けじめをつけるとき
ザウバーとミゼとの間に爆発が起こると、二人は反発するように吹き飛ばされた。むき出しになった地面を転がり土埃にまみれるが、二人は微塵も気にすることなくすぐに立ち上がる。
「……ようやく私を攻撃する気になったんですね」
ミゼが不気味な笑みを浮かべるが、ザウバーは無表情で睨みつけるだけである。
彼はミゼの一撃を防ごうとして、攻撃用の弾を放ったのだ。彼は一種の緊急避難としてそれを放ったのだが、そのことはミゼの闘争心を燃やすのには十分だった――ようやく彼が本気で殺しにくると思い込んだからである。
ミゼの耳飾りが再び光ると、彼女の足にマイアの粒子が集中する。
「全力で殺して差し上げますわ!」
ミゼがマイアで強化された脚力を利用して空高く跳躍する。ザウバーは彼女に銃口を突き付けようとするが、ミゼは建物の外壁を利用して次から次へと目まぐるしく飛び移るせいでザウバーの狙いが定まらない。
更に彼女は建物の間を跳ね回るだけでなく、ザウバーに向かって光弾を投げつけ攻撃している。ザウバーはそれを防御することに手一杯で、銃も光弾を防ぐためにしか使うことができていない。さらに光弾はでたらめに放たれるため、下手に動けば直撃してしまう可能性もある。
「どうしました? 私を捕まえてごらんなさいな!」
ミゼが目にも留まらぬ速さで飛び回る中で、ザウバーは反撃の機会を窺いつつ次々繰り出される光弾を対処している。しかし、ザウバーは受け身になって光弾をいなすだけでミゼに反撃することができない。
釘付けになっているザウバーを見て、ミゼは猟奇的な笑みを浮かべながら彼を射貫くように睨みつける。
「来ないなら……」
呟いた直後、ミゼは壁の間を跳ねるのをやめ、上空に向かって跳躍した。
「私から仕掛けさせてもらいますわ!」
ミゼの手から、五つの光弾が一斉に放たれた。それらはすべてザウバーのもとへと殺到するが、彼は冷静に防御用の弾で障壁を張りそれに対処した。
五つの光弾はザウバーが張った壁と衝突し爆発、彼の周囲を白い煙が覆う。三六〇度白い世界がザウバーを包み込んだと同時に、彼は全方向を警戒し始めた。
――奴はどこからくる……?
ザウバーは、先ほどミゼが放った光弾が煙幕弾であることを悟った。目の前の壁は役目を果たして既に消失しており、彼は全方位から攻撃される危機を孕んでいる。視界が遮られた今、ザウバーは周りを警戒しながら冷静に耳をそばだてる――現状では視覚があまり使い物にならないため、聴覚に頼ろうと考えたのだ。
すると、ザウバーが立っているところの右側から砂利がこすれるような微かな音が彼の耳に届いた。ザウバーは眼光鋭くそこを向くと、間髪入れずに妨害用の光弾を射出した。弾は破裂しジグザグの光が伸びるが、ミゼの悲鳴は聞こえない。その代わりに、土を蹴りだしたような音がザウバーの耳に入った。
――跳び上がったか。なら……!
すると今度は銃口を頭上に向け、攻撃用の弾を発砲した。
ザウバーが放った弾は何かに衝突し、その場で爆発を引き起こす。その爆風で煙が吹き飛ばされ、ザウバーの視界はようやく晴れた。
「……流石『白銀の弓矢』。読みが鋭いですわね」
ザウバーを褒めるような言葉を投げかけたミゼは、彼の後ろに着地した。彼女は爆発に巻き込まれたのにもかかわらず、傷一つついていない。その代わり彼女の耳飾りが光り続けており、彼女が手に張っていたと思われたマイアの粒子が一部削げ落ちていた――貫手で弾丸を捌いたのだろうとザウバーはミゼの方へ振り返りつつ思考する。
「口を動かしてる暇があるのか?」
ザウバーの身体がミゼと向かい合ったかと思うと、その一瞬後には彼の拳銃から弾丸が射出されていた。それらは銃口から出るやいなやすぐにジグザグの光へと変わり、ミゼを包み込もうとするように襲い掛かる。
この近距離ならかわせまい――ザウバーは確信した。
すると、ミゼは不敵な笑みを浮かべた。
ザウバーが訝しむ暇もなく、彼の身体は後方へと吹き飛ばされ、石畳が残っている道路に叩きつけられた。妨害用の弾はミゼに当たることなく彼女の目の前でかき消されてしまった。
ミゼは自身の装具である耳飾りから放出されるマイアを使って周りの空気を圧縮させ、ザウバーが引き金を引くと同時にその空気の塊を解放させたのだ――耳飾りが常に光っていたのはこのためである――。しかし、身体の周りに圧縮した空気を留めながら溜め込み続けるのは膨大なマイアを消費するようで、ミゼは肩で息をしながらザウバーが吹き飛んだ方向を見つめている。
「逃がしませんわ!」
ミゼの手にまとわれたマイアが長剣の刃のように伸びる。彼女は跳躍し、ザウバーを串刺しにせんと彼に飛び掛かる。ザウバーは痛みに呻きながらもその刃を視界に収めており、二挺のうちの一つの拳銃をミゼに向かって乱射した。
彼はまず体勢を整えようとミゼを足止めするために、防御用の弾を撃ち込んでいた。幾重にも粒子の壁が出来上がり、ミゼの行く手を阻む。彼女の突きは数枚の壁を突き破り霧散させたものの、それより先は超えることができず弾き飛ばされる。
「この――」
ミゼはマイアを張り直し、再びザウバーに突撃する。彼女が刃を展開したときには既にザウバーは臨戦態勢に入っており、二挺拳銃の銃口を構えようとしている。
しかし、ザウバーが引き金を引こうとしたとき、ミゼは瞬間移動したかのように彼の前まで近づいていた。
「――くっ!」
ザウバーは拳銃をホルスターにしまって飛び退こうとするが、ミゼの刃は彼の頸部めがけて左から右に振られていた。
ザウバーはそれを仰け反って間一髪で躱す。刃が彼の鼻を掠めるのではと思えるほどのすれすれのところで避けると、ザウバーは大地を蹴り出し宙返りで距離をとる。
「逃がさないと言ってるでしょう!」
ミゼは追撃を加えようとするが、ザウバーが数回宙返りをした後に着地したとき彼の手には既に二挺の拳銃が握られていた。着地と同時に二つの光弾が発射され、ミゼの意識がそちらに向く。
「何度も何度も……!」
ミゼが憤怒の表情で光弾を切り裂き、怯む様子を見せない。ザウバーは矢継ぎ早に光弾を発射するが、それらの効果が発動する前にミゼの刃にことごとく切り裂かれてしまう。
――埒が明かないな……。
苦々しい表情を浮かべながら、ザウバーは銃を乱射する。ジグザグの光に変化するタイミングを早めたり攻撃用の弾を混ぜたりと相手を困惑させようとするが、ジグザグの光はすんでのところで回避され、攻撃用の弾は容易く切り裂かれてしまい、何もかもが意味をなさない。
「流石『白銀の弓矢』。中々捉えられないですわね。なら……」
ミゼが刃を解除し、マイアの粒子が彼女の周りに漂い始める。ザウバーが突然武装を解除したミゼを訝しんでいると、マイアの粒子は凝集して三つの球体となった。
「さあ、お行きなさい!」
ミゼが球体に向かって号令をかけるように叫ぶと、彼女の周りを浮遊していたマイアの球体がザウバーのもとへ殺到した。ザウバーは引き金に指をかけ、迎撃せんと動く。
しかし、それらは今までミゼが放っていた光弾とは異なり、まるで意思を持っているかのように各々がバラバラに動いている。マイアの球体が三方向から襲い掛かってくる光景にザウバーは目を見張るが、身体はすぐに動き出していた。
「応用力はあるな……」
「喋ってる暇があるんですの!?」
三つの球体のうちの一つが、目にも留まらぬ速さでザウバーを襲う。ザウバーはそれを躱すことができたが、球体が地面に着弾すると、大地を抉るほどの爆発が轟音とともに巻き起こった。ザウバーは悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、石畳の上を転がっていく。
「……なんて威力だ!」
ザウバーは何とか立ち上がるが、身体中土埃と傷にまみれており、痛みに喘いでいる。その状態の彼を、残り二つの球体が容赦なく襲う。そのさまを、ミゼは不敵に笑いながら見つめているのみである。
「こんなのがあと二つも残ってるか……!」
球体は二手に別れ、ザウバーの前後を襲う。球体がザウバーに衝突しそうになったとき、彼は高く跳躍しそれらを避ける。しかし二つの球体は彼を逃がさないと言わんばかりに軌道を変え、そのまま空高く飛び上がった。
ザウバーは防御用の弾を乱射し空中にマイアの壁を無数に展開させた。彼はそれを足場の代わりとし、防御壁から別の防御壁へと飛び移るようにして移動する。二つの球体は、彼が飛び移った防御壁を破壊しながら追いかけている。気を抜けば確実に仕留められる――ザウバーは次に飛び移る防御壁や彼を追跡している二つの球体、そしてミゼの全てに注意を向けながら空中を舞っている。
するとここで、ザウバーはあることに気が付いた。
ミゼが微動だにしていないのである。
彼女が球体を作り出しそれらを操っている間、目線や頭はザウバーを視界に捉えるために動かしていたが、彼女は立っている場所から一歩も動いていなかった。その気になれば球体で攪乱している間に踏み込んで一閃、という芸当も可能なのかもしれないが、彼女はそうしようとはしない。
――もしや……。
ザウバーは一つの推測を立てた――彼女は球体を操ることに集中しなければならないためにそこを動けないのではないか。マイアの制御と身体を大きく動かすことを同時に行うのはできないのではないか。
「ならば……」
ザウバーは覚悟を決めたかのような表情で呟く。
すると彼は足にマイアを集中させ、防御壁を蹴って地上に降りた。彼の正面には、無防備なミゼが立っている。
「のこのこと降りてきましたのね?」
ミゼが嘲るように叫ぶと、ザウバーの頭上に雷のような速さで二つの球体が落ちてくる。これで直撃すれば命は無い。直撃しなくてもただでは済まず、地面に無様に転がっているところを切り裂くなり撃ち抜くなりすることができる――ミゼは勝ちを確信し口角を上げた。
「死になさ――」
しかし、ミゼの言葉は途切れた。
彼女をジグザグの光が包み込んでいたからである。
ザウバーは、呆然と立ち尽くしているミゼの後ろに立っていた。ミゼが創り出した二つの球体は、地面に落ちる前にマイアの粒子として霧散している――彼女が制御を失ったからだ。
ザウバーは、ミゼの懐まで瞬時に近づいていた。彼女がマイアの球体の制御に集中している隙を見計らい、彼女が動かないうちに至近距離で妨害用の弾を発砲したのである。彼の行動は見事にはまり、妨害用の弾は二発ともミゼを包み込み麻痺させることに成功した。
ミゼは呆然とした顔のまま膝を地面につき、そのままうつ伏せに倒れた。身体に力が入らず、怒りとも悲しみとも区別がつかない呻き声を出すことしかできない。
「これで……逃げられないな」
ザウバーはボロボロになりながらも、フィル・キャマー議員殺害の犯人を無力化させることに成功した。これで少しでもけじめをつけることができたと、彼はミゼに近付きながら心中で喜ぶことに留めた。