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最初に見た部屋同様、この寝室もベッド以外の場所は多種多様な物体で足の踏み場もなく、それらが堆く積み重なっている。
典型的な『片付けられない』人の部屋だった。
「……カノコ。魔王ですら脱兎のごとく逃げ出すという黒き悪魔(ゴ★ブリ)をあんなにも容易く撃退してしまう君の力を疑うわけじゃないが、本当にこの部屋をどうにかできるのかい? 今まで三十人以上の掃除婦達が勘弁してくれとさじを投げたんだよ?」
御主人様は軍手を装着したあたしの手をとり、蒼い瞳で周囲を見回しながら言った。
その言葉に、あたしは疑問を感じた。
普通の人は難しいかも知れないけれど、掃除婦さんっでしょう?
つまりは、この世界での掃除のプロなわけよね?
その人達がさじを投げた?
確かにハイレベルな汚部屋だけど、プロなら片付けられるレベルだと思う…………あっ!?
もしかして掃除婦さん達が諦めた原因って、汚部屋そのものじゃなく家主が、依頼主である御主人様が原因なんじゃない!?
いままでバイトで色々な汚部屋と戦って全戦全勝のあたしだけど、苦戦を強いられたケースの原因は全て依頼主(汚部屋の住人と依頼主が異なる場合も多い)、または汚部屋の主自身だった。
全てこちらお任せというスタンスではなく、善意から積極的作業に参加してくれた時に高確率で起こるお決まりのパターンがある。
多分、御主人様もきっと責任感と善意から掃除婦さん達と共に作業に参加して、結果として……うんうん、きっとあの"あるある”だ。
「はい、御主人様。あたしは大丈夫です」
そういうのにも慣れてますから、あたし!
魔王を倒せ言われても、即効断るけれど。
ゴ★ブリ退治なら引き受ける。
世界を救えと願われても、あたしには無理だと言って逃げちゃうけれど。
御主人様を、この汚部屋から救ってあげることはできる。
だってあたしは、自他共に認める片付け魔!
片付け魔の日本代表、ううん、地球代表としてこのハイレベルな汚部屋を攻略してみせますとも!
「さすが最上位の片付け魔だ。頼もしい! じゃあ僕はここで、君の片付け魔としての仕事を見学させてもらう。でも、手は出さないけれど口は出させてもらうよ? ここにある全部がゴミというわけじゃないから、処分されたら困る物もあるんだ」
あ~、うん、やっぱりね!
あたしの考えていた通り、御主人様は『片付けられない』と同時に『捨てられない人』だ!
「そうですよね、ゴミだけじゃなくて御主人様が必要だと思っている物もありますよね!」
御主人様の手に握られた手をはずし、今度は自分から御主人様の手をぎゅうっと握り。
「御主人様。その必要だと思っている物がなくて、困ったことはありましたか? 多少不便はあっても何とかなってたんじゃないですか?」
「……え? あ、まぁ…………言われてみればそうかな?」
記憶を手繰るかのように首を傾げる御主人様に。
にっこりと微笑み、言った。
「断捨離しましょう、御主人様」
「ダンシャリ?」
「はい。断捨離、です」
断捨離。
それは片付け魔にとって最高で最強の呪文。
あたしが『片付けられない』御主人様に贈る、魔法の言葉。