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第六話 ある日のこと

『そうですか……分かりました』


「そっちはどうだった?」


 帰宅し、風呂に入り夕飯を食べ終わったあと、部屋に戻った俺は冬木へと電話をかけた。 電話はすぐに繋がり、俺が長峰とのやり取りを伝えると冬木は少々気落ちしたようにそう答えた。 秋月との件は……話すほどのことでもないと考え、伏せておく。 冬木としては長峰の助力が得られないということがショックだったのか、少々気落ちしているような声色だ。


『明日の放課後、話を聞いてくれるそうです。 ただ、成瀬君も必ず一緒にとのことでした』


「俺が? なんでまた」


 そんな面識はなかったと思うが。 俺の記憶の中ではなんだか男っぽい人という印象しか残ってない程度だし、会話もそれほど交わしていたわけではない。 ただまぁ、元気が良く俺個人としては少し絡みづらいかな、程度の印象だ。 最も、冬木に言われるまで記憶から完全に抜け落ちていたほどに接点がない人なのだが……。 それはきっと向こうも同じで、だというのに俺も一緒にならばというのはどういうことだろう? 元々できれば参加する気でいたけど、改めてそう言われると気になってしまう。


『それは……とにかくそういうことなので』


「ん、ああ分かった……って切れてる」


 どこか慌てたように電話を切られた。 忙しいというよりかは、なんだか追求されたくないという感じだったが……今の会話に追求されたらマズイことなんてあったのだろうか? 考えてみても思い当たる部分がない。


 まぁ分からないことを考えても仕方ない。 長峰の協力が得られなかったのは残念だったが、紅藤との話し合いの機会を設けられたのは幸いだ。 今週末に行われる紅藤家と秋月家の話し合い、そこで秋月が対面するであろう紅藤良治の娘、その人と直接話をできるのはとてもありがたい。


「ん?」


 唐突に携帯が揺れ、俺は視線を画面に落とす。 どうやら冬木からのメッセージのようで、アプリを開いて俺は内容を確認する。 その内容というのもとても簡単なもので、短く「場所は指定されたので明日、案内します」とだけ書いてあった。 俺は了解とだけ返し、携帯を机の上へと置く。


 ……紙送りの危機。 冬木の気持ちもあるし、秋月との約束だ。 どうにかするしかない今回の件だが、手段はまだ探っている段階に過ぎない。 見て見ぬ振りは無責任、状況を知ったからには出来る限りの手は尽くす。 朱里と冬木には怒られるかもしれないが、最悪俺の眼を使えばどうにかできる気もする。 少し、悪いことではあるが。


 ただ最善は根本的な問題を潰すこと。 この場合、資源の問題で紅藤側の言い分は正しいのだ。 秋月側がどう対応するかは不明だが、恐らく伝統やその重みを説いてくるのは必然だろう。 だがそれだけでは難しい、紅藤側が振りかざしているのは環境保護という大義名分なのだ。 それに逆らえず消えていった伝統は数多くあるはずで、今回の紙送りも同じ道を辿ってしまうかもしれない。


 それに対してどのような手を打つか。 いくら俺や冬木に特殊な力があると言っても、所詮は高校生だ。 できることには限りがある。 ……そう、限りが。


 目の前の景色が変わった。 俺の顔にべちゃりと、赤い何かが付いた。 それを手で触る、触った手は震えていて、俺はそれが何かを知っていて。


 次に気付くと、両手が真っ赤に染まっていた。 赤く、鉄臭く、生臭い。 人の、血だ。


「っ! はぁ……はぁ……!」


 息がうまくできない。 頭の中がぐちゃぐちゃと掻き回されているように、吐き気と頭痛が襲ってくる。 まるで忘れるなと言っているように、俺を恨んでいるように、言ってくる。


「おにい、ゲームでもしよー……っておにい!?」


 朱里の声が聞こえた。 その後、すぐに体を抱き締められる。


「大丈夫大丈夫、大丈夫だよおにい。 あたしがいるから」


「……わりぃ」


 そこでようやく、あの感覚が消え失せた。 視界に広がるのはいつも通りの部屋、背中には朱里の体の温もりが感じられる。 手には当然、血なんか付いてはいなかった。


 朱里は知らない、何が起きたのかということを。 あのときはかなり厳しい規制が敷かれており、知っているのは関係者のみなのだ。 しかしそれでも朱里は俺を励ましてくれる、ありがたいことだった。


「おにいはあたしのヒーローだから」


 朱里は言う。 しかし、その言葉だけは否定したい。 それは絶対に違うと、何が起きてもそうはならないと。 だって俺は、俺は。


 ――――――――ただの人殺しなのだから。






「寝不足ですか?」


「ん、あー……いろいろ考えててな」


 冬木といるときは、当時のことを思い出すことはあまりない。 それは本当に幸いで、冬木に悟られる可能性というのも減ってくれている。 最も冬木の力自体、そこまで頻繁には出ないようなので心配はいらなそうだが……重要な部分を一度でも聞かれたら、それでアウトだ。 まぁ、そのときはそのときだろう。


 今は放課後、俺と冬木は学校から出ると駅近くにある喫茶店へと向かう。 この辺りは駅の方まで行かなければ基本的に何もない、駄菓子屋とか小さなお店は点々とあるものの基本的には閑散としている。


 そうして歩いていたところ、俺があくびをしたのを見て冬木がそう尋ねてきた。 冬木は今日もしっかりと校則に従った格好をしている。 ブレザーの下にはカーディガン、ワイシャツ。 下はスカートで、紺色のハイソックス。 優等生という文字をそのまま当てはめたようなしっかりとした格好だ。 だがその髪色は銀色なせいで、どこかコスプレのように見えなくもない。


「考えていたというのは、私の格好のことですか」


 と、若干不服そうに冬木は言う。 恐らく最後に考えていた「コスプレのように見えなくもない」という部分に不満を抱いていると考えられる。 事実そうなんだから仕方ないだろと思わなくもないが、それをそのまま言えば間違いなく説教コース。


「その髪色だし、もっとこうだらしなく着こなした方がいいんじゃないか。 長峰辺り詳しそうだし聞いてみたら?」


 俺は機転を利かせ、そうアドバイスしてみることにする。 ちなみにこれは朱里が持っていた中高生向けファッション誌に書いてあった「制服の着こなし方! ちょい悪? それとも清純系?」という見出しの部分を読んだからである。 読んだ俺は朱里に対し「制服の時点でファッションじゃないだろ、私服でやれば」と言ったら怒られた。


「制服とファッションを結びつけるのはどうなんですか」


 ……こいつ、良くも悪くも本当に俺と思考回路が似通っている気しかしない。 いやでも、男である俺ならまだしも、女子の冬木がそういうことに対して無関心というのはどうなんだろう。 とは言っても冬木の私服はわりと良かった気もする、子供っぽさはあったが……元々冬木は背が低いし、変に気取ったものより余程似合っていたな。


「お前の言う通りだな。 学生は指定された制服を身に纏い、学業に専念するべきだ」


「……」


「おい人のことをジロジロ見るな」


 得意げに言ったところ、冬木は目を細めて俺の格好に視線を送る。 今日は寒かったのでパーカーを着てきた、暖かくて気分が良い。


「成瀬君が今していることは、暴力で解決するなと発言していたのに敵を暴力で抑圧するキャラクターと一緒ですよ」


「朱里が読んでいた漫画だなそれ。 でもさ、決まりだけが全てってわけでもないだろ」


 確かにルールや決まり、法律なんかは守って然るべきだ。 それがなければ秩序というものがなくなり、人々は好き勝手に振る舞うだろう。 そこでルールというものはあり、破った場合には罰を受けることになる。 最もその破ったルールによって罰の大小は変わるが。


「例えば?」


 横を歩く冬木は俺の顔を見ながら言う。 身長差のせいで見上げるような格好になっているが、前までならむしろこんな話題すらしなかったのだからかなりの進歩だろう。 俺も冬木も、こうした取り留めのない話というのは案外好きだ。


「法律を破ることだって、非常事態なら必要になってくる」


「緊急避難というものですね。 確か刑法第三十七条の……」


「……お前将来司法書士にでもなるの?」


「いえ、まだ将来のことは考えていませんが。 小説で目にしたのを覚えていただけです」


 そこまで正確に覚えていることが恐ろしいが。 いや、そもそも俺は第三十七条がそれなのかすら知らないから、当たっているのかも分からない。


「まぁいいや、それで時と場合によっては、普段は守るべきルールを破らなければならない。 俺が今日校則に従ってないのも、その緊急避難に当たるんだ」


「馬鹿ですか?」


「ねえもっとオブラートに包んでくれない?」


 どちらかと言えば、包んで欲しいのはその蔑むような視線だが。 あまり感情の籠もっていない声色でその目つきは精神的ダメージが大きすぎる。


「それのどこが緊急避難に当たるんですか」


 冬木は尚も目つきを変えることなく告げる。 どうやら冬木はまだ理解できていないようだ、ここは懇切丁寧に説明してやる必要があるな。


「例えば、今この町がゾンビで溢れたとしよう」


「ゾンビ……」


 そして、俺の言葉に真剣に考え込むのが冬木だ。 これが例えば長峰だったら「は?」という苛立ちを込めた返事が返ってきていることだろう。 しかしどんなとんでもない話であっても、冬木は真面目に考察をしてくれるから好きである。


「もちろん生き残りもいる。 分かりやすく俺と冬木が生き残っていたとして、まずは避難をするだろ?」


「そうですね。 定番とでも言うべきでしょうか、学校やスーパー、図書館、デパート……この辺りですと、無難に学校ですかね?」


 ……そうだな、この辺りですぐに入れて避難できる建物は悲しいことに学校しかない。 スーパーは若干距離があるし、デパートはそもそも隣町まで行かなければならない。 図書館は構造的にも設備的にも学校には劣ってしまう。


「ああ、それで学校に避難する。 出入り口にはバリケードを張って、俺と冬木はひとまず避難に成功した。 だが食料はあまりない、二人で分けたとしてもせいぜい一週間かそこらで尽きてしまう」


「なるほど、それで私と成瀬君は数少ない食料を奪い合い……」


「いや違うけど。 ねえ冬木さん、あなたもしかして俺と戦いたがってるの?」


 前の物置での話であったり、なんだか思考が物騒である。 常識的に考えて、ここは取る行動なんて一つだろう。


「食料を確保しにスーパーへ向かうことにするだろ? で、もちろん店員はいないしお金もない、だから食料はそのまま持っていく」


「それはそうですね。 そのままではいずれ餓死してしまう、緊急避難に当たると思います」


「だろ? だからそれは俺の今日の格好と繋がるんだ」


「……はい? すいません、仰っている意味が1マイクロメートルも理解できません」


 呆れたように冬木は言う。 まるで地球外生命体と話しているような反応だ。


「だから、今日は寒いから制服だと俺が凍死するんだよ。 なら校則を破ってしまうのは仕方のないことなんだ」


「成瀬君はマンボウか何かですか?」


「どう見ても人間だけど。 でも、もしもそれで俺が凍死したらどうするんですかって言ったんだよ」


「北見先生に?」


「そうそう」


 廊下ですれ違ったとき、制服を着なさいと一言言われた。 北見も寒いのは分かっているのか、あくまでも建前上言ったという感じであったが、心底性格が悪い俺は上記のように反論したのだ。


「田んぼの様子を見てくるとか、大雪だけど外出てみようとか、軽装で山に行くとか、台風近いから海に行くとか。 そういうのと一緒ですよって」


「最善の注意を払うべき、最悪の事態を想定すべき、ということですね。 それで結果は? 許可は降りたんですか?」


「昼休みに職員室に呼び出されてずっと説教されてた」


「でしょうね。 そもそも教室内は暖房が付いてますし」


 そうそう、同じことを言われたよ。 教室内には暖房が付いているんだから、と。 それに加え、先生が使ってる貼るホッカイロあげるからと一つホッカイロを貰った。 なんだか使うのも気が引けるので未だにポケットに入ったままである。


「でも寒いもんは寒いし仕方ないだろ。 まだ10月だけど」


「真冬になるともっと寒いですよ。 私もさすがに素足だと寒いのでタイツを履きますし」


「……」


「……足をジッと見るのをやめてもらってもいいですか」


 冬木は言い、スカートの裾を引っ張り足を隠すようにする。 いや、思春期男子としてそう目の前で言われたら実物の足を眺めながらイメージするというのは至極当然のことである。 おかしいのは俺ではない、そんな妄想を駆り立てるようなことを口にする冬木のほうだ。


 しかし、真冬になるとやはりもっと寒いのか。 いっそのこと冬眠をしたくなってきたよ俺。


「冬に生きていける自信がどんどんなくなっていくな」


「大丈夫ですよ、私も成瀬君もどうせ家からあまり出ませんし」


 ごもっとも。 俺も冬木もインドア派、雪が降ったからといって雪合戦をしよう! とか、雪だるまを作ろう! とはしゃぐタイプではない。 どちらかというと降り積もる雪を眺めながら「外寒そうだなぁ、暖かい家の中で食べるアイス美味しいなぁ」と思うタイプである。


「ま、冬になってから考えるか。 どんくらい寒いのかイメージし辛いけど」


「そうですね、寝るときに水道の水を出しっぱなしにしないといけないくらいです」


「……地球温暖化はどこにいったんだよ」


 泣きそうになりながらも、苦笑いをすることしかできなかった俺である。

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