逃げ延びた先で
フィル議員殺害の事件から半日ほど経ちすっかり夜になったころ、首都であるフラックスは厳戒態勢が敷かれていた。首都の境の至る所に門番のように兵士が配備されており、必要な限り誰も入れない、誰も出さないという意思を感じさせる。首都に運び込まれた物資はそれらを積んだ荷台の隅々まで調べられる徹底ぶりだ。兵士たちが掲げるマイアを光源としたランプの光が辺りを照らし、寝ずの番が繰り広げられている。
そのような緊迫した状況の中、郊外から首都に向かってくる馬車があった。そこにはボロボロの黒いフード付きマントを羽織った四人が乗っていた。
「……ここにはできるだけ寄りたくなかったんだがな」
「仕方ないわよ。残った隠れ家はあと一つ……フラックスの近くのやつだけなんだから」
そこには『貪食の黒狗』の四人――ライト、ヴェルデ、ミアータ、ビストが乗っていた。
彼らはアイドでの騒乱以降、ジェイ兵糧部副長官によって純粋装具に関する機密の口封じのために国軍を差し向けられ追われる身となっていた。彼らはいくつか隠れ家を用意していたが、逃亡生活が長引いたせいで国軍にそのほぼ全てを潰された。そして残されたあと一つの隠れ家は、首都と目と鼻の先のところにある。彼らはそこを目指して馬車を進めていた。
四人は長い逃亡や度重なる国軍との戦闘で疲弊しており、心身ともに擦り減っていた。何しろ彼らを追っている国軍の隊長がアバンとシルビアであるため、傭兵に対する追い込みはより苛烈なものとなっていた。戦闘に関して指折りの強さを持つ『貪食の黒狗』でも、長期戦になるとどうしても戦闘力を削がれてしまう。
「そういえば……」
「なんだ、ミアータ」
ミアータが口を開き、ビストが反応した。
「今日、日が落ちる頃から、軍の奴らの気配が消えてない?」
彼女は些細な疑問のつもりで発言したが、それは重要なことだった。
「団長も副団長も感じてるでしょ? 追っ手が明らかにいないって」
「確かに。あの殺気が今はともかく夕方くらいから感じられなくなった」
ミアータの言にライトが納得する。今までは背後から常に圧力を感じていたのが、今日に限っては毛ほども感じられないのだ。その事態にライトたちは逆に違和感を覚える。
「私たちを騙すための罠か、一旦休んでるだけか……それとも――」
「軍の奴らが俺たちを放っておいてどこかに行ったか、そうだとしたら俺たちよりも重要な何かが起こって本部かどこかに呼び戻されたか。可能性としては低そうだがな」
ヴェルデとライトがそれぞれ何があったのかを予想する。様々なことが考えられ、四人は頭を悩ませる。
すると、馬車が突如止まった。ライトたちは俄かに胸騒ぎを覚え、反射的に武器を取ろうと手が動く。
「あの、お客さん……」
壮年の御者が困惑したような口調でライトたちに話しかける。
「何があった?」
「女の人が倒れてます」
御者の言葉に四人は驚愕した。郊外で行き倒れは珍しいことだと考えながら、ライトが三人を制止して馬車を降りる。
真っ暗闇の中、馬車に付けられているランプを頼りに、うつ伏せで倒れている人物を確認するためにライトが近づく。不測の事態に備えるため、得物に手をかけながら。
そして倒れている人物がはっきりと見える位置まで近づき、姿を確認する。容姿を確認するためにその人物をうつ伏せから仰向けに直すと、ライトは目を見開いた。
「こいつは……!」
倒れていた人物は、首都から逃げ出したリーゼその人だった。
ネオンが付けていたはずの首飾りが、なぜか彼女の首にかかっていた。