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翌日。
相変わらず慣れないスカートで、慣れない敬語で、慣れない媚びっ面の一日だったが、どういうわけか、「少し余裕出てきた?」と職場で同僚に言われた。
あまり実感はねえんだが、言われてみると少し気分が楽になっていたような気がするから不思議だ。
で、終電を乗り継いで帰ってきた。
一階のフロアに入ったとこで、少し迷ったが、エレベーターではなく階段を選んだ。いや、さすがに、なあ。
万が一にもまた会いたくねえし。
と、思ったんだが。
思ったんだが!
疲れて深夜に帰ってきた後にこの階段はきついぜ、と、げんなり足下を見ながら昇っていると。
その足下に、人の頭ぐらいの大きさの丸いのが上から転がって落ちてきた。
げ。
「ぎ、……ゃぁ?」
一瞬悲鳴が出そうになったが、よく見ると、それはサッカーボールだった。普通のサッカーボール。
ほっ。
と、安心して、拾い上げたのも束の間。
「おおおお姉ちゃああああん、サッカーああああ、しよおおおおぜええええ」
三百六十度全方位に放射されているような間延びした妙な声が、階段の上のほうから聞こえた。
見上げると。
小学校高学年ぐらいの子供が階段の上にいた。
その肩の上には首が無くて。
その首がどこにあるかというと。
右手の指を垂直に立てていて、その上で見事に回転していた。なんかサッカー好きの野郎とかバスケ好きの野郎とかがたまにかっこつけてボールでやってるやつ。
素敵な水平回転。
……え、待って。
待ちやがれって。
その子供は、明らかに、昨日の女じゃあない。ってことは。
「昨日の女だけじゃねえのかよ!?」何人もいるんかい!
すると。
「あ、今、呼んでくれた? 嬉しいなあ。ぐらっど、ふぉー、みー」
いやがった。
子供の隣に昨日の女が、ひょいっと、首を出した。今日は最初から首が外れていて、手に持ってやがる。
「話は変わるけど、階段って最高の場所だよね。見上げるのに適した段差。ないすすていあ、ないすすとーりー。
というわけで、ぽいっと。いっと、いず、まいへっど」
ひょいっと、自分の首を転がしてきた。
首は階段を転がり落ち、あたしの横を通り過ぎ、すぐ下の踊り場に到着して、壁に当たって止まった。
「よーし、べすとぽじしょん到着ー。
見上げる神秘の景色を堪能……ぶばっ!?」
させるかよ!
というわけで。
あたしは、手に持っていたサッカーボールを思いっきり投げつけていた。
サッカーボールは正確に女の首に当たり、その勢いで女の首は弾き飛ばされて、さらに下の階段まで転がり落ちていった。サッカーボールも、壁に跳ね返って同じく階下のほうへ。
階段の下のほうから声。「わー、落ちる。落ちてる。ふぉーりんらぶ、いん、ゆー」
階段の上から声。「ああああ、マイボールうううう! 待てええええ!」
自分の首を水平回転させたままの小学生がサッカーボールを追いかけて階下に向かい、女の体も同じく階下に慌てて走っていった。二人とも、あたしの横を騒がしく通り過ぎていった。
しばらくして階下からまた声。
「また明日ねえ。あいるびー、ばっくー」
「明日はああああ、一緒にいいいいサッカーああああ!」
あたしは、ため息をついた。
まあ、あれだ。
引っ越そうにもあたしの首は回らない現状だし。そんな余裕無いし。
世の中にも、このビルにも、慣れるしかないってことかな。ちくしょう。




