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第十話 知ったからには

「全く驚かせてくれたな、二人とも」


「すいません、ご相談しようとは思っていたのですが……」


 その後、両家の話し合いが終わったあと、俺と冬木はその場に残って秋月と話をすることにした。 一度話を聞けた以上、紅藤の方にはバレても問題はないだろう。 重要なのは一度、俺と冬木が話を聞くということなのだ。 それだけあれば情報は十分に集められる。 冬木の場合は近くにいるだけでいいが、俺の場合は対象に喋らせなければならない。 それを一度に達成できたのだから十分過ぎるほどだ。


「あらあら、いつも純連がお世話になってます」


 と、秋月家の縁側で俺、冬木、秋月で話をしていたところ、秋月の母親がやってきた。 先ほどは静かに話を聞いていただけだったようだが、こうして近くで見るととてつもない美人である。 母親……というか姉、という表現が近いな。 お淑やかという言葉がぴったり当てはまりそうな、そんな雰囲気だ。 優しそうに微笑むその姿からは大和撫子、なんて言葉が似合いそうでもある。


「こちらこそ。 紅藤さんっていつもあんな感じなんですか?」


「紅藤……ああ、あの田舎者なのに都会の風に吹かれて気が触れてしまったお可哀そうな方ね。 そうねぇ……今日は一段と強く言ってきた感じね。 紙送りのこともそうだし、純連のことも……」


 その瞬間、秋月の母親が手に持っていたお盆からミシリ、という音が聞こえてきた。 見ると手が震えている、笑顔もどこか引き攣っている。


 前言撤回しよう……この人、なんかすごい怖いんですけど。


「か、母さん私は大丈夫だから」


 そんな母親の様子を見て秋月は慌てて止めに入る。


「あらそう? それなら良いんだけど……」


 この親にしてこの子あり、ということか。 しっかりと母親の血を引き継いでいるのが秋月純連ということがよく分かった。 先ほどの話し合いでは終始静かに、落ち着いて話を聞いている様子だったが……。


「お茶、置いておくわね。 ええと、成瀬君に冬木さん……でしたよね? もしもあのガキ……紅藤さんに何か言われたら、遠慮なく私に言ってくださいね」


「は、ははは……」


 俺は最早笑ってそう返すしかなかった。 冬木も俺同様に、笑顔を作っているもののどこか引き攣っている。 秋月家の恐ろしさというのを深く理解した俺たちであった。




「や、優しそうなお母さんでしたね」


 おい、さすがにそれは無理があるぞ冬木空。 棒読みどころかロボットみたいな喋り方になっているけど大丈夫ですかね? 言われた秋月も苦笑いといった感じだし、俺は最早ノーコメントだ。


「前に……校外学習のときだったか。 冬木には私の母親が料理を苦手としている、と話をしたな。 あの通り、私の母親はなんというか……雑なんだ」


「怒ったら怖そうではあったけど」


「父親がかつて料理について、もう少しどうにかならないかと意見を述べたとき、母親はだったら自分で作れと言って夕飯の代わりに食材を置いたことがあってな」


「……それで、さすがの父親も怒ったとか?」


「いや、反省して数日は自分で作っていた。 あの数日のご飯は美味しかったな……」


 遠い目で酷いことを言う娘である。 しかし分かったことが一つ、秋月家では一番恐ろしいのがあの母親ということだ。 見た感じではとても大人しそうで、まさに清廉潔白という言葉が似合いそうな人だったが……おっと、この思考は誰かさんを見たときもしていた気がする。 なんてことを秋月を見ながら考える俺である。


「ですが、とても優しそうな方でしたね」


「それさっきも言ってたぞ、正気を取り戻せ」


 恐怖のあまり、冬木が似たようなことしか口にできないようになってしまっている。 いや確かに、優しそうな表情で「あのガキ」と出てきたときは秋月とは違う恐怖を感じたけどな。


「まぁ私の母親はあんな感じだ。 さっき父さんが私のことについて口にしたのも、放っておけば母さんが暴れていたからかもしれない」


「暴れていたって」


 お前の母親はゴリラか何かか、と言いかけた口を噤む。 間違えて口にしていたら今度は秋月が暴れていたかもしれないからな、危ない危ない。


「ぱ、ぱわふるなお母さんですね」


「パワフルって……」


 冬木としては精一杯のフォローの形だろう。 だがあまりにもそのフォローが下手過ぎてついつい笑いそうになってしまう。


「そこまで気を使わなくても構わない。 私も母親のそういう部分は反面教師として活きていると思うしな」


「え」


 俺と冬木の反応がかぶった。 こいつは一体何を口走っているのだ、果たして今のは人語なのか、エイリアンに脳をやられてしまっているのではないか、とそんな感じの感想を抱く。 恐ろしいことに秋月の口ぶりからして冗談というつもりはなさそうに見える、こいつマジか。 もしかして反面教師という言葉の意味をご理解しておられない?


「ええと……その……そう、ですね。 ところで、成瀬君は先ほどの話し合いどうでしたか?」


 冬木は必死にそう返す。 心中お察し致しますって感じ。 そしてこれ以上その話題について掘り下げられても困るといった具合に話題を変えている。 敢えて掘り下げて冬木をからかっても面白いが、後が怖いのでそれに乗るとしよう。


「紅藤は何かを隠していそうだったな、神中の発展のためってのはどうにも建前っぽく聞こえた」


 俺が言うと、冬木は小さく「なるほど」と返し、考え込む。 今ので冬木には充分伝わっただろう、さすがに秋月の前で「あれは嘘でこれは本当」なんてことは口にはできない。


「やはりそう聞こえるか。 一体どこでおかしくなったのか……私が小さい頃は、少なくとも良い付き合いをしていたはずだったんだがな」


「そうなんですか?」


「ああ、小さい頃は良治さんにも良く遊んでもらった。 父親も仲が良くてな、少なくとも今の険悪な雰囲気は微塵もなかったよ」


 時間が経てば関係も変わってくる、ということだろうか。 今の言葉で先ほど、秋月の父が言っていた「変わったな」という言葉の意味は理解できた。 長い付き合いの中、物事が起こればそれに応じて対応も変わる。 一つ一つは些細な出来事であっても、蓄積はされていく。 そしてある日気付くのだ、この人は変わってしまったと。


 まぁ、偏にそう表すのは少し違うか。 変わったのは紅藤ではなく、秋月の父なのかもしれないから。 まだ全てを決めつけるにはあまりにも早すぎる。


「……何事もなく、綺麗には片付かないだろうな。 時々思うよ、小さな子供は喧嘩をしても「ごめん」と「いいよ」という言葉があれば、綺麗に終わってしまう。 こうして高校生になり、色々と分かるようになってきてからは……綺麗に終わることなんて、極僅かでしかないと」


 秋月は言うと、お茶を口に含む。 分かってしまうからこそ、後味なく綺麗に終わることもまたなくなっていってしまう。 いろいろと考えてしまうだろうし、後に引きずることだってある。 全部が全部ハッピーエンドで終わるわけなんてない、全員が笑って幸せになって終わることなんて、おとぎ話や空想の中でしか存在しない。 それは俺も、冬木も、秋月だってよく分かっていることだ。 今まで経験してきたことの中ですらそんなことなんて一度もなかった。 絶対に何か引っかかるような、つっかえるような、そんな感覚を残しつつも前に歩いていくしかない。


「それでもやるしかない。 どうにかできることならな」


 俺には嘘が見えている。 だから、それに気付いていて見て見ぬ振りをするのは無責任だ。 見えてしまっている以上、俺が望んでいようと望んでまいとできる限りのことをしなければならない。分かっていて、気付いていて、知っていて。


 それでも見て見ぬ振りをするのは、()()できない。


「無理はするなよ、頼むから。 分かっているとは思うが、紙送りよりも大事なのはお前たちだ。 それだけは忘れないでくれ」


「分かってる」


 そう言ってもらえることは本当に嬉しかった。 冬木もきっと同じ気持ちで、大きく頷く。 まずはやるべきことを探していく、俺と冬木にできることを順番に、着実に、確実にだ。


 紙送りまで三週間。 残された時間は、あまりない。

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