禁忌の兵器
ジェイとオールズ、そして二体の『人間装具』と呼ばれたものが特別刑務所の門をくぐると、彼らの視界にはアバンが作り出した地面の抉れの周りに転がっている囚人たちが広がった。ジェイはそれらを嘲るような目で見ながら、自身の手袋型の装具を光らせる。
囚人たちは丸腰で、アバンが放った一撃に巻き込まれたためほとんど動くことができない。未だに意識を失っている者すらいる。かろうじて這って動くことができる者はいたが、突然現れたジェイたちからは逃げることは絶望的である。
「なんだ……この化け物……」
意識のある囚人たちは、『人間装具』を見て青ざめ動きを止めてしまっていた。ヒトと呼んでいいのかすら分からない体躯の二体が、囚人たちの方を向きながら胸を抑えて苦しむ素振りを見せている――その異様な光景に、囚人たちは恐れおののくほかなかった。
ジェイの装具の光が増すにつれて、『人間装具』二体の光も強まっていく。二体は目を充血させながら歯を食いしばり唾液をとめどなく流して呻いている。
そしてジェイは頃合いだとばかりに、囚人たちが転がっている方向に向かって指をさした。
「開放しろ」
刹那、二体の咆哮が轟いた。
それとともに、二体が抱えていた光――超高密度のマイアが光線状になり、囚人たちに向かって放たれた。
『人間装具』が放った途轍もない一撃は囚人たちを物も言わせず吞み込み、その余波は轟音を立てながら特別刑務所の一部すら塵へと変えた。この衝撃的な光景を、ジェイとオールズは突風に身体を持っていかれないように耐えながらも感嘆して見つめていた。
この一撃は、刑務所の敷地から出て首都の南側へと向かっていたアバンたちの足をも止めていた。地鳴りと閃光は彼らのもとへも伝わっており、ジェイたちが何かとんでもないものを作動させたことを肌で感じ取り戦慄していた。
すべてが収まり特別刑務所の入り口の前が完全に更地になったのを確認したジェイはほくそ笑み、オールズは『人間装具』の威力に感心し手を叩いていた。
「素晴らしい! これが大昔に失われた人型の装具の力の再現か」
「はい。オールズ家が代々追い求めていた力がついに結実しました。我々がしてきたことを『過ち』だなんだとほざいていた奴らも、これで黙るでしょう。これらを量産できた暁には、我が国の軍事力は飛躍的に増加します。傭兵頼みの現状からも脱却できるでしょう」
ジェイは成果とその展望を饒舌に語り、オールズはそれに笑顔で頷く。二人は二体が目の前で出した成果に満足していた。一方で尋常ではない量のマイアを放出した『人間装具』はまるで石像のようにその場に立ち尽くしていた。
「父上。私は気になることがあるので、この装具を連れて刑務所を探索しています。すぐに戻りますのでお待ちください」
「うむ、分かった」
ジェイの言を聞くとオールズは踵を返し、護衛の兵士たちと馬車に乗り込んだ。彼らはジェイが捜索に戻るまでここで待機するようである。ジェイは手袋型の装具を発動させて『人間装具』たちを再び起動させると、特別刑務所の中へと入っていった。
ジェイは何故今回の騒動が中央政府ではなく特別刑務所の襲撃から始まったのか、一抹の不安を抱え一人疑問に思っていた。そして彼を含むごく一部の政府の上層部しか知らない事実と照らし合わせ、一つの推測にたどりついた。
――あれに何かあってはまずい。我が国の一大事になる。
この特別刑務所は、裏ではマイアの実験施設も兼ねており、他の街や村のはずれに建てられた表向きのものとは異なり、囚人などを利用しマイアが人体へ及ぼす影響を計測する人体実験を行っている。地下深くの牢獄の中で被検体を利用して『人間装具』を作り出した所業は、数ある実験施設の中でもここでしかできないのである。
そしてその地下深く、ごく一部の政府関係者しか立ち入ることのできない部屋が存在する。そこには、研究の対象であり、特別刑務所の電源の一部を担っている一つの純粋装具が厳重に保管されている。ジェイはその行方を案じ、『人間装具』を引き連れて特別刑務所の地下深くへと潜り込んだのである。
道中にはモナの手にかけられた兵士や刑務所の職員の死体が放置されているが、ジェイはそれに一瞥もくれず地下深くへと突き進んでいく。しばらくすると、彼らは被検体への実験のため、そして最初の『人間装具』の製造のために使われていた牢獄の前まで辿り着いていた。
そしてジェイは、壁から垂れ下がっている、先端に針が付いている管のうちの一本を引き抜いた。すると、『人間装具』の製造のために被検体を座らせていた椅子があった場所が鈍い音と地響きをたてながら水平に滑るように移動し、そこから下へと降りていく階段が現れた。
ジェイは念のために鎧を着こむと『人間装具』の二体を先行させ、階段を下っていく。その中でジェイは違和感を覚えていた――床が開き階段が現れた時点で、下を照らすための照明が点くはずなのである。そのためジェイは『人間装具』を光らせそれらを光源とすることで先へ進んでいく。
ジェイたちは階段を降り、純粋装具が保管されている部屋へと通じる一本道を進む。石畳を踏みつける音が響く中、ジェイは言い知れぬ不快感に襲われ思わず歩みを止める。
――なんだ……? この圧は……!
廊下の向こう側にある扉から放たれる異様な圧――ジェイは全力疾走した後のように胸のあたりに手を当て息を切らしていた。
さらに異変は『人間装具』の方にも及んでいた――二体の『人間装具』が垂涎させながら頭を抱えて苦しみ始めた。ジェイその光景に動揺しつつも、顔を顰めながら手袋型の装具を発動させて二体を無理矢理歩かせる。
ジェイは目的地の部屋の扉の前に辿り着くと、鍵が幾重にも厳重にかけられていることを確認すると、それらを一つずつ外し始めた。最後の鍵が開くと、扉はひとりでに水平に開き始める。ジェイは二体の『人間装具』の後ろで目を凝らしながら扉の向こうを見つめている。
そして彼は、信じられないものを目にした。
無数の配線が繋がれた筒状の容器の前に、異形の鎧を纏った者――ブロウ・クライスが立っていた。その鎧は、竜の頭部を模した兜、苦悶の表情を浮かべた顔が刻まれた胴体、そして刃のような突起に覆われた四肢で構成されていた。
ジェイは声を出すことができずその場で立ち尽くすことしかできない。彼らに気が付いたのか、ブロウがそちらに向き合う。その身体は仄かに光っていた。
『お前……ジェイ・オールズだな』
壮年の男の声が、ジェイの頭の中で響いた。自分以外の人間の声が聞こえてしまったジェイは悲鳴を上げて後ずさろうとする。しかし恐怖が上回っているのか、彼の足は床と一体化してしまったかのように動かない。
「お……お前……お前は、誰だっ。何故私を知っている!?」
上擦った情けない声を発したジェイの姿には、先ほどまでの威厳は欠片も無かった。ただ目の前にある未知に恐怖している一人の人間でしかなかった。ジェイの問いかけに、ブロウは反応を見せない。
「お前が誰だか知らんが……ここから離れろっ。これは我々の……我が国のものだ!」
『……我々のもの?』
ブロウの言葉が、再びジェイの頭の中に響く。この訳の分からない仕組みにジェイは短い悲鳴を上げてブロウを凝視することしかできなかった。
『違うな。この純粋装具は……俺のものだ』
「……お前、何故そいつの中身を知っている!?」
ジェイはブロウの言葉に困惑することしかできなかった。自分含むごく一部の者しか知らない機密事項を、彼からしてみれば突然現れた出自不明である男がさも当然のように知っているのだから無理もない。
――このことを知っているからには……!
ジェイはすぐに思考を切り替え、『人間装具』を起動した。二体の『人間装具』が雄叫びを上げながら発光する。
「やれ!」
ジェイが鎧の男を指さすと、二体の『人間装具』はそちらに向かって光弾を射出した。周りの空気が陽炎のように歪むほどのマイアの密度だが、ブロウは微動だにしない。まるで避けるつもりすらない様子に一抹の不安を抱きつつも、ジェイは攻撃が当たることを確信していた。
二つの光弾がブロウに直撃した。尋常ではない密度のマイアを食らえばその場で消し炭になる――ジェイはほくそ笑みながらそれを見ていた。
しかし、そうはならなかった。
マイアの弾は、まるで水が土に染み込むように鎧に吸収されたのだ。
その光景を見たジェイの顔は、瞬時に笑みから恐怖へと変わる。
「……やれ! やれ! あいつを殺せぇっ!」
ジェイは自棄になったかのように喚き立てながら、『人間装具』に指示を出し、ブロウに攻撃を加え続ける。光弾が乱射され次々と命中するが、その度に鎧に吸い込まれていく。ダメージを受けている様子はまるで見られない。
『なるほど。これがそいつの能力か』
「何をほざいている!?」
するとブロウは純粋装具が保管されている容器に手をかざし始めた。ジェイはより焦燥感を覚え『人間装具』に光弾を発射させ続けるが、攻撃は吸い寄せられるように鎧に集まり、最終的には吸収され無力化される。
かざされた手に光がともる。するとそこを起点にして、容器に亀裂が走り始めた。亀裂は瞬く間に容器全体へと広がり、ついに中に入っていた液体をまき散らしながら破裂した。
それと同時に、二振りの長剣が音を立ててブロウの足元に転がり落ちた。刀身は暗い空間の中でも目立つような白さで、武器というよりも芸術品と錯覚してしまうほどである。
ブロウはそれを拾い上げ、感触を確かめるように持ち手を握る。その光景を、ジェイは顔面蒼白で見つめることしかできなかった。
「あぁ……我々の純粋装具が……どうして……」
双剣を握ったブロウはジェイに向き直る。
『教えてやろうか?』
「なっ……!」
『この純粋装具のマイアを俺の身体に流され続けたからだよ』
ジェイは、頭の中に流し込まれたブロウの言葉を信じることができなかった。マイアを身体に流したという行為――彼には覚えがあった。むしろ、彼は率先してそれを被検体に行っていた。
「馬鹿な……あの実験の被検体だとでも言うのか!? そいつらは全員死んだはず――」
『そうだ。お前らに散々身体を弄られた。この純粋装具のマイアを流し込まれてな』
ブロウはジェイの脳内へ怨嗟を流し込みながら彼のもとへと歩み寄り始める。ジェイはついに命の危機を覚え、その場から撤退しようと階段を昇ろうとする。その途中でも『人間装具』に指示を出し、ブロウに攻撃を加えることも忘れてはいない。しかしこの二体はブロウを前に、もはやジェイを先に逃すための肉壁の役割しか持ちようが無かった。
自身に向かって光弾を乱射し続ける『人間装具』に対し、ブロウはそれを全て受け止め吸収しながら近づいていく。そしてついに、双剣のうち右手に持っている方を構え始めた。
そこからは、一瞬だった。
ブロウが目にも留まらぬ速さで右手の剣を水平に一閃すると、『人間装具』二体の上半身と下半身が泣き別れた。さらに切断面には白い炎のようなものが纏われており、瞬く間に『人間装具』だったものを包み込んでその肉体をグズグズに崩壊させていく。
既にジェイは階段を上がり鎧を脱ぎすて地上に出ようと逃げている。ブロウは不気味なくらいに落ち着きを払い、ゆっくりと階段を昇り始めた。