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なんか首がぐるぐる回ってる女と、エレベーターの中で二人っきりになった。
三百六十度かける無限の水平回転。
フクロウなんか目じゃないぜ!
すっげえ。
すっげえ怖え。
すぐに、ここから出て行きてえ。
時刻は深夜二時。
仕事が終わって、終電を乗り継いで、やっとこさ帰ってきたとこ。
引っ越したばかりの住居で、やたら古いビルで、あたしの部屋は四階。そこまで昇る途中、やたら古いエレベーターの中での出来事。
家賃が安かったので選んだが、幽霊が出るという噂のビル。
……本当に出るとか、思わねえじゃん?
怖え。
エレベーターに乗るんじゃなかった。階段にすりゃよかった。
入ったときにすぐ気づければよかった。
ともかく今は、すぐに、出て行きてえ。
だけどエレベーターのボタンがある場所は女が陣取っていて、開閉ボタンを押すにはその女に近寄らなきゃなんない。
女の首は、素敵な水平回転のぐるぐるの間、こちらに目が向けられる間、じっとこちらを見てやがった。
近寄りたくねえ。
ので、言ってやった。
「す、すすすすすすみませんが、次の階で降りたいんで、ぼ、ボタン押してくれませんかねえ!」
……めちゃくちゃどもった。
「……」
女は無言で、ボタンを押した。
あたしは、ほっとした。なんだ、見かけは怖いが、少なくとも見かけよりは怖くなさそうだ。
そーだよな、首が回転しまくってることを覗けば、あたしと同い年ぐらいのどこにでもいる女だ。むしろ、どっちかっつーと弱っちそうだ。
今年から始まった社会人生活に疲れてるとはいえ、学生時代にいろいろヤンチャしてたあたしからすりゃ、びびる理由なんかねえ。
そう思ったのも、束の間。
女の首が、ねじれすぎて、パン生地か何かのように、ぶちんとちぎれた。
エレベーターの床に落ちた。
「ぎゃあああああああ!?」
あたしは叫んだ。
チン、と音が鳴って、エレベーターが止まって、ドアが開いた。
女の、立った姿勢のままの首から下が、手で『開』ボタンを押していた。閉まらないように、あたしが出るまで押してくれるようだ。
そんで。
女の首は、床に転がったまま、じっとこちらを見上げていた。
狭いドアで、女の首はちょうどドアのところに転がってるので、出るにはその首に近づき、またがなきゃいけない。
あたしが立ちすくんでいると、まばたきもせずにじっと見上げている女の首が言った。
「あいむ、ろーあんぐらー」
ろ、ろお、なんだって?
外国語か? なんでだよ。
「床すれすれから見上げる他人の股間の景色が好きなの」
……。
恐怖以外の感情が混じってくるのを感じた。嫌悪感ってやつ。
なんっつーか、会社員になってから日常的に着るようになってようやく慣れ始めたスカートが急にまた恥ずかしく思えてきた。ちくしょう、学生時代は一度だってスカートなんか穿かなかったんだ。いや、中学校までの制服はスカートだったけど、それ以外じゃ絶対に。選択肢があれば絶対に。つーか、スカートじゃバイクに乗るのにも困ったし。
それが今じゃ、服装は自由と言っておきながら女性社員は女らしくスカートという風潮の会社の雰囲気に圧されてスカートを穿くようになり、こうして同じ女とはいえ生首に覗かれようとしている。
慣れないスカート。慣れない敬語。慣れない媚びっ面。
嫌だ。ぜってえ、この首はまたいで通りたくねえ。
あたしは言った。
「あああ、あの、あのの、首を落としてますよ? 拾ったらどうでせうか」いや、びびってるわけじゃねえのよ? あれだ、その、なんか驚いて口がうまく回んねえだけだから。
「のーぷろぶれむ。お構いなく」
構えよ!
さっきまで、首が体の上にあった間は完全に無口だったじゃん!
なんで首が落ちた後は流暢に日常的会話をしようとしてんだよ!
「ねえ、降りないのー? あ、階を間違えたの? じゃあ、ドア閉じちゃうね。くろーずー」
立ったままの体が、『開』ボタンから指を離した。
ドアが、音を立てて閉まっていく。
ち、ちくしょう、妙ちきりんホラー空間と化したこのエレベーターからの出口が。
ドアは無情にも完全に閉じやがった。古いエレベーターが必要以上に大きく揺れ、上昇を開始した。
また狭い空間に二人っきり。つーか、あたしと、ボタンの前に立ってるこの女の体と、床に転がってるこの女の首。二人っきりなのに、動く数は三。




