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「五階でーす。このビルの最上階でーす。あんだすたーん? みすあんだすたーん?」
と、首が言った。
「降りないの? どんとあんだすたん?」
あたしは言った。「どど、どんど、どうぞ、先に降りていいですよ。間違えてこの階まで乗っちゃったけど、あたしの部屋、こ、この階じゃないんで」
「そーなんだ。あいむあんだすたん」
入り口近くに落ちたままの首が、じろじろとこちらを見ていた。見上げていた。
あたしはエレベーターの中でなるべく首から離れた位置にいて、あと、スカートの裾を押さえて万が一にも覗かれないようにしていた。
女の首がしばらく考えるような顔をした後、体の方が、押していたエレベーターの『開』ボタンから指を離した。
でも、なぜだか足を動かそうとはしねえ。
あたしたちを乗せたまま、エレベーターのドアがまた閉まった。
女の体が一階のボタンを押して、エレベーターが下降しはじめた。
あたしの部屋がある四階をまた通り過ぎていく。
さっさと降りろよ!
いつまでエレベーターに乗ってる気だよ!
エレベーターに常駐しているエレベーターガールかよ! お高くとまったデパートかよ!
エレベーターが揺れて、一階についた。
「一階ー。一階でーす。ふぁーすとふろあーでーす。ふぁーすとふろあーとぅーですー」
ドアが開いたが、やっぱり女は出て行かない。もしかして、マジでエレベーターガールを気取ってんのか?
どうもそんな気がしてきた。
女の首がじろじろとあたしを見ていた。あたしは反射的に、社会人生活で覚えてしまった不満や失敗をごまかすとき用の媚びっ面を返した。ちくしょう。
ドアが閉じた。五階のボタンが押されていて、古いエレベーターがまた大きく揺れて、上昇を始めた。
また二人っきりの閉鎖空間。
「暇だねえ。なっしんぐ、とぅ、どぅー、どぅるどぅー」
女の首が気安げに話しかけてきた。何様のつもりだよ。友達感覚かよ。「そそそ、そうですね! さっさとここを出て、すること探しに行くのが良いんじゃないですかね!」
「いっち、に、さん、し。なんか頭かゆくなってきた。いっち、いっち」
女の体が暇そうにアキレス腱を伸ばす運動を始めたかと思うと、途中でやめてパンプスを脱ぎ、タイツを穿いた足先を転がっている自分の頭に伸ばした。頭頂部の髪をかき分けて、げしげしと踏みつけるように揺すった。「うん、そこ。おーけー、ないす、かもん」なんだこの光景。
エレベーターが五階に到着し、ドアが開いて、閉じて、また下降を始めた。
ついに女の体は自分の首で壁サッカーを始めた。激しいやつじゃねえけど。軽く蹴って、エレベーターの壁に回転しながら転がって、跳ね返って、女の足がそれを受け止める。その繰り返し。「世界が回る、回る、回る。ろーてーしょん。ろーてんしょん? はいてんしょん」
やめろ! なんか見てて頭が痛え! 実際にはあたしは痛くねえし、女の首もなんか平気な顔してやがるけど、でも見てて痛え!
あたしが引きつった媚びっ面を浮かべていると、唐突に、女の体がちょうどサッカーボールを足下で止めるようにして壁サッカーをやめ、女の首が言った。
「そんな首を縮こまらせて生きるのって、楽しいの? あーゆーはっぴー?」




