第十五話 もう一度
「本当に助かったよ、ありがとう。 今日は冬木は一緒じゃないのか?」
「ん、ああ、後で来るよ」
紙送り当日。 さすがにいろいろと首を突っ込んだ件だ、正直気が進まなかったとは言え紙送りには足を運んだ。 冬木とはあれから連絡を取っておらず、会話もしておらず、今日あいつが来るのかどうかは分からない。 しかしそんな話を秋月にできるわけもなく、俺は適当な嘘を吐いた。 俺がうんざりするほど見てきた嘘を吐いた。 だが、気分が落ち込むことも晴れることもない。
ふと、冬木が言っていたのはこういうことなのかもしれないと思った。 俺は一人でやれるなら一人でやるのが良いと思っていて、冬木にすら話さず事を進めようとしていた。 そして、そんな俺に冬木は怒っていたんだ。 だが、話せばきっと要らない心配というのもかけてしまう。 一人でどうにかできるなら一人でどうにかするのが一番なんじゃないのだろうか。
「秋月」
「ん?」
辺りは既に人が集まり始めている。 秋月は既に巫女装束を身に纏っており、普段とはまた違った印象だ。 今はまだ大丈夫なのか、俺を見つけて秋月の方から声をかけてくれたから立ち話をしている俺たちである。
「……冬木はなんか言ってたか? 今回のこと」
「ああ、力になれたかと何度か聞かれたな。 もちろんと答えたが、大事なのはそこではないだろうと思ったよ」
「えーっと……」
「協力してくれたことだよ」
俺が「じゃあ大事なのってなんだろう」と聞こうとしたところ、秋月は察したのかそう続けた。 呆れたように笑っている。
「まったくお前たちは似ているな。 最初は話すか悩んだが、今では話して良かったと思っている。 結果がどうあれ、私は同じ気持ちになっていただろうな」
秋月にとって嬉しかったことは、俺と冬木が協力してくれたということだった。 結果なんて二の次で、俺たちが協力してくれたのが嬉しかったと言っているのだ。 秋月がこれほど大切にしている紙送りを二の次にしてまで、そう言っている。
「なぁ、ちょっと質問していいか? 時間大丈夫なら」
「まだ構わない。 なんだ?」
秋月は腕組みをし、俺の方に視線を向ける。 秋月はどう考えるのだろうか、というものが気になった。
「例えばの話だけど、問題があったとして一人で片付けられるなら一人で片付けるよな? わざわざ周りを巻き込むことってないと思うんだ」
「またえらく曖昧な質問だな。 けどそれはそうだな、メリットがなければ意味はない。 他人の手が必要ならそのときに借りれば良い。 私は人に迷惑をかけるなと教わってきたよ、だから極力問題事は一人で解決するのが正しいと思っている」
秋月の考え方は、俺とほぼ同じだった。 だが、秋月は続ける。
「冬木と喧嘩したか。 もう少し分かりづらく質問をしてくれれば良いものを」
「……あー、まぁ、そんなとこ」
さすがに秋月は勘付いたのかそう言った。 できれば伏せておきたかったことだが、秋月は困ったように笑う。
「成瀬が悪い」
「まだなんも話してないだろ……」
「まぁそれは冗談だが、先ほどの質問と私が冬木から聞いていたことを考えると……二人でいろいろと調べていて、最終的に成瀬が一人でどうにかしてしまった、といったところか」
秋月も全て聞いているわけではないらしく、そんな予測を立てる。 秋月が言う「どうにかした」というのは、冬木が秋月に報告した紅藤の人付き合いのことだろう。 しかしそれはあくまでも経過であり、真実は少し違う。 だが、概ね合っているとも言える。
「正確に言うと、どうにかしようとした……かな。 で、冬木にバレて怒らせた」
俺は観念し秋月にそう告げる。 するとやはり秋月は困ったように笑い、溜息を一度吐き出した。 夕方になり寒さも厳しくなってきた、秋月の白い息は薄暗い空へと消えていく。
「ならやはり成瀬が悪い。 10対0でお前の負けだ、成瀬」
「なんの負けだよ……けど、秋月は俺と同じ考え方だろ? 一人で片付けられるならそっちの方が良いって」
「ああ、そうだな。 しかし状況が違うだろ、それは」
秋月は体を俺へと向ける。 組んでいた腕は腰に当てられており、なんだか説教されている感じになってきた。
「……状況が違う?」
「良いか? もちろん一人でやれることなら一人でやるべきだし、なんでもかんでも人の手を借りるのは良いことだと思わない。 だが、一人ではどうにもならないことだってある、そういうときは人の力を借りるべきだ」
もちろんそれは俺もそう思う。 だから冬木の力も田村さんの力も道明の力だって借りたのだ。 そして揃った材料で一人で動くのが最善と判断した。 人数が増えたとしても効果は変わらない、逆に増えた分だけ紅藤に『敵』と認識される人数が増えるだけだ。
「だが成瀬、言い方が悪くなるがお前のしたことは冬木を利用したようなものだよ」
「利用って、そんなつもりは」
「お前になくても話だけ聞けばそうだ。 考えてもみろ、最初は二人で調べていたのに、ある程度調べたところでお前は一人で動き始めた。 お前はそれが最善だと判断したのかもしれないが、内容だけ見ればそれは裏切りだ」
……反論できる言葉は何も出てこなかった。 冬木もきっと同じことを言いたかったのだ、しかしあいつは気を遣って俺に何も言わなかった。 ハッキリと口にすればするほどに人を傷付けてしまうから、それを口にしなかった。 その人の気持ちというのは、人が思っていることを聞いてしまう冬木だからこそ一番よく分かっている。 言葉は口にすれば誰かを傷付けるかもしれない、だが冬木の場合は口にされずとも傷付いていく。 思考を聞き、何度も何度も冬木はそれによって傷付いてきたのだから。
秋月の言葉は歯に衣着せぬような言い方であったものの、それこそ今の俺には必要な言葉だったのかもしれない。
「私だったら怒っている。 冬木も同じ気持ちなんだろう、だから怒らせたんじゃないのか? 一度人の手を借りたら最後までしっかりと借りろ。 それもまた責任の一つだろう、成瀬。 話を聞いただけの私が言うのも出過ぎた真似だと思うが、お前のしていることは自己満足だよ。 お前は人のためを思っているかもしれないが、それは人のためでなく自分のためだ」
真っ直ぐと俺を見て秋月は言う。 綺麗な黒い瞳は、何もかも見透かしているように俺のことを見ていた。 そして同時に、秋月の優しさというのが身に沁みた。 ここまでハッキリと言ってくれる友達なんて普通はいないだろ。 冬木ではないから思考は読めない、俺に見えるのは嘘のみだ。 秋月の言葉には嘘はない、思ったことを口にして俺へ伝えている。 だからあくまでも予想だ。
秋月純連は、自分が嫌われても良いと思って、俺へ言葉を投げている。 他人に優しすぎる冬木に代わって冬木の言葉を伝えている。 そして俺のためを想って言葉を口にしている。 それを優しさ以外の何物だと言うんだ。
「……ちょっと冬木のところに行ってくる。 紙送りには間に合うようにする」
「ああ、そうすると良い。 もし間に合わなくても気にしないさ、そっちの方が余程大事だろう」
秋月は満足気に笑った。 こいつは本当に考え方も口調もしっかりとしていて同年代とは思えない。 秋月神社の巫女という肩書きも伊達ではないな、なんてことを思う俺である。
「ありがとう、この恩は絶対返す」
「なら今度ボランティアで私の分の掃除をしてくれ、そうしてくれるととても助かる」
「そのくらいならいつでも」
秋月らしい。 俺は思わず笑って、一旦秋月神社を去ることにした。
走りながら行動を考える。 一度冬木の家へと行き、冬木がいなければ比島さんに行き先を尋ねる。 で、恐らく出かけているのだとしたら紙送りだろうから秋月神社内で冬木を探す。 俺は頭の中で行動を組み立て、秋月神社の長い階段を降りていく。 段々と人足も増えてきており、戻ってくる頃には多くの人で賑わっていそうだ。 できればそうなる前に冬木のことを見つけたいところだが……。
「ん、成瀬?」
丁度階段を降り切ったそのとき、横から声がかかる。 聞き慣れた声に顔を向けると、そこには長峰の姿があった。 最近忙しそうにしていた長峰だったが、どうやら紙送りには足を運んできたらしい。 学校で話すことも減っていたことから、なんだか久しぶりに会ったような感覚だった。
「タイミングいいな! 冬木知らないか?」
今なら多分長峰の方が冬木の動向に詳しいはず。 俺は息を切らしつつも長峰へ尋ねる。
「挨拶くらいしろっての。 ん、冬木さん? 一緒に来てるけど……何してんの?」
長峰は悪態を付きながら言い、横を見て、その後自身の背中まで首を動かす。 俺も気付かなかったが、冬木が長峰の背中に隠れてあからさまに俺から隠れようとしていた。 知り合った頃とも違う対応、そもそも俺と会わないようにしている。
「……」
「冬木、話がある。 けどその前に伝えたいことがあって……ごめん、俺が悪かった」
言うと、冬木は一瞬体をビクリと反応させる。 そして俺の言葉に返事をしたのは冬木ではなく、長峰だった。
「え、なに二人喧嘩してたの? 成瀬浮気でもした? それともまさか冬木さんが浮気?」
「お前頼むから静かにしてくれないか」
俺が言うと長峰は一度唇を尖らせ黙り込む。 ここで言い合いをするのはよくないとさすがの長峰でも思ったのかもしれない。 それを確認し、改めて冬木へと言葉を投げかけた。
「無視してくれても構わない。 けど話だけは聞いてくれないか、冬木」
「……分かりました」
俺の方を向くことなく、依然として長峰の背中に隠れつつ、冬木は言う。 一応反応はしてくれた、後はどう伝えるかだが……。
「……ちょっと本当に何したの? 最初より酷くなってない?」
長峰が小声で俺に言う。 そう、長峰の言う通り冬木は目を合わせるどころか顔を向けることすらしていない。 最初は確かに無視こそしていたが会話にはそれなりに反応をしてくれていたから、ある意味最初より酷いというのは言えている。
「あの、長峰さんも付いてきてくれますか?」
長峰の問いに答える前に冬木が口を開く。 いつもより弱々しい、というよりも怯えているような声色だ。
「え? 良いけど……それって私が行っても平気なの? なんか気まずい空気になりそうだけど」
警戒している……かは分からないが、少なくとも不安だというのは事実だろう。 そう思わせてしまったのは俺だし、不安がらせているのも俺だ。 それについて俺は何も言えまい。 それに長峰が居てくれた方が馬鹿な俺に正論を言ってくれる気もする。
「もちろん、成瀬君が二人で話したいというのであれば別ですが」
「いや、大丈夫。 逆に居てくれた方が良いかもしれない」
「まぁそういうことなら付いてくけど……」
ともあれこの場では人目が多すぎて話しづらい。 その考えは共通だったのか、俺たちは自然と近くの公園へと足を向けていた。