解放
半年以上ぶりの更新です。大変長らくお待たせいたしました。
ザウバーはポールと彼の部下の兵士数人に連れられ、没収された装具を返却してもらうために兵糧部の奥まったところにある特別な保管庫まで足を運んでいた。扉の前まで来ると、兵士たちがザウバーの前に壁を作るように立ち塞がり、その向こうでポールが特別な形状の鍵を使って保管庫の扉を開ける。
「そこで待っていろ」
ポールはザウバーに一言声を掛けると保管庫の中へと入っていった。扉が閉まる音が聞こえたが、ザウバーは何も言わず、彼の前に立ち塞がっている兵士たちの背中を見つめるだけだ。しかし装具が返却されるというのに、ザウバーの表情は晴れなかった。
装具を返してもらっても事態は何ら好転しないことは彼自身が理解していた。あの純粋装具の力には普通の装具では敵わない――先の戦闘でそのことを見せつけられ、彼は無力感を覚えていた。
そして彼の気持ちが晴れない理由にはもう一つあった。リーゼとコウが行方をくらましてしまったためだ。自身の仲間たちと別行動をとって一時的に離れたことはあるが、生死も分からぬまま離れ離れになってしまったことは未だかつてなく、そのことも彼の心にぽっかりと穴を残している。
――リーゼ……コウ……
ザウバーが仲間に思いを馳せようとしたとき、保管庫の扉が開きポールが姿を現した。彼の手にはザウバーの二挺の拳銃があり、それには傷一つついていない。
「お前の装具はこれだったな」
「……そうだ。返してくれて感謝する」
「我々が干渉するのはこれで終わりだが、他の役人たちが取り調べを要求するかもしれないからそこは準備をしておいてくれ」
ポールはザウバーに装具を手渡すと、兵士たちを引き連れて保管庫から離れるべく歩き始めた。
すると、ふいにポールの足が止まった。
「……誰か近づいてくる。これは……」
ポールの言葉に、ザウバーが向き直る。確かに保管庫に向かって近づいてくる人物が見えた。その輪郭がはっきりとすると、ザウバーが目を見開く。
ザウバーやポール、そして周りの兵士たちには、その人物に見覚えがあった。
「ジェラルドさん……」
ザウバーが独り言ちたあと、彼は地面を見つめるようにして項垂れた。彼らに近づくジェラルドはいつになく険しい表情をしており、彼の心労が窺い知れる。
「ジェラルド議員、何故このようなところへ? ……この傭兵への取り調べでしょうか?」
ジェラルドが来ることはポールも想定外だったようだが、現在取り巻いている状況を勘案した結果ザウバーが目的だと考えることはできた。
「取り調べではないんだが……少し彼を貸してくれないか?」
「はい、勿論です。我々の取り調べは終わりましたので」
ポールの返答に、ジェラルドは頷くだけだ。
「『白銀の弓矢』のザウバー・マクラーレン君。頭を上げてくれ」
ジェラルドがザウバーに向けて静かに言うと、ザウバーは大人しく従った。
「私についてきてほしい」
ザウバーはジェラルドに連れられ、会議室へと足を運ぶことになった。
がらんとしている会議室の中で、ザウバーとジェラルドは向かい合って座っている。ザウバーはジェラルドの前で赦しを乞おうとしているような表情になっており、二人の間には重苦しい空気が漂っている。
「話は軍部から聞いたよ。フィルから任務を受けたこと、偽の任務を受諾したことは問題にしていない。元々私以外からの任務も受けていいことになっているし、彼も騙されていたみたいだからね」
「……申し訳ございませんでした。フィル議員を守れず……リーゼも、コウは行方知らず……ネオン君は……」
ネオンの名前がザウバーの口から出たとき、ジェラルドは目を伏せた。
「……ネオン君の件は、私も非常に胸が詰まるような思いをしている」
「ジェラルドさん……自分は……ネオン君を守ることができませんでした。ジェラルドさんから保護してほしいと依頼されたネオン君を……目の前で……」
今にも泣きそうな顔で、ザウバーはぽつぽつと自身の思いを言葉にする。
顔向けできないとは思いながらも、今の彼は目の前のジェラルドから逃げ出すことはできなかった。彼はどのような処遇でも受けることを覚悟しながら、この場に座っていた。
「ザウバー君」
「……はい」
「君たちの処遇は私一人では決めることはできない。だが……長官や副長官たちは厳しい判断を下すだろうな」
厳しい判断――傭兵団の解散や下手をすれば自分たちの投獄すら可能性としてザウバーは考えていた。彼の胸の中の重苦しさが増していく。
「今後のことは私にも分からない。ひとまず、自宅で待機してほしい」
「……分かりました。あと、自分からジェラルドさんに伝えなければならないことがあります。これだけは、必ず伝えなければと考えていることを」
「……話してくれ」
ザウバーはジェラルドに、今回の任務で起こったことを詳らかに語った。無論、ミラが純粋装具を持っていたことは一番強調して話した。
ジェラルドはザウバーの話を聴き顔面蒼白になり頭を抱えた。まさか今回の事件でノヴァから純粋装具を盗んだ人物が関わっていたとは夢にも思っていなかったのである。
「そうか……分かった。教えてくれてありがとう。何があってもおかしくないように対策はしておこう」
ジェラルドはザウバーに感謝の言葉を述べたが、焦燥しているのは明らかだった。
ジェラルドが急いで会議室から出るのを追随する形で、ザウバーも会議室を出た。この密談で、二人には共通点ができた――この事件で本当に脅威だった事態を知ったことと、これからの行き先が見えないということだった。