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Collapse --Replicated Errors--  作者: XICS
過ちを正せ
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緊急招集

 フラックスへ通じるとある街道を、複数の馬車が列をなして移動している。乗車している人員――国軍の兵士たちは揃って重々しい雰囲気を出しており、同時に疲弊した様子も見せている。その中にいるアバンとシルビアも例外ではなかった。

 アバンは先ほどから自身が置かれた状況に納得がいっていなかった――『貪食の黒狗』の連中の追討に腐心している最中に突如軍部からの報せが届き、今すぐに首都に帰還するよう命令を下されたのだから。彼は『貪食の黒狗』を討つよりも大事で急を要する事態が起こったことは理解していたが、憎き傭兵を倒せず首都に戻ることに対して忸怩たる思いで馬車に揺られていた。

 対してシルビアは、この状況を吞み込みアバンを説得して今に至っていた。『貪食の黒狗』追討を中断することに納得がいっていなかったのはアバンと同様だったが、重要な任務を任されている自身たちが首都に戻されるほどの重大なことが起こっているだろうとすぐに察したのだ。彼女はアバンを説得するために、首都で何か良からぬことが起こったのではないかということ、首都への帰還は追討部隊の補給にとっても重要であることを説明し、アバンは渋々ながらも納得した。

 陽が落ちかけている中、『貪食の黒狗』の追討部隊は首都に向かって進み続けている。彼らが首都に到着したのは、すっかり夜になった頃だった。



 馬車の列は、中央政府の門の前に並んでいた。アバンとシルビアは他の兵士たちに馬車を兵糧部に戻すことと一時の休息を指示した後、議事堂へと入っていった。二人が並んで議事堂の廊下を歩く。

「アバン、ここに来るまでに貴方も感じただろう……尋常ではないほどのマイアを」

「当然だ。よほどのことが首都で起きたらしい。シルビア殿の推測は正解だったようだな」

 二人は緊張の面持ちを崩していなかった。首都に入り中央政府まで向かう間に、おぞましいマイア――コウとミラの戦闘の余波だと推測される――を感じていた。

「今まで戦ってきたような傭兵どものマイアとは比べ物にならないと感じた。少なくともただの傭兵ではない……もっと恐ろしい何かが暴れていた」

 アバンの言葉に、シルビアは頷くほかなかった。彼らは首都に漂っているマイアの感触に恐怖さえ感じていたが、おくびにも出さずにとある部屋まで歩き続ける。

 二人は目的の部屋の前まで辿り着いた。そこの扉の両端には衛兵が立っており、彼らはアバンとシルビアを確認すると敬礼し、その後扉を開けた。

 扉の向こうの光景を見た途端、二人の心拍数が上がった。そこにはポールをはじめとした軍の小隊長から大隊長まで軍の様々な重鎮たちが座っていた。それだけでなく、その場にはジェイ兵糧部副長官も居合わせている。それだけでも二人には今回起こった出来事が由々しき事態であると想像させた。

 アバンとシルビアが空いている席に座ると、それを確認したポールが立ち上がる。


「皆様、今回はご足労いただきありがとうございます。今回皆様が召集された理由としては、我が国にとって重大な事件が起こってしまったためであります――中央政府のフィル・キャマー議員が殺害されたのです」

 その言葉にアバンとシルビアは驚愕し、周りがざわつき始める。その一方でジェイは厳しい面持ちを崩していない。

「既に犯人は確保しました。『ソウル舞踏団』のミゼという踊り子です。現在は無力化し、尋問を進めているところです」

 踊り子風情に議員を殺されたのか、議事堂内の警備はどうなっているんだ、といった怒号が飛び交うが、ポールは周りを手振りで制止し話を続ける。

「皆様の仰りたいことはよく理解できます。ですが今回の事件があったため、これからは首都の防衛ならびに兵たちの指揮を執っていただきたいのです。この国に安寧を取り戻すため、どうか協力していただきたい」

 声を張り上げたポールに対して、軍の重鎮たちは不満げな表情を露骨に表しながらもその場では沈黙した。アバンとシルビアはポールの訴えに嫌な顔一つすることなく壇上のポールを見つめている。未曾有の事態が起こったからこそ皆で協力しなければならないことは集められた軍人全員が心得ていた。

 会議はそのまま続き、現状の確認をし警備の持ち場を決め連絡を密にすることを取り決めると、そのまま解散となった。



 長い会議が終わり軍人や政治家たちが会議室から出ていく中、アバン、シルビア、ポールはその場に残って顔を突き合わせていた。三者とも久々の再会だというのに浮かない表情である。

「ポール殿。このような大変な事態の中皆をまとめてくださりありがとうございます」

「礼はいい。それより――」

 ポールの疲れ切った表情を見たアバンとシルビアは、先の会議では伝えられなかった何か不穏なものを感じ取っていた。

「ミゼを捕縛した傭兵……我々がアイドで共に戦った銀髪の男を覚えているだろう。奴から話を聴いた」

「……! じゃあ、あの踊り子を捕まえたのは国軍じゃなくて傭兵だったと!?」

「アバン……重要なのはそこじゃない。奴の話によれば……今回の議員殺害事件には純粋装具が関わっているとのことだ」

 その話を聞き、アバンとシルビアは絶句しながらポールを見つめるほかなかった。

「『ネオ・ソウル』……ノヴァが盗まれたと言っていた純粋装具だ」

「まさか……どうしてそれが……単なる踊り子たちの手に……」

「ポールさん……。私たちがここまで行くときにそこかしこに気持ちの悪いほどのマイアを感じました。まさかそれが純粋装具が使われた跡だと?」

 シルビアが青ざめながらポールに問うと、彼は小さく頷いた。

「おそらくな……。私は見たのだ。ミゼを追っている最中に、巨大な貯蔵庫のあたりで火柱と氷の柱が立っていたのを」

「戦闘が行われていたのは昼間ですよね? この時間になっても残滓とは言えない量のマイアを感じました」

「しかしポール殿……その倉庫は跡形もなくなっていたと先ほど報告が……」

 三人が事実を列挙するだけで、彼らは純粋装具の尋常ならざる威力を把握してしまった。そのことに気付き、彼らは震えあがる。とんでもない化け物が首都に放たれてしまった――アバンとポールは口をつぐみ、シルビアは恐怖のあまり胸の前でこぶしを握る。

「……とにかく、最大級の警戒をしておいたほうがいい。我々にできるのはそれだけだ。ミゼ以外の踊り子もまだ捕まっていないしな」

 ポールがやっとの思いで言葉を出すと、アバンとシルビアは頷いた。

 そしてアバンとシルビアはともに会議室を出た。廊下を歩いている間、二人は顔を合わさず終始無言だった。それほどまでに、彼らには恐怖を植え付けられていた。



 この事件に関して思案を巡らせていたのは、ジェイも同じだった。彼は廊下を速足で歩きながら専属の護衛の軍人を数人引き連れて険しい表情をしている。

――これだけの規模、ただの踊り子風情が装具を持っていても引き起こせたとは考えづらい。

 ジェイは今回の事件の被害状況から、使われた装具の威力を推察していた。報告書に目は通していたが、それでも不可解なことが彼の中に燻っていたからだ。

「……()()の調整を急がせろ」

 ジェイが護衛の兵士たちに目を合わせることなく言葉で命じると、兵士たちは短く返事をしジェイに追随していった。



 

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