鎮圧
刑務所やその周辺で起こった殺戮は、程なくして首都の防衛部隊に伝わった。郊外に出ていた部隊と連絡が取れなくなったことを不審に思った首都の見回り部隊の一部が偵察に行ったところ、兵士たちの大量の死体が発見されたからである。
「何百人と派遣したはずの部隊が全滅!? 一体何が起こってるんだ!?」
「分かりません! ただ……現場からは大量のマイアの残渣が確認されました」
「うぅむ……。危険を承知だが……ここはアバンの部隊に行ってもらうしかない。相手は相当な力を持つ装具を持っているだろうからな。最悪の場合、特別刑務所の囚人どもが脱獄してるかもしれん」
次から次へと不可解なことが起こっている状態に、ポールは頭をパンクさせながら対応していた。
「私の名前を出してこう伝えてくれ。特別刑務所に向けた部隊が全滅したから持ち場を今すぐそちら側へ変えてくれ、と」
「はっ! かしこまりました」
ポールに命じられた兵士が走り出すのを見届けたポールはため息をつくが、そんなことをしても事態は好転しないことは彼は重々承知しており、より気を引き締めて首都の警護を続行した。アバンのような強者であれば、この事態を収拾させてくれることを信じて。
ポールの伝令に事情を説明されたアバンは、シルビアの部隊と離れて特別刑務所の方面へと急行した。伝令が伝えたことは彼にとってにわかには信じられないことだったが、特別刑務所に向かう道のそこら中に転がっている兵士たちの無残な死体を見ると事態の深刻さを痛感した。彼に追随する兵士たちは怯えきっており、歩みが遅くなっているのが目に見えて分かる。手で口を抑えて吐くのをこらえている者もいた。当然アバンはそのことにも気づいていた。
「恐れるな! 今は目の前にいるかもしれない敵のことだけを考えろ! 悼むのは全てが終わってからだ……!」
兵士たちに檄を飛ばしたアバンだったが、さすがの彼もこれだけの犠牲を目にしたからか言葉尻はしぼんでしまっていた。そして彼は死体の損壊具合にも着目していた。撲殺された死体や腹を貫かれて殺された死体の数々――どれもこれも並程度の装具の使い手が出せるような破壊力ではないとアバンは考え、特別刑務所に向かって歩みを進める。
周囲の警戒を怠らずに歩みを進めたアバンの部隊の視界に、ようやく特別刑務所が見え始めた。それと同時に、不自然な人だかりも見えていた。兵士たちの死体であればその場から微動だにしないはず――アバンは思案しながら慎重に歩みを進めていき、追随する兵士たちもじりじりと進む。
「こいつらは……!」
アバンは独り言ちた。ボロボロの衣服を纏っている大柄の男たちが、なにやら集まって話し込んでいるのが遠方から確認できた。そしてその周りには不自然に集められた武器が積まれていた。特別刑務所の囚人たちが脱獄し武器を取ろうとしていると、アバンは瞬時に判断した。
「構えろ! 撃て!」
アバンは瞬時に後ろの兵士たちに指示を出し、自身は装具である刺突剣を抜いた。彼の怒りを表しているかのように、彼の装具からは既に火花が散っていた。
アバンの怒号ともとれる号令が聞こえた囚人たちはそちらを向き、顔面蒼白になりながら武器を取ったが、遅かった。すぐに兵士たちによって銃撃が始まり、棒立ちになっていた数十人の囚人が射殺される。生き残った囚人たちは悲鳴を上げながら武器を取り、刑務所の門の中へと身を隠していく。その中には銃の形をした装具を取った囚人もいた。
アバンたちはそのまま進軍しようとするが、武器を手に入れた囚人たちが抵抗して発砲し始めたため足止めを食らってしまう。アバンは舌打ちをして様子をうかがうが、その途中ある囚人が手に持っている装具に気が付いた。
――装具も奪われていたか……。だが奴らはおそらくそれを手にしたばかり。使いこなせないうちに一気に畳みかけるしかない、か。
アバンが頭の中を思考で巡らせていると、彼の耳に囚人たちが何かを喚き散らしているのが聞こえてきた。
「おい、どうすんだよ! 暴れてくれって言われたってこのままじゃ俺らあいつらに殺されちまうぞ!」
「うるせぇ! 俺に言われたって知らねえよ! このまま武器持って逃げるか!?」
「逃げるったってどこへ逃げるんだよ!? それに……勝手に逃げたらアレに殺されるかもしれねえじゃねえか!」
アバンは囚人たちの言葉に思考を巡らせた――囚人たちはここから出たばかりであり、彼らを逃がした主犯格は別にいる。
「ならばここは……」
アバンが刺突剣を構え腰を落とす。足には白いマイアが纏われている。
「お前たちはここで待機だ。私が門の向こうの囚人どもを黙らせる」
「隊長!?」
兵士たちが目を丸くしているのを尻目に、アバンは瞬時に高く跳躍した。彼は跳んですぐに門の向こうの囚人たちの姿を確認した。刺突剣からは電流が走っており、先端は地面に向かっている。
そしてアバンはそのまま囚人たちの群れ……ではなく、そのすぐ後ろに向かって弾丸のように突っ込んだ。彼が落下した衝撃で地面は轟音を立てながら抉れ、その余波で囚人たちがことごとく吹き飛ばされる――アバンは囚人たちの全滅を狙ったのではなく、彼の心中に引っかかる疑問を明かすために囚人たちを無力化しようとしたのだ。囚人たちは地面に叩きつけられ外壁に衝突したことでほとんどが気絶し、全員が動ける状態ではなくなった。
「これでおおかた片付いたな。さて……」
アバンは呟くと、仰向けに倒れている囚人の一人に近づき刺突剣を突き付けた。その囚人はまだわずかに意識があり、冷たい目をしたアバンに恐怖のこもった視線を送っている。
「答えろ。誰がお前たちを逃がした?」
「……小さい女だ。土と石でできた化け物作って……俺たちを脅して……」
アバンは囚人の答えをにわかには信じることができなかった。小さい女――それが年端もいかない女の子であろうが身長の低い成人女性であろうが――が、これだけ兵士たちを殺害し刑務所を壊滅状態に追い込むことはとてもではないが困難であるのではないか。しかし囚人の声色からそいつが嘘を付いているとは思えないとも考えていた。
アバンが装具に込める力を強くしようとしたその時、兵士たちが彼のもとへ駆け寄ってきた。
「隊長! 軍の馬車がこちらへ向かってきます!」
「なんだと?」
こんな時に誰が援軍に駆け付けたのか――アバンが考えていると、彼の視界にその馬車が映った。それは通常のものよりも豪奢で大きく、荷台には何かが積まれているように見えた。
馬車が止まり、アバン以外の兵士たちがそこに向かって一斉に敬礼する。降りてきたのはジェイと、白い鎧を纏った彼の護衛の兵士たち、そして杖をつきながら立つ白髪の男性老人――ジェイの父親であり兵糧部前長官のオールズ・トロナードだった。
さらに護衛の兵士たちは、馬車の後ろの荷台に積まれているものを降ろし始めた。棺桶のような形をした白い箱が二つ、兵士たち数人の手によって運び出されそれぞれが縦に立てられた。その物々しい雰囲気に、アバンたちは閉口するほかなかった。
「囚人たちの生き残りは?」
ジェイの問いかけに、周りの空気がピリつく。
「……この門の向こうに私が尋問のために無力化した囚人がざっと数十人以上います。すぐに連行し――」
「いや、そのままでいい。ご苦労だった」
ジェイの言葉に、アバンたちは呆然とするほかなかった。
「お前たちには次の任務がある。今首都の住民たちを首都南部へ避難させているところだ。それの援護に向かえ」
「……かしこまりました」
ジェイたちが発する有無を言わさぬ雰囲気に、アバンたちは従うという選択肢しか残されていなかった。アバンたちは足早にその場を去り、首都の南部へと急ぎ始めた――まるで逃げるように。
アバンたちが『退避』したことを確認したジェイは、立てられている白い二つの箱を開けるように護衛の兵士たちに手振りで示した。かんぬきが引っ張られると、箱のふたが前へと倒れ中身が露になる。
そこにいたのは、特別刑務所内の牢獄で『実験』を受けた、禿げ頭の囚人と金髪の囚人だったものであった。体色はマイアスのように真っ白になっており、白目で半開きの口と顔からも生気が感じられない。さらに管が刺さっていたところからは白い鉱物のようなものが隆起しており、もはやヒトと呼べるかも怪しい体躯となっている。
「『人間装具』の準備はできた。それでは始めようか」
ジェイはレノが装備していた手袋型の装具を両手にはめ込んでいた。彼がそれを発動させると、『人間装具』と呼ばれた二つの装具が呻き声を出しながら彼を追随し始めた。ジェイとオールズはその様子に満足げに笑みを浮かべている。
「あとはこいつらの破壊力を実証するだけです。ご覧になってください、父上」
ジェイが声をかけると、オールズはゆっくりと頷いた。
ジェイたちが、特別刑務所の門をくぐった。そこには丸腰で且つ無力化されてほとんど動けない囚人たちしか残っていなかった。