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※いったん完結とさせていだだきましたが、後日(すみません。時期は未定です)連載設定に戻して続きの章の『異世界で、片付けられない魔術師様の婚約者になりました!』を投稿予定です※
それは、夏休み真っ最中の八月某日の出来事だった。
「……なっ」
あたしは、"我が眼を疑う”ってテンプレフレーズを。
はじめて、体験した。
「なんなのよ、ここっ!?」
庭の草取りをするために、玄関ドアを開けた私の目の前にあったのは。
足の踏み場もないほど、多種多様なもので埋め尽くされた空間だった。
「……あたしが開けたって、うちの玄関よね? あ、あれ?」
長靴を履いた足を。
一歩、踏み出すと。
「ひっ!? き、きゃああああああっ!」
まるで底なし沼のようにずぽっと、脚が沈んでしまった。
「ちょ、やだっ! どうしよう!?」
身動きできないまま、周囲を見回すと。
明らかに使用済みの食器、無造作に放られた衣類、丸められた紙、大小さまざまな瓶、開きっぱなしの無数の本等々が……そして、食べかけのパンや果物。
乾パンやドライフルーツっぽいものもある。
あれは長期間放置された結果、不本意ながらもそうなってしまったものだろう。
「……ぶほっ! くさっ!」
窓が開けられているためた換気はされているが、誤魔化しきれないすえた腐敗臭がぷわ~んと漂っていた。
「お、汚部屋っ!?」
そう。
どこをどう見ても。
ここは、"汚部屋”だった。
「と、とにかくここから脱出しないとっ……ん?」
ゴミの沼から脱出しようと、草むしりのために軍手を装備した両手を動かすと。
ゴミの間からかさかさという音がして……。
ぶぶぶ~ん。
聴き慣れた羽音がし、あたしの頬にペタッと『奴』が着地した。
「……」
あたしは幸いにも軍手をしていたので、躊躇いなく『奴』を掴みポイッと投げ捨てた。
清掃業のバイトでゴ★ブリ君に慣れているあたしは、ゴ★ブリ君への耐性が半端ない。
でも、引かれるのが嫌だから普段は適度に『ゴ★ブリを怖がる可憐な女子』の演技をしている。
「そりゃ~いるよね、これだけ汚ければゴ☆ブリ君の一匹や百匹くらい………って、ギャアアアッ!?」
いきなり背後から、誰かが私の脇の下に手を入れてゴミ沼から引っ張り出したので、思わず叫んでしまった。
この汚部屋には誰もいないと思ってたのに……恐る恐る振り向くと。
「……あ、あなた誰ですかっ!?」
ゴキ★リ君ごときでは微塵も怯まないあたしだけど、これにはさすがに驚いた!
なぜなら、そこにいたのは銀髪蒼瞳の美形だったから……まさに、汚部屋に咲いた一輪の花!
首に沿ってカットされた、緩やかなラインを持った銀髪。
切れ長の眼は、サファイアのような深い青。
顔のパーツはどれも文句のつけようがなく、配置も完璧!
歳は20代前半くらい?
なんなの!?
この嘘みたいな美形はっ!?
CGレベルなんですけど!?
「誰って……僕は君の召喚主だ」
しかもこの綺麗なお兄さん、すっごい良い匂いがしてますよ!?
うっとりしちゃうほど甘いのに、後味(?)爽やかでず~っと嗅いでいたくなっちゃうような……さぞお高い香水をお使いなんでしょうね~……いやいや、ちょっと待て!
今、このお兄さんはなんて言っ……しょーかんぬし?
しょーかんぬし……って、もしかて召喚主ですかっ!?
召喚という単語、もちろんラノベ等で見たこともアニメで聞いたことはあります!
でも、漢字は苦手なので、今ここで漢字で書けと言われたら100%間違える自信ありです!
「あ、あなた様が、あたっ、あたしのしょ、しょしょ召喚主様でいらっしゃるのですかっ!?」
今、言うべき言葉はぜったいこれじゃないのに!
あたしのたいして良くない頭の中は、この汚部屋と同じくらい混乱状態だった。
そのせいで、言葉を司るであろう脳のどこかが誤作動してしまい……異性免疫ゼロのあたしにCGレベルの美形が密着しているという状況も、脳の誤作動に拍車をかけていた。
「先ほどの君の勇姿、素晴らしかった! "黒き悪魔”をまったく怖れないなんて、さすがは最強の片付け魔だ!」
か、片付け魔ぁああああっ~!?
「あ、の? 片付け魔って、いったいどういうこ……ひぃっ!?」
左の頬をするりと撫でられ、身を固くしたあたしに。
「さぁ、君の名前を召喚主である僕に教えておくれっ……」
召喚主様は、背後から回した腕に力を加え。
あたしをぎゅうっと、抱きしめた……ちょ、ちょちょちょ、ちょっとっ!?
そんな風にされたら、非モテ人生歴18年のあたしの脳では対応できません!
「あ、う、え、えええ、え~とですねっ! あたしの名前は"かのこ”、です。"西山かのこ”、です!」
「ニシヤマカノコ? 変わった名前だ……僕の名はリカ=レッシュだ」
「りか、れっしゅ……リカ、レッシュさん?」
「さぁ、僕と契約を交わそう! 契約に必要な体液の交換って、これでも大丈夫かな? 普通は血液だけど、女性を傷付けるのはちょっと抵抗があるから……」
「た、体液の交換? け、契約ってなんっ……もぎょっ!?」
ぐいっと、いきなり顎を。
大きな手で掴まれて。
口を。
口で。
塞がれた。
「ッ!?」
これって、キス!?
キスですよね、これ!?
しかも、しかも、しかもぉおおおおお……ディ、ディ、ディープキスってやつじゃないですか!?
「んっ……ん、んんっー! あ、ふぁっ……」
あたし、西山 かのこ(18)。
特技、整理整頓&掃除。
趣味、整理整頓&掃除。
自他共に認める"片付け魔”な性格が災いしたのか、幼児期から男子に敬遠されまくって彼氏いない歴=年齢。
そんなあたしの人生初めてのキスは、とってもハードなものでした……あ、駄目だ、衝撃的すぎて腰抜けたかもっ……。
「…………契約完了。伝説の最強片付け魔が、こんなに可愛らしい女の子だったなんて。箒やモップみたいな顔をした魔物かと思っていたんだけど……もっと早く召喚すれば良かったな」
仕上げとばかりに、下唇をひと舐めしてから。
銀髪蒼眼の綺麗なお兄さん改め、リカ=レッシュさんは言った。
「使い魔として、僕が死ぬまで身の回りの整理整頓掃除を頼むよ」
「………つ、つつつ、つ、使い魔? せ、整理整頓掃除っ!?」
どうやらあたしは。
この人の、使い魔になっちゃったみたいです。
……ん?
死ぬまでって、どういうことですか!?