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異世界で、片付けられない魔術師様の使い魔になりました!  作者: 林 ちい
異世界で、片付けられない魔術師様の使い魔になったみたいです。
6/8

 庭に転がった呪いの熊さんと、あたしの顔を。


「…………あ、あの、カノッ」


 宝石みたいな蒼い眼を丸くして、交互に見る御主人様に。


「御主人様! 要る、要らないの判断に三秒以上かかった物は不要品とします!」

 

 伝家の宝刀『三秒ルール』の適用を声高らかに宣言し。


「えっ、さ、三秒っ!?」


 片付け魔な使い魔として、この汚屋敷の断捨離を強制執行した。





 そして。 

 部屋が夕日の色に染まる頃。

 四時間に及ぶ激闘の末。

 あたしはこの汚屋敷、いえ、御屋敷に。

 床を、取り戻した。 


「御主人様、お疲れ様でした!」

 

 整理整頓と掃除が大好きなあたしが、今、感じているのは。

 疲れではなく、喜び。


「この家で床を見たのは何年ぶりだろう!? "黒き悪魔”の度重なる出現にも一切怯まず冷静に排除し、この家をここまで片付けてみせるなんてっ……さすが最上位の片付け魔だ!」

 

 依頼人(御主人様)の惜しみない感謝と賛美の言葉が、達成感に満ちた心に染み入りります!


「いえいえ。これくらいお安いご用ですわ、御主人様」


 ふっふっふっ……褒めて褒めて♪ 

 御主人様、もっと褒めても良いのですよ!?


「ありがとう、カノコ! 君のような優秀な片付け魔を使い魔にできて、僕は本当に幸運だ!」

 

 好きなことをしてこんなに喜ばれるんだもの、片付けって最高っ!


「予想以上に短時間で終えられたのは、御主人様が断捨離を頑張ってくださったからです! ありがとうございましっ……ッ!?」


 ぐきゅるるるう~~。


「……」

「す、すみません!」  


 盛大に鳴ってしまったお腹が恥ずかしくて。

 顔に、熱が一気に集まるのを感じた。


「……魔族もお腹が鳴るんだね?」

「今日、お昼を食べる前にここに来ちゃったんで……その、えっと……」


 作業中のあたしは片付けができる歓喜と興奮によりアドレナリンが出ているのか、喉の渇きも空腹も感じないんだけど……不要品と他種のゴミを取り除き現れた全ての床をモップで拭き終えると、途端にお腹が空腹を主張した。

 汚屋敷から御屋敷へと戻ったのを視角を通して脳が実感し、作業に夢中なあまり押し込められていた食欲を一気に浮上させてしまったようだった。

 あ~うぅっ~、すっご~くお腹が空いたっ!

 喉渇いた、炭酸飲みたいっ!

 糖分もがっつり摂取したい! 

 ……って、言いたいんだけど……。


「…………」


 とりあえず、御主人様をジーッと見た。


「……ん? カノコ?」

「……」


 あたし、お腹空いたんですけど!?

 ご飯を食べたいです!

 雇用条件では三食おやつ付でしたよね!?

 察してください!

 魔術師なんてファンタジーな存在の御主人様は、いざとなったら仙人みたいに霞を食べて生きていけるのかもしれませんが、あたしにはご飯が必要なんです!


 と、念を送ってみた。


「…………食事にしようか?」


 察してくださり、感謝です!


「は、はい! ありがとうございます、御主人様!」


 モップの柄を両手で握り、飛び上がらんばかりに喜ぶあたしの姿に。

 御主人様が蒼い眼を細めてくすりと笑いながら……。


「カノコ、髪に藁がついてるよ」


 頭頂部から藁をとってくれた。

 この藁は、片付けていく最中に何故か、ゴミ堆積の中層部分から大量の藁が登場したモノで……御主人様も何故こ室内に藁があるのか、なんのために持ち込んだのか、まったく覚えていなかった。

 藁……見た目は藁だけど。

 ミントみたいな清涼感のある香りがしていた……こっちの世界の藁って、これが普通なのかしら?


「え? あ。ありがとうございま……あ! 御主人様の髪にも藁がついてまっ……すみません、届かないです」


 夕日に照らされて絶妙な色に輝く御主人様の銀髪にも藁がついてるのを発見したあたしが伸ばした手は、身長差のため届かなかったのだけれど。


「……これで届くかい?」


 すぐに、御主人様が少し屈んでくれた。


「あ、ありがとうございます」


 藁を取りながら、まるでCGのように整った顔を間近で見てしまい……その睫毛の長さに、やっぱりつけまと違って、天然物の綺麗さはさすがだと感心してしまった。


「……」


 この。

 今まで見たことのないほど麗しい、銀髪碧眼の美形魔術師が。

 あたしを、異世界に使い魔として召喚した御主人様で。

 片付け魔な使い魔として、あたしはやっていかないといけないんだ……異世界、で。


「…………あ、あたし……」


 片付け魔としての初仕事を無事終えた興奮が、徐々に冷めてきたあたしの中で。 

 空腹感を追うように、不安が滲み出てきた。


 ーーあたし、本当に大丈夫なの? 

 ーーこのまま帰れないなんてこと、ないわよね?

 ーーもし、御主人様に魔族の片付け魔じゃないことがばれたらどうなるの!? 


 今更ながら。

 濃くなっていく不安に。


「……ッ」


 ポロリと。

 堪えきれず。

 左眼から、涙が落ちてしまった。

 あ、やだ!

 こんなの、あたしらしくない!

 お腹が空きすぎて、弱気になっちゃったんだ!

 両親さえドン引く激ポジティブなところが、あたしの長所なのに!


「カノコ? どうしっ」

「す、すみません、御主人様! あたし、お腹が空くと涙が出ちゃうタイプの片付け魔なんです!」


 なんじゃ、そりゃ。

 と、自分でも思った言い分けだけど。


「…………そうなんだ? それも教本には書いてなかったから、知らなかったな……」


 御主人様は、止まらぬ涙を手で拭うあたしの頭へと手を伸ばし。


「ごめんね、知識不足の頼りない御主人様で」


 撫で、た。

 撫でながら。

 おでこに。

 チュッて。

 キス。

 を、した。


「○★×△ッ!?」

「……ふふ、母から教わった涙が止まるお呪いなんだ」


 両親にさえそんな甘~いことをされたことのないあたしは、驚きと恥ずかしさで言葉を喉に詰まらせてしまったけれど。


 ぐぐきゅるるるう~。


 情緒皆無なあたしのお腹は、黙っていてはくれなかった。



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