その朝霧ですら知り合いと言えるかどうかとても微妙なラインで、むしろ逆に関わらないほうが良い気がしなくもない、怖いし。
「進藤君と水原さん姉妹ですね。 長峰さんが一番大変そうと言ってました」
「不安にさせるようなこと言うなよ……水原姉妹って仲悪いんじゃなかったっけ? なんでまた」
「北見先生の割り振りですので、何か意図がありそうですけど」
……北見の奴め。 俺にどうにかさせようとでも思っているのか、厄介事をまた押し付けてきたな。 とにかく水原姉妹が不仲だろうと別に構わないが、できるだけこっちに被害がでないように立ち回らないと。 そのためにはもう一人の「進藤」という奴が気になるな。
「進藤ってどんな奴?」
「クラスの中心的な人ですね。 明るく社交的、人間関係も良好で友人も多い。 成瀬君とは間逆なタイプです。 女子の中心が長峰さんだとすると、男子の中心は彼ですね。 成瀬君とは真逆のタイプです」
「冬木さん遠回しに俺のこと馬鹿にしてない?」
「ええ」
ええ、じゃないから。 せめて嘘でもいいから一度否定してくれ、まぁ俺にはその嘘が見えてしまうわけだが。
……ああ、そういえば。
「また話が変わるけど、今日大丈夫だったか? 人多いところだと思考が色々聞こえてくるから苦手だって言ってたけど」
俺は別に視線を向けなければそれで済む話。 仮に見えたとしても黒い靄だけで、視覚的にそれが映るだけだ。 しかし冬木の場合はその思考が聞こえてしまう。 自分の思考すら妨害され兼ねない厄介なもので、周囲に人がいるだけで勝手に聞いてしまう。 それは完全にランダムで、とは言っても人が多ければ多いほど、冬木の近くに居れば居るほど思考を聞きすぎてしまうのだ。 だから冬木は人混みというのをあまり好むタイプではないのだが。
「……実は、そのことでお話が」
冬木は立ち止まる。 俺は数歩先を歩いてしまい、一度振り返った。 切れかけの街灯がチカチカと音を立て、冬木と俺を照らしている。 秋にしては冷たい風が一筋、俺の頬を撫でていった。
「良いことなのか、悪いことなのか。 実は、あの日から――――――――」
人の思考が全く聞こえなくなった。 冬木はそう、俺に告げた。
季節は秋から冬へ、移り変わる。