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炎と氷の演舞

ご無沙汰しておりました

 一側では炎が激しく振り乱され、その対側で氷塊がずっしりと鎮座する――この相反する事象が、同じ場所で起きている。

 コウとミラの純粋装具を使った戦いは、終わる様子を見せていない。コウは氷の鎧を身にまといながらブロードソードの刃をミラの急所めがけて的確に狙っているが、ミラは『ネオ・ソウル』の刃に炎をまとわせそれを鞭のようにしならせながらコウに一撃を浴びせようとする。

 迫りくる炎の塊を、コウは後退してかわす。ミラの炎は地面にぶつかると着地点を赤熱させながらその場で破裂し、無数の火の粉となってコウを襲い始めた。雨のように降り注ぐそれらを、コウは目をせわしなく動かしながらブロードソードで薙いでいく。彼の剣捌きは尋常ではなく、瞬き一つした間に、彼に降り注いでいたはずの炎は全て斬られ霧散していた。

 それでもミラの攻撃は終わらない。彼女は不敵な笑みを浮かべながら、後退し続けるコウに追撃を加えようと炎の斬撃を()()()。彼女の放った複数の流線型の炎はコウに殺到し、彼の身体を氷の鎧ごと切り刻もうとする。

 コウはそれらを無言でブロードソードの刃で斬り飛ばした。しかし、一撃一撃が重いのか、炎を受け止めるたびに空気が破裂する音が響き、彼の位置は後ろへと下がっていく。斬られた炎の斬撃はその場で掻き消え、コウの目の前には何も残らなかった。コウはそれを確認すると、瞬時に剣を構え直してミラへ突撃しようとする。

「これで終わりだと思った?」

 ミラはコウを嘲るように言うが、コウは眉一つ動かさず彼女を見つめている。

 すると、コウはハッとしたような表情になってその場から退避するために動こうとした。その場のマイアの流れが大きく変わっていることを感じ取ったからだ。

「もう遅い」

 ミラが冷徹に言い放つと、『ネオ・ソウル』の紋様がより一層赤く光る。


 その一瞬後、コウの身体が突然発火した。瞬く間に炎は燃え広がり、コウの全身を包み込む。コウは何が起こったのか分からないという風にその場から動けず、その間にも炎の勢いは上がり、ついにはコウを火柱が呑み込むような光景が出来上がっていた。


 ミラはほくそ笑みながらその光景を見つめていた。

 彼女が放った炎の塊や流線形の斬撃は、すべてこの攻撃のための布石だった。彼女はマイアの塊である炎をコウにわざと斬らせ、彼の周りに彼女のマイアを充満させた――そのマイアの量は、先ほどコウを焼き尽くそうとして失敗したときのそれを遥かに超えている。そしてすべての準備が整ったとき、彼女は『ネオ・ソウル』の力で放出したマイアを発火させたのだ。


 しかし、ミラはここで手を緩めなかった。

 彼女は『ネオ・ソウル』を握り直すと、火柱に向かって風のような速さで突入していく。爆炎によって視界が遮られているであろうコウを切り裂くためである。もう油断はしないというミラの確固たる意思が、『ネオ・ソウル』の刃に乗って目の前の火柱へ向かっていく。

「そこで突っ立ってるのは分かってるのよ!」

 炎で燃やせなければ、切り裂いてしまえばいい――ミラは刃を振り切ろうと身体をねじる。

 予備動作が終わると、彼女は一息に『ネオ・ソウル』を横に薙いだ。


 その一瞬後、刃と刃がぶつかる鋭い音とともに暴風が巻き起こり、巨大な火柱がかき消された。


 そこから現れた光景を見たミラは絶句した。



 炎に呑まれたのにもかかわらず、溶解した形跡が全く見られない氷の鎧をまとったコウが自身の得物でミラの刃を受け止めていたのだから。



 さらにコウは、周りの爆炎がかき消されるほどの衝撃を受けたのにもかかわらず、その場で微動だにしていない。ミラの刃を受け止め、これで終わりかと語り掛けているかのように、彼女に凍てつくような視線を送っているだけである。

「この――」

 ミラは憤怒の表情でコウから距離を取ろうとするが、互いの刃同士が凍って張り付いてしまいその場を離れることができない。『ネオ・ソウル』の刃が氷に半分ほど吞み込まれたところで、ミラは雄叫びを上げて膨大な量のマイアを放出し、氷を無理矢理砕いてその場から退いた。


 逃げるように後退するミラを見て、コウは彼女のことを追いかけ始めた。一回大地を蹴り出しただけで、彼は瞬間移動したかのように位置を変える。彼は瞬く間に、ミラを自身の斬撃の範囲に捉えていた。

 今度は、コウがミラに向かって刃を横に薙ぐ。ミラはそれを受け止めようとせずに回避に専念している。コウの攻撃で自身の得物が凍り機能停止してしまうことを危惧しているからである。

 それでもコウは執拗にミラを追跡し、目にも留まらぬ速さで刃を振る。彼自身は常に無表情で何を考えているのか分からないような不気味な雰囲気を振り撒きながら、しかし刃の一振り一振りにしっかり殺意が載せられている。

 それを感知したのか、ミラは回避を諦めてコウと斬り結ぶことを選択した。彼女は自身の刃がコウの刃と触れる時間をできるだけ短くするために、彼の剣戟を弾くように得物を振るっている。

 刃同士が弾かれる鋭利な音が、一秒の間に何回も響き渡る。ミラは歯を食いしばりながらコウの連撃を捌き続ける一方で、コウはまるで自身が作り出した氷塊のように冷たい表情でミラを攻め続けている。コウのブロードソードとそれを弾くミラの『ネオ・ソウル』のそれぞれの刀身の振るわれる速度が速すぎるため、常人では残像すら捉えることができない。

 二人がせめぎ合わせているものは、剣戟だけではない。コウとミラが纏わせているマイアがそれぞれ氷と炎になり、一方を吞み込もうと勢いをぶつけ合っている。コウが発する氷がミラの足元を覆ったかと思えば、ミラから放出される炎がそれを溶かしコウへ迫らんとする。それをコウのマイアが吹き飛ばし――といったふうに、マイアの量や勢いも互いに譲らない。

――どうして? どうしてこんな子供ごときに……! 私の方が純粋装具を長く使っているはず……!

 この打ち合いの中で、ミラは焦りを覚えていた。突然詠唱が始まったかと思えば、氷の鎧を纏って尋常でない剣筋で殺しにかかっているのだから無理はない。また彼女はコウの周りのマイアの流れから、彼が膨大なマイアをまるで自身の手足のように自由自在に操っていることを感じ取っていた。訳が分からぬまま、彼女はコウの連撃をいなすことしかできない。まともに斬り結べば刃は凍ってしまい、また彼の動きに一切隙が見られないためだ。


 その焦りが、ミラの動きを乱した。

 突如コウがブロードソードを両手で持ち、ミラの頭上に振り下ろしてきた。その持ち替えに彼女は対応できず、彼の一撃を刃でまともに受けてしまう。刃を弾こうとミラが思ったときにはもう遅く、『ネオ・ソウル』の刀身が徐々に凍り付いていく。ミラは奥歯をギリギリと嚙み締めながら手を震わせてコウを押し返そうと力を振り絞るが、そうしているうちに『ネオ・ソウル』の持ち手まで凍っていく。

 シリオンの二の舞はまずい――ミラは再び膨大なマイアを白い奔流としてコウにぶつけ、氷を砕いてその場を離れようとした。放たれた膨大なマイアは『ネオ・ソウル』に纏わりついていた氷を粉砕し、ミラの身を自由にした。そしてコウを吹き飛ばして体勢を整えられる――彼女はそう思っていた。


 氷を砕いたマイアの塊が、コウにぶつかる直前にすべて凍り付いたのを見るまでは。


 ミラは恐怖が宿った眼差してその光景を凝視することしかできなかった。彼女の体は完全に自由になったはずなのに、まるですでに凍らされたかのように動くことができない。コウを吹き飛ばすはずのマイアの塊だったものは、すぐに彼に払いのけられ地面に落ち砕け散る。

 最早ミラは恐怖に吞まれていた。コウのマイアは暴走しているも同然と考え、最大限の力で焼き尽くそうと『ネオ・ソウル』に力をこめる。今までは失敗してきたが、既にひどく狼狽している彼女の脳内には『逃げる』という選択肢は無かった。規則正しく呼吸しながら一歩一歩近づいてくるコウに向かって、震える手で持ち手を握りながらミラは刀身の模様を赤く光らせる。

「燃えろ、燃えろ……燃えてしまえええぇぇぇぇっ!」

 『ネオ・ソウル』の刀身が横に薙がれ、そこに今まであった倉庫であれば丸々吞み込んでしまうほどの大きさの火炎が解き放たれた。地面の大部分が赤熱し、ぐにゃりと歪んていく。至近距離にいるコウはそれに構うことなくミラに歩み寄るが、炎は彼を包み込んでしまった。

 その光景を間近で見たミラの口角がわずかに上がる。少しだけ恐怖から逃れることができたと、彼女は安心すらしていた。



 その一瞬後、ミラは、見てしまった。



 炎が、()()()()()光景を。




 炎の塊は徐々に凍っていき、ミラが放った少し後には機能を停止したかのように完全に動きを止めてしまった。すべてを見たミラは、乾いた笑い声を上げながらその場で立ち尽くすことしかできない。とんでもない代物が覚醒してしまったと、彼女は僅かに残っている理性で思考を巡らせた。


 その直後、轟音が響き渡り、ミラの身体はその場から吹き飛ばされてしまった。

 コウが()()()()炎を吹き飛ばしたときの衝撃波が彼女を襲ったのだ。

 ミラを覆っていた炎はかき消され、彼女はボロボロのドレス姿で地面に突っ伏していた。彼女が傷だらけの身体を重苦しそうに起こすと、まず見えたものは、近づいてくるコウの姿だった。傷一つ付いていない氷の鎧を纏い、無表情でミラのもとへ剣を携えながらやってくる。

「……私は……まだ、死ねない……」

 声を振り絞ったミラは再度『ネオ・ソウル』を構え、マイアを纏わせようと力をこめる。しかし、足取りは覚束なく、またすぐに倒れてしまいそうな雰囲気を出している。

 コウがミラの目の前まで迫ってきた。ミラは自身の身体に鞭打ち、『ネオ・ソウル』をコウの首めがけて振ろうとした。


 しかし、ミラまであと一歩のところでコウは得物を地面に落としてしまった。

 突如頭を抱えて悶え苦しみはじめたのだ。


 振ろうとした手をおろしてその様子を呆然と見ることしかできないミラだったが、その直後彼女はコウの周りで異常な量のマイアが蠢いていることを察した。呻くコウをよそに、ミラは彼から距離をとろうと後退する。

 コウの身体が光り、氷の鎧にひびが入り始める。苦しげな唸り声は大きく響き、鎧に入ったひびから白い粒子が漏れ始めた。その量は徐々に多くなり、ついには彼を包み込んで見えなくしてしまうほどになった。


 そしてミラが退避した直後。

 コウを中心として、目が潰れんばかりの白い閃光が辺りに拡散した。


 ミラは思わず目を覆い、その場から動けなくなる。想定外のことばかり起こりすぎてしまい、彼女は反射的な行動しかとれなくなっている。

 周りの白さが薄くなると、ミラは恐る恐る目にかざした腕をおろした。

 彼女の目の前にいたコウは鎧を纏っておらず、その場でピクリとも動かずにうつ伏せの姿勢で倒れていた。彼女はコウにそろりと近づき、『ネオ・ソウル』を構え直す。細心の注意を払い、彼女はコウの目の前でしゃがみ込み、刃を振り上げた。

「……これで、終わり」

 確実に殺せると思われる状況においても、ミラの顔に笑みは無かった。彼女に纏わりつく恐怖から逃れたいという一心で、刃でコウの背を一突きしようと動く。


『待て。『ネオ・ソウル』を下ろせ』


 ミラはハッとした表情で、刃を振り上げた姿勢で動きを止めた。

「……一体何のつもり?」

 その声はその場では聞こえない。『ネオ・ソウル』を通してミラだけに聞こえているためだ。それでもミラは虚空に向かって声の主――ブロウ・クライスに話しかける。

『殺すのは無しだ。気になることがある』

「どういうこと? 貴方が計画を変えるなんて」

『とにかく、そいつを持ち帰ってきてくれ。俺の推測が当たっていれば――』

 推測という言葉を訝しむミラだったが、彼女は既に『ネオ・ソウル』を太もものホルダーにしまっていた。


『俺がこの『純粋装具』を殺す』


 その言葉の真剣さと冷徹さに、ミラは震えあがった。

「……分かった。どこで落ち合えばいい? こいつが目覚めたら次こそ終わりよ?」

『すぐに行動を起こす。まずはモナかベラードと合流しろ。お前が気にかけてる『ソウル舞踏団』の奴らは後回しだ』

「……ついに、動くのね」

 ミラはブロウに問いかけるように言うが、返事は無い。

 ミラはコウを背負い、人気ひとけのない場所へと立ち去っていった。


 コウは、ミラたちの手に渡ってしまった。



 

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