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異世界で、片付けられない魔術師様の使い魔になりました!  作者: 林 ちい
異世界で、片付けられない魔術師様の使い魔になったみたいです。
2/8

 あたし、西山かのこは。

 人生初のキス(しかもディープなやつ!)を経験し。


「…な、なんでベッドなんですかっ!?」

「なんで?」


 あれよあれよと言う間に、汚部屋の隣の部屋に……勿論、これまた汚部屋な寝室で唯一の空白地帯(?)だったベッドへと運ばれて。


「片付け魔ニシヤマカノコ。もっと君を知りたいからだ」


 掃除した形跡のない窓から差し込む陽にきらきらと輝く銀髪と、埃っぽく淀んだ空気さえも清らかなものに浄化してしまいそうなほど澄んだ蒼い眼の美形に押し倒されて。


「リ、リカ=レッシュさんっ!?」


 異世界でも言葉が通じることのありがたみを感じる余裕もなく。


「君は僕の使い魔になったんだから、御主人様って呼んでくれるかな?」

「う、あ、は、はい! ご、ごご、御主人様っ!」


 "大人への階段”の、次のステップに進っ……進まなかった。

 あたしがこれから進むステップは"大人への階段”ではなく。


「高位の魔族ほど人間に近い外見をしているって、召喚術の教本にはそう書いてあった。こうして息が触れるほど近くで見ても、君は人間の女の子にしか見えない。つまり君は片付け魔の中でも高位も高位、最上位ってことだろう?」

「さ、最上位の片付け魔っ!?」


 使い魔としての階段だった。


「耳も尖ってないし、牙も無い……もしかして、しっぽはあるのかい?」


 あたしの顔を覗き込んでいたリカ=レッシュさん……御主人様の蒼い眼が、下半身に視線を向けた。

 今、彼があたしにしていることはほぼほぼセクハラ(性的な意味じゃないとしても)なのに、嫌悪感が沸かない。

 沸いたのは嫌悪感ではなく、罪悪感。

 ご期待に添えずしっぽが無くて、すみません的な……。

 キスされたり、服の上からとはいえ下半身をガン見されたりした被害者(?)であるあたしのほうが罪悪感をもってしまうなんて、美形って得だ……うん、絶対に得してる。


「な、ないです! しっぽ、ないですから!」

「そう、じゃあ外見は全く人間と同じなんだね」


 いえいえ、中身も同じです。

 またもご期待に添えず、申しわけありません。

 すみません、だってあたし、普通の人間なんです。

 ……人間だけど、異世界人のあなたからすればあたしは異世界人なわけで。 

 魔族じゃなく異世界人だって正直に言ったら、この人はどうするんだろう?

 あたしは、どうなるんだろう?


「…………あ、あの。御主人様っ」


 あたしはこの人に召喚された。

 片付け魔として、召喚された。


「なんだい? ニシヤマカノコ」


 この人が、御主人様が必要としてるのは使い魔にする片付け魔であって、異界人の女子高生じゃない。

 もし、あたしが普通の人間だって分かったら。

 しかも異世界人なんてばれたら………………う~あ~、駄目!

 悪い結末ばかり浮かんでくるんですけど!?


「……御主人様。ニシヤマはいりません。名前はかのこなんで"カノコ”でいいです」

「カノコ? 分かった、これからは君をカノコと呼ぶよ」


 もう、やるしかない!

 誤解は解かずに、生かす方向でいくしかない!

 魔族だが悪魔だがいまいちよく分からないけど、片付け魔という設定に乗っかるしかないっ!

 良いこと、かのこ!

あんたは今から、女優になるのよ!?


「御主人様。あたしはあなたの仰っていた通り、最上位の片付け魔です」


 そう、あたしは女優っ!

 ここは、小学校の学習発表会ぶりの大舞台!

 役はお姫様でも魔法使いでもネズミでも通行人Aでもなく、『最上位の片付け魔』!

 最上位ってことは、やっぱり強気キャラですよね!?


「つまり、あたしは片付けの能力に特化しているので、他のことは人並みにしかできません」


 それに、あたしが片付け魔なのはまんざら嘘じゃない。

 地球基準というか、日本基準の片付け魔ですけどね!


「能力の特化による力の偏りってことかい? そういったことは教本には記載されていなかったな……なるほど、興味深い新事実だ」


 え?

 ちょっと、ちょっと!

 そんな簡単に信じちゃっていいんですか!?

 ……ま、あたしには好都合!

 遠慮無くのっかいちゃいましょう!


「……え~っとですね。なので、食事も睡眠も普通の人と同じように必要なんです」

「普通の人間と同じ? ……魔族は生肉や生魚しか食べられないって、聞いたことがあったけど……特別な物を用意しなくても、カノコは僕と同じ物を食べらるんだね?」 

「……はい(ここは生食NGなのね。残念、お刺身大好きなのにな~)」

「お菓子も食べられるのかな? 僕、こう見えて甘い物が好きなんだ。午後のティータイムには、必ずお菓子を食べるんだ」

「はい、ぜひご一緒させてください!」


 やった!

 朝昼晩の三食に午後のティータイムもゲット♪

 なんか、ほのぼのしてきた…………もしかして御主人様って、騙されやすいタイプ? 

 それともあたしの演技がアカデミー賞級だとか!?


「御主人様。使い魔になるというのは言い換えれば雇用契約を結ぶということです」

「うん、まぁ、そうだね」


 

 整理整頓&掃除以外にも、こんな才能があたしの中に眠っていたなんて!

 もとの世界に帰ったら、劇団のオーディションを受けようかしら?


「雇用の報酬として衣食住の提供、賃金の支払いもお願いします。あ、できれば日払いで」

「さすが最上位の片付け魔だね! 魔族から雇用条件提示されるなんて。こんなところまで整理整頓とは……ふふ、恐れ入ったよ」

「あと、住み込みではなく通いで働きたいんです」


 そう、これが一番大事!

 三週間後には、結婚二十周年記念に日本一周の旅に出た両親が帰ってきてしまう。

 それまでに家に帰ってないと、あたしは行方不明者になっちゃいますから!


「通い? さすがにそれはちょっと無理だ」

「あたしにはあたしの事情があるんです! あ、御主人様が死ぬまでっていうのも無理ですよ?」


 どうみても20代の御主人様が死ぬまでなんて、そんな何十年も使い魔ごっこなんてやってられないもの。


「えぇっ!? 使い魔と契約は特殊な場合を除き召喚主が死ぬまだって、教本に書いてあったのに!」

「あたしがその特殊な場合の一例です(嘘ですけどね)。御納得いただけないなら、契約破棄させていただきますけど? あたしは最上位片付け魔なので、自分の意思で契約破棄することも可能なんです」 

「えっ!? そんな馬鹿なっ!? それも教本には書いてかった!」


 う~わ~、また教本ですか?

 意外とマニュアルにこだわっちゃうようなタイプなのかしら? 


「そういったクレームは出版元か作者にお願いします」

「そ、そんな……」


 でも、最初の印象と違って……強引な人かと思ったけれど、強気で押せばなんとかなっちゃうというか穏やかな性格というか。

 顔に見合わずけっこうお人好しなのね、御主人様って……。


「どうします? 御主人様」


 あたしは、宝くじが当たる確率より低いであろう異世界トリップを引き当ててしまった。

 このことが当たりかハズレかは、まだ分からないけれど。


「………………………召喚術の教本は、たまたま古本市で手に入れたんだ。とても古い本だし保存状態も悪くて、返還術について書かれている部分は特に痛みが激しい。復元して解読するまでどんなに急いでも2~3週間はかかると思う。だから当分は、この部屋で僕との同棲をお願いしたいんだけど? いいかな?」


 御主人様はあたしの上からどき、ベッドの上できちんと正座してそう言った。

2~3週間か……ぎりぎりだけどしょうがない。


「御主人様。同棲じゃないです。雇用関係なんだから、住み込みです」


 あたしも身体をおこし、御主人様と向き合うように正座した。

 必要とされて、ここへ来たのは間違いないわけだし。

 前向きに考えようと思う。

 それに。

 このハイレベルな汚部屋を見たら、片付け魔としてがぜんやる気が湧いてきてしまったし。


「あ、うん、住み込み……うん、そうだね……」


 何より。

 この汚部屋の住人である、この御主人様のことを。

 なんだか放っておけないのよね……。


「では、御主人様。さっそく使い魔としてお仕事をさせていただききます」


 そして、片付け魔としての。

 あたしの、異世界での使い魔ライフが始まった。





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