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「……」
御主人様が書いてくれた見取り図によると。
この汚屋敷、もとい御屋敷は緑溢れた庭園を持つ2LDK+納戸の平屋だった。
あたしが最初にいた汚部屋が居間で、三十畳ほどの広さ。
そしてその居間をはさんで二つの部屋があり、それぞれが二十畳ほどあるようだった。
御主人様への聞き取り調査によると、私の予想通り居間と寝室にしているここ以外の部屋も同じような惨状のようで……納戸も滅茶苦茶な状態で、魔窟と化しているらしい。
「と、いうことは。分別した物の仮置き場を室内には確保できない………御主人様! まずは外に要らないモノをどんどん出して、室内には要るモノだけ残しましょう!」
本当は室内にある物をすべて外に出し、掃除部隊と分別部隊に別れて作業を進めるのが理想なんだけど。
その方法は、今の状態では無理だしね。
「……え? 僕も一緒にっ!?」
御主人様の端正なお顔には、驚きの表情が。
その様子から、御主人様は今まで部屋の片付けを頼んだ人達とともに作業しなかった……もしくは作業させてもらえなかったんだろうと、あたしは悟った。
「手伝ってもいいのかい?」
「はい、ぜひお願いします!」
……なるほどねぇ。
掃除婦さんに手伝うって言っても、させてもらえなかったのかもね……。
隣の敷地との境界の見えない広い庭のある平屋一戸建て物件に一人で住み、食事はいっさい自炊なし、経済観念ゼロっぽい魔術師なんていうFT職種のこの御主人様って、なんかお金持ちみたいだし……。
ここが階級社会だったら、掃除婦さん達にとってはこの人の手伝いなんてかえってありがた迷惑よね、きっと。
でも、あたしはがっつり手伝ってもらいますからね!
一緒に苦労して片付ければその経験は今後、御主人様にとって役に立つ経験となるはず!
それに、御主人様にはこれを……断捨離をしてもらわないと、先へ進めないもの!
「御主人様、ちなみにこれは要りますか?」
あたしはベッドの端に移動し、手を伸ばしてうずたかく積もったゴミ(仮)を一つ掴み、御主人様に訊いてみた。
「え? あ、それはっ……」
あたしの掴んでいるゴミ(仮)は、魚を咥えた木彫りの熊だ。
日本人なら誰もが知っているであろう北国の定番品を思い出さずにはいられないこのビジュアル!
どこの世界でお土産品は、ある程度似たような傾向になるのかもしれない……が、この熊さんは日本人感覚では売り物とは思えないほど雑な作りだった。
切りっぱなし彫りっぱなし(?)なのか、表面が木の繊維でがっさがさで、しかもショッキングピンクとメタリックパープルのマーブル模様に塗られていた。
まるで呪いの熊っていう感じの、半端ない不気味っぷり。
こんなのをお土産をもらったら、あたしだったらそこに悪意しか感じない。
即効捨てるか、マニア狙いでメ★カリ行きですよ。
「そんな民芸品がうちにあったっけ? ……あ! 北方地帯に魔獣駆除に行った時に買ったんだった! すっかり忘れてたよ。色んな色が売っていたから全色買って……確か、十二個買ったんだ!」
「じゅ、十二個っ!?」
お土産じゃなく自腹購入で、この熊さんを全色コンプリートですか!?
「せっかくだから、これを機に飾ってみよう! よし、物が決まれば探すのは魔術で簡単にできっ……」
「いけません!」
御主人様がまたナイフを手にしたので、あたしはささっとそれを取り上げた。
「あたしが貴方の使い魔をやってる間は、自傷魔術は使用禁止ですっ!」
「いや、しかしっ……でも、だって他の色を探さないとっ」
「御主人様! 片付けにおいて“でも”とか“だって”は禁止用語です!」
「き、禁止用語!?」
「この呪いの熊さんは外行き決定です! もちろん全色フェードアウトです!」
唯一の安全地帯のベッドから汚空間へと、あたしは長靴を履いた両足を勢いよく降ろし、立った。
ずぶずぶと沈むことはなく、想像以上に足場はしっかりしていた……それは、安定するだけの高いゴミ密度がある証拠だった。
仁王立ちし、ベッドの上からあたしをポカーンと見る御主人様はポカーン顔でもイケメンはイケメンだった。
うう、ちょっと可愛いかもなんて思っちゃうじゃないの!
でも、あたしは負けませんから!
「いいですか!? 御主人様! 貴方は今の今までこの熊さんの存在自体を忘れていたのですから、つまり貴方にとってこれは、必要性がないということですっ!」
反論をする隙を与えず、あたしは間髪入れずさらにたたみかけ。
ずんずんとゴミ(仮)の上を歩き、窓へと近づき。
「つまり、あなたにこれは不要! 不要品と言うことです!」
「いや、でも。今後、飾るかもしれないだろう!?」
あ、でた。
やっぱりでましたよ、"かも”が!
「御主人様! "でも”は禁止用語って言いましたが"かも”も禁止用語とさせていただきますから!」
庭に面した大きな掃き出し窓の真鍮の取っ手を掴み、窓を全開にし。
「さぁ、御主人様! 断捨離スタートです!」
不要品第一号に認定した呪いの熊を。
「え? だんしゃり? あ、ちょっと待っ……ッ!?」
全力投球で。
"さよなら”、した。