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Collapse --Replicated Errors--  作者: XICS
過ちを正せ
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動き出す影たち

 フィル議員殺害事件から一夜明け、日中の首都は厳戒態勢が敷かれていた。関所は封鎖され、あらゆる場所を兵士たちが目を光らせながら歩いている。首都の住民たちには外出禁止令が出されており、外では兵士たちの足音しか響かない。

 その影響は、首都の郊外にも及んでいた。郊外にはフラックス特別刑務所や兵士たちの訓練場があり、そこが襲撃されれは首都の防衛に重大な損失となるからである。首都やその郊外は、小さな虫一匹も逃がさないような張り詰めた状態となっている。

 その郊外に構えられている装具の工房にいるダンは、今まで経験したことのない物々しい雰囲気に戦々恐々としていた。訳も分からず外出禁止令が出されたと思うやいなや、日が明けると兵士たちが工房の周りをうろつき始めたのだから、一市民であるダンがそのような反応になるのも無理はない。

 その一方、ダンの横でその状況を見つめているコルベッタは不気味なほどに落ち着いていた。兵士たちが闊歩していることなどものともしていないような表情で窓の外の景色を見つめている。

 すると、コルベッタが動き出した。彼は書斎に向けて歩き出す。

「ダン。ちょっと用事を思い出してな。準備したらちょっくら行ってくるわ。いつも通り留守は頼んだ」

 その言葉に、ダンは目を丸くしてコルベッタの後姿を見つめる。

「え……ちょっと! 今は外出禁止令が――」

 ダンの言葉など歯牙にもかけず、コルベッタは書斎に入りすぐにそこから出た。そして焦りを顔に出しているダンを見ようともせず、彼は工房から出て行ってしまった。その場に取り残されたダンは途方に暮れて立ち尽くしてしまった。


 コルベッタの書斎はがらんとしており、ほとんどいじられた痕跡は無い。ただ一つ――本棚にあった黒い本が抜き取られていたことを除いて。



 フラックス特別刑務所の周辺は平常時以上の警備が敷かれており、銃を持った兵士の他に装具を持った隊長格の兵士も待機している。それぞれが連絡を取りながら、この混乱に乗じた脱獄の可能性を少しでも潰そうと試みている。

「異常は無いか?」

「はっ。刑務所周辺に人影などは見られません! 刑務所の看守とも連絡を取っていますが、囚人どもは皆大人しくしていると」

 隊長格の兵士が長い砲身の銃の形をした装具を携えながら部下の兵士とやり取りしている。彼らの緊張の糸は一瞬たりとも途切れていない。

 すると、隊長格の兵士が何かに気付いた。何かが刑務所の近くまで近づいてくるのだ。周りの兵士とともに、すぐにそちらに目を向けて警戒し始める。

「あれは……?」


 刑務所の門に向かってゆっくりと歩いてくるのは、ボロボロな白いワンピースを着て虚ろな目をした一人の少女――モナだった。ぼさぼさな金色の長髪を気にすることなく、不気味な微笑みを浮かべながら歩いている。


 その光景を見た兵士たちは困惑していた。外出禁止令が出ているはずであるのに、年端もいかない女の子がよりによって刑務所の近くをほつき歩いているのだから。しかし彼らはすぐに、この事態の違和感に気付いた――巡回している他の兵士たちは何故彼女に気付いていないのか、ここに辿り着くまでには必ず巡回している兵士たちと遭遇するはずなのに、どうして今まで報告が無かったのか。


 だが彼らがその異常事態に気が付いたときは、既に遅かった。


「あー、ここが入口なのね。ようやく着いた」

 モナが刑務所の門を見てそう呟いたとき、彼女の左手の薬指にはめられている純白の指輪が輝き始めた。

 その直後、兵士たちの目の前の地面が隆起し、触手のような形を作り始めた。兵士たちはそれを見ても短い悲鳴しか出すことができず、しなやかに動く土の塊は瞬時に兵士たちの腹を貫いた。兵士たちは何もすることができず血を噴き出しながら倒れていく。

「……こんなことしなくても、刑務所の中にアタシの人形たちを()()()()いけばすぐに終わるのに」

 モナが独り言ちている間にも、門の前の兵士たちや衛兵は土でできた触手によって薙ぎ倒されたり串刺しにされたりと次々散っていく。彼女の周りに死体が積み重なり静寂が訪れたのはすぐだった。

 刑務所の周りから少し離れていた兵士たちの報告が途絶えていたのは、これが理由だった。モナが歩く道にいた兵士たちは、全員抹殺されていた。

「よーし、あとは刑務所の中をお掃除するだけだね」

 そう言ってモナは、門の前の地面に手を当てる。指輪の輝きは止まらず、刑務所の中で地響きが鳴り始めた。



 モナが指輪を光らせて少し経った後、刑務所の中は大混乱に陥っていた。刑務所の床のタイルの破片をまとった何十何百もの土の人形たちが、看守たちを次々と殴り殺している。連絡係の職員はこの緊急事態の報告をする前に人形たちによって始末されており、この惨状を知る者は地下にいる職員と囚人たち以外いなくなってしまった。

 囚人たちはこの殺戮を檻の中で訳も分からず見ていることしかできなかった。看守たちがいなくなって喜ぶ者は一人としておらず、声すら出ず怖気づく者しかいなかった。レノも例外ではなく、この現場をガタガタと震えながら凝視することしかできていない。

――一体全体何が起きてるんだ!? これは一体なんだ!?

 レノがパニックになりながら動けないでいると、土の人形が突然彼の目の前に立った。レノが情けない悲鳴を上げながら後ずさりすると、土の人形が鉄の檻を力任せにこじ開けてしまった。人一人がちょうど通り抜けられる程度の幅まで檻を広げると、その後は何もすることなく彼の囚人房から立ち去ってしまった。

 レノが足を引きずりながら檻の外を恐る恐る眺めると、土の人形たちが次々と囚人たちが入っている檻をこじ開けている光景が目に入った。まるで自分たちを逃がす手助けをしているかのような行動だったが、この異様な状況の中で積極的に動くことのできる囚人はいなかった。

 最後の檻がこじ開けられると、土の人形たちの動きがピタリと止まった。静寂が訪れる中、いつ土の人形が再起動して何かしでかすか分からないといった風に囚人たちは動き出すことができない。

 すると、刑務所の扉が開かれ、モナが入ってきた。彼女は囚人たちに見守られながら、タイルの剝がれた床を歩き続ける。

「みんなー、突然だけどやってほしいことがあるのー」

 モナが歩きながら囚人に呼びかける。囚人たちはその様子を呆然としながら見つめることしかできない。

「刑務所から出て、暴れてちょうだーい。武器はちゃんと用意してるから」

 囚人たちはその言葉をにわかには信じることができなかった。いきなり刑務所の人間が皆殺しにされたかと思ったら、少女が突然出てきてそう言いだしたのだから無理はない。

「言うこときいてくれたらその手と足に付いてるもの外してあげるから、ね?」

 モナは屈強な囚人が何人もいるのにもかかわらず、歩き回りながら微笑みを崩さず説得を続ける。

「暴れろって言われたって、何か見返りはあんのか? 命の保証は!?」

 そしてついに、一人の囚人が声を上げた。

 しかし、その声はすぐに悲鳴に変わった。その囚人の近くで止まっていた土の人形が突如動き出し、彼の首を掴んで持ち上げたのだ。

「とにかく、刑務所から出て、暴れてちょうだい」

「わ……分かった! 言うこときくから離してくれ! 殺さないでくれぇっ!」

 囚人の命乞いが通じたのか、土の人形は彼を離した。それを見ていた他の囚人たちは悟った――従わなければ看守たちと同じ末路を辿ると。そして次々と、モナに従う宣言が囚人たちの口から放たれた。

「分かったよー。今から人形たちに手と足に付いてるもの外させるから待っててね」

 モナが平坦な口調で言うと土の人形が動き出し、囚人たちの手錠や足の重りを引きちぎった。囚人たちは身体を恐る恐る動かすが、すぐに自身が自由の身となったことを感じ取った。

「武器はさっき集めたのが門の前に置いてあるから取っていってね。それじゃ、いってらっしゃーい」

 モナの言葉を合図にして、囚人たちは一斉に脱獄した。しかし彼らに歓喜の表情は無く、揃いも揃って捕食者から逃れる被食者のような怯えた表情しか見えない。

 何百人もの囚人達が脱獄していくという壮観な光景を見ていたモナだったが、レノだけがその場に残っていることに気が付いた。

「あれ? 行かないの?」

 モナに声をかけられたレノは肩をビクリと震わせて少女の方を見る。

「わ……分かった! 今から行く!」

 レノは脱兎のごとくその場から離脱し、脱獄した。その様子を見届けたモナは指輪の光を収め、土の人形をもとの土に還した。

「じゃあ……次は地下だね」

 そう言うと、モナはまるで土の中に溶けるようにして沈んでいった。



 特別刑務所の地下にあるとある部屋では、国軍の兵士によってミゼの尋問が続いていた。腕と足は椅子に縛り付けられており身動きが取れない。顔は殴られ続けたのか赤黒く腫れ上がっており、今まで見せていた踊り子の美貌は見る影もない。露出している腕や脚にも赤黒い()()ができており、尋問の過激さが伺える。

「いい加減吐いて楽になったらどうだ? お前の仲間たちがどこに行ったのかを!」

「……知りません。知りませんわ」

 ミゼは兵士たちに何を聞かれても『知らない』の一点張りで通していた。フィル議員は殺すことができたが彼の秘書を殺せなかったこと、その原因であるザウバーに負けこうして醜態を晒していても、彼女は仲間の情報だけは言わなかった――というより、彼女が逃がしたトーリア、プティ、リオの行先は彼女も分からないため喋りようがないのだが。

 一人の兵士が舌打ちし、ミゼに平手打ちを食らわせる。それでもミゼは表情一つ変えない。

「交代の時間だ。……にしても、外部との連絡がまだだな」

「さっきは地響きみたいなのがあったし、一体外で何が起きてるんだ……?」

 兵士たちがこの状況をいぶかしんだ。ミゼの尋問に手一杯で地上の様子を確認できていないことに加え、外部の情報を通達するための刑務所の職員が指定の時間になっても来ないのである。

「一旦地上の様子を確認しに――」

 兵士たちが扉を開けて外に出ようとすると、彼らの目の前の石畳が少し膨らんでいることに気が付いた。

「これは一体……」


 その直後、兵士たち、そしてミゼは信じられないものを目にした。


 石畳が山状に膨らんだかと思うと、そこから少女が形作られた。


 兵士たちは悲鳴を上げて後ずさりし、ミゼは唖然としながらそれを凝視することしかできない。形作られた少女――モナは、既に指輪を光らせていた。そして左腕を兵士たちに向けると、彼らが立っている石畳が変形、針状に隆起し縦から串刺しにした。返り血がミゼを濡らす中、モナは微笑を崩さない。

「怖がらないで、おねえちゃん」

「あ……あ……あなたは……」

「ミラのお友達、って言ったら分かってくれる?」

 ミゼはモナから自身の舞踏団の団長の名前を聞き、さらに驚いた。

「どうして団長の名前を……!?」

「ねえ、おねえちゃん。早くここから出よう。皆が待ってる」

「皆……? トーリアもプティもリオも、無事なの……?」

 震える声で尋ねるミゼに、モナは頷いた。

「うん。おねえちゃんたちは昨日アタシがミラに頼まれたから見つけて隠してる」

 ミゼにとっては半信半疑だったが、彼女はその言葉に無理矢理自身を納得させた。彼女を縛っていた紐はモナに解かれ、彼女はようやく自由の身となった。

 ミゼが扉を開けて尋問の部屋から脱出する。彼女の目の前には、道に沿って兵士や刑務所の職員の死体が並んでいた。これも全てあの少女がやったのかと思うと、ミゼの背筋が凍った。

「早く行こう、おねえちゃん。外は面白いことになっているよー」


 モナに先導されて、ミゼは刑務所を脱出した。

 シューメルに災厄をもたらそうとする影たちが、集結しつつあった。



 

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